環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
『やだ……やだ、やだよっ、うい、うい……!!』
その
危篤の
『……』
容体を急変させ、一晩の間病と闘っていた環うい。彼女に懸命に寄り添い、励まし、快復を祈っていたいろはの心は裏切られた。
もう、彼女の妹が目を覚ますことはない。
『……いろは、無理は……』
『ううん、平気だよ私。大丈夫……大丈夫だから』
打ちひしがれ憔悴するいろはは、けれどういのいた痕跡を求めるようにして足繁く灯花の、ねむの病室へと通う。当然シュウもついていった。
親友の死に涙していた灯花もねむも、自身と同じ悲しみを抱いていたいろはたちの来訪を歓迎した。お互いに、胸を占める悲しみも、そして未だに残る温かい思い出を共有する相手を欲していたのだろう……。ういのことを話して、泣いて、笑い合って、励まして。妹を喪った喪失感に苦しんでいたいろはも、灯花やねむと話しているときだけは心から笑えていたように見えた。
『お兄さま』
『その……お姉さまに、伝えて欲しいことがあって。こんなこと頼めるの、お兄さましかいないから……』
ある日の雨上がり、ねむに虹が見たいと言われいろはが少女とともに部屋からいなくなったのを確認した灯花が、少し肉付きの薄くなった頬を苦笑の形にして声をかけた。
『もう、お姉様にお見舞いに来るのはやめさせてほしいの』
『……ううん、嫌いだとか、迷惑っていう訳じゃないんだよ? 今でもお見舞いに来てくれるのは本当に嬉しいし、お姉様が心から
私たちも、そろそろ死んじゃいそうだし。
そう言って少し寂し気に微笑んだ彼女の姿は、瞬きでもすればいなくなってしまいそうと感じさせるほどに儚いものだった。
『お姉さまが、ういの代わりを求めてここに来てる訳じゃないっていうのはわかってる。けれど――ういの分も生きて欲しいっていう気持ちも、話してると凄く伝わってくるんだ。このまま、ずっとお見舞いに来て、おしゃべりして、病気に負けないでって励ましてもらって――。あのひとのそんな気持ちも、私たちは守れそうにないから』
このままじゃお姉さま、ずっと心をここに縛られてしまいそうだから。お兄さまが一緒に居て、前を向かせてあげてほしいな。
ねむも同じ気持ちだからと、そう言って。目尻に涙を浮かべながら微笑んで最期にお願いをした灯花に、少年は頷くことはできなくて――けれど、見舞いの頻度は少しずつ減らすようにすると約束した。
『……ありがとう、お兄さま。ごめんね』
『……うい、言ってたよ。お兄さまとお姉さまが虹を見せてくれたとき、本当に嬉しかったって。私も──私も、本当に……病気のつらさなんて、忘れるくらい……』
『……お兄さま、大好きだよ。本当にありがとう』
少女たちを救う奇跡はなかった。
うい、灯花、ねむ。
3人の大切な妹が亡くなった数週間後、いろはは交通事故で死んだ。
クソが。
『お医者さんになりたいなって思って。……うん、ういや灯花ちゃん、ねむちゃんみたいに病気に苦しむひとたちの助けに少しでもなれたらって思うんだ。お父さんにお母さんは……すごく心配されちゃったけれど、最後には応援してくれた』
ういの存在はこれ以上ない原動力だったのだろう。彼女の死後後を追うようにして灯花やねむが病に倒れ、暫くの間は見ていられないに気力を失っていたいろはは、しかし時間をかけて妹たちの死を受け止め新たな目標へ向けて奮起しているようだった。
今から頑張って勉強しないとねと、灯花の父親からおすすめしてもらったという参考書を机の上に重ね微笑むいろはに生き急いでる印象を抱きながらも、元気を取り戻したいろはに水を差すようなことを言えはしない。
ただ見つけた目標のために勉学に励む恋人を応援し、自分もできる限り支えようと決め――シュウの母親が行方不明になった。
魔女が現れた。
家族が殺された。
