環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

70 / 126
ハッピーハロウィン!
ハロウィン回もやってみたかったですが今回はずっと大喧嘩にかかりきりでしたのでまた次の機会に
でもうちのシュウくんたちの場合いろはちゃんが誘惑してシュウくんがトリックアンドトリートして終わりなので特に話になるようなネタもないともいえる
今回は過去最大のボリュームですがどうぞお付き合いくだされば



貴方と一緒に未来を見たいから 後編

 

 

 8層の大穴から、9層まで。

 紅い火の粉と紫紺の光粒が宙を舞うなか、受け身を取ることもできぬままいろはは墜落した。

 

「あっ……、ッ、あ゛!! ぅぎ……い、つ……」

 

 数十mの落下、誇張抜きに常人なら即死の衝撃である。魔女と日々激しい戦闘を繰り広げる魔法少女の強靭な身体とて、そのダメージは決して馬鹿にならない。全身を襲った激痛に悶え血反吐を吐くいろはは、すぐさま全身に治癒を廻しながら身を起こした。

 

「っ……」

「ふ。ぅ、ウぅぅ──、あああっっ」

 

 深々と脚に突き刺さっていた鏡の刃、彼女の動きを封じるべく投げ放たれた凶刃を引き抜く。

 紅く濡れた鏡の欠片を捨てたいろはは脚にできた穴をすぐさま修復しよたよたと立ち上がった。鏡面にできた少女の形の落下痕を見て「ちょっと重くなっちゃったかな……」などと身体を見下ろし呟いたいろはは、鏡を踏み割る破砕音に素早く反応し光弓を構えた。

 

『いろはちゃん……。受け取って! ういちゃんのこと、シュウくんのこと、私全力で応援してるからね!』

『これでガツンとシュウのヤツぶちのめしてやれよ! ……殺したらダメだからな……?』

 

 ──いろはが仲間たちから受け取った『鏃』は、神浜の魔法少女が用いるコネクトのシステムを応用して智江の全面的な協力によって構築された魔法少女のありったけの魔力を籠められて造られた使いきりのブースターだ。

 その威力は絶大。一度行った試し撃ちも含め複数度その力を体感したいろはは、この切り札を当てたならば一撃で複数の魔女を屠ることだってできるだろうという確信をもっていた。

 

 だが……この佳境にきて、鶴乃とフェリシアに借り受けた2発の『鏃』の直撃を浴びせてもなお。これで恋人を倒せたとは、いろはは欠片も考えてはいなかった。

 

「……………………あ゛ー……」

「いろはといい、あのクソ婆といい……。人が全力をかけてやろうとしたのに限って梯子を外しやがって……」

「特に、お前。さっきから舌を噛み千切ったり、腕を切り捨てたり、自分のソウルジェム人質にしたり……。ああいいよ、好きにしろ。人の地雷踏んでるってなら俺も大概な自覚はある」

 

「……シュウくん」

 

 聞こえるのは声と、風の音。

 感情を極力排除した少年の声音は、起爆寸前の火薬庫を彷彿とさせた。光弓を構えるいろはは、姿のみえない少年を追い鏡の世界を見回しながら臨戦態勢を整える。

 

「ああ、でも。やっぱ言わせてくれよ」

(──来る)

 

 姿は見えず、しかし気配は確かに。

 光弓から射出した桃色の矢をばらまいたいろはは、宝石の鏃を光弓に装填しながら駆け出していった。

 

「そんなに死にてえなら死ねばいいんだ、糞野郎」

 

 見えなかった。

 風とともに駆け抜けていった気配に振り返ろうとした瞬間、腹部を中心に衝撃が爆ぜる。

 

「ぅぁ」

 

 鳩尾にめり込んだ拳。突き刺さった腕を中心に少女の身体がくの字に折れ曲がる。骨の砕ける音が聞こえたとき、いろははがくりと膝を突いて呼吸を停めていた。

 

 急所を穿たれ、呼吸もままならない。

 だが、最悪魔法少女は呼吸せずとも戦える。強引に身体を動かしたいろはは血を口から溢れさせながら鏡面へと転がり、肩を砕こうとした蹴撃をかわしていた。

 

「俺が何度お前のために身を挺したと思ってんだ!? 俺がなんで家族の仇の置き土産なんかを使ってまでお前を守ったと思ってんだ!? 全部、全部、お前を死なせたくなかったからなのに!!」

