環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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大切なことを伝えたいと、ただ

 

 実のところをいうのなら――、

 そのウワサにとっては、その戦いで敗けようとも何ら問題はなかったのだ。

 

「……随分と、手酷くやられてしまったな」

 

 視界が明滅していた。

 ギシギシと軋む身体、胸部に開いた風穴。『空』から供給される魔力でどうにか消滅を免れることのできている■■■のウワサは、いろはによって浴びせられた損傷が致命的なダメージとなって彼を消し去ろうとしていることを悟りながらも、しかし笑みさえ浮かべて宙を駆けていく。

 

「環、いろは──。よもや、あそこまでやるとは」

 

 シュウも、ウワサも、敗けるつもりで彼女と戦う気は欠片もなかった。

 

 記憶ミュージアムにてみかづき荘の魔法少女たちと遭遇した時点で、彼らはいろはや、彼女の頼り得る魔法少女の実力は抜かりなく把握していた。そのうえでシュウは問題なく撃破できると考えていたし、その見立ては決して間違ってはいなかっただろうと魔女守もまた判断を下していた。ベテランの魔法少女の介入があったとしても、風と雷による斬撃を駆使し翻弄したうえで高いフィジカルを用いてソウルジェムを奪って各個撃破を繰り返せば問題なく勝利できる、そう勝ち筋を確立していたのだ。

 

 だが、現実として彼らは敗けた。

 それも、仲間たちから力を借りていたとはいえ誰の援護を受けるでもなく少年に立ち向かったたった一人の魔法少女に。

 

 精神的な強度の差は間違いなくあっただろう。自傷を厭わず、致命の傷さえも構わずにシュウを倒すことだけを考えていたいろはの猛攻に、少年は加速度的に追い詰められていた。

 だが――精神的に限界を迎えつつあったシュウと代わった程度で魔女守がいろはを倒せていたのならばそうしていただろう。殺す気で自分を倒そうとしてくる恋人に怯え、苦しみ、それでもなお救済の実現を願って戦闘の最中も最善を尽くしていた彼だからこそウワサは力を貸していたし、魔女守が主導権を握った瞬間にいろはに撃滅されるだろうという計算もでていた。

 

 たったの1週間。その間にどれだけのものを積み上げたのか。

 見事にシュウを打ち倒してのけた少女に感嘆の念を抱きながら、■■■(からっぽ)のウワサは笑みを浮かべる。

 

「――環いろはは証明した。己の力を。ああ……アレならば、彼女も守れるだろう」

「ようやく。ようやく、これで――(オレ)の、本懐を……」

 

 ホテルフェントホープ。ウワサ結界の内部に広がる屋敷の敷地に侵入し、その瞬間に崩れ落ちた■■■は老婆からの連絡を受けたのだろう、マギウスの魔法少女の気配が近付くのを認識し口元を歪める。

 

 ああ、だが。

 灯花とねむには、申し訳ない――。

 

 

 

 

 

 

 

 緩やかに意識が浮上していく。

 目を覚ましたいろはは、ぼんやりとした頭を振りつつ身体を起こした。見慣れぬ天井を見上げ、ゆっくりと思考をクリアにしながら状況を把握していく。

 

「……ここは?」

 

 首を捻り周囲を確認する。どこかの部屋の一室であるらしいことは分かるのだが、どうにも見覚えのない場所だった。室内の広さや調度品などから見ても相当に広く豪奢な造りをしているようだが、少なくともみかづき荘やシュウ、いろはの家ではない。どこなのかと記憶を掘り起こそうとしたところで、木造りの扉を開いて姿を現した黒いローブの魔法少女がベッドで身を起こしていたいろはに気づくと顔を明るくした。

 

「よかった……! いろはさん、目を覚ましたんですね……!」

「――、あれっ。さなちゃん?」

 

 突如現れたマギウスの黒羽根の姿に一瞬身構えたいろはだったが、彼女のかけてきた聞き覚えのある声に戸惑い、そしてローブのフードを剥いで駆け寄ってきた少女の顔を見て安堵したように肩の力を抜く。

 

「さなちゃん……!どうして黒羽根のひとの格好をしてたの? あ、もしかしてこの部屋って――」

「はい……マギウスの本拠地、ホテルフェントホープです。1時間くらい前に智江お婆さんが気を失ったいろはさんを連れてきて……。いろはさんを眠らせてるから目を覚ますまで休ませてあげてほしいって言われたので、私の部屋に運んできたんです」

「そうなんだ……」

 

 得心がいったとばかりに深く息をつくいろは。

 老婆や恋人から存在を教えられていた、マギウスの魔法少女たちの本拠地。そこに運び込まれた経緯を知り、同時に自分がシュウとの戦いに勝利したことでういを救い出す計画が進みつつあるのを悟るといろはは緊張を解いてベッドに身を横たえた。

 そこで身を落ち着けていたベッドを見やり、白い布地が僅かに赤黒くにじんでいるのに気づくと顔を曇らせる。

 

