環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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虚を探る

 

 

 ――見覚えのないどこか懐かしい病室にいる。

 ――病室のベッドには名前も知らないどうしても思い出せない女の子がいて、

 ――その子が本を読んだり私の■っ■料理を食べるのをただ眺めていた。

 ――女の子は私に笑いかけて何かを話す私も笑って受け答えしていただけど私にはその声は聞こえない。

 ――静かで平穏な隣では■■がシュウくんと言い争っていたような風景、なのにあまりにも胸が苦しくて。

 

 貴女の名前はなあに?

 なんで貴女が微笑むたびに胸の奥が温かくなるの?

 貴女は私にとって何なの?

 

 教えて、待って、なんで遠くなって――、白……小さいキュゥべえ?

 待って、お願い待って――っ、

 

「行かないでっ……」

 

 そうして、ここ数日の間見るようになった夢から覚めて。

 すぐ傍で一緒に寝ていた少年が、眠たげに目を瞬かせながら跳ね起きたいろはを見守って呻いた。

 

「今日もいつもと変わらず、か……」

「――おはよう、いろは。目覚ましの必要もないようで何よりだ」

「あ……おはよう、シュウくん」

 

 上体を起こしたまま微笑んで挨拶を返すいろはに、少年はなぜか気まずそうに視線を逸らして。

 小さく、おはようと繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――待ってて、今よそうからね」

「……ん」

 

 昨晩は眠れていなかったのか。瞼こそ辛うじて開きながらも、明らかに眠そうにして微睡むシュウに苦笑して、制服の上からエプロンを着て朝食を用意していた少女は両親の出張に行った今ではひどく広く感じるテーブルの上に料理を並べる。

 今朝の献立は味噌汁に火を通した鮭、昨日の夜に作って食べた残りを冷蔵庫にしまわれていた野菜炒めであった。

 

 レンジで温めたホットミルクを啜り、眼球をほぐすようにして目元を掌で揉む少年は手を合わせて「いただきます」と呟くと黙々と食べ始めて。どうしたんだろうと首を傾げながらも、続くようにしていただきますと言って朝食を食べ始めるいろはの耳に届いたのはシュウの口からは滅多に聞くことのないような深い深いため息で。

 

「どうしたの? ……味噌汁の味、薄かったかな……?」

「ぁああああー……いや、違うそんなことはない。美味しいよ。ただ、自分があまりに不甲斐なくてなぁ……。食べ終わったら、ちょっと話があるんだけど大丈夫か?」

「……?うん」

 

 そうして、健康を重視したやや塩味の薄い朝食を食べ終わって。食器を片付け向かい合って座るいろはに、いつぞや絶交したとき(・・・・・・)のそれを思い起こさせるような深刻な表情をしたシュウは、言った。

 

「一緒のベッドで寝るのやめようか」

「……ぇ……?」

「なんでちょっとショック受けた顔してるの??」

 

 ――ことの発端は、一週間前に遡る。

 通学路の電車に潜んでいた魔女を打ち倒したその帰り。魔法少女の救済を騙る噂が発信される地である神浜市に足を踏み入れた2人は、その日の夜に街で今まで見たことのなかった小さいキュゥべえと遭遇して。雑踏に視線が遮られた直後に姿を消した謎のキュゥべえを追うこともできぬまま電車に乗って家に帰ったのだが……問題は、その晩に訪れた。

 いろはが、奇妙な夢を見るようになったのだ。

 

 行ったことのない筈の病棟で、初対面の女の子と過ごす夢。

 互いに意思疎通を図ることはできず。ただ病室に訪れたいろはが、小さな女の子がベッドの上で過ごすのを見守るだけの夢。

 夢を見るようになってからどこか煩悶とした様子を見せるようになったいろはに、当初は魔女の精神攻撃かと警戒したシュウだったが……夢の内容に一定の悪意を感じさせるものもなく。ひとまずは穏やかに眠ることのできるよう眠る際の姿勢を調整させてみたりいろはの両親が愛用していた安眠グッズを試してみたが、それも期待した効果を発揮することは叶わず。

 どうしたものかと悩んで居た頃、神浜市を案内した日連絡先を交換したいろはから相談を受けた衣美里(えみり)は即座にこう宣ったという。

 

