環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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夢の終わり

 

 

 やめてよ。

 

『だから──諦めろ。いろは、お前の妹は、ういはもう──』

 

 どうして。

 どうして、そんなことを言うの? 

 

『もう、魔女になってるんだよ』

 

 嘘だって言ってよ。

 意地悪言わないでよ。

 

『手遅れなんだ』

 

『俺たちはどうしようもなく周回遅れだった』

 

『──ごめんな』

 

 やだ、やだ、やだ、やだ。

 ねえ、お願いだから。お願いだから。

 そんな目で、私を見ないで。

 

 だって。ずっと、言ってたでしょう? 

 

『じゃあ……探さないとな』

 

『そう気を落とすなって。絶対にういは見つかるよ』

 

『──ういが戻ったら、また一緒に海に行くのもいいかもな』

 

 あの言葉は、嘘なんかじゃないよね。

 だって、だって私は。シュウくんがずっと励ましてくれたから、自分の記憶を信じて頑張ってこれたのに。いつかういとまた会えると思って探し続けることができたのに。

 

 なんで。

 

 ──絶対に、いなくなりはしないよ。

 ──泣き止むまで、泣き止んでからも。ずっと、ずっと一緒に居るから。

 

 約束、してくれたのに。

 嫌だよ。私、私は。今までも、これからも、ずっと居たかったのに。ういと、お母さんと、お父さん、シュウくんと、みんなで、ずっと──ずっと、一緒に居るって。約束、してくれたのに。

 

『暫くは……もしかしたら二度と、会うこともないかもだけれど。それでも魔法少女の救済だけは、絶対に──』

 

 シュウくん、お願い。お願いだから。

 

 ■■たりなんか、しないで──。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ドッペルを討ち、いろはを打倒する。冷静に状況を精査し結論を出したななかの案に異を唱える者はいなかった。

 しかし、身を潜めるドッペルが如何にして夢のなかのいろはに結びついているかもわからない現状では安易に彼女に危害を加えるというのも憚られた。病室で知己の少女たちのお見舞いをするいろはを尻目に、彼女の夢に取り込まれた魔法少女たちは検討を重ねていく。

 

「ななかさんはドッペルのことについての知識はあるのよね?」

 

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()のと……シュウさんと連絡を取り合っていた際に話を伺っていましたから。しかし今回の事例も私自身初めて目にしたもので……当面の問題は、どういろはさんからドッペルを引きずり出すかになりそうですね」

 

 やちよの問いに頷いたななかが目を細め見つめるのは、『(うい)』と彼女が呼ぶ人形を愛おし気に抱きしめるいろはの姿。

 仮にいろはの夢として形成されるこの空間が魔女結界と同様のものとしてドッペルに産み出されたとして……その場合、この空間を維持する間常にドッペルを発動するいろはの負担は計り知れない。早急な解決が求められるなか、魔法少女たちは身を潜めているドッペルをどう舞台にあげるか頭を突き合わせていた。

 

「ドッペルを引きずり出すって……実際どうすんだ? 片っ端からここのものぶっ壊して強引に炙りだしたりするにしても流石に病院壊すの抵抗あるんだけど……」

 

「ここが一般的な魔女による結界であればそれも有効だったでしょうが……この空間の核がいろはさんであれば、単純な縄張りの破壊よりも彼女によって生まれた明確な現実の差異──。彼女にとって最大の地雷とでもいうべき要素に着目した方がいいでしょうね」

 

 現実にはなく、夢の世界にはあるもの。

 それこそがこの世界においてドッペルを表に出すにあたっての最大の急所となるだろうと推測したななかが見つめるのは、いろはが大切そうにかき抱くクマのぬいぐるみだった。

 

 何故かいろはが妹と呼び可愛がるぬいぐるみ。冷徹にそれを見つめるななかに、フェリシアは思わず顔を引きつらせる。

 

「……マジ?」

 

「マジです。夢のなかとは言えいろはさんやシュウさんに直接危害を加えるよりはずっとハードルも低いと思いますが……、違いますか?」

 

「え、えぇ……。いや違くはないと思うけど……うぅん……。ぬいぐるみかあ……」

 

 何やら物凄く渋い表情になって呻くフェリシアに首を傾げながらも、席を立ったななかは魔法少女の衣装に変身しながらぬいぐるみを抱くいろはに声をかけた。

 

「いろはさん。そちらが妹さんの……?」

 

「ななかさん! はい、この娘が私の妹の環ういです! ほら、挨拶し──」

 

「成る程、()()が……これは、思ったより重症ですね」

 

 ──ぇ? 

