環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
―1年前―
「ねえねえ、お姉ちゃん!」
「うん? なあに、うい」
「お姉ちゃんたちって、虹を見たことはあるの?」
ある秋頃のことだ。
妹たちの病室にシュウとともにお見舞いに行ったその日、老婆の差し入れた映画を見終わって談笑していたとき。ういの投げかけた疑問に、きょとんと目を丸くしたいろはは彼女の問いを反芻しながらうーんと記憶を思い返した。
「……うん。このところは通り雨も多いからかなあ。先週も学校の帰りに一雨降られたあと見かけたよ? でも虹を見たのって結構久々だった気がする、小学生くらいのときは雨の降ったあとよく空を見上げて虹を探してた気がするけれど……」
「良いなあ……」
おねだりなど滅多にしないういの醸した羨望の気配に、灯花やねむと笑いあっていたシュウが耳をそばだてた。いろはもまたういの露わとする憧れの感情に柔和な表情を作り、妹と目を合わせこてんと首を傾げる。
「どうかしたの?」
いろはにとって、ういはこれ以上なく大切な妹だ。ういのためならば何だってすると断言する彼女だが、しかしそんな妹は姉に似て自分のこととなるとやや遠慮がちなところもありいろはやシュウ以外にはなかなか自分から欲しいものややりたいことは言い出さない。
できる限り力になりたいと、目線を合わせ妹の本音を引き出すように穏やかなまなざしで見つめるいろは。うーんと少し悩んだういは、はにかみながら口にした。
「私、いつか虹が見たいんだっ。今まで一度も見たことがなかったから……」
「……そっかあ」
──ういは、生まれつき身体が弱かった。
物心のつく前から家族とともに足繁く病院に通い、あるいは入院していたういは外出の機会も同年代の子供たちと比べ遥かに少ない。体調が快復に向かえば外の空気を吸いにいくことも多いものの、それも彼女の具合を思えば晴れた日に限られた。
「お婆ちゃんやねむちゃんの見せてくれる映画やアニメなんかで虹がかかっているシーンはよく見かけるけれど、よく考えたら実際に見たことって全然なくって。一度は本物の虹を見てみたいなぁ。
……あっ、灯花ちゃんにも虹の見つけ方を教えてもらえたんだよ。雨が降ったあとに晴れたら太陽とは逆の方を探してるとかかっていることが多いんだって!」
「そうなんだ……! いつかういも虹を見れたらいいね……!」
ういたちの方を一瞥した少年と恋人の方向を一瞬見つめた少女の目があった。話を聞いた2人は小さく頷き合って同一の目的を共有し、再び妹たちに向き直って何気ない言葉を交わす時間を過ごす。
──いろはとシュウ。ういたちに虹を見せるべく2人が共同で計画を練るようになったのは、その日からであった。
『え、虹? ……あ。ういから聞いたの? うーん、確かに
……お兄さま、何その顔。へ、御託を並べなくても見にいきたいのはわかったって……もー! からかわないでよっ、別に私虹自体にはそんな興味ないもんっ』
『……虹かあ。うん、僕も一度はこの目で見てみたいかな。ただ……こほっ。けほっ……。……ありがとう、お兄さん。
……うん、最近は肺の調子が良くなくてね。お医者さんからも安静にしているように言われて、暫くはこの部屋からもひとりでは出られてないから……。もし虹が出ても、見晴らしのいいところまで移動するのは難しいかな……』
お見舞いを終え間もなく、妹同然の少女たちから聞き取った意見を共有すべく恋人の部屋を訪れたシュウ。彼の聞いた灯花たちの言葉を伝えられたいろはは悩ましげに眉を寄せ呟いた。
「そっか……。体調のこともあるから虹を見るために移動するのも難しいもんね……。みんなの部屋から外の虹が見えたりしないかな?」
「あそこなあ……ステンドグラスっていうんだっけ? 半透明で少し外の様子曇って見えるからなあ、見えないこともないかもだけどやっぱり別のところに移動した方が見えやすいと思うよ」