「っ、あ、ぎぃ……!」

 

 少年の動きが捉えられない。胴を薙がれた華奢な身体が吹き飛ばされ10m以上も空を切って飛翔、蹴りを防いだ腕をぐちゃぐちゃにしながらいろはの身体が鏡壁に激突する。

 飛散した血が鏡面に落ちるよりも早く、駆け抜けた風が少女を打ち砕く。反撃どころか防御もままならない高速機動での連撃……。ソウルジェムを奪われないよう最低限の警戒を払いながら回避に徹するいろはは、恋人の絶叫を聞きながら逃げ惑うように不規則に動き回り暴風によって支配された空間で光弓の狙いを定める。

 遠く離れた場所で、鏡の砕ける音が聞こえた気がした。

 

「俺のしたことは全部無駄だったんだ、そうなんだろうクソッタレが!! もう加減なんぞしてやれると思うな、魔法少女救済の障害はここで始末する! お前を潰したあとはあの生霊だ、散々引っ掻き回した挙句に俺たちを裏切った報いを受けさせてやる!」

「……!?」

 

 臓腑(はらわた)を抉られながら地に伏せたいろは、その真上を通り過ぎた気配が壁にぶつかり移動方向を変えていくのを目の当たりにした彼女は息を呑む。

 彼が着地したと思しき割れた鏡面には、まざまざと血の痕がこびりついていた。

 

 いろはの血では、ない。

 

(――もしかして、ッ!?)

 

 驚愕を露わに目を見開いた桃色の少女は、認識するのも困難な速度での追撃を執拗にしかけるシュウの状態を想像し愕然と硬直する。その瞬間を狙い打った一撃は、咄嗟に横へと跳んだいろはを削り潰すことなく紙一重を通り過ぎて行った。

 

 ――今すぐ、彼を止めなければならない。

 

 推測が、確信へと変わる。行動を実行に移すまでは早かった。

 眦を決し立ち合がった彼女は、迫る血風に対し真っ向から立ちはだかる。

 

(――これで絶交ってなったら、どうしよう)

 

 激突の直前、考えたのはそんなことだった。

 駆け出した彼女は一歩左へと移動、()()()()()()()()()()()()()()

 

「いい加減にしろよお前っっ!!??」

「シュウくんが言わないでよ馬鹿ッ!!」

 

 正面から衝突した。

 

 風を用いた高速移動、その最高速度は魔女守との融合を果たしたシュウにすら扱い切れはしなかった。いろはの首をもぎとりかけた貫き手をすんでのところで空ぶらせ、しかし強引な踏み込みで速度を殺した少年はそのまま首を掴むと恋人を鏡面に叩きつけ絶叫する。対するいろはも全身を強打した激痛に貫かれながら叫び返し、激情のままに自身の首を掴む少年の腹部へと蹴りを打ち込み、首を掴んで何度も壁へと少女を叩きつけようとしていた腕から逃れた。

 

「ッ……糞が……」

 

 ――魔法少女の脚力を発揮した一撃、しかしたったそれだけでそこらの魔法少女よりずっと強靭なシュウの動きを鈍らせることができたのは本来ならありえないことだった。

 踏鞴を踏み後退したシュウ。膝を突いた少年は口元を抑えた手から赤黒い血を溢れさせ、激しく咳きこむようにして血反吐を吐き出していく。

 

 血眼になっていろはを睨みつける彼の姿は酷い有様だった。

 

 鶴乃とフェリシアの魔力を籠められた矢、その直撃を浴びた全身には傷のない部位はなかった。重傷を負ったと思しき背や腕こそ修復されたのか外観までは整っていたものの、どれだけの損耗であったかを示すように傷の在った箇所から下は血でどろどろになっている。赤黒く腫れた四肢からは筋骨の軋む音が響き、いろはを睨みつける眼は紅く濡れ血涙を溢れさせていた。

 

 いろはに何か罵ろうとして、しかしそれも叶わずに血の塊を吐いた少年。いろはの負わせた傷のみによるものではない要因で血みどろになった彼の尋常ならざる様子に、いろはは顔を曇らせて問いかけた。

 