 

 首を傾げたいろはが疑問の声を発したときには、クマのぬいぐるみは既に放り投げられていた。

 閃いた銀色の刃。いろはの手から離れ宙を舞ったぬいぐるみを振り抜かれた刀が断ち切り、断面から中身の綿を散らしてぬいぐるみが宙を舞って。

 

「おま え」

 

 その瞬間、横っ面を目掛け叩き込まれた拳を受けた少女の身体が薙ぎ払われ病室の壁を突き破った。

 

「常盤さん!?」

 

 金属片と血液が飛び散り、轟き渡る轟音。粉塵の舞った病室にさなの悲鳴が響いた。ななかを殴り倒した少年が憤怒の形相で唸り声をあげるなか、砕かれた壁の奥から進み出た少女は盾にして砕けた短刀を消失させながら嘆息した。

 

「──いろはさんの夢において再現されたシュウさんは無敵の存在に据えられている可能性も危惧してはいましたが……この程度ですか。であれば比較的容易に対処できそうですね──っと」

 

「あ、あっ。うい、うい──? ……あれ、これ。ういじゃ、な──」

 

「環さん! ──っ」

 

 転がったぬいぐるみの残骸にその瞳を揺らし、正気を取り戻そうとした彼女の瞳が包帯に覆われがくりとその身から力が抜ける。膨張した桃色の髪に吊り上げられ宙吊りになるようにして浮かび上がった彼女に声を張り上げたやちよは、しかし手元に黒木刀を握った少年に牽制され動きを止めた。

 

 空間全体が紅く染まり、そして病室が、次いで病棟全体が崩れ落ちていく。そうして再び塗り変えられた世界で少女たちの前に広がったのは、建物も何もない荒れ果てた荒野──。

 その中心で、浮き上がった少女の髪でその巨体を形成したドッペルは押し殺した泣き声をあげながら膨大な白い帯を生み出し少女たちに向けていく。

 

 ──どうして邪魔するの

 

 ──だいすきな恋人(シュウくん)はいなくなった。最愛の(うい)は家族ですら忘れている内に魔女になった、他ならない彼こそがその事実を突きつけた。

 

 ──もう、現実の世界には環いろは(ワタシ)の愛し、求めていた大切な人はいない。だからこうして、恋人も、妹も用意して……現実(あくむ)とはかけ離れた、希望に満ちた世界を作ってあげたのに! 

 

「念話……?」

 

「よく喋りますね、囀ずる嘴も自ら戒めているというのに」

 

 それが如何なる特性によるものか、敵対者を粉砕すべく手繰る帯と同色の布で嘴を縛りつけるドッペルは直接魔法少女たちの頭にぶつけるようにして慟哭をあげる。

 ドッペルの糾弾をこともなげにあしらった紅髪の少女がシュウの写し身に砕かれた短刀を新たに手元に握る。ドッペルに先んじて接近した黒木刀を握る少年の一撃を危なげなく受け流した彼女は背後の魔法少女たちに向けて声をかけた。

 

「……すいません、さっきので左腕がだいぶ痺れてまして……。刀を握るのもそれなりにきつい状況なのでどなたかカバーして頂けると助かります」

 

「なんでそれであんなに余裕そうにしてたの!?」

 

 負傷し動きの悪い部位から攻めたてられ崩されかけたところを慌てて炎を纏いながら援護に入った鶴乃の鉄扇が黒木刀を盾にしたシュウを一気に吹き飛ばす。やちよの槍が降り注ぎ少年を怒涛の猛攻で削り殺そうとするも伸びた帯が盾となって彼の身を守り、荒れ地に罅割れを奔らせる踏み込みとともに突っ込んだ少年とななか、鶴乃、やちよは激しい近接戦を繰り広げた。

 

「いろはは 俺が 守る──」

 

「……!」

 

「フェリシア、さなはドッペルを抑えて! 私たちはこの桂城くんをすぐに──!」

 

 やちよの警句を断ち切るように少年が黒木刀を振り抜いた。槍で受け止めた魔法少女はホームランを浴びたボールのように空を切り吹き飛ばされかけるが、得物を地に突き立て衝撃を殺すことで難を逃れる。

 やちよが距離を取った瞬間に浴びせられた鶴乃の炎舞。身を焼かれながらも痛痒を覚えた様子を見せずその脚力で移動しようとした彼だったが──。

 

 花が、舞った。

 

 ──白椿。

 舞い散る雪のような花弁、流麗にして苛烈、吸い込まれるようにして放たれた必殺の刃。弧を描いた斬閃が少年を切り刻み、そして()()()()のままに彼が転がる。

 

 脚、腕、胴。確実に身動きを封じるための斬撃は確かに直撃し、しかし彼の身には傷一つなかった。

 

