環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
いろはにとって、桂城シュウという少年はずっと身近にいた存在だった。
ある意味では彼と、彼の家族は。病院で暮らすことの多かったういよりも、そんな妹の看病に仕事にと忙しかった家族と同等以上に、一緒に居る時間が長かったかもしれない。
そうなると、いろはにとっては少年や彼の両親、家主の老婆はほとんど家族も同然で……けれども、時が過ぎるにつれていろはは自然にシュウのことを異性として意識するようになっていた。
仲良くなってからは兄のようにすら思っていたこともあった彼に明確に恋心を抱くようになったのは何時の頃か、いろは自身にも釈然とはしない。
病院にお見舞いに行って妹たちと話していると灯花にまだ付き合っていなかったのかと驚かれて、異性としてどう思うのか聞かれたときか。
シュウに気があると仄めかしていたクラスメイトが幼馴染と付き合うようになったのを想像して胸の奥がずきりと痛んだときだったか。
切っ掛けは幾らでもあったし、何だってよかった。ずっと一緒に居たくて、誰かに彼を取られたくなくて。懸命に勇気を振り絞っていろはは告白して、そうして少年に受け入れて貰えることでできた関係性だった。
あるいは……そうやって、ずっと傍に居たからか。
中学生になって間もない頃、強風に煽られて倒れた自転車の山をひょいひょいと持ち上げて位置を直していたという彼の姿を見たというクラスメイトが心底驚いた様子でそのときのことを話していたのを聞くまで。いろははシュウの持っていた特異性についてほとんど意識したことがなかった。
『でもシュウくんって昔からああだった気がしたけど……去年くらいに私が風邪ひいたときとかすごいあっさり持ち上げて部屋まで運んでくれてたし』
『はぇー。そんなに力持ちだったんだ、知らなかった。……で? その先は? ……いやいやナニきょとんとした顔してんの、彼氏と部屋で2人とかなんかヤったんじゃないの! どうなのそこ! 環さん!』
『な、何もないってば! 付き合いだしたのだって小学校卒業する少し前からだったし……か、看病はしてもらったけど……』
仲良くなれてきたクラスメイトからそんな風に揶揄われつつも、彼の人並み外れた身体能力の秘密が今更ながらに気になったいろはは翌日にはシュウの家で智江に幼馴染のことについて質問していた。
『うん、シュウのことかい。……私の家にあの子たちが越してきたときも6才にもなってない子が親を手伝って大きな家具運んだりしてたからねえ。ほらあのテーブル。シュウが運んできたやつだよ』
リビングで使われている机のひとつを指し示しながら安楽椅子に背を預ける老婆は、膝上に乗せる年老いた黒猫を撫でながら苦笑していた。幼い頃から露わとなっていた――そして引っ越してからは明確にセーブするようになっていたが故に外では滅多に見ることのなくなっていたシュウの身体能力に思いを馳せるように天井を見上げた彼女は困ったような表情で口にした。
『あの子がああも人並外れた身体をしてるのだって、理恵にそうと願われて産まれた以外に特別なことはないよ』
『特別頑丈で足が早くて、力持ちで……それだけだとも。願いの代償に死んでしまうとかいった因果を押し付けられてるでもない。まあ、あの子を育てるのに理恵も旦那も苦労したとはよく聞くけどね?』
微笑を滲ませそんなことを語る智江。どこか懐かしむようにして目元を弛めた彼女は、いろはに向かって穏やかなまなざしを向けた。
『とはいっても、なんだかんだ1人でいるのが苦手な子だから。いろはちゃんには手間をかけさせるかもだけれど、良ければシュウとは末永く仲良くしてほしいね』
兎じゃないんだからそんな寂しがりみたいなこと言うなとテレビの前から声を張り上げた少年の声にからからと笑う老婆。彼女に釣られて笑ってしまいながら、目を細めたいろはは背を向ける恋人を見つめる。
──末永く、かあ。
──うん。ずっと……ずっと、シュウくんと一緒に居られたら……本当に、嬉しいなあ。
ばしゃりと冷や水を浴びせられる。
意識の覚醒──。げほげほと、気道に入った水を血と共に吐き出しながらいろはは痛む身体を震わせた。
「起きましたね」
水滴を滴らせるバケツを片手に、気を失っていた桃色の少女を遠慮なく叩き起こしたななかは鋭い視線を向ける。
「魔力は残っていますね? よろしい。では回復魔法で傷の治癒を。痛みも痕も残さず完璧にですよ」
「わかり、ました……」
