環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
金属音、悲鳴、そして破砕音が響き渡る。
鏡の迷宮第8鏡層、その一角に存在するドームに配置された魔法少女のコピーを粉砕するのは一陣の風だ。超高速で移動する少年の振るう黒刃は、主に直撃する軌道の矢を的確に撃ち落としながら桃色の髪の少女を次々と両断していた。
もしミラーズにて鏡に造り出されたコピーに血が通っていれば、一帯はぶちまけられた血と臓物によって染め上げられた地獄絵図になっていたことだろう。
20人以上用意したいろはのコピーによる包囲網が10秒も保たずに呆気なく瓦解した事実に、常磐ななかは呆れたように息を吐いた。
「流石に、彼も対応が早いですね。時間も限られるなかであくせく用意したいろはさんのコピーも瞬殺ですか……。あの風、魔女守のウワサが用いていた魔法もしっかりと使いこなしているようで」
「……速く、鋭く、重く、強い。始めからわかっていたことではあるにせよ、いざこうして目の当たりにすると圧巻ね」
牽制に放たれた矢が当たらぬと見れば突貫して斬り伏せ、出鱈目にばらまかれた矢が直撃する軌道であれば風の補強も乗せた踏み込みで真横にステップを踏んでたったの一歩で射程から外れる。
そうした圧倒的な機動力を活かした移動で距離を詰め、黒刀の一閃をもっていろはのコピーをバラバラにしていく。破砕音とともに砕け散った少女が硝子片を散らして転がっていく様子は迂闊に近付いていれば自分たちも同じことになっていただろうと実感させるものだった。
「マギウスが誇る、救済の中核を担う
紅髪の少女の隣でそう呟く七海やちよ。いろはのコピーの残骸が散らばり、多勢に無勢を意に介せず殲滅した少年とただひとり残された桃色の髪の少女が相対するのを確認した彼女は物憂げに目元を険しくさせる。
戦場となっているドームから離れ、しかし異常があればすぐにでも駆けつけられるようにと、いろはたちの争いを観戦する2人の魔法少女。ドームの様子を一望する望遠鏡として機能するよう魔法をかけられた鏡を前に戦闘の推移を見守る彼女たちは、四肢を透明な太刀に斬られ地に伏したいろはが反撃を行ったのを眺めながら戦況を冷静に見定めていた。
「……実際に鍛練を担当したななかさんから見て、勝算はどうなのかしら。いろはは……桂城くんに、勝てそう?」
「……そうですね」
やちよから投げかけた疑問に、高速での戦闘を繰り広げるシュウに追い詰められていくいろはを見つめるななかは考え込む。
桂城シュウと、魔女守のウワサ。ともに強力無比の戦闘力を誇る彼らの戦う様をやちよは見ている。こうして実際にいろはを追い詰めるシュウの姿には彼女も懸念を抱かざるを得なかったのだろうと判断したななかは、鏡の向こうで首を断たれたいろはが膝から崩れ落ち、そして直後に反撃するのに目を細めた。
「初手で無力化された時点で、十分には」
「……あぁいえ、やはりこう言いましょうか。勝てますよ、いろはさんなら。絶対に、彼女は敗けません」
それができるだけの意志を、既に彼女は持っていますと。明確な確信をもって言い切った紅髪の少女は穏やかな笑みを浮かべていたが、鏡の向こうで死力を尽くす少女を見つめる眼は真剣そのものだった。
(ええ……。勝てる。勝てます。……いろはさん。貴方は、絶対に勝たなければならない)
瞬間、眩い光が少女たちの眼を焼かんばかりに光り輝く。
覚醒を遂げたいろはの放った紅い矢と、少年の振り抜いた風の大斬撃。その衝突の余波が2人の相争うドームを中心に広範囲まで広がりやちよとななかの潜む場にまで罅割れを奔らせるのに少女たちは素早く立ち上がった。
「……これは、階層の大半が崩れますね。一応周辺の魔法少女がいないことは把握済みですが、巻き込まれた者が出ていないか念のために確認してから私たちも移動しましょう」
「えぇ。……この騒動だもの、使い魔や魔法少女のコピーが集まる事態にも細心の注意を払うとしましょう」