「シュウくん、それ……。ずっと、風を使って移動していた所為なんでしょう? ……シュウくんのウワサは、そのダメージも回復させてくれないの?」

「……動けなくなるくらいの重傷以外はノータッチにさせてる。どこぞの誰かのおかげで、魔力にも余裕はないからなあ」

 

 お前だってそれは同じだろう。

 呼吸を整える少年が血涙を拭い見据えるのは、いろはの首元のソウルジェム。魔女守と同化したシュウの大斬撃と同等以上の火力の連射、度重なる負傷と回復。激しい戦闘の過程で、いろはのソウルジェムは半ばまで黒ずんでいた。

 

「……私は、まだ平気。でも、シュウくんの方が――」

「――」

 

 罵声を吐きながらいろはを嬲り潰さんとした気勢は見る影もない。視認を許さぬ速度、限界まで加速しての猛撃が半強制的に停められた今、反動をまともにその身で受け止める彼は明らかに憔悴しきっている。

 そんなシュウの姿がどうしようもなく痛ましいものに感じられてしまってかけた言葉に、少年は絶句したようだった。

 

 ギシリと。

 鏡面に突き立てるようにして身体を支えていた太刀の柄を握力で軋ませて顔をあげたシュウ。ありったけの悪意をかき集めて傷つけて、思いつく限りの手段をもって心身を打ち砕き無力化しようとして。圧倒的な暴虐をその身に浴びて――それでもなお気遣うようにして彼を見つめるいろはに、くしゃりと顔をゆがめた。

 

「この期に及んで、なんで……なんで、俺の心配になるんだよ、薄気味が悪い……」

 

 自分が、お前に対して何をしたと思っているのだ。

 殴られるのは辛かった筈だ。骨が砕かれるのは痛かった筈だ。身体の血が噴き出して流れ落ちていく様子を見るのは怖く、そして苦しかった筈だ。

 

 ――知っている。

 その痛みが、どんなに心身を苛むかを。少年は身をもって知っている。

 

 なのに――痛みを受けているのは己ではないかのように、申し訳なさそうにさえして労りの視線を向けてくる彼女が、どうしても理解できなかった。

 

 胸奥で決壊しかけた恐怖と諦観を噛み潰し、砕けそうな意志を振り絞ってはバラバラになってしまいそうな心身を取り繕う。

 

 

「──くそ」

「……あぁもう。頼むよ、頼むから……、ここで終わってくれ」

 

 

 そう告げた少年の腕が掻き消え、そしていろはの側頭部を刈り取るように黒太刀が振り抜かれる。防ぐこともできずに峰打ちを浴び転がったいろはは、しかし光弓をシュウに対して突きつけていた。

 

「いやだっ!!」

「お前」

 

 ――衣美里ちゃん、お願い。

 

 装填されたのは、仲間から譲り受けた魔力を籠めた()()()()()。割られた頭から血を流し、しかしその痛みから決して逃げずに少年を見つめていたいろはは躊躇いなく♡状の形に変化した矢を解き放つ。

 

 幾つにも分かれ増幅した朱い矢。変幻自在の軌道を描いて飛来した無数の矢は、少年を貫いては起爆し彼を爆風に巻き込んだ。

 

「(――っ。まだ……!)」

 

 頭のぐらつくなか覚束ない足で起き上がり、爆風が自らの元にまで襲いかかるなかで周囲の状況を伺ういろは。割れた頭から流れる血が視界を紅く染め上げるなか、少女は爆風のなかでゆらりと起き上がった影に矢を放った。

 

「……! おォォォおおおおおおおおおおおお!!」

「シュウ、く――、ぅあぁぁぁ!?」

 

 絶叫をあげ突貫した少年は、矢の直撃を意に介さなかった。

 悪鬼の如く全身を血で染め上げた彼は肉塊同然となった片腕を盾に猛然と突き進み、力任せに浴びせた拳をもって華奢な身体を鏡壁まで叩きつける。鏡にめり込んだいろはがもがくなかを疾駆し黒太刀を振り上げた彼は、刃を持ち上げた腕に総身の力を振り絞り『空』をもって少女の左胸を貫いた。

 

「ァ、か……!」

「……これで、終わりだ」

 

 飛び散った鮮血が頬を濡らし……そして串刺しにしたいろはに覆いかぶさるようにして、少年もまた力尽きてもたれかかる。

 既に身体に力は入らない。太刀をより深く押し込む気力のない今、恋人がドッペルを発動するまで彼女を拘束するにはこうするしかなかった。

 

