環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
ジェットコースターや観覧車、メリーゴーランド――遊園地を彷彿とさせるアトラクションの数々を埋め立てたかのような砂丘。
広々とした魔女の結界、その片隅を――1人の少女が、走っていた。
「う、ぅぅぅ、まだ追ってきてる……」
追っ手を振り切れるほど足が早いという訳ではなし、グリーフシードにも余裕がある訳でもないから魔法を好き放題に使うこともできなくて。
魔女の使い魔から逃げて結界中を駆け巡っている内に、続々と現れる使い魔によって着々と逃げ道を塞がれつつあった。
はっ、はっ、はっ――、
息を切らし走る先、現れたのはひとつひとつがボーリングの球より大きな団子に虫の触覚と足を雑に取り付けたような絵本にでも出てきそうな外見をした使い魔で──慌てて武装の杖を構える少女の背後からも、同様の使い魔が何体も現れた。
「ど、どうしよう──っ、う!」
次々に射出される頭部。自らに迫る砲弾に、目を見開いた少女は咄嗟に振り上げた杖で魔法を行使、盾になるようにして伸び上がった樹木で攻撃を受け止めた、が──迎撃に集中して、己を取り囲む使い魔への警戒を怠った時点で少女の命運は決まった。
「ふゅぅううっ!」
四方八方から襲いかかった使い魔の砲弾。彼女とて伊達に調律屋に魔力を強化して貰っている訳ではない、反射的に魔法を使い攻撃を凌ごうとしたが……あまりに数が多い。樹木の壁を、構えられた杖をすり抜けた砲弾が細い身体をあっけなく吹き飛ばした。
転がる身体。少女の手から杖が零れ落ちる。
「っ、ぅうう──、……あ」
『◆▼リTヤmeポッ──』
身を襲う痛みに苦悶する少女が周囲の気配に意識を向けた時には、すぐ傍にまで使い魔たちがにじり寄っていて。
縄張りにのこのこと踏み込んできた愚か者に止めを刺さんとする使い魔に、己を襲うだろう衝撃を想像し絶望に瞳を震わせ──、
風が奔った。
『▲カ♯§Boポッ!?!?』
「きゃあ!?」
(っ、――ももこ、ちゃん?)
突如少女と使い魔の間を阻むようにして舞い上がる砂塵。
間近に吹き荒れた衝撃に、頭部をぐしゃぐしゃにされた使い魔共々少女の身体が転がされる。目を回しながら状況を確認しようと向けた視線の先、射出された使い魔の頭部の尽くを切り払うようにして現れた人影に自分とチームを組む魔法少女のリーダーを幻視して顔を輝かせた彼女だったが――そこにいたのが、漆黒の木刀を振る自分と同じ年頃の少年であることに気付くと硬直した。
――え、男の子? ももこちゃんじゃ、魔法少女じゃなくて?
――レナちゃんが変身したのかな、でもレナちゃん男に変身したことないしできても絶対やらないって言ってたような……。
「おい、そこの君!! 結構こっぴどくやられたようだけど動けないような怪我はしてないか!?」
「ふゅぅうううう、やっぱり男の人!? え、なんで、もしかして男の人も魔法を使えるの!?」
「――残念ながら魔法少年はいないんだよなあ! それだけ元気そうなら平気だろうし行こう、使い魔は無視。邪魔なのだけ蹴散らして結界を抜けよう!」
(それにしてもふゅう……ふゆぅ……? 凄い口癖だな……)
端的に方針を伝えた少年は助け出した少女の言葉に疑問を浮かべながらも、手は休めずに周囲の使い魔を叩き伏せながらあっという間に囲いから飛び出す。
複数の方向から砲弾のように放たれる頭部を逆に打ち返し踏み込みの一歩で距離を詰め団子の使い魔を真っ二つにする人間離れした活躍をぽかんと見守る少女だったが――己の背後で倒れていた使い魔がぴくぴくと痙攣するのに気付くと「ひぅ!」と怯えながら少年のもとに駆け寄る。
「あ、あの! 私を追ってかなりの数が集まっていて、使い魔の群れを抜けるのはだいぶ難しいと思うんですけど……」
「ああ、それは問題ない。――優秀な後衛がいるからな」
そこどいてくれと少女を引き寄せた直後、確保された射線を射抜いていく桃色の矢。
使い魔たちに襲い掛かる矢の雨――間断なく撃ち放たれる魔力矢に吹っ飛ばされ包囲を崩されながらも致命傷を受けた様子のない使い魔たちに辟易としたように息を吐きつつ、木刀の少年は保護した魔法少女を引き連れ矢の放たれる方角へ向かって走る。
「……ところでさ、神浜の使い魔って皆ああなの? 普段居る街のと比べてだいぶ堅いし強い気がするんだけど」
「えっ、神浜の外から来たの……? あれでもだいぶ弱いくらいだと思うんだけど……」
「そっか。……そっかあ」
「……あれで、弱い方かあ」
***
放課後、いろはが繰り返し病室の少女の夢を見るようになった原因を探るべく神浜市へと訪れた2人であったが……当然、街で軽く探してはい見つかりましたなどといった都合のいい展開はなかった。