『んーー、小さいキュゥべえならあーしもたまに見かけるけれど変な夢を見たってことはないなあ、でもさあ……ろっはー今親が出張でいなくなって家に一人なんでしょ?』

『あーしもそういうことあるとめっちゃ自由に過ごしたりするけどさあ……やっぱ、寂しくない? 寂しくて死んじゃうウサちゃんじゃあないけれど、そんな夢を見るようになったのも独りだから……ってのもあるんじゃないかなあ』

『だからさ……シュウっちに一緒に居て貰えばそんな夢も見ないんじゃないかな!?』

『な、なるほど……!』

 

 ……いやなるほどじゃないが。衣美里なんてことを吹き込んだんだ。

 あと夢を見るようになったのは十中八九ミニキュゥべえの影響だし、俺が居たところで何も変わりはしないのでは。

 

 そんな少年の反論を聞きながらもそれでも試してみたいと食い下がった彼女に根負けし――「独りでこんなに長く過ごしたの初めてだから……私も、シュウくんが居てくれると安心できるんだけどな……」などと言われて拒否できる筈もなかった――環家で、恋人と同じベッドで夜を過ごすこと2日。

 確かに目覚めの時以外は物凄くよく眠れていたようだが、結局夢に変化が現れることはなく。先に音を上げたのは、やはりシュウの方だった。

 

「……その、シュウくんが来てくれて本当に嬉しかったし、一緒に寝てくれるのは恥ずかしかったけれど、すごい久しぶりに安心して眠ることができたし……できれば、まだ一緒に居たいんだけど――」

俺が寝れないので駄目です

 

 軽く充血した目で恨みがまし気にいろはを一瞥したシュウは、次いで頭を抱えながら机に突っ伏す。

 ――時にいろはは、シュウに対してあまりに無防備な姿をみせることがある。それは長い付き合いの中で少年の獲得した信頼故のものであると、理解はしているが……だからといって、その信頼に応えられるような人間では決してないのだ。例えば昨晩のように、一緒に夜を過ごすように願われ、実際にすぐ傍でいろはが眠っていた時……少なくとも何もせずに見守っていられるような人間ではないというのは、自分でよく思い知っていた。

 

「そもそもなんで同じベッドに眠ってしまったんだとか、初日の段階でよく何もやらかさずに耐えた俺を褒めたいとかいろいろあるけどさあ……いやほんと、これ以上は絶対に無理。いろはを任せてくれたおじさんにも顔向けできないわ」

「猿だなんだと軽蔑されても仕方ないとは思うけどさあ……欲求、あるんだよ本当に。どうしようもなく」

 

 ――夜だって、触ってたし。いろいろ。

 

 どうしても耐えられなかったと、嘆息してそう零した少年に、きょとんと目を瞬いて。直後、彼の言ったことを理解すると顔を真っ赤にしてがばっと両の手で身体をかき抱いたいろはは……蚊の鳴くような声になって、弱弱しく呟く。

 

……その、どこを、どのくらい……?

「……脱がさない程度に、いろいろ。いや本当に、すまない」

「そっ、か……」

 

 結局、昨晩はほとんど痴漢同然のことをしていたにも関わらず安心しきったように身を預けてきた少女に対する罪悪感で押し潰されて正気に戻ったが……次に同じようなことをされたとき、押し倒さずに居られると思えるほどシュウは自分を信用していなかった。

 

「正直泊まるのすらもだいぶ危険というか……俺の方でも真剣に気を付けるつもりではいるけれど、今は自分が一番信用できないからな……それこそ風呂場に突撃とかしかねないから、もう無防備に過ごすのはやめてくれ、俺の方が耐えられないかもしれん」

「……でも、それは……」

「……いろは?」

 

 まだ羞恥に苛まれているのか、顔を赤くして俯きながらも。少年の手を握ったいろはは、未だ覚めぬ混乱に溺れそうになりながらもひとつひとつ言葉を選んでシュウに語り掛けていく。

 

「――別に、シュウくんなら触られたって、なにをされたって構わないよ。私だってその、そういうことをされても仕方ないことをしてる自覚はあるし……それでも、シュウくんと居たくて」