「……まだ、だよ

「許してくれ、なんて言わないよ。俺だって、これが一番の判断だとは思ってない。けれど――もう、これで、良いだろう……?」

 

 だって――。もう、十分じゃないか。

 喉を震わせて囁かれたその言葉に。ぴたりと、太刀を引き抜こうともがいていた少女の動きが止まる。

 

「いろはも、灯花も、ねむも――魔法少女をやっていれば、必ず死ぬんだ。だけど、救済を……魔女なんかにならないようにドッペルシステムを展開させれば、それだけで多くの魔法少女の未来が保証される。……()じゃあ死ぬような魔法少女だって、それは同じなんだ。なら……なら、それで――」

「良くなんか、ないよ」

 

 シュウが突き飛ばされた。

 よろめいて倒れそうになるのをどうにか堪える血みどろの少年。目を見開く彼の前で、少年を突き飛ばしたいろはは自身を貫く太刀の柄に手をかけ握りしめていた。

 

「たとえそれで、私や、みかづき荘のみんなや、灯花ちゃんたちが救われるとしても。ういを犠牲にしてできる救済が正しいなんて、そんなことは絶対にない――!」

 

 傷口から勢いよく噴き出す血も、刀身を引き抜いていく間に身を貫く焼けるような痛みも、今は関係なかった。

 力強く己を貫いていた太刀を引き抜いた少女は、血染めの身体を揺らしながら壁から身を剥がしシュウへと叫ぶ。

 そのソウルジェムは、膨大な魔力の行使と負傷のストレス、そしていろはの激情に呼応するようにしてどす黒く濁りつつあった。

 

「私はういを切り捨てて救われたってぜんぜん幸せになんかなれやしない! 灯花ちゃんやねむちゃんは親友のことを忘れたまま、ういを犠牲にした事実を背負わなきゃいけなくなる! シュウくんだって――」

 

 かつて。

 記憶ミュージアムにてドッペルを繰り出したいろはを一撃で昏倒させたシュウに対し、気を失った少女を運びながら蒼の魔法少女が問いかけた言葉があった。

 

『桂城くん、最後にひとつ聞かせて頂戴』

『――はい、勿論』

『マギウスの掲げる通りの救済を成して、いろはや私たち魔法少女が救われたとして。……そうして護ったいろはの未来に、貴方は居るの?』

『……』

 

『まさか。幾らなんでも妹を切り捨てて救済の犠牲にしておいて、のうのうといろはの隣に立てる訳はないでしょう。救済さえ終わったら二度といろはの前には現れませんよ、どこへなりとも消えるとします』

 

 やちよから聞かされた、魔法少女の救済にあたってのシュウの決意――。それを思い浮かべたいろはは、ソウルジェムを穢れさせた魔法少女を蝕む気怠さを激情で焼き尽くしながら糾弾した。

 

「――シュウくんだって、自分が幸せになるつもりが欠片もないじゃない!! ういを犠牲にしての魔法少女救済なんて、シュウくんだってこれっぽっちも望んでなんかいない! ――そうでしょう!?!?」

 

 ぶわっと、少女の髪が膨れ上がった。

 いろは自身の血で染め上げられた桃と紅の髪。そこから形成された嘴を戒められた鳥型のドッペルが低い唸り声をあげ少女の気迫に呼応し白帯を展開して襲いかかるのに、軋む身体に鞭打ち後方へ跳躍し逃れたシュウは歯噛みして魔女守のウワサへと呼びかけた。

 

『――悪い、魔女守。……どれだけ、魔力を融通させてくれる』

『全身全霊で戦いたいのだろう? ……灯花、あるいはねむ(我が母)と接触すれば(オレ)の魔力は補填も効く。それでも天津雷(アマツカヅチ)を複数度放つのが限界になるが……。今ここで、全てを使い切っても支障はない。……少なくとも、彼女たちには不足を補うことができるだけの才覚、技能が十分にある筈だ』

 

 ――()()()()()()()。そんな思いもないではなかった。

 ウワサであれば、自分よりずっと余分な心に左右されることなくいろはを追い詰めることができただろうという思いもある。シュウの戦闘パターンを長年一緒に居た経験も併せて先読みし動きを牽制するいろはへの有効なアプローチとなるだろうとも。