「今のは──、っ……!」

 

 すぐさま起き上がったシュウによる反撃、投擲された黒木刀を交差させた二振りの刃で凌いだななかの胴を弾丸のように飛んだ彼の蹴りが削りかけた。反応が僅かにでも遅れれば(はらわた)をごっそりともっていかれただろう蹴撃を身をひねり回避した少女は引き攣った笑みを浮かべる横顔に冷や汗を流しながら裂けたドレスから覗く赤い擦過痕の浮かんだ脇腹を指でなぞる。

 

「乙女の肌に傷をつけた責任、これが偽者でなければ是非取ってもらいたいところでしたが──、……あら、つれないですね」

 

「いろは──」

 

 後方、白い帯の猛攻を盾で受け止めるさなの背後から飛び出したフェリシアにハンマーを叩きつけられたドッペルが苦悶の声をあげ、そしてそれに真っ先に反応した少年はすぐさま背後へ駆けだしていく。

 背を向ける彼に向かってやちよの降り注がせた槍の雨が容赦なく直撃したが、背に肩に後頭部に槍を浴び転倒しながらもシュウはすぐさま起き上がって桃色の少女の方向へと向かっていった。

 

「おらっ、目を覚ませよいろは──うぉお!?」

 

「嘘、正面から……!? きゃあっ!」

 

(やはり、あの耐久力は異常にすぎる。恐らく、あれは──)

 

 ドッペルを叩き潰さんとしたフェリシアのハンマーを受け止め地に埋まり、けれど無傷で金髪の魔法少女を弾き飛ばした彼にななかはドッペルの眷属として魔法少女の攻撃を次々ともらいながらも倒れず、傷一つつけられない少年の無敵性におおよそのあたりをつけた。

 

 だが、もしななかの想定通りであったならば少なくともドッペルを打倒しいろはを目覚めさせるまで泥仕合が続く。ドッペルを展開し続ける彼女の負担を考えれば不死身の少年の防戦にに付き合っている暇はない。牽制に放たれる槍の援護を受けながら疾駆しドッペルとシュウの連携に瞬く間に追い詰められたフェリシアとさなを窮地から救い出したななかはすぐさま反転し追撃にきた少年と刃を交え剣戟を重ねながら声を張り上げた。

 

「いろはさん、シュウさんったら私と戦ってる間思い切り服を破いてきましたよ! これはもう事案では、浮気──」

 

SYUKUN? 

 

「えっいや待っ」

 

 魔法少女に対し迫っていた白い帯の波濤がシュウの方向へ曲がった。大質量を伴った回避を許さぬ一撃を浴びせられた少年はドッペルの操る白布に遠慮なく叩き潰され、やがてふらふらと立ち上がっては消えていく。

 ごっそりと半身をもっていかれ人型のシルエットの維持さえままならなくなったシュウ。その消失に安堵の息を吐いたななかは、近接特化の超人との戦闘を繰り広げるにあたって相応の無理をさせてた身体を軋ませながらもその疲弊を感じさせぬ微笑を浮かべる。

 

「やはり──夢の主であるあなたなら、彼の撃破が可能でしたか。戦闘力まで精巧に再現されていたとはいえあくまで使い魔の一体に過ぎなかった彼に私や七海さん、フェリシアさんの攻撃が通じなかったのは……ここが、いろはさんの願望で形成された世界だったからですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 助けられた筈のフェリシアが背後で怖すぎるんだけどななかのヤツと忌避するように距離を取るなか、いろはを宙吊りにして浮遊するドッペルは己を守る唯一にして最強の眷属が討たれた現実を受け入れるのを拒むのにその身を揺らす。

 その隙を逃さず、やちよの放った槍が深々とドッペルの身を穿ち貫いた。吊り上げていた少女の身体ごと地に墜ちたドッペルは、致命の一撃を浴び弱弱しく這いずりながらがくりと項垂れる。

 

 ──なん、で。

 

 嗚咽交じりの疑問があった。

 

 ──なんで、夢を見せてあげるのがいけないの? 

