環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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鏡界にて、新たなる選択肢

 

 

 ある魔法少女を殺した。

 その骸から現れた異形を、一撃をもって灰燼に帰した少年の眼は――、ひどく、諦観に濁っていた。

 

 嗚呼。

 だから、私は――。

 

 

 

***

 

 

 

 活路を開く助けになるかもしれないという、いろはを呼んだマギウスの首謀者。

 

 ななかはといえばいろはが頷けばすぐにでもその元へ連れていくつもりだったようだが、想定外の戦闘は少なからぬ消耗を彼女に、そしてみかづき荘の魔法少女に与えるものとなった。グリーフシードを用いてソウルジェムの濁りを浄化し回復もこなした少女たちは、身支度を整えてはマギウスの重鎮が隠れ潜むという呼び出し場所へと向かう。

 特に昨日学校を飛び出して真っ先に記憶ミュージアムのウワサへと向かいそしてシュウに昏倒させられたいろはは制服のままだった。待たせることとなった魔法少女たちにごめんなさいと謝りながら足早にバスルームに入りシャワーと着替えを済ませた彼女は、みかづき荘を出た仲間たちとともに見慣れた路地を歩きながらひとり俯いていた。

 

「……いろはのやつ、さっきからずっと黙り込んでどうしたんだ?」

 

「どうなんでしょう……。体調に問題はないとは言ってましたけれど、さっきまでドッペルを出し続けていただけに少し心配ですよね……」

 

(……待って)

 

 自身のことを案じてくれているらしきフェリシアとさなの言葉を耳朶に捕らえながら、いろはは自分と暴走しまドッペルを発端とした先程までの騒動を振り返る。

 

(えぇと、夢……私、ドッペルの見せる夢のなかにいたんだよね? 内容はぼんやりとしか覚えてないけど確かに私、ういや、シュウくんと一緒に過ごしている夢を見せられていたような──)

 

 ――待って、変なの、見られてないよね……!?

 

 紅髪の魔法少女に先導されるようにして移動していた少女たちの最後尾でその懸念に行き着いたいろは、不意に立ち止まり置いて行かれそうになった彼女は慌てて仲間たちを追いながらパニックになりそうな頭のなかで懸命に夢のなかの様子を思い出そうとする。

 

(えっ、えっ、えっと……、みかづき荘に居て……シュウくんと、くっついてたような……!? は、裸とか、見られてないよね……!?)

 

 頬に一気に熱が集まるのを感じた。

 自分とシュウの睦事を見られてしまった可能性。「いろはの夢」であったことを考えるとどうしても看過することのできない事実に途端に真っ赤になったいろはは、慌てて前方の魔法少女の様子を伺う。

 

 ななかさん――、何やら不審そうに眉を顰められている。

 やちよさん――。特にこちらを振り向いたりはしていない。

 鶴乃ちゃん――、赤くなってちらちら見てきてる!?

 さなちゃん、フェリシアちゃん……。2人でシュウくんのことを話してるようだった。

 

(ど、どうしよう……。鶴乃ちゃんや誰かにヘンなの、見られちゃったりとかしたのかな……!?)

 周りの仲間たちのなかでも明らかにこちらを意識した鶴乃の視線に狼狽えるいろは。どのようなものを見られたのか記憶の曖昧ななかではいろはにも推し計りきれず頬を紅潮させるなか、僅かな葛藤の末にどうしても自身の不安に抗いきれずいろはは先達の魔法少女に念話を繋いだ。

 

『……()()()? どうかしたの』

 

 移動中唐突に繋がれた魔力、きょとんと目を瞬いたやちよが振り返って視線を向けるのに何も言えず俯く。言葉を交わす前から既に途方もない羞恥に駆られるなか、頭の(ゆだ)るような心地を覚えながら問いかけた。

 

『あっ……あの……私、夢のなかのことよく覚えてなくて……シュウくんと居たのは覚えてるんですけど……その、みんなの前で変な事とか、シてませんでしたか……?』

 

『……あぁーーー……』

 

『シてたんですね……!?』

 

 いろはの晒した痴態をこれ以上なく裏付ける無情な反応。念話で絶望の悲鳴をあげたいろはに天を仰ぐやちよは夢に迷いこんだときの周囲の魔法少女の反応を思い起こしながら苦笑する。

 

『……本番や裸になったりとかはしてなかったから。そこは安心して良いと思うわよ。でもちょっと鶴乃や二葉さん、常盤さんには……刺激が強かったかもしれないわね……』

 