「……だからシュウくんさえ良ければ、暫く一緒に家に居て欲しいし……ダメ、かな?」

 

「……………………、――ここで首を振って拒絶できない俺が一番駄目そう」

 

 だって、断れる訳ないじゃないか。

 絞りだすようにそういうと、頬を紅潮させ照れながら、それでも少女は嬉しそうに笑っていて。

 

 でも――、あんまり自惚れてはいけないのだろうなと、話をひとまず終え洗面台に向かいながら少年は思う。

 

 多分、だが。……今のいろはにとって、夢の少女の存在は恋人であるシュウと同等……いやそれよりもっと重い存在なのではないだろうか。

 彼女は、1人で過ごすにはやや広い自身の部屋――ぽっかりと空いた空白のスペースにシュウの荷物を置くのを躊躇う素振りで。一緒に過ごすにあたっての妥協案として彼が自分の家からベッドを持ち込むのも頑なに拒んでいた。

 

 ――まるでその場に居た誰かの居場所を、守ろうとするかのように。

 

 いろはから聞いた限りでは、夢で会うようになった女の子はおおよそ10歳前後の小さな、いろはに似た淡い桃色の髪をした少女であるということで。血縁の人間なのではないかと問いかけてみたが、しかし恋人は夢以外で彼女に会った覚えは決してないのだという。

 ……確かに、環家にはいろは以外の子供は存在しない。夢に現れた女の子の特徴に一致するような靴も、衣類も、書類も、写真も、玩具もいろはの家には全く存在しなかった。

 自他の持つ情報を確認していくにあたって見つけた不可解な空白さえなければ、少年とて――『まるで意図的にあらゆる痕跡を消し去られたかのようだ』などといった印象をいだくことはなかっただろう。

 

 

 空白がある。

 ――何故いろはが料理を始めたのかを自分は知らない。■■のためにと料理を始めた頃は、自分も一緒になって手伝っていた筈なのに。間違いなく聞いていた筈の動機を、自分は覚えていない。

 

 空白がある。

 ――いろはの部屋は真ん中から綺麗に空っぽになっていて。彼女の両親はいろはが何も置きたがらなかったと言っていて、確かにシュウにもそんなやりとりをした記憶があったが……そうなると、■■した■■の家具をわざわざ買いにいって一緒に選んでいたことの辻褄が合わなくなる。

 

 空白がある。

 ――机に貼られていた海の、祭りの、七五三の、自分が剣道の大会で優勝を獲ったときの。いろはと共に■人で撮った写真が、綺麗に1人分の空白を残して消えていた。

 

 

 ……だから、きっと居たのだろう。

 ――いろはだけでなく、自分にとっても。家族のようにかけがえのない存在であると言える誰かが。いつの間にか傍からいなくなってしまった、痕跡ひとつ残すことなく消えていってしまった誰かが。

 

 ……いろはの忘れた願いと関係はあるのか、自分の想像がどれだけ的を射ているのかも定かではないが。

 きっと、行かなければならないのだろう。

 より強い魔法少女と魔女の跋扈し。魔法少女の救済を騙る噂が広められ。そして、夢の発端ともなった小さなキュゥべえの居た街――神浜へと。

 

 食事を終え身支度を整えた2人は、鞄を、少年はバットケースも持って学校へと向かう。

 その、直前に。

 

「……ちょっと、気になったんだけれど」

「ぁ?」

「その、夜……良かっ、た?」

「っっっ、」

「シュウくん!?」

 

 頬を赤く染めながら問いかけたいろはの言葉を聞くや否や扉の前に立っていたシュウは煩悩を打ち払うように額を扉に叩きつける。

 環家の玄関に鈍い音が鳴り響いた。

 

 




咄嗟に加減しなかったら扉に円形の凹みができていた

カミハマこそこそウワサ噺
シュウくんは中1で剣道の大会に出て全国を制覇している。
師範に薦められての経歴の箔付け+ついでにいろはに良いところを見せたいという動機であったがもう一つの理由は忘れてしまっている。
自らの雄姿で誰を元気づけてやりたかったのか。それを思い出すのは、神浜に訪れて暫くが過ぎた頃である。
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