そもそも虹自体が雨と晴れの条件が揃わないと見れないものだ。普段から家と学校、遊び場を頻繁に行き来することのできる一般的な小学生たちと違いういたちはどうしても身体の問題が付き纏う。病室で過ごす以外の時間も基本的に検査や院内学級などで室内に拘束されていることを思えば彼女たちがこれまで虹を見れたことがなかったというのも不思議なことではなかった。
病院から戻るなり真っ先に集まったいろはとういの部屋、床に敷かれたマットの上にあぐらをかいて座っていたシュウを見かねたいろはが「座って?」と自身が腰を乗せるベッドの上をとんとんと叩く。いろはのすぐ横を指し示された少年が遠慮がちにふかふかのシーツのうえに身を落ち着けるとスマホで虹について調べていたいろはがこてんと頭を彼の肩に乗せた。
「見て、これ……。夕立やにわか雨があるとだいぶ虹が見えやすいって。この頃はそういう天気も多いしもしかしたら私たちのお見舞いに行くタイミングでういたちにも虹を見せられそうじゃないかな。……シュウくん?」
「……いや、何でもない」
スキンシップこんなに取られるとちょっと見境なくなりそうでいやだなあと内心で唸り、理性を総動員して意識を切り替える。ここ一週間の天気予報を確認させた彼は、部屋にかけられたお見舞いに行く日のマークをずらりと並ぶカレンダーを一瞥し頷いた。
「……まあ、ひとまずは次お見舞いに行ったときにでも現場の下見はしないとな。病院前の広場、ラウンジ……あとは、屋上とかか? 虹が出たときどこが一番近いか確認しておこう」
「そうだね。私も、雨の降りそうな日は優先的にお見舞いに通えるようにしておこうかな」
「いやいろはの場合は晴れの日も雨の日もずっとお見舞いしてるだろうに……。取り敢えずは俺も雨の日は空けられるようにしておくよ」
部活は平気なの?
肩に乗せていた頭を起こし少年を見上げたいろはの言葉に、肩をすくめた彼はこともなげに口にする。
「そりゃあ妹たちの方が大切だからな」
――時期もそう悪くはない。案外そう遠くない内にういたちに虹を見せられるかもしれない。
表情を明るくしてありがとうと軽く頬にキスをした後に病院の間取り載った資料探してくると慌ただしく立ち去っていく恋人の背を見送りながら、少年は剣道部の活動日を確認しうっすらと微笑む。
ういたちに虹を見せる目処は、既に彼のなかである程度たてられていた。
大型車を動かすエンジンの駆動音と四方に降り注ぐ雨音が耳朶を叩く。
ずぶ濡れになった車窓の向こうでざあざあと打ちつける雨粒。バスに揺られながら欠伸を吐き、隣に座る恋人と肩を触れあわせるようにして座る少年は視界に移った大きな病棟を見上げる。
雨の勢いは強い。空を覆う雲こそそうどす黒くは見えないが、どしゃ降りの雨を降らせる雨雲は分厚かった。
やや暗い空模様を確認したシュウは停車したバスに応じいろはと共に席を立つ。傘を開きながら里見メディカルセンター前のバス停に降りた彼の表情はどこか苦い。
(空振りになるかどうかも微妙な天気だな。気温差もそこそこ激しいなかで雨の日を優先してお見舞いに通ってばかり、いろはが風邪をひく前には虹を捉えたいとこだが)
悩ましい顔で空を見上げる少年、彼の隣で一緒に歩くいろはは手に持つ傘を彼女に寄せられるのに遠慮がちに身動ぎする。桃色の少女は申し訳なさそうに傘からはみ出した彼の肩を見つめていた。
「シュウくん、肩濡れちゃうよ。……ごめんね、私にばかり。一緒に傘に入れてくれるのは嬉しいけど、それでシュウくんが雨に降られるのは……」
「えー、じゃあいろはもっとくっついてよ。俺もいろは濡らしたくないからさぁ」
「……………………人前で、恥ずかしいのに……」
「やってくれるのか……」