以前小さいキュゥべえを発見した新西駅周辺を探索し空振りに終わると、『魔女を探せばキュゥべえもいるのでは』と予想したいろはに一度神浜の魔女や使い魔の程度を確認しておきたかったシュウも賛同――魔女の魔力を追ったいろはが見つけたのは、路地に潜んでいた魔女の結界と、使い魔たちによって追い立てられ苦戦する魔法少女だった。
「――何とか、逃げられたね……。もう落ち着いた?」
「う、うんごめんね。助けてくれてありがとう……」
シュウが突っ込んで魔力矢を喰らった木刀を振り回して使い魔を蹴散らし、いろはが後方からの連射で突破口を開く。そうして助け出した紅葉色の髪の魔法少女と別れ、魔女の結界を抜けた2人は付近の公園で情報共有も兼ねて小休憩を挟んでいた。
恋人と並んでベンチに腰掛けて。自販機で買った炭酸飲料を嚥下した少年は――がくりと首を折って悩まし気に唸る。
「それにしても……まさかあの結界の中に探していたキュゥべえがいたとはなあ……」
「どうしよう……。急いで行った方が良いんじゃあ……」
「もう魔女の反応も近くからは消えてるんだろう? 5分10分休憩してから探すくらいで丁度いいと思うけれどね、調整屋の方も行っておきたいけれど魔力を強化する前後で勝手もだいぶ変わってくるだろうしどうするかなあ……」
魔女の結界から救出した紅葉色の少女……秋野かえでと名乗った魔法少女から教えられた情報。先程突入した結界内で彼女が見かけたという小さいキュゥべえの存在に、なんとも微妙なタイミングで手掛かりを掴んでしまったものだと息を吐く。
神浜市の魔女が他の区域と比べ強大であることは
空になった缶を手の中で揺らし。首の辺りで結わえられた恋人の髪をもう片方の手で丁寧に撫でながら、いろはと方針を定めていく。
「……魔女と無理に戦う必要はない、使い魔は……そうだな、わざわざ消耗して潰すこともないか。溜めもいらない、牽制に専念して撃ちまくってくれ」
「うん。あのキュゥべえにもう一回会えれば私はそれで構わないし……」
「……毎朝跳ね起きられるのも心臓に悪いからな、せめて夢を見るようになった原因だけでもわかればいいんだが」
夢の少女と小さなキュゥべえがどう関わりあるのかは不明。状況もどの程度改善されるかもわからないが……夢を見る発端となったキュゥべえを見つけられれば少しは進展もあるだろう。
寧ろ心配なのは、夢や小さいキュゥべえについて連絡を交わす衣美里も先程助けた魔法少女も口を揃えるようにして「あのキュゥべえはすぐに逃げる」と言っていた点である。これまで以上に手強いであろう魔女の寝床で獣を追って追いかけっことかは勘弁したいところではあった。
「シュウくん……ありがとうね、こんなことにまで付き合ってくれて……」
「……そこがごめんじゃないことは評価しようか」
「うん。……何度も言われればそれはね」
「何度だって言うよ。謝罪より感謝される方がよっぽど気持ちがいい」
特に、それが好いた娘であるのならば猶更。
だから――今日も頑張るかと、バットケースを担いだ。
***
背筋を駆けあがる悪寒があった。
「……」
「シュウくん?」
結界そのものは、時間をかけずに見つけられた。かえでを助けるため突入した際の人の密集した区域から人通りの少ないところに移動した結界は、己を追う魔法少女を誘い出しているような印象を受けたが……これはのこのことやってきたのは失敗だっただろうかと、いろはと共に結界に足を踏み入れたシュウは担ぐ得物の重みを意識しながら息を吐いて、傍らの少女を引き寄せる。
「いろは」
「どうしたのシュウく、――ん、っ」
魔法少女に変身し自分を見上げるいろはの唇を塞ぐ。華奢な身体を覆う白い外套越しに伝わる温もりをかき抱きながら、少女の感触を全身で噛みしめた。
数秒か、1分か、10分か――。いろはには時間の感覚がわからなかった。目を見開いて、いっそ強引なまでに己を求める少年に驚愕しながらも。身体から力を抜いて痛いくらいに抱きしめてくる少年に身を任せていた彼女は、シュウが身を離したあとも、温かな余韻を覚えながら口元を覆う。
目を瞬かせる少女に構わず、バットケースから木刀とバットを引き抜いた少年は着々と臨戦態勢を整えているようだった。
「――、どうした、の?」
「景気づけ。……普通に死にそうだし、まあ念のため」
「え?」
「……いや、何でもない。それより――随分とあっさり見つかったな」
「ぁ――良かった、本当に居た……!」
『――モッキュ!』
少女の疑問に答えることなく前方を注視する彼の視線を追うと、そこに居たのは神浜で一度だけ目にした小さいキュゥべえで。笑顔になって駆け寄っていったいろはは、そこで気付く。
異様に――結界の中が、静かだった。
「これって――……?」
「一発そこらへんに撃ってみてくれ、だいぶ隠れているから」
「う、うん!」
待ち伏せ……?