腱を断たれ動かない両腕に魔力を通したいろはは、魔法少女の再生力に合わせての回復魔法の行使ですぐさま手の感覚を取り戻す。掌の開閉を繰り返して調子を確かめた彼女は体内に治癒の魔力を巡らせ、喉奥からせりあがった血を「うぇっ」と吐き捨てると鉄臭い味をまざまざと舌で味わいながら身を起こす。
「ななか、さん……お待たせしました。私の準備はもう平気です」
「そうですか。では模擬戦の内容は先程と同じように――。私は、
「はい、わかりました。……よろしくお願いします!」
魔法少女の姿に変身していたななかがバケツを打ち捨てるのが合図だった。
力強く踏み込んで接近し刀を抜き放ったななかの斬撃をすんでのところで回避したいろはが腕のボウガンから矢を射かける。自身に飛来した矢を二振りの刀で迎撃しながら追走する少女の刃を躱しながら、次々に矢を撃ちだすいろはは眦を決し眼前の魔法少女に立ち向かった。
『マミちゃんは話せばわかる。灯花ちゃんもねむちゃんも、私の流す情報で多少は行動を誘導できるだろう。アリナちゃんは……みふゆちゃんに説得をして貰っているところだ、成功すれば
――マギウスによる調整を受けた桂城シュウには、柊ねむの生み出した最初のウワサである魔女守が融合している。
魔女を守る剣士のウワサ。いろはの恋人と瓜二つの姿形、そして同等以上の身体能力を誇っていた彼が生み出された目的は、マギウスによる魔法少女救済の要である半魔女、エンブリオ・イブの守護にこそある。環ういを魔女化の末路から救い出すのであれば、最大の障害である彼との激突を避けることは叶わない。
そう老婆に説明されたいろはは、自身に協力をすると約束をしてくれた老婆や仲間たちの手を借りてシュウとの戦闘を実現するにあたっての『最低限』を構築するべく血の滲む鍛錬に取り組んでいた。
後方に跳躍しての狙撃。矢を放った反動も併せ距離を取りながらばらまかれた矢弾を、力強く振り抜いた刃の斬圧をもって一太刀で処理したななかは音もない足運びをもって距離を詰め刀の切っ先を深々といろはの横腹に埋める。
「うっ……!?」
「動きそのものは悪くありません。足りない火力も当日には解決することができるでしょうし……ですが、矢を切り払われてからの反応が僅かに遅かったですね。退避するにせよ、更なる矢をもって封殺するにせよ戦闘中は素早く判断をこなさなければなりません」
「わかり、ました……」
少女から抜き取られた刀身からぽたぽたと紅い雫が滴った。息を荒げて膝を突きながら、すぐさま治癒を済ませて立ちあがった少女がボウガンを構えるのに息を吐いたななかは再度放たれた矢の弾幕をくぐり抜け蹴りを浴びせる。
2人の少女が相争うのは、鏡の迷宮に広がる鏡面の異界のひとつ。薄氷を思わせる薄く脆い印象の鏡によって構成された広間だった。
魔法少女のコピーや使い魔の出現頻度も少なく、複雑な構造をしていない上層は比較的危険度も低い。周囲のことを気にせずに魔法少女としてのちからを振るうことのできる最適な環境として鏡の迷宮はシュウも重宝していた場で、いろはは刀を振るうななかとの戦闘を繰り広げる。
踏み込みで鏡を罅割れさせ、矢を切り払いながら突貫しいろはを打ち伏せた紅髪の少女は痛みを訴える身体の節々からの悲鳴を無視しながら短刀をもって自身へと突きつけられたボウガンを腕ごと破壊する。すぐさま転がり距離を取って傷を癒す少女の様子を眺めながら、ななかは舌を巻く心地で低く唸った。
「……良い動きです。狙いも正確、本気で攻めたてる私の動きもよく見ている。それに――もう、痛みで動きを止めることはなくなりましたね」
「……はい。シュウくんと戦うっていうときに、痛いからなんていって悠長にはしていられませんから」
回復魔法で癒す間もずっと痛むだろうに、汗を浮かべながらも気丈に笑ってみせたいろは。止まってなんかいられないと断言する彼女の浮かべた笑顔を見たななかは、成る程と小さく頷く。
――シュウさんが、ああも執着するわけですね。
「?」
「……いえ。実は恋人の貴方が魔法少女であると初めて知ったとき、少し意外だったもので。私の知る彼ならば、魔法少女の実態を知れば絶対に恋人を魔法少女として戦わせないだろうと思っていましたから」
ああ……。
納得の声をあげたいろはは、顔を曇らせてかつての絶交を思い起こす。
半年前、魔法少女だった恋人が魔女などという怪物と戦うということを知ったシュウがいろはに戦うことをやめろと突きつけてからの絶交。彼の家族を守れなかった負い目は未だに色濃い。
魔法少女の救済に全てを賭けるまでに追い詰めた原因のひとつであろう出来事を思い浮かべその顔に寂寥と後悔を滲ませるいろはは、同じ道場に通い彼と親しくしていたというななかの言葉にかつてのやりとりを思い出しながらぽつりと零した。