『驚いたよ。人類の新しい可能性の一端として、魔法少女の願いを受けて生まれた彼のことは注目していたけれど――。まさか、魔女を単身で撃破するだなんてね』
『――っ、嘘、やだ、やだよ……シュウくん!』
『酷い怪我だ。このままでは彼は死んでしまうかもしれない。救急車も間に合わないだろう。……環いろは。君は魔法少女になって彼を救う気はあるかい?』
『なるっ。なるよ……私は、シュウくんを助けたい! お願い――シュウくんを助ける力を貸して!』
ソウルジェムは精神的な要因でも穢れを溜めることを知ったのは、それから暫く後のことだった。
彼女は、既にういたちを喪っていた。家族同然のシュウの両親や、妹たちのことについてずっと気遣ってくれていた老婆もまた。
そんな精神状態で魔法少女なんかになってしまえば、どうなるかなんて。魔法少女の真実に気付いた後では、容易に想像がつくことだった。
『──ごめんね、シュウくん。本当に……ごめんなさい』
『やめろ、やめろ馬鹿野郎ッ。くそっ、くそ──っ、今から近くの魔法少女探してグリーフシード貰ってくる、魔女探すよりはそっちの方が……』
『ダメだよ、もう』
よく保った方なのだろう。
魔女退治と並行しながら勉強も、帰りが遅くなっていることを心配した両親との折衝も、よくこなしていた。基礎的な力量に劣るなかで黒木刀を振るう少年に庇われながら、魔法少女の真実を知ったあとでもよく戦っていた。
なのに、これはないだろう。
少女よりずっとずっと前に出て魔女と争うのを厭わなかった。不意を突いていろはを襲う魔女や使い魔から彼女を庇い身を挺することくらい当たり前だった。そうやって、傷ひとつ残さずにいろはを家に帰そうとずっと死力を尽くしていたのに。
シュウが傷つくたびにいろはのソウルジェムが濁って、挙句の果てに魔女になるだなんて。彼女を守ろうと全霊を尽くしていた少年にとって、あまりにも理不尽な話だった。
『本当に、ごめんね、シュウくん……』
『ッ』
力を失い項垂れた手を握っていた少年の掌に、ぽとりと小さな重みが乗せられる。
その輝きを見る影もなく濁らせた、卵のような形状をした宝石は。紛れもなく、彼女の──。
『──おねが、い。魔女に、私がなる前に……ころして……?』
魔女になって大切な人を傷つけるような魔女になんか、なりたくないから。
『~~~~~っ』
力ない微笑みとともに囁かれた言葉。己の命をシュウの手に握らせたいろはは、桃色の瞳から涙を伝わせながら顔をぐちゃぐちゃにしながら首を振る少年を見上げ懸命に笑いかけていた。
『やだよ……。いやだ、いろは、頼むから……あと2分あれば、いや、もっと早く魔法少女を連れてきて、ソウルジェムを浄化するから。……頼むから、そのくらいは耐えてくれるって、言ってくれよ……お願いだから……頼む……』
『……お願い、シュウくん』
問答を交わす間にも、いろはのソウルジェムは著しい勢いで穢れを溜め込んでいく。彼が拒絶する間も懸命に己の意識が闇に溶けて落ちそうになるのを堪えながら訴えかけていく少女は、シュウのあげる悲痛な声に表情を歪ませ力を振り絞って彼に抱き着いた。
『いろ、は』
『おねがいだから、シュウくん。私を……
『──っっっ』
絶叫があった。
ソウルジェムを握りながら万力の力を籠められた掌、そのなかでミシミシと音を立て、罅割れる音を発したいろはの魂は直後には溜め込んだ呪いを解き放つこともなく粉々に砕かれていく。
少年の腕のなかで、電池の切れた玩具か何かのように愛していた恋人がその生命活動を停止させた。
──ごめんね。
──ありがとう。
──ずっと、ずっと。貴方のことが、大好きでした。
死の間際に紡がれた言葉。自らが命を奪った少女をかき抱き、泣き崩れる少年は慟哭をあげる。
***
過程こそ違えど、結末はいつだって同じだった。
魔法少女になっても妹を喪ったいろはは早死にする。