『あう……』

 

『それにしても……随分と濃厚なキスをしていたわよね。毎日桂城くんとああやっているくらいお熱い関係だったのなら妹さんのことも相まってあの決裂でいろはがドッペルを連続で出すくらいは頷け――』

 

「うぅぅぅ……!?」

 

 とうとう真っ赤になってへたりこんだいろは。『穴があったら入りたい……』と煩悶に駆られる彼女の姿を先頭から胡乱な目で見るななかだったが、細い路地のひとつに後続を連れながら足を踏み入れた彼女は不意に立ち止まる。

 少女たちの前に立ち塞がった建物の壁。行き場のない袋小路に遅れてやってきたいろはが困惑するように辺りを見回したなか、眉を顰めたやちよが路地の奥、建物の壁に立てかけるようにして放置された()に視線を向けた。

 

「……常盤さん。もしかして、それは」

 

「ええ。利美智江さん……。私に接触してきたマギウスの翼の相談役はどうにも数奇な場所に拠点を構えているようでして」

 

 ここからなら本来の入り口から入るときと比べて近道になるらしいですよと、そう口にしたななかが鏡のなかに消えていく。今更罠の可能性を疑うような状況でもない、念のために変身して鏡のなかに溶けるようにして移動していった紅髪の少女を追うように鏡へと足を踏み入れたやちよを先頭に、恐る恐ると魔力の籠められた鏡の向こうへと少女たちは身を投げ出していく。

 

 鏡の扉を抜けた先。そこには、鏡面で構成された世界が広がっていた。

 

「ここって……ミラーズ?」

 

 ななかに案内されて少女たちが訪れたのは、その存在を知って以降いろはも度々シュウに連れられて魔法少女としての力を存分に振るうことのできる鍛錬場所として利用していた鏡の迷宮であった。

 一足先に結界にあがりこんでいたやちよとともに少女たちを待っていたななかは、やってきたいろはたちを確認すると手を挙げて合図する。明滅する周囲の壁。辺りに広がっていた鏡が次々に割れ、鏡の残骸を押しのけるようにして年季を感じさせる木製の扉が少女たちの前に現れた。

 

「うわあ、秘密基地じゃんこんなん……」

 

「実際その認識で間違ってはいないと思いますよ。私も魔法少女として活動するようになってからは鏡の魔女の結界にも頻繁に出入りをしていましたがこのような場が存在したことは案内されるまで知りませんでしたし……。では、行きましょうか」

 

 ななかの先導で魔法少女の全員が開かれた扉に入ると、少女たちの背後で重々しい音を立てて閉じられる。

 魔女の結界内に拠点を置くカモフラージュの一環か、硬く閉じられた扉の隙間もやがて鏡が埋めていくのを警戒を滲ませ観察していたやちよも息を吐くと紅髪の少女を追った。

 

「智江お婆ちゃんってこんなところを拠点に……危なくないんですか?」

 

「間違いなく相当なリスクを抱えたうえでの行動ではあるのでしょうね。ミラーズの使い魔やコピーされた魔法少女にも見つからないと確信できるほどに隠密性に自信があるのか、あるいは魔女の懐に潜り込んででも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。余裕があれば聞いてみても構わないとは思いますが、果たしてまともに答えてくれるかどうか」

 

 鏡の結界に用意された隠し扉をくぐってからの景色は一変していた。

 照明ひとつないなかで天井に壁にと飾られた様々な形状の鏡が光を反射して煌めく鏡の迷宮は面影もない、カーペットの敷かれた広々とした廊下では何冊もの分厚い本を持ち運ぶ使い魔が行き交っている。金属質の体の上に本を乗せ浮遊するウワサの魔力を感じさせる使い魔はいろはたちのやってきた鏡の迷宮に向かって出入りしているようだった。

 

「ウワサ……。確かにここがマギウスの拠点であるのは間違いないようだけれど……」

 

「そういえば、七海さんたちは既にウワサや……魔女守のウワサとも戦闘を経験していたのですよね。魔女守のウワサと戦った所感はどうでしたか?」

 

 廊下を進みながら投げかけられたななかの問い。彼女もまたウワサとの遭遇や戦闘をこなしているのだろう口ぶりに、悩まし気に考え込んだ歴戦の魔法少女はシュウと融合したという剣士のウワサとこれまでに遭遇した複数のウワサとの差異を並べやがてぽつりと呟く。

 