ぎゅうと隣から傘を持つ腕に抱きつくいろは。病院に着くまでだからねと小さな声で囁かれながらひっつく力を強めた恋人に思わずといったように呆れた反応を返したシュウもだらしない顔を隠すことはできていなかった。
腕に伝わる少女の温もりと微かな柔らかさ、動揺を示し揺れた傘を立て直しながらくっついてくるいろはを傍らに少年は里見メディカルセンターへと向かう。
うだるような暑さであった夏もいよいよ終わろうという頃合い。季節の変わり目、天気予報にもなかった通り雨や快晴等不安定な気候が続くなかでいろはとシュウは雨の日にも関わらず、寧ろ優先してういたちのお見舞いに通うようになっていた。
「……2人とも、お見舞いに来てくれるのは嬉しいけれど雨の日くらいは無理しないでいいのに……」
「土産にもってきた本を堪能してきたあとでよくいうよ」
ここ数度、雨の日を優先して通う中で常備するようになったタオルを制服の肩部分にかけている彼を見たねむは訝し気に声をかける。数日前シュウが買った文学少女の愛読するシリーズ小説の最新刊を読み終えた彼女の今更な疑問に苦笑したシュウは、手を伸ばしてねむの頭を撫でてはくすぐったそうにする彼女の様子に目元を弛める。
「ま、俺たちのことについてねむたちが心配するようなことは全然ないよ。それに……俺は部活もあったからともかく、いろはが雨の日だからってお見舞いに来るのを控えたことなんてほとんどなかっただろう?」
「ああ、それは確かに。台風のときに平然とお見舞いに行ったときは流石に叱られたと聞いたよ」
「いろははそういう所ある」
大雨の中も関わらずに小学校から直行で病院へと向かい、帰り道で傘も風に煽られ壊れでずぶ濡れになっていたのを顔色を変えたシュウに保護された挙げ句に翌日風邪をひいた経験をもついろはが恥ずかしそうに見てくるのを素知らぬ振りで受け流した。
そういえば最後に一緒に風呂に入ったのも真っ青になって震えていた幼馴染みを強引に風呂場に連れ込んだときだったなと思い返しながら、カーテンの開け放たれた窓を一瞥した少年は外の様子を確認した。
外の雨はもう止んでいる。雲こそまだ残っているが、暫く前に見たときに比べれば量も少なく青空さえ見えている。
もしかしたら今回はいけるかもなと、複数のトライアンドエラーを経ての期待に口元に笑みを浮かべた少年はトランプを取り出したいろはたちの方に混ざりにねむの形成する本の山を離れて少女たちの方へ向かう。
「ババ抜き? ういに勝てるかどうかが問題だな……」
「えー! お姉さまはともかく私やねむまで!?」
「灯花ちゃん?」
「いろはは論外だけど結構ねむも灯花も態度によく出るタイプだぞ。ババ来たときとか身体が強張るのよく見えるし……、ういはアレだ、反応はすごいよく出るんだけれどババか否か関係なく声出したりするから逆にわかりづらくてな……」
「シュウくん?」
「お兄さまやらしー……」
「お兄さまやらしい視線向けないでよッ……お姉さまがいるのに……!」
「……うん。少し恥ずかしいけれど、兄さんに見られるというのなら悪くはないかな」
「やめろお前らやめろって。マジで頼むからやめてくれういがびっくりしてるから」
「その、お兄ちゃん。……灯花ちゃんとねむちゃんを幸せにしてあげてね……」
「どうして??」
結局敗者は頑張って表情に出すのを堪えていたもののぎこちなくなった言動からすぐに手札を読まれジョーカーを掴まされたいろはであった。
運を掴み見事真っ先に手札の全てを手放し、一抜けの特権としてニコニコしながら姉の膝枕を堪能するうい。微笑むいろはの伸ばした姉妹同じ桃色の髪を梳く手を満足そうに受け入れる彼女の様子を苦笑交じりに見守っていたシュウは、トランプを片付けているところで窓の方からコンコンとガラスを叩く音を聞いた。
半透明のガラスを一枚挟んだ向こう、器用に窓縁に立って音を鳴らしたのは、小さな黒い鳥のシルエットだった。
「――よしきた。いろは」
「あっ……。うん! うい、起きて。これから出るからね」