魔法少女にならなくとも、無力感で茫然自失しているところを事故に遭って彼女は死ぬ。
鏡の結界から繋がる
そう受け入れざるを得なかった。
だから、マギウスに全面的に協力することを決めた。
なのに――。
なのに、どうして。よりにもよって、一番守りたい少女との敵対を強いられなければいけないのだ。
「──畜生がよ」
「シュウくん……」
風が渦巻く。
黒い刀身の太刀から吹きあがった風に煽られた鏡の残骸が舞いあげられ散らばっていくなか、明らかな臨戦態勢を取る少年の表情にいろはは顔を曇らせた。
──紅い矢に穿たれた腕も、間近から矢の直撃を浴びてばらばらになった五指も、ウワサの魔力で十分回復させられる範囲だ。実際、いろはとの戦闘で負った傷も既に修復されている。
しかし消耗はどうしても発生する。いろはの光弓による傷の治癒に加え、禍土風を複数度行使してもいろはを仕留めきれていないことを思えば残存の魔力に決して余裕はなかった。ワルプルギスの夜……間もなく神浜に呼び出すこととなるだろう災厄、その討伐のために残すべき魔力を思えば尚更。
そうだ、
そうしなければ、ならない筈なのに――、何故、自分は。
敗けようと、しているのか。
「なんでだろうな……」
「いや、うん。俺が悪いんだ。……やるべきことは、簡単だったのに」
もう、何も考えたくなかった。
邪魔なものは全て、蹴散らせばいい。当然の帰結だ。
──そうでなければ、何も成せはしない。
「――! さなちゃん!」
少年の空気が変わったのを鋭敏に知覚したいろはが緑色に輝く宝石を光弓に装填した直後、シュウの姿が眼前からかき消えた。
風が通り過ぎ、ズルリと、弓を構える腕を庇った右腕ごと左の手首がズレ落ちる。──肘から上が残ってるのなら撃てると間髪いれずに放たれた矢は、風の後押しも受けた高速移動で腕を落としたシュウの追撃と衝突しその内に籠められた魔力を解放した。
「
宝石の鏃が輝くとともに生じたのは四方100m規模の巨大な盾。風を纏った斬撃を受け止めた絶壁が勢いよく揺れ重々しい音を響かせるが、いろはによって生み出された防壁は魔女を両断する大斬撃を浴びても傷ひとつ入らなかった。
「──」
二度目の全力で浴びせた風の刃、それが盾を揺るがすに留まったのを確認すると立ち塞がる壁を走りながら上方へと駆け抜け、壁を乗り越えいろはを強襲する。
既に腕を再生させたいろはから上方に向け放たれる矢をときに風を生み出して落下起動をずらし、ときに巨壁を足場に疾駆してかわしながら距離を詰めた少年は強かに華奢な身体を打ち据える。
「っ……!! か……あ……!」
身を翻し魔力を通したローブで受けようとした少女の体内に浸透し、弾けた打撃。鏡壁に叩きつけられ膝を突いたいろはが赤黒い液体を吐き出す。
胃、右肺、肩の脱臼──外れた間接を嵌め直しながら潰された臓器の修復をするべく距離を取ろうとしたいろはの足首の先が、振り抜かれた刃によって簡単に斬り捨てられた。
あ──。体勢を崩し転がったいろはの視界には血の色に染まった足と、太刀から滴る血を振り払う少年の姿が映る。
頭を打ちつけられたせいか意識が朦朧とするも、臓腑をぐちゃぐちゃとされた激痛が十分以上に気つけの役目を果たしていた。うっすらと紅く染まった視界のなかでいろはは恋人の顔を見上げ、力なくくたりと笑った。
「……ごめんね、シュウくん」
「……何を今更」
「ううん……、そうじゃないの。少し、私――ずるいことしちゃうから」
直後、光弓が瞬いた。
真下に向けて連続して放たれた矢の連射。仲間から借り受けた魔力の余剰分も併せた全力の射撃は数発で鏡の床に亀裂を奔らせ、止めの一矢によって齎された破壊は人ひとりが通るには十分な大穴を開いた。
「お前……っ」
「ついてきて」
脚を潰したところで、矢の連射で真下に作った穴への落下は止めようもない。躊躇なく自身の開いた穴へと身を投げていったいろはに目を眇め唸った少年は、歯噛みしながらいろはの飛びこんだ穴へと落下していく。