頷き合って立ち上がる少女たちがそれぞれの得物を手に崩壊しつつあるドームから背を向け移動する。
崩落音の響く戦場の方向へ視線を向けるななかは、一週間の鍛錬を乗り越え全霊をもって組手に臨んだ彼女をも打ち倒して見せた友人へ激励を送る。
(――勝ってくださいよ、いろはさん。今この時、シュウさんに未来への希望を証明することができるのは……
轟音とともにドームの足場に罅割れが奔り、そして震動とともに崩れ落ちていく。
宝石の鏃と黒い暴風がぶつかり合い、そして爆ぜた衝撃は甚大だった。ドーム状の広間が崩れ落ち下方に広がっていた空間へと身を投げ出されたいろはは、身を襲う暴風に煽られ体勢を崩し自身とともに落下していく割れた鏡面のひとつに身を叩きつけられた。
「っ、――ッッ」
抉られた肩こそ庇ったものの、落下の衝撃はまだ治癒の追いついていなかった傷口にもろに響いた。身を貫く激痛に顔を歪ませ、それでも動きは止めずに落下を続ける土台を蹴って宙に身を躍らせたいろはは左腕を中心に展開された光弓から矢を射かける。
唸りをあげて飛来した矢が、黒い刀身と激突し火花を散らした。
「……」
黒く染まった『空』によって生み出される風を足場に空中を移動する少年。落下するなかも決して無防備な姿を晒さず、時に上方から崩れてくる鏡層を足場に、あるいは宙に身を投げながら的確にシュウを狙い矢を放ついろはと、防いだ矢の手応えから伝わる威力に目を細めた。
―― 随分と、強くなった。
少年を追い光弓を構えるいろはの瞳には迷いはない。今この時も空中での高速移動を繰り広げる魔女守の姿を見失うことなく矢を射かけ、光弓を瞬かせては彼女と同じ色合いの矢を四方八方に放って彼の動きを牽制していた。
立ち回り、矢の威力、傷の再生速度。一体どれだけの魔力強化を施したのか、魔法少女としてのいろはの実力は明らかに以前の彼女とは一線を画したものだった。
「だが……この程度じゃ、まだまだ――ッ!」
―― そうであってくれ。
ギシリと虚空を軋ませる。
降りかかった矢の雨を弾き飛ばしながら黒刀を振るい形成したのは大気の爆弾。ソフトボール程度の大きさまで一気に凝縮された『嵐』が今にも解き放たれようとするなか、起爆寸前の噴射口に足を乗せた少年はそれが膨張するのに合わせ一気に踏み込み、そして刃を振るった。
風に押し出され、風を越え――音を踏み越える。自らに向かって放たれた矢さえ置き去りにして、太刀を握る腕を振り抜いていく。
グシャリと嫌な音をたてて、光弓を構えていた少女の左腕がひしゃげた。
「ぁ、か――あッ!?」
赤黒く染まった腕を折り曲げたいろはが、腕で爆ぜた衝撃に揺られ体勢を崩す。為す術なく落下し下層の床にその華奢な身体を叩きつけられたいろはは、血飛沫を散らしながら肺のなかの空気を吐き出し喘いだ。
光弓を支えていた筈の腕は歪に折れ曲がり、彼女の全身を覆うタイツも黒刀の一撃を浴びた箇所を中心に赤黒く染まっている。肉を皮を裂いて突き出す白いものを確認したいろはが激痛に悲鳴をあげる間もなく、数十メートル向こうの鏡面に黒刀を振り抜いて少女を打ち砕いたシュウが着地した。
音を超える速度での斬撃を成した少年がその勢いのままに鏡面を踏み砕いたのを耳朶で捉えたいろははよろよろと起き上がる。
「……本当なら、両手両足を砕いておきたかったんだが」
峰打ちだった。
風の斬撃を直撃させればいろはの即死は免れない。そして風の補強なしではいろはの放つ宝石の鏃を凌ぎ切れない。そして――打撃による骨肉へと与えられる損傷ならば、回復魔法による治癒もどうしても遅れが出る。それ故の相手の対応を許さぬ超音速での斬撃だったが……ウワサと融合したシュウをしても、音の世界での身体の制御は難しいものがあった。
だが、左腕を潰せたならそれで十分――重機に圧砕されたかのように腕をグチャグチャにさせたいろはは光弓を封じられた。
後悔も、謝罪も今や余分と冷徹な表情の裏で噛み殺して。墜落した少女に向かって歩みを進める少年は、彼女のソウルジェムを奪い強制的に意識を落とすべく彼女の首元に手を伸ばす。