 

 だが、それをしないのは……。少年も、また――絶望的な現実にも決して怯まずに前を向き続ける彼女の『証明』をずっと、待ち続けているからか。

 そんな自分勝手に、ウワサが応えてくれた事実に。治癒を後回しにしていた四肢の激痛が薄れ、そして修復されていくのを感じながら、彼はぽつりと呟いた。

 

「――ありがとう」

 

 轟音。解き放たれた風の斬撃が、津波のごとく襲いかかった白帯の質量攻撃を真っ向から断ち切った。

 風に後押しされた高速移動、振り下ろされた太刀を阻むように伸びた布が受け止め、そして引き裂いていく。ドッペルの操る白布によって僅かに押し留められた間に後方へ跳躍し刃をかわしたいろはは、更なる物量を伴った白布をシュウの元へ差し向けながら跳躍した。

 

 

負の感情(ドッペル)への向き合い方、ですか』

 

 

 対魔女守、対シュウに向けての鍛錬をこなした日の夜。

 血塗れになったいろはをみかづき荘へと送り届け、自身もまた桃色の少女と同じくズタズタになって全身を血で濡らしていたななかにキレた家主によって2人纏めて浴室に放り込まれ仲良く浴槽に浸かる中、いろははななかにそんな疑問を投げかけていた。

 

 近接戦の感覚を身に着けた。仲間の魔法少女たちからありったけの魔力を預けられた。時には自傷も伴う回復魔法を用いた戦闘続行を徹底的に反復した。

 それだけでは勝てないと――最後に少女に遺される切り札のひとつであるドッペルの完全な制御を果たしたいと語るいろはの柔らかな肌をぷにぷにと触るななかは、ふむと考え込んでいた。

 

『以前のように暴走させるというのは論外ですね。シュウさんなら容易く対処し解体してのけるでしょう。彼との戦闘に用いるようであれば、ドッペルの制御は必須――。……ですが、私は今のいろはさんなら問題ないと思いますよ』

『んっ……。その、ななかさん、手つきが……。えっと、それって、どういう』

『失礼、これをシュウさんが夜な夜な貪っていたと思うとつい。……いろはさんは、ドッペルと「向き合いたい」と言っていましたね。自分から派生して生まれた、負の感情と呪いの集積……それと向き合い、暴走させることなく制御して戦えるようになりたいと』

 

 そういう思考に至った時点で、ある意味では既に答えが出ているように思えますと。

 落ち着いた微笑みを浮かべ微笑んでの言葉に釈然としないように首を傾げた彼女に背後から腕を回しながら、ぴたりとくっつくななかは穏やかに告げる。

 

『ドッペルがたとえ魔女に似通った異形であったとしても、その本質は魔法少女の一部が変じたものに他なりません。相性のいい魔法少女であったならば、それこそ手足の如くその力を扱うことも可能でしょう』

『勿論その力は強大、且つ凶悪。敵のみならず自らさえ傷つけることも少なくない……。ですが、それは我々の普段用いる魔法や魔法少女として振るうものとそう変わりはしません』

 

 ──決して過剰に恐れず、しかし増長せず。

 ありのままに己の内にあるものを見つめ適した触れ方をすることこそが、魔法少女がドッペルを手繰るにあたっての最適解であるように思うと、そう推測するななかに成る程と頷いたいろは。浴室で結わえた桃色の髪をなんとなしに撫でつける彼女を見守るななかは、少し(さび)しげ笑みを浮かべては囁いた。

 

 

『これはいろはさんにしかできない役目です。任せますよ』

『──私には、彼が最も辛いときに傍に居ることができなかった。貴方だけが、彼の隣に居られた。……今、彼の苦しみを肯定して、彼の決断に否を突きつけることができるのも……貴方、だけなんですから』

 

 

(──ありがとう、ななかさん)

 

 ドッペルの制御。あらゆる要素を万全に整えてきたなかでの唯一のネックも、いろははすぐに解決できていた。

 弱い自分への苛立ちと怒り。独りでは何もできないことへの無力感。妹を本当に救えるかわからないなかでの不安と怯え。

 負の感情を穢れとして集積させたソウルジェムから生じたドッペルは、事実上もうひとりのいろはに等しい。

 