 ──いろは(ワタシ)は裏切られた。ういはいなくなっていて、魔女になっていて。それを教えたシュウくんは……シュウくんは……私は、また……。

 ──何も、できなかった。

 

 ──私はただ……ういと、シュウくんが、みんなのいる暮らしが、欲しかっただけなのに。

 

「……」

 

 果たして、どこまでがドッペルでどこまでが環いろはなのか。こうして対峙したななかにも計り知れぬものがあった。

 そもそも、ドッペルは魔法少女のソウルジェムに蓄積される穢れと呪いが最大まで溜められたとき顕現するのが魔女だ。その代わりに魔法少女の穢れを放出しながら現れるのがドッペルであるのならば──ドッペルと魔法少女の明確な差異というものを見出すのは思いのほか難しいのかもしれない。

 

 仮にドッペルが魔法少女の負の感情の集積体であるというのなら、当然完全に大本の魔法少女と同じと言い切るのは誤りだろうが……。それが正であれ負であれ、魔法少女の感情から産まれたものがどの程度当人との差異があるとどう証明できるのか。

 すすり泣くドッペル(いろは)に息をついたななかは、静かな足取りで歩み寄り主と同じ色合いのドッペルの前に立つ。

 

 無言で刀を抜き放ち強烈な峰打ちを見舞った。

 刀身が歪むほどの満身の力を籠められ横っ面を張られたドッペルとともにいろはの身体がごろごろと転がる。

 

『!? ?!?!』

 

「散々不愉快な睦み合いを見せておいて蓋を開いてみればウジウジウジウジと……」

 

 ──ご、ごめんなさい……? 

 

 露骨な舌打ちがあった。

 びくりと震えるドッペル(いろは)──。心底辟易した表情で前髪をかきあげ鋭い目で彼女を一瞥したななかは、やがて刀を捨て片膝を突くと確固とした口ぶりで語りかける。

 

「まだ何も終わってないのに。どうして貴方は諦めているんですか」

 

 ──え? 

 

「妹の魔女化を拒絶して、肉親と一緒に過ごしたいのでしょう? 貴方の恋人のシュウさんと、ずっと一緒に過ごしていたいんでしょう……? なら、貴方のすべきことは都合のいい夢から覚めて今目の前に立ち塞がる現実を見つめて、それでもと前を向くことではないんですか」

 

 ──それ、は。

 ──でも、私には……。

 

「私には、何も──何も、できなかったのに……」

 

 致命の傷を負ったドッペルが消滅し、へたり込む少女のみが残る。

 ようやくかと嘆息するななかを見つめて。その瞳を揺らしたいろはは、震える声で問いかけた。

 

「私、でも……こんな、こんなに弱い自分でも……まだういを、救えるんですか? シュウくんの助けに、なれるんですか?」

 

「知りませんよそんなの」

 

「えっ」

 

 結界が崩れていく。

 少女と、彼女から生まれたドッペルによって創り上げられた夢の世界が終わりを告げる。現実に希望はまだ残っているのかと顔をあげたいろはの問いに冷淡に突き返したななかは、微かな嫉妬と敗北感を滲ませた眼で彼女を見据え唸った。

 

「私に貴方の肉親を救う術の持ち合わせなんてないし、シュウさんとの関係の修復だなんてもってのほかです。そもそも私が貴方に接触しに来たのは、その方法を知るかもしれない人物のもとにいろはさんを連れていくことを依頼されたことが発端なんですから」

 

 そしてみかづき荘に、いろはの夢の世界に訪れ、彼女の妹が直面する事態のおおよそを把握したななかには、ういの魔女化を回避する方法などとんと思いついてはいなかった。

 

 ──それでも、可能性は零ではない。

 いろはを連れてくるように依頼してきた老婆から聞きだした情報と現状をすり合わせそう結論づけたななかは、結界に取り込まれる前のみかづき荘の一室であることを確認しながらどうするのかといろはを問い質す。

 

「私としては、どちらを選んでも構いません。妹を諦め恋人の意思に殉じ魔法少女救済の恩恵に与るか、マギウスや恋人の意図に逆らって敵対し妹を助けるべく動くのか──。……どちらにせよ相応の苦労はあると思いますが、それでも後者は特に過酷です。……それでも貴方は、一縷の可能性に懸けてでも立つことができますか?」

 

「……私、は」

 

 僅かな迷いがあった。

 そしてその躊躇いを最後に。眼前の少女の心が固まったことをななかは悟る。

 

「……少しでも可能性があるというのなら、絶対に私は。ういを、シュウくんを諦めたりなんかしません。だから──連れて行ってください。私を呼んでくれたひとのところに」

 

 

 

 

 

 





・いろはの夢
居なくなったういが居る。シュウが居る。灯花もねむと、元気にういと過ごしていて。
どんなに恐ろしい魔女と対峙したとしても、シュウが傷つかない世界。
強靭な肉体を持っていたとしても、彼は無敵ではない。いつも自分を守るために戦っていてくれた彼が傷つけられることもなく戦い、そしてともに困難を乗り越えることのできることを――彼女は、ずっと願っていた。

夢の中でシュウくんが口にしていた言葉は全ていろはの前で言われていたこと。
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