今更シュウから逃げて治癒の時間を稼げるような脚をいろはは持っていない。潰れた腕で矢は撃てない。副武装のナイフを右手に構えた彼女に少年を討つだけの近接の心得はない。
無事な右腕に握っていた黒いナイフを、いろはが千切れかけた腕に突き立てた瞬間吹き飛んだ。
「……!!」
「なっ……」
『──いろはさん』
『治癒をしづらいようにと、打撃で手足を叩き潰されたのなら真っ先に切り捨てなさい。砕けた骨の欠片があるようならば特に。……できますね?』
「あっっ……ぁぁぁああああああああ!!!!」
肉の千切れる音。硬直した少年の眼前で、絶叫をあげながら腕へ突き立てたナイフをぐいと押し込んだ彼女はそのまま肉塊となった腕を断ち切った。
勢いよく噴き出した鮮血、ズレ落ちる細い腕――。ナイフに断ち切られた腕がぼとりと床に転がり鏡面を紅く染め上げたのに、シュウは真っ青になる。
その隙があれば十分だった。回復魔法を一気に発動したいろはは、喪った腕を素早く再生すると再びその左腕に光弓を展開する。
「……!? くそっ!!」
己の失態に気付いた彼は鏡面を砕く踏み込みとともに疾駆、いろはとの距離を瞬く間に詰めると首元の輝きを奪い取るべく手を伸ばす。
「──」
失血のショックを治癒による増血で補いながら、いろはの瞳はその動きを正確に捉えていた。
(あっ──。これ、間に合わないかも)
五体満足の状態を確保するのを優先し過ぎた。元よりそう距離が開いていたわけではない、ソウルジェムを奪わんと駆ける彼に光弓を照準するのが間に合わない。
『シュウさんの最優先はいろはさんです』
『魔法少女救済を成すのはいろはさんを含めた身近な魔法少女に未来を与えたいから。ういさんを助ける道を彼が諦めたのは
『たとえ救済の障害にいろはさんが立ち塞がったとしても、シュウさんは絶対にいろはさんを殺しはしないでしょう。それは私たちからすれば付け入る隙にもなりますが……それは、貴方を傷つけることなく迅速に無力化する手段を彼もまた積極的に講じるということでもあります』
『ソウルジェム。それだけは、絶対に奪われないでください』
魔法少女の不死性をもってしても、回復魔法による治癒速度をもってしても。ソウルジェムを奪われてしまえば、今の均衡も容易く崩れ去る。
いろはを無力化してしまえば、魔女守はすぐにでもマギウスの翼の本拠に戻り救済の障害となる老婆を捕縛しに向かうだろう。ういを助けられる者がいなくなったなら、マギウスの掲げる魔法少女の救済が実行される。
いろはの一番大切な妹の命と。いろはの一番大好きな男の子の心と引き換えに、いろはは救われる。
(ふざけないで)
それだけは、嫌だった。
「あああああぁっ!!」
「!?」
その瞬間いろはのとった行動はシンプルだった。
苦し紛れに放てる程度の矢では彼を止めることはできない。
付け焼き刃で扱いを覚えたナイフで近接戦を挑んでもこの状況では返り討ちになるのが落ちだろう。
後退しようともいろはの稼げる程度の距離をシュウならばほんの一歩で食い潰す。
ならば──前へ。
「っ」
(ま、ず。獲れ――)
今いろはを無力化できなければ
加速した体は急には止まれない。首元のソウルジェムのみを腕で庇いながら魔法少女の脚力を存分に発揮し突っ込んだ少女に、咄嗟に伸ばした腕も細腕を払うことができただけだった。
防御さえかなぐり捨て突っ込んだいろはの額が、シュウの鼻っ柱を直撃する。
「ッ、う゛……!?」
「いった……ぁ」
顔面に浴びせられた強烈な頭突き。突進の勢いのままにぶつかり合った2人は衝突の反動で距離を開き、額の痛みを堪えながらいろはは光弓を突きつけた。
血の雫が弾け肉片が飛ぶ。
激突の直後にも関わらずソウルジェムを強引に奪い取ろうとした少年の掌が、真正面から浴びた矢にぼろぼろになっていた。
「シュウくん……」
「……………………糞が」