 ──そう。たとえその姿形が異形であったとしても、抱く情動が歪であったとしても。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『シュウくんに勝ちたい。……ううん、違う……。それだけじゃない。シュウくんと一緒に、幸せになりたいの。だから──力を貸して』

 

 その言葉があれば十分だった。

 いろはを取り込まんとしていたドッペルの無条件の全面協力。宝石の鏃を用いたコネクトなしではどうしても確保しきれない質量をもってシュウの斬撃を受け止め、そして広範囲を呑み込む一撃を見舞うドッペルを使役……否、()()するいろはは、浮遊するドッペルと共に空中を激しく動くシュウに追随し激しい猛攻を仕掛けていた。

 

 全力で攻めに回らなければいけなかった。

 

「──、()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「!?」

「相談もしないで、ずっとずっと独りで抱え込んで! その果てにはういまで切り捨てて私を救うだなんて言い出して! そこまで追い詰められる前に私を頼ってよ、どうしてこんなことになるまで何も教えてくれなかったの!!」

 

 風の斬撃をもってドッペルの頭部を削ったシュウ、その脚に帯が巻き付いた。

 すぐに断ち切られるが、一瞬でもその場へ彼を留められれば十分──。波濤と化した膨張する白帯が彼を呑み込み、直後に白い津波を吹き飛ばした彼が血みどろになりながら駆けぬける。

 

「っ──、仕方ねえだろ!! 並行世界でお前が死んでたなんて誰が言えるかッ! 魔法少女になった女の子がどれだけ簡単に死ぬかわかってさえいたらお前が魔法少女として戦うことなんて絶対に認めたりしなかった!」

 

 白布を分厚い壁にして周囲へと張り巡らされれば、それだけでも制御の難しい高速移動を封じるにはうってつけの障害となる。

 風を用いた最高速度での機動戦を諦めた少年は襲いかかる帯の真上を駆け接近、いろはに向かって刃を振り下ろした。

 

 峰打ち、しかしそれは決して彼の手加減を示すものではない。帯を重ねた防御のうえから浸透した打撃が体内で弾け、血反吐を吐くいろはは硬直する身体をドッペルの伸ばした帯で操って強引にシュウの間合いから逃れる。

 好機と太刀を掲げた瞬間響く、鏡の罅割れる音。舌打ちして飛び退いた少年の足元から槍衾の如く飛び出した帯は、鏡を割り砕いて潜行しシュウの死角から迫る。

 

「理恵さんのことだって、シュウくんは何一つ教えてくれなかった!! 気付いてたんでしょう、魔法少女の真実を知ったときからずっと!! シュウくんの家で私が倒した魔女が、魔法少女だったお母さんだったって──シュウくんは一度も言ってくれなかった!」

「糞が、何でそんなことまで知ってんだよお前はさぁ……!? 言えるわけないだろ馬鹿、そもそも父さんとババアを殺したのだってキュゥべえのせいでできたゾンビみたいなもんであって俺の母親じゃねえよ!! 本当にアレが母さんなら家族を殺すわけねぇだろうか、そこを──履き違えんな!!」

 

 ──そうだ、だから魔法少女の救済はしなければならないのだ。

 

『ういの病気を治して……!』

『お姉ちゃんみたいなキラキラした自分になりたいっ!』

『『私たちは、ふたりでひとつ。ずっと一緒に居たいから』』

『ひとぉつ。貴方は、死なないでください。……ふたつ、めは……魔女に、ならないで』

 

『──私の子供には、元気に、逞しく、強く育って欲しい。……うん。それだけが、私の願いかなあ』

 

 彼女たちの抱いた願いが、異形に成り果てた彼女たち自身によって踏みにじられるような世界など、決して。決して、許容できはしない。

 

「絶対に魔法少女救済を止めるわけにはいかない! 婆の出した次善策の実現は不可能だ、俺の観た記憶のことを知ってるのならわかるだろう!? イブも解体して、ドッペルのない世界で3年! 3年の間、ういたちを生かし続けなければならないのが、どんなに難しいか!」

 

 うい、灯花、ねむ。魔法少女救済の基盤となる魔法少女たちによる救済は、万全を期すのならば3年をかけての計画になるだろうと老婆は想定していた。

 当然。その間にういたちの誰かが命を落とすか、魔法の行使に支障を来す状態に陥れば──計画そのものが頓挫する。

 