「……お前しかもういないんだって、言われました」
「惚気ですか」
「ご、ごめんなさい!」
苛ついた表情になったななかの合図で再開された鍛錬、距離を取っての高密度の弾幕から抜け出して散々峰打ちでいろはを打ち据えたななかは「それで?」と取り出したナイフで短刀の一撃を受け止めたいろはに向かって問いかける。
「えっ、と……?」
「唐突に惚気て言ってたじゃないですか、シュウさんにお前しかいないんだって言われたと」
「あ、はい……。……その、ごめんなさい……」
「もう良いですから……。私こそ申し訳ありません、少し気が立ってしまいました」
そんなことはないですと頭を下げたななかに慌てていろはが首を振る。
智江が複数の黒羽根を連れてマギウスとの折衝のために本拠地であるというホテルフェントホープなるウワサへと戻り。
ういの救済、神浜を訪れるワルプルギスの夜の対策、いろはがシュウと交戦するにあたっての支援――それらの準備にみかづき荘の魔法少女も駆り出されるなか、彼女の鍛錬に付き合うと言ってくれたのがななかだった。
『今のいろはさんではシュウさんには勝てないでしょう。――私なら、シュウさんの、そして魔女守のウワサの太刀筋を覚えています。模擬戦の相手くらいなら務まるかと』
そう言っていろはの鍛錬相手を申し出たななかによる実戦での訓練は、これまでいろはが経験したどの魔女との戦いと比べても痛く、苦しく、過酷だった。
けれど、それをいろはが理不尽だと感じたことはない。
彼と戦うためにどうしてもこの鍛練が必要だと痛感しているのもある。
それと同時に。打ちのめされ、切り刻まれ、地に這いつくばって。傷を癒したいろはが立ち上がるのを待ち、そして再び徹底的に痛めつけるななかの眼はこれ以上ないくらいに冷酷で……同時に、真剣だったから。
必要なことであるという理解と、
いろはに、力を与えてくれていた。
「……半年前。シュウくんのお父さんと、智江お婆ちゃんが。魔女に殺されたのは、知っていますか?」
「ええ。粗方の事情は掴んでいます。……とはいっても、私がそれを知ったのもつい最近、シュウさんとこの街で遭遇してようやくといったところでしたが」
「……私。その時、間に合わなかったんです」
──それは。
鍔迫り合いも止め紅玉の瞳を見開いた少女の反応に、いろはは小さく頷く。
「私は、その時には魔法少女になっていて。妹の病気を治すことを願って手に入れた魔法少女の力は……回復の魔法でした」
「私なら……私が間に合ってさえいたなら、シュウくんのお父さんを助けられたかもしれない。智江お婆ちゃんとも離れ離れになることはなかったかもしれない。それなのに、私は──間に合いませんでした」
「恨まれて当然なのに。責められて当然なのに。シュウくんは、魔法少女を止めるようにと言ってくれたときも、魔女のことは怖い筈なのにそれでも助けに来てくれたときも。お前しかもういないんだって、言ってくれて……」
「……シュウくんが、ういを助けるのを諦めてでも魔法少女を救うって言うようになったのも、私が……」
「……さて、それはどうなのでしょうね」
気軽に、放り投げられたものがあった。
唐突にななかの投げ渡した四方形の立方体。薄黄緑色に発光するキューブを受け取ったいろはは、何かしらの魔力が籠められているのだろうそれを見下ろしきょとんと瞬きを繰り返す。
「……え?」
「シュウさんにとっての最愛が貴方で。唯一残された大切も貴方だというのなら……本来は、いろはさんの周囲で構築される世界において最も重要な存在である環ういさんのことも全霊を尽くして守った筈です」
僅かに遅れ、気付く。
眼が同じだった。
いろはを痛めつけながら鍛え直すときに見せる、冷酷で、真剣で──、お前ならできるだろうと言わんばかりの、燃えるような眼差し。
「それが、彼にはできなかった。そうなった要因はひとつではないにせよ……彼がそうやって貴方の最愛を守るのを諦め、貴方の命と将来を守ることを最優先にと選んだのは、何か理由があった筈です」
いろはの手のなかで脈動する魔力。キューブと、それを握るいろはの強張った表情を見比べ冷徹に目を細めたななかは、突きつけるように告げた。
「それは、智江さんから渡されたシュウさんにまつわる記憶です。……彼の折れた原因。それを払拭するために貴方は何を証明するべきなのか。……貴方なら、見ればすぐわかるでしょう」
「……」
その言葉に、ごくりと息を呑んで。
少女は、キューブを握る掌に力を籠めた。
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