片手から血を滴らせ毒づいた少年の掌と指先の形が整えられるように再生していく。傷を負った箇所の激痛と、それが修復され癒されていく間の焼けるような苦痛――。それに目を細めた少年は、憎々し気にいろはを見つめた。
ずっと守っていた筈の少女が。弱かった筈の女の子が。
これほどの痛みのなかであれほどの動きをできている事実が、どうしても受け入れられなかった。
「……なんで、お前はそんな風に戦うんだ」
「?」
「その様子じゃ、痛覚の遮断だってしてないだろう。さっきから好き放題に刻まれて、潰されて――自分で、腕まで切り捨てて。絶対に、耐えられるもんでもないのに、なんで、お前は」
「……」
シュウの表情に変化はない。
けれど、いろはには。懸命に冷徹な顔を作って問い質す彼が――泣きそうな顔をしているように、見えていた。
ずっと、恋人がマギウスに入る前から懸命に取り繕われていたものがようやく剥がれて出てきたように見えて。いろはは、ここにきて初めて、彼と向き合えたような気がした。
「特別な事でもなんでもないよ」
だから――口にする言葉には嘘偽りなく。
「だって。シュウくんはずっと、同じようにして魔女たちと戦っていたでしょう――?」
「……は?」
心底困惑したように眉を顰めた少年に、いろはは困ったように苦笑していた。
――ずっと、見ていたよ。
後ろから、ずっと。ずっと、いろははシュウだけを見ていた。
初めて魔女と戦ったとき。倒れたいろはを庇って魔女の凶刃を浴びた彼は、血みどろになりながら黒木刀を構えて、死地に立つ恐怖に苛まれながらも彼女を守りたいと宣言してくれた。
魔女の口づけに操られいろはに襲いかかったシュウが、すんでのところで目を覚ましてくれたとき。苦しそうな顔で謝ったあとに傷ついた少女を守りながら戦っていた彼は、自分が傷つけたいろはよりずっと深い傷を負っても弱音ひとつ吐かなかった。
水名神社で、魔法少女の攻撃が何一つ通用しないウワサに追い詰められたとき。ドッペルを発動させ暴走したフェリシアの一撃を受け腕をへし折られた彼は、形を整える程度の治癒のみを施されたような状態にも関わらず臆することもなくウワサを追い詰めていた。その後に現れた魔女も、いろはがソウルジェムを濁らせ倒れるなかで単身立ち向かっていた彼は、その間もずっといろはのことを気にかけていて。
痛くないなんてことはなかった筈だ。怖くないなんてことはあり得ない筈だ。
だって――桂城シュウは、超常の力を操ることもできる魔法少女でもない、生身の人間だったから。
それでも、シュウはずっと最も危険な最前位置で魔法少女の戦うべき異形と張り合っていた。傷を負う痛みも、傷を癒されることによる痛みも、命を喪うかもしれない窮地に立つことの恐怖も……ほとんどいろはに吐き出したりはせずに、ずっと。
――そんな彼の姿を、いろははずっと見ていた。
「ずっと、シュウくんにばかり押し付けてた。ずっと、シュウくんにばかり頼ってた。……ずっと私、シュウくんの背中を見ていることしかできてなかった」
「だから、今度は一緒に。……痛いことから目を背けたりしない。辛いことも、苦しいことも、残酷な物事も……シュウくんに背負わせたりなんかしない。貴方の背負った苦痛も、悩みも、やりたいと願ったことも、なんだって受け止めて見せる。だから――」
「――逃げないでね、シュウくん」
「ッ……!!」
ギシリと。
少年の根底で、何かが軋んだ。
身に纏う衣装を血塗れにしてふらつきながら、けれど瞳にだけは確固たる意志を宿し。光弓を携えた少女は力強く宣言した。
「今は、私だけを見て。他のことなんて何も考えないで」
「絶対に、負けたりなんかないって。
『そういえば、あの時。桂城くんが言っていたのだけれど』
『これはいろはさんにしか、できない役目です。……任せますよ』
『……シュウには申し訳ないことをしたよ、本当に』
少女も、少年も。決して、1人ではなかった。
本当に独りだったのなら限界はあるかもしれない。けれど、皆となら――。
次回、決着。
背中を押され、証明を果たす。