「……()()()()。明らかに何らかのウワサの支援を受けた大火力にしても……桂城くんと融合する以前から彼と同等以上の身体能力を有していた点についても……。彼と同じ容貌をしていた点も併せて、魔女守のウワサには不自然な点が多い」

 

「えぇ。私は他のウワサとはほとんど遭遇したことがありませんが、それでも彼の異様さは理解できます。そもそもなぜ、彼はシュウさんと同じ姿形をしているのか……。あるいは、智江さんが今回私やいろはさんに接触を持ち掛けたのも、それに関係があるのかもしれませんね」

 

 ――この先です。

 

 先頭で年長の魔法少女が言葉を交わしながら廊下を進んだ先、本を持ち運ぶウワサの多くがやってくる方向には開け放たれた扉があった。広々とした廊下を抜け、開かれた扉をくぐったいろはたちはそこで目に入った光景に驚愕を露わにする。

 

「おぉ……でっけえ」

 

「これは……ウワサよね。桜の木……?」

 

好きなだけ走り回れる虹色の草原にたった一本 開花を待つ大きな大きな桜の枯れ木 

いつか退院して元気になった女の子たち 3人の女の子はその桜の下でいつも見舞いにきてくれた2人の大切なひとと再会する

花見の約束、病弱な3人の女の子と交わされた大切な約束を 咲かずの桜はただ待ち続ける

約束された4人の少女 それを見守る1人の少年

5人の再開したそのときに 枯れてた桜は満開の花を咲かせもう二度と枯れはしない

どこで道に迷ったとしても どんなつらい日があったとしても たとえ何百年たったとしても5人は必ず桜の木に辿り着く

その桜の名は――

 

「万年、桜……」

 

 あらんかぎりに目を見開いた桃色の少女、その唇からぽつりとその名が零れ落ちた。

 いろはの隣で、その単語を聞き取ったさなが驚いたように問いかける。

 

「いろはさん……。このウワサを知ってるんですか……?」

 

「う、ううん。来たのも初めて。だって、ウワサはねむちゃんが作った。そうだって――、でも、違う。これだけは、私が、みんなと……」

 

「いろはさん……?」

 

「──その様子、本当にねむちゃんや灯花ちゃんのことを覚えてるんだねぇ?」

 

 頭痛を堪えるように目頭を掌で覆ういろは。その様子をいたわるように見つめていたさなは、そこで眼前の白い枯れ木の根元から車椅子を揺らしやってくる人影に気付く。

 背後から動くマネキンに車椅子を押され虹色の草原を進む高齢の女性。様々な色合いに変化する瞳でいろはを見つめる老婆は──和美智江は、何かを探すように辺りを見回すと息を吐いて少女たちに笑いかけた。

 

「いらっしゃい。歓迎するよ、魔法少女のみんな──。……いろはちゃんは、久し振りだねえ。お互い、積もる話もあるだろうが……時間も限られている、手早く本題に入ろうか」

 

「……智江、お婆ちゃん」

 

 そう口にした老婆の背後からぞろぞろと現れたマネキンが次々に机を並べるなか、瞳を揺らして立ち竦むいろはは呆然と彼女を見つめていた。

 

 

『おはよう、いろはちゃん。……へえ、その子がういちゃんかい! かわいい妹ができたねえ……。そうか、それじゃあいろはちゃんももうお姉ちゃんか。姉妹っていうのは良いもんだねえ』

 

『どうしたんだい、そんなところで。シュウなら友だちと遊びにいって……え、そんなんじゃない? またそんな、隠さなくたっていいのに……。乙女な……』

 

『え、料理? そりゃあ教えるのは構わないけれどどうして。……ういちゃんのため、かあ。そんなこと言われたら協力しないわけにはいかないね。――シュウ! おいで! 折角だし貴方も付き合っていきなさいな!』

 

 

 白磁のカーディガンのうえから上着を羽織った老婆は、かつてと変わらぬ微笑みで少女を見つめる。

 恋人と同等以上の、物心のついた頃からの付き合いのあったほとんど家族のような存在であった老婆のことをいろはが見紛う筈はなかった。話こそシュウから聞いてはいたものの、いざ目にして叩き込まれた衝撃に硬直していたいろはは、湧きあがった衝動とともに腹奥から吐き出しかけた言葉の数々をすんでのところで呑み込む。

 

 ――どうして、死んだはずの貴方が生きているのか。

 

 ――どうして、生きているのなら半年間一度もシュウくんのところに会いにいかなかったのか。

 