気付けば、
(これ、は)
──鏡の魔女。
その性質を利用し、縄張りとした洋館に幾重にも張り巡らされた結界は老婆が
しかしそれは、階層という言葉が彷彿させるような上下に重なったものとは限らない。全世界を見渡しても例を見ない特異点を構築する結界は、前触れもなく迷いこんだ者を二度と日の目を見ることの許さぬ深部に誘い、あるいは振り出しに戻すかのようにスタート地点の間近へと飛ばす。
そうして矢によって生じた穴へと飛び込んだ2人を出迎えたのは、大技の激突した衝撃によってその大部分を崩落させた鏡層。
より増大した落下距離。常人であれば即死の免れない状況を上等だと断じた少年は、風を切り一気に加速して己の下方を落ちるいろはへと迫った。
「──鶴乃ちゃん、お願い!」
「当たるかよそんなの!」
落下しながら宝石の鏃を照準した少女の放った一矢。己を追うシュウを的確に狙った燃える炎のような色合いの矢は一直線に恋人に襲いかかったが、太刀を振るい風を巻き起こした彼は風を用いた滞空と落下軌道の調整であっさりとかわしてのける。
矢を避け身をひねるシュウの手元、握られた刃が矢の光を反射させた。
腕が霞み、砕けた鏡の欠片が凶刃となって投げ放たれる。
「あ、ぐぅ……!?」
深々と腿に突き刺さった鏡――落下前に少年が拾い上げたのだろう刃が肉を抉るのに、いろはは眦を歪める。切り傷は容易に治癒できても、体内に刃が残っていればそれも難しい。足を再生させながらも刃を引き抜くまで身動きを封じられる彼女は為す術なく落下しながら、しかし気丈に微笑んだ。
2人の上方。打ち放たれた宝石の鏃が、太陽を彷彿とさせる熱量を伴って輝いた。
「ッ……!? いや、だけどこのくらい──」
ストラーダ・フトゥーロ……。一度上空にありったけの魔力を籠めた矢を放ち、対象の真上で炸裂させた矢の雨を降り注がせるいろはの十八番。
互いに宙に身を投げ出す現状、真上で解き放たれた
──いろはには、
その事実に思い至った少年が顔色を変え見下ろせば、崩落した8層から下層へと再び落ちようとするいろははその顔を降り注ぐ炎矢に照らされながら気まずそうに笑っていた。
その手に握ったソウルジェムを見せつけるようにひらひらとさせ、少女は告げる。
「……うん」
「
「――――――おまえっっ!!??」
直後、鶴乃の魔力を注ぎ込まれた宝石の鏃から解き放たれた炎の雨が彼らを巻き込んで降り注いだ。
咄嗟に風の大斬撃をぶつけ暴風を天蓋に強力極まる火矢を凌ぐが、それも長続きはしない。直撃すれば神浜の魔女も容易く屠るだろう炎の雨に風の護りも削られるなか、連続で太刀を振るっての
今も炎の雨を迎撃する彼に向けられた弓に装填されていたのは、光弓を構える腕を紫紺の光で照らす鏃――。足場のない空中で正確にシュウへと狙いを定めながら、いろはは囁いた。
「フェリシアちゃん。力を借りるね」
過半の力を削いだ炎矢よりも、風に軌道を逸らされた炎によって退路を塞がれた状態で向けられる一撃の方が遥かに危険と判断した。
炎雨に5度目の大斬撃を浴びせて稼いだ僅かな間隙、宙に形成した足場から身を投げた少年は直撃の軌道を飛来する矢を断たんと黒太刀を振り抜き、形状をミサイルのように変化させた鏃と刀身を激突させた。
「っ――」
刀身がめりこみ、そして起爆した矢。
爆風と衝撃に舞い上げられ、そして風の防壁を突破して降り注いだ炎の雨の直撃を浴びたシュウはそのままの勢いで数十m下の鏡面へと叩きつけられた。
ありったけの魔力を籠められた
「……え、これシュウのやつ死なね?」
いろは・ななか
「……大丈夫だよね? 多分みんなの借りた矢の全部使ってもギリギリだと思う……」
「そうですよね、シュウさんですし……。今のいろはさんでも殺す気でいってようやく倒せるくらいだと思います。頑張りましょうね」
「はいっ!」