「? えっ、うん」
ぱちくりと瞬きをしては目を丸くしたうい。突然動き出した2人に困惑しながらも身を起こした幼い少女に歩み寄ったシュウは彼女の前で身を屈めると、そのままひょいとういを抱き上げた。
「えぇ!?」
「うっっわ軽……え、嘘だろこんなに子どもって軽いもんだったっけ……」
背と腿に手を回してのお姫様だっこ。抱き上げられたういが驚愕に身動ぎするのにも構わず戦慄に震えていた少年は目的を思い出し腕の中の少女を持ち上げるとそのまま顔を寄せる。
「え、えっ、えっ……お兄ちゃんっ?」
「うい、これからおぶるからな……ちょっと首の方に腕を回してくれるか」
「えっ。あっ……う、うん!」
「はい半回転~」
ぐいと、首を基点に小さな女の子の態勢を変え己の背に乗せたシュウの目は既に突如ういを抱き上げた彼に驚きながらも無防備に近づいていた灯花とねむの姿を捉えていた。
「よっし確保ぉ―!」
「お兄さん一体どうし――わわわわっ!?」
「きゃぁああっ、何、お兄さま急に!?」
右手でねむを、左手で灯花の腰まわりを掬いあげた少年はそのままの勢いで2人を持ち上げる。ぐいと華奢な身体を自身に引き寄せると2人に向かってういにさせたように首や肩を掴むように指示した。
「うわぁほんと3人とも軽すぎ……、え、マジでこんな軽いもんなの……。なんかすげえ心配なんだけど俺……こわ……」
「急に抱っこしておいてなに落ち込んでるの……?」
若干情緒不安定の気が見られたシュウに灯花が胡乱な視線を向けるなか、彼の背中でおぶられる妹の体勢を整えさせたいろはがぽんぽんと彼の肩を叩いた。
「シュウくん、ういは平気。私が後ろで支えられるようにするからいつでもいけるよ!」
「……よしOK。いこうか!」
「え、行くってどこに――うわわわわっ」
「ぐぇっ」
3人の少女を抱きあげて動き出した少年の首を3方向から力の籠められた腕が締めつける。自分の身が危ないから次からはこの体勢はやめようと胸に刻むシュウはいろはを背後に引き連れ少女たちの病室から出ていった。
「お姉ちゃんお兄ちゃん、私たちどこに連れてかれてるのー?!」
「……秘密! ふふふっ、よく見えてると良いけれど……!」
「ぇ、なに、どうしたのいきなり……!?」
「ちょっと、ひとっ、見てるからぁっ。お兄さま、抱っこするのやめっ」
「え、でも灯花6才くらいまでずっと俺に抱っこされるの好きだったじゃん。ほら高い高いって」
「知らないもんそんなの!?」
「こまく やぶれる」
(これは灯花覚えてる反応だね……。でもなんでこんなことを)
突然の奇行の理由について語る気のなさそうなシュウに煽られた灯花が真っ赤になって暴れ出すなか、下手に突っ込めば自分も恥ずかしいあれそれを持ち出されそうと黙して従うことを選んだねむは早歩きで廊下を移動するシュウの腕に抱えられながら自分たちとすれ違う人々を観察する。
「……?」
そこで、異変に気付いた。
(患者さんやお見舞いに来た人は、驚いているみたいだけれど……看護師さんたちは、止めない、笑ってる……? これって……)
傍から見ても片腕にひとりずつ少女を抱き、同い年の幼馴染にも支えさせてもうひとりを背後にも背負う少年の姿は奇異極まるものである。実際に廊下を、階段を通りがかった患者やその家族たちは驚いたように彼らを見つめていたが、しかし遭遇したナースたちは5人を咎めもせずそれどころか笑って手を振っている者さえいるほどだった。
明らかに何かしらの根回しがされている。驚きを露わに目を見開く眼鏡の少女は、そこで階段に通りがかった少年が上の階に向かって足を進めていくのに更なる疑念を抱いた。
「上って……何も、なかったよね? どうして――」
「本当になんもないかは……見ての、お楽しみだな! いろは!」
「うんっ!」