 ――どうして、貴方がマギウスの相談役として灯花ちゃんやねむちゃんに協力しているのか。

 

 ――あの日、貴方やシュウくんのお父さんが死んで。彼のお母さんだけが行方知れずなのは……つまり、()()()()()()なのか。

 

 聞きたいことは幾らでもあった。吐き出したいと思った言葉は到底数えきれるものではなかった。

 それらすべてを呑み込んで、いろはは正面から老婆を見つめる。他のすべてを差し置いても、確認しなければならなかった。

 

「ういは……。マギウスの翼のところで、魔女になったって、シュウくんに聞きました」

 

「そうだろうね」

 

「ういは……元に、戻せますか?」

 

 私の、妹は。……本当に、助けられますか――?

 

「……」

 

 その問いに、老婆は僅かな沈黙を挟んだ。

 感情の読み辛い振れば瞬く間に様相を変える万華鏡のような瞳に、明確に判るほどの憂慮と後悔を滲ませて。ななかを通じて呼びだした少女の言葉に黙り込んでいた彼女は、やがて重々しく頷いた。

 

「――ああ。まだ、ういちゃんだけは。環ういだけは、半魔女化した状態から目覚めさせその魂と肉体を取り戻すことができるだけの公算が立っている。ここ暫くミラーズを通じて並行世界の調査を続けて、ようやく昨晩その目処を立てたところだよ」

 

「……!! それって……本当、ですか!?」

 

「そして、それは今朝方の段階でシュウにも伝えたことだ」

 

「えっ」

 

 ――そのうえで。桂城シュウは、現状のままマギウスの計画を遂行しエンブリオ・イブを用いて魔法少女救済を為すことを決めた。

 

「……………………………………う、そ」

 

「……なん、で?」

 

 それは、つまり――。

 シュウは、諦めたのか。環ういのことを救い出すことを。

 

 信じられない思いで老婆を見つめるいろはは、やがて自身に向かってういの魔女化を突きつけた彼の顔を思い出す。

 あの時の彼の顔は、どうしようもない諦観に満ちていて――。

 

「マギウスの翼による魔法少女の救済は、半魔女化したエンブリオ・イブの完全な羽化によって実現される。環ういの救済は、事実上のマギウスの翼の計画の頓挫に近いからね」

「当然、ういを救済した場合の魔法少女救済の計画もある。だがそれらを実現するのは、現状集まっている材料だけではどう短く見積もっても3年はかかる――。それでは何の意味もないと、シュウは判断したんだ」

 

「……」

 

 呆然と記憶ミュージアムでの邂逅を思い返していたいろはの耳朶に響く、淡々とした説明。

 3年。この場の魔法少女でその重みを知るのは、今集まる者ではやちよのみか――。年長の魔法少女が沈黙するなか、老婆の言葉を聞いたフェリシアは激昂して車椅子に座る彼女に向かって大声を張り上げた。

 

「3年……たったの3年、救済が遅れるだけだろ!? じゃあなんで、それでいろはの妹を助けられるのにシュウのやつは諦めてんだよ!」

 

1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――今までも、魔法少女はそうやって簡単に喪われてきた。

 

 これ以上ない重みをもって告げられた老婆の言葉に金髪の少女が絶句するなか、状況を吟味するように彼女の言葉を反芻していたななかが問いかけた。

 

「それは、つまり――。3年の時間の間ではどう足掻いてもシュウさんはいろはさんと、その妹のういさんを守り切ることができないと。そう判断したから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()。そういうことですか……?」

 

 その通りだと、深々と皺の刻まれた顔を苦笑でしわくちゃにして老婆は首肯する。

 

「時間をかければ魔法少女は救えるかもしれない。けれど私の用意するサブプランも、中枢となる魔法少女を喪ってしまえば確実に頓挫してしまう程度のものだ――。そして仮に3年後、魔法少女の救済が成功したとしても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……計画が遅れれば、それだけ喪われる魔法少女の数も増えていくことだろう」

 

 そして3年後までいろはが生きていられる保証をシュウにはできていなかった。いや――そんなもの、この世界では誰にだってできはしない。最低でも、魔法少女救済による魔女化の回避ができない限りは。

 魂の宝石1つ砕ければ死ぬ。魔女に食われれば死ぬ。魔女になってしまえば死ぬ。そんな少女たちに未来を保証するなど、誰にだってできなかった。

 

「……」

 

「……私、が」

「魔法少女が救われなければ私が、絶対に死んじゃうから。シュウくんは、ういを見捨てることを選んだんですか?」

 