異様に張り詰めた空気を纏う少年に従い警戒の念を募らせながら、とてとてと近づいてくるキュゥべえを抱えたいろはは、左腕に装着したボウガンから魔力矢を放って――、
直後、視界を緑が埋め尽くしていた。
「ぇ――」
「いろは!!」
轟音。黒い刀身をめりこませた緑色の
困惑のままに見上げる彼女の前で、少年が消え――2人に向けて撃たれた砲弾の尽くが、幾重にも渡って閃いた漆黒の軌跡に打たれ明後日の方向へ消えていく。
矢を放った直後を狙われ尻もちをついた姿勢から慌てて立ち上がりながら、周囲を見回したいろはは絶句する。
前方も、横も、後ろも――四方が、団子状の使い魔たちに囲まれていた。
『8パri△ポポポ!』
『シュッポッ×●リLLっ!』
『▼シュッsu◆ポッポ――!!』
「ウソ、なにこの数……!?」
圧倒的な数の多寡。どのような絡繰りで身を隠していたのか、いつの間にか周囲を取り囲んでいた大量の使い魔たちを前に立ち竦む少女に次々と使い魔の頭部が射出され――木刀の一閃で纏めて弾かれる。
散乱する砕けた頭部。腕を痺れさせる衝撃に、少年は口元を引き攣らせて。
「危なっっ……!! ――流石に怒るぞいろはぁ!! 次棒立ちになったら帰った後なんでも言うこと聞いて貰うからな!?」
「シュウ、くん」
「二発矢をくれ、それでだいたい一撃で潰せる! 一点を突破して囲い抜けるぞ!」
「うん――うん!」
こいつ全然使い魔に効かないから適当に盾にでもしてくれと歪な形状のバットをいろはに渡して、少女からの支援射撃を喰らった木刀で襲い来る砲弾を迎撃しながら突き進んでいく。
後方から桃色の矢を乱射するいろはの援護を受け疾走する彼を阻むことのできるものはいない。頭部を射出前に粉々に打ち砕き真正面から真っ二つに叩き割り射撃を浴び動きを止めた相手の胴を泣き別れにする――、10m以上離れた距離から即座に反転して恋人を背後から狙撃しようとした使い魔を叩き潰す身体能力は凄まじいものがあった。
いろはの矢から、使い魔から魔力を喰らい続け膨張を続ける木刀は既に持ち主の手足を砕きかねないほどの重量を伴っていたが……相手に叩きつけるのに合わせ木刀の蓄積する魔力を放出すれば威力の底上げと共に減量も可能だ。少女の連射と共に使い魔を蹴散らすシュウは、順調に退路を確保しつつあって。
そういうときに限って――運命というものは、懸命な足掻きを嘲笑うようにして困難を呼び寄せる。
結界全体を構成する砂丘。その一角を吹き飛ばすようにして、出来の悪い人形のようなシルエットに砂場の遊び道具を幾つも取り付けたような巨躯が現れた。
『ジャギギギギg▼▲●aaaッッ』
「あれは――……」
「魔女だな……流石に相手はしていられない、とっとと離脱して――」
「うん。……?」
ドグッ。
「ぇ、え……?」
「……いろは?」
抱きしめたキュゥべえから何かが流れ込んでくる。
これは……魔力じゃない、違う、これは、白、病室、ベッド――あの、女の子?
「いろは、どうかしたのか。早くしないと」
「……だい、じょぅ……っっ!?」
「いろは!?」
なに、意識が――、
頭に、流れ込んでくる、これは、この、記憶は――?
「いろは!!」
絶叫。そして――呆然自失とする少女を覆う影。
鮮血が散った。
少女のはじまりは、祈りだった。