3人分の少女の体重をものともせずに落ち着いた足取りで階段を上るシュウの呼び声。即座に応えたいろははういの後ろから離れて階段の先にあった扉に向かって駆け上がっていった。
「開けるよ!」
――今回、シュウがいろはとたてた計画を実行に移すにあたり真っ先に頼ったのは2人やいろはの両親に並んで頻繁にお見舞いに通っていた老婆であった。
ういたちが今まで虹を見たことがなかったという話を聞いた智江は真顔で協力を約束。里見メディカルセンターの院長である灯花の父に事の顛末を伝え真っ先に病院の経営者を抱き込み、病室から見晴らしのいい位置までの移動経路を運び役であるシュウと再三確認し、雨が降り虹ができたときは真っ先に2人に合図を送ることを取り決めた。
そして。
老婆の飼うカラスからの合図を受けたシュウたちは、いろはの開いた扉から病棟の屋上へと足を踏み入れ。3人を降ろしては雲に覆われた指さした少年に従って空を見上げたういと灯花、ねむはそこに架かっていたものを見て大きく目を見開いた。
「わあ……。――わあ、わあ、嬉しい! 凄い、虹だぁ! 2つもあるよ」
「……………………………………。これって」
「……ダブル、レインボー……」
こんな虹が出ることもあるのかと、運んできた本人ですら目にしたものに驚きを露わにする間も。視線を遮るものの何一つない屋上に出てきた5人の頭上には、2本の虹がかかっていた。
大雨が嘘だったように晴れ渡った青空で輝く太陽の向こう、未だ色濃く残る雲、その中空には鮮やかな色合いをした7色の光帯が弧を描き。その更に上方では下の虹に比べその色を薄くしながらも、しかしくっきりと輪郭のわかる虹が映し出されていた。
雲による灰色のキャンバスを照らし出されるように描かれた二重の虹。僅かに呼吸を忘れ幼い少女たちが見つめるなか、虹は雲に遮られ輪郭を薄らぎ、しかし時間をかけて雲が移動していくと再び鮮やかな姿を取り戻す。
時間を忘れ、ずっと。少女たちは何も言わずにそれに見入っていた。
やがて――ぽつりと、いろはが呟く。
「みんなは、知ってるかな」
「虹には、いろんな受け取られ方や伝わり方が広がっているんだけれど……、二重に架かった虹って、幸せのサインとして言われてて。それを見た人に願いを叶えて、努力を実らせてくれる力を与えてくれるんだって」
「灯花ちゃんは、立派な学者さんに」
「ねむちゃんは、自分の物語をみんなに読んでもらえるような凄い作家さんに」
「ういだって、今よりずっと元気な身体になって。病気のことなんかは気にせずに走り回って、好きなところに遊びに行って、いろんなことを学んで……素敵な大人に、なれるかもしれない」
「――ううん、なれる。なって欲しい。……私は、それだけが。……みんなが願いを叶えられることが、精いっぱいの願いだな」
――それは、今もなお病気にその身に蝕まれる少女たちにかけるには無責任な言葉であったかもしれない。
虹を見たって、病気が治るわけではない。すぐに身体が元気になる訳ではない。彼女たちが物心つくより幼少から病院に通い、そしてずっと入退院を繰り返しているのはそういうことだ。
けれども。
心の底からの祈りとともにいろはから紡がれた言葉は……これ以上ないほどに、少女たちの胸内に深く染み渡った。
「……お姉ちゃん、お兄ちゃん」
少し、泣いてしまった。
ずずっと鼻を啜って、涙を拭いながら。ういは、大好きな兄と姉に向かって、精いっぱいに微笑みかけた。
「ありがとう」
「……本当に、ありがとう。こんなに素敵なものを見れるだなんて、思わなかった」
「……ありがとう……」
口々に少女たちは呟き、やがて涙を拭うういのもとに灯花とねむが口元を緩ませながら歩み寄ってぎゅうと抱きしめる。
その様子を、いろはとシュウは穏やかに微笑んでみていた。
――桃色の少女の口にした願いが、完璧な形で果たされることを祈って。
少年は、少女は。ずっと、ずっと祈っていた。
その筈だった。
「――くそっ」