 絞り出すような声があった。

 肩を震わせ、呼吸を乱れさせて、懸命に泣くのを堪えながらそう聞いたいろはに、沈痛な面持ちの老婆は頷いた。

 

「あの子は、既に羽根の――。魔法少女としての生き方に追い詰められたマギウスの翼の魔法少女たちとも交流をもっている。シュウが死なせたくないと思っている魔法少女はここにいる面々を含めても少なくはないだろうけれど、そのなかでもいろはちゃんは最も大きな存在としてあの子のなかに位置付けられているのは間違いないだろうね」

 

「……」

 

 命の天秤。

 たったひとり、救える可能性があってもそれであらゆる計画を破綻させかねない不安定な少女と、いろはと、これまで少年の関わってきた魔法少女の命。

 

 その二択に対してどのような感情を彼が抱いたのかは伺い知れない。けれど──もしういのことをいろはが救い出そうとするのならば、灯花は、ねむは、マギウスの翼は、そして何よりシュウが全霊をもってその試みを粉砕しようとするだろう。

 

「いろは、さん……」

 

「……さな、ちゃん。私……私は、──。……ね、さなちゃん。手を、握ってくれる?」

 

「え? は、はい……」

 

 おずおずと手を差し出すさなの手を握り、いろはは目を瞑る。手のなかの温もりを確かめるように指を絡めながら深呼吸を繰り返した。

 

(……うん。()()()

 

 彼女を振り返り、叱咤するような言葉をぶつけようとしたななかは目を見開きやがて安堵の息を吐く。ようやくですかと、そう呟いた少女に申し訳なさそうに微笑んで、いろはは前を向いて老婆を見据えた。

 

「……それでも」

「それでも私は、ういを助けたいです。いえ、助けてみせます」

 

「……そうかい。けれどそれでシュウの奴は到底──」

 

「納得させてみせます。そうしなきゃいけないんです!」

 

 冷徹に、淡々と老婆の明かした情報はこれ以上ないくらい残酷で。

 けれど、乗り越えなければならない課題を明確に突きつけるものでもあった。

 

「お願いします……、お願い、力を貸して智江お婆ちゃん。シュウくんは絶対に私が納得させてみせる! ういも助ける! だけれどこの場にいる誰だって、シュウくんの守りたいと決めたひとたちだって、喪いたくない──。どうしても私だけじゃ足りないの、力を貸して! 絶対に──絶対に、私は死んだりしないから!」

 

「──」

 

 愕然と目を見開いた老婆。彼女をしっかりと見据え、仲間と握りあう手から力を借りながらかつて身近にいた内気な少女からは滅多に聞いたことのなかった啖呵を吐く彼女を見上げた老婆は、やがて小さく笑みを浮かべる。

 

「……ういを救いだすなら、必ずシュウは立ちはだかってくる。あの子は本気だよ……。たとえこの街全員の魔法少女が敵対したって、魔女守と融合したあの子を討つ手だてはないだろう」

 

「じゃあ、私が倒します」

 

 はっきりとそう口にしたいろはに、とうとう智江は天を仰いだ。

 ああ、これだけ目を見て話していればどうしても理解できる──。彼女の眼には、最早一点の曇りも偽りもない。

 

「ずっと──。ずっと、シュウくんの動きは見てました。私は……絶対に、シュウくんには敗けたりしません」

 

「……まったく、そりゃ敵わないね」 

 

 困ったように苦笑を浮かべる彼女は、やがて車椅子を移動させいろはに近づきながら手を伸ばすと少女の頭をそっと撫でる。

 

「一番、険しい道だよ」

「はい」

 

「今のままじゃ、絶対にシュウには勝てない。最低限の土台を短時間で仕上げなきゃだろう。地獄をみるよ」

「構いません」

 

 呆れたように、観念したように息を吐いた老婆の姿は。どこか、いつかのシュウの姿と重なった。

 

「仕方ない、か。……期日は、1週間後。ミラーズに誘い出したあの子をいろはが倒せたとき、最短最速で環ういを救出する。それまで私も全面的に協力しよう」

 

「……はい! ありがとうございます!」

 

 礼を言うのは私の方ではないだろうにと苦笑しながら、老婆は周囲を一瞥する。

 そこには、いろはのことを放っておく気がまるでないのが明らかな、魔法少女の救済を破綻させると聞いておきながら頼れる──頼らせる気満々の魔法少女たちの姿があった。

 

 

 

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