 不可能だと、その間に何人の魔法少女を取りこぼすつもりだと、風の刃を浴びせながら叫んだシュウに防御のうえから叩き斬られ流血しながら。息を荒げて迫る彼を白帯の壁をもって牽制して、いろははゆっくりと首を振った。

 

 彼は7年間魔法少女として活動していたやちよを指して、彼女以上の歳月を生きている魔法少女が殆どいない事実を示唆していたという。

 根拠はあるのだろう。記憶ミュージアム、そしてこの鏡の迷宮から智江が回収しているという並行世界の記憶。いろはが他の世界では彼に傷しか与えずに死んでいたのと同じように、多くの魔法少女の悲劇と破滅をみてきたのだろう。

 

 だからこそ、いろはは伝えなければならなかった。示さなければならなかった。

 何も、終わりじゃない。諦めなければならない理由なんてない。

 未来はここから、掴み取るのだと。

 

「それは違うよ、シュウくん」

「私は、絶対に諦めたりしない。取りこぼしたりしない。魔法少女の救済は成功させる。それまでどれだけの苦難が待ち受けていたとしてもういを、灯花ちゃんを、ねむちゃんを守ってみせる。みかづき荘のみんなも、シュウくんの助けたいと思ったひとも、シュウくんだって。誰も欠けることなく明日を迎えられるように、守りぬいてみせる」

 

 ──私だって、絶対に死んだりなんかしない!

 

 そう宣言してドッペルの白布を膨張させたいろはが回避も許さぬ大質量をもって少年を呑み込む。

 その瞬間、「禍土風(マガツカゼ)」の一言で波濤が散り散りにされた。

「それじゃあ」

 

 苛立ちと疲弊を滲ませた眼の奥に、ほんの微かにすがるような色を浮かべて。

 少年は、観念したように言葉を吐き出した。

 

「そこまで言うんなら、証明してみろよ。(これ)を越えろ。俺を倒せ。……それができたなら、()()()のものはあると認めてやる」

 

 神雷装填──。いろはが攻めの姿勢を崩さなかったが為に溜めを許されなかった『空』へと、初めて白雷が装填された。

 

 落ちる雷、鏡の魔女の悲鳴がミラーズに響く。魔女結界に風穴を開けて飛来した稲妻に太刀を白く染めながら、彼はあらゆる呪いを焼き尽くす神鳴の名を言祝いだ。

 いろはがシュウに向かって駆け出す。ドッペルが必殺の一撃に先んじて決着をつけるべく帯を放った。

 

『──天津雷(アマツカヅチ)

 

 鏡の結界の一角が蒸発する。白雷の斬撃が解き放たれ、ドッペルが一撃で消し飛ばされた。

 鏡面を融解させながら突き進んだ雷は、差し向けられた帯を容易く消し炭にし咄嗟の守りも構わずドッペルごといろはを呑み込んだ。

 

 ──これで良いんだと、太刀を振り抜いたまま少年は己に言い聞かせる。

 

 穢れを祓い焼き尽くすことに特化した雷の刃は、魔女を消し飛ばすほどの効果を魔法少女に与えはしない。だが──それでも、身体を貫く稲妻の衝撃と、解き放たれた雷によってソウルジェムを伝う感電は免れない。

 それに加え、既にいろはは激戦のなかで消耗したうえでドッペルを発動している。ドッペルを討たれた段階で全魔力を使い果たしたとみて間違いなく、その状態で天津雷を浴びれば根性や痛みによる気付けでどうこうできる訳もないだろう。

 

 勝利を確信した少年が、『空』に蓄えられた雷を解放しドッペルを焼き尽くした瞬間にようやく息を吐いて。

 

 雷を突っ切って現れたいろはが、黒いナイフをシュウの胸の中心に叩き込んだ。

 

「──、……。あー、くそ」

 

 副武装である黒いナイフの刃先には、いろはが度々砲撃を見舞っていた際に装填していた宝石の鏃が突き立てられている。

 七本目、()()()()()()()()()()()()()()、自身の魔力を溜め込んだ最後の切り札──。宝石の鏃の魔力がこれ以上なく馴染んでいろはに溶け、そしてその力を解放する。

 

 魔女守のウワサが剥ぎ取られ力が喪われていくのを知覚しながら。自身の明確な敗北を悟った少年は、いろは共々血塗られた鏡面へと倒れ込んだ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。