「ここ……さなちゃんの部屋なんだよね。ごめんねベッド汚しちゃって……」

「へ? あっ、それは構わないんですけれど……そう、血塗れじゃないですかいろはさん!! お婆さんは傷はないって言ってましたけれど本当に大丈夫ですか? 痛いところがあるならちゃんと教えてくださいねっ」

「うん、平気だよ。心配してくれてありがとう。……そうだ、これ変身解いちゃうとあの服に戻っちゃうんだ。どうしよう……」

 

 言いながら、いろはは自身の魔法少女衣装に視線を落とす。

 変身の解除もしていないために戦闘していたときのままのインナーと全身を覆うタイツは、ところどころが引き裂かれ白い肌を露出させそしてそれ以上に紅く染め上げられている。2回ほどグチャグチャにされ1度は自ら切除した腕部を中心に広がる染みはシュウとの死闘の激しさを物語っていた。

 

 半ばまで紅く染まっていた自慢の髪は老婆が手を入れてくれたのか汚れはほとんどないものの、当然衣装のみならず身体にもしっかり血はこびりついている。このまま変身を解いたらせっかくデートのために用意してもらった洋服が台無しになってしまうと危惧するいろはにさなは苦笑して提案した。

 

「そこの部屋にシャワールームがあるのでよかったら使ってください。着替えは……黒羽根のローブ以外に支給してもらえる服ないかな、ちょっと聞いてきますね」

「え、大丈夫だよそんな……。ほら、私のほうはシャワーだけ浴びて身体を拭いたあとに元の服に戻ればいいだけだからっ」

「ああ、そっか……。本当に大丈夫ですか? 私はこの部屋にいますから何かあったらいつでも言ってくださいね」

「うん。本当に平気。ありがとうねさなちゃん」

 

 心配げに見つめてくるさなに笑顔で応える。その表情が虚勢によるものではないとわかったのか、さなはようやく安心したように微笑みを返してくれた。

 

「……ところで、その恰好ってどうやって脱ぐんですか? いろはさんはローブ着てたのもあってそこまで意識してませんでしたけれど全身タイツってよく見たら凄いですよね……」

「あー……。………………破いたり?」

「ち、力技」

「だってシュウくんいつもそうやってたし……」

「……えっと……」

「……じゃ、じゃなくて! 私、そういうの慣れてるから……」

「慣れ……。そ、その、抱いてもらったり……ですか?」

「──。…………、……まぁ、そういうことも、なくはないというか……」

 

 頬を紅く染め白状したいろはに、さなもまた顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 そのまま気恥ずかしさに黙りこくってしまったふたりだったが、やがていろはがお風呂借りちゃうねと逃げるように浴室へ向かっていくとさなが背後から「あっ、あの、何かあったら言ってくださいね!」と声をかけ、いろははそれに手を振って答えた。

 

 さなの気遣いに感謝しながらバスルームに入ると、いろははさっそく衣服を脱ぎ捨てていく。

とはいえ、元々の魔法少女の衣装は露出度が高いため、下穿きさえ取り払えば後は肌に直接纏っているのと同じようなものなので手間取ることは無い。あっという間に裸になったいろははシャワーのコックを捻り温かい湯を浴びて肌についた血を洗い流していく。

 鏡に映った自分の姿を見つめた。

 

(傷は……うん、ないよね……?)

 

 光弓を構えていたために重点的に狙われ複数回切断されグチャグチャにされた左腕、臓腑を潰された腹部、刃を突き立てられた胸や脚。いずれも致命傷となりうる傷だったはずだが、それらはどれも既に塞がっており、治癒の魔法を用いての処置は傷跡ひとつ見当たらないものだった。

 いろはの記憶の限り、純粋な傷だけなら宝石矢の直撃を受けたシュウの方が酷い有様だった筈だ。自分の身体を確認しひとまず安堵した一方で今更ながら恋人に負わせた傷がきちんと治しきれているか心配になりながらも、いろはは一通り身体を清め終えると改めて鏡に映る自分の姿を確認した。

 

「うん……平気そう。よかった……」

 

 白い肌にはあちこちに薄く血の痕が残っているが、それは血が乾いて固まってしまったものでありすぐにでも落とせそうなものだ。ほっと息をつくと、今度はシャワーの湯の温度を上げ全身を洗い流す。

 

「――んっ……」

 

 熱めの温水が肌の上を流れ落ちるたび、いろはは小さく息をつく。

 戦闘で高ぶっていた神経が落ち着くにつれ先ほどまでの激闘の余韻に浸るようにぼんやりとシャワーに身を打たれていたが、不意にいろはは両目を閉じて耳を傾けた。

 

「……」

 

 聞こえてくるのは水の流れる音と、壁を隔ててすぐ隣にある部屋にいるさなの気配。先ほど少女のやってきた扉からフェリシアや鶴乃の声も聞こえた気がした。

 だが、それだけではない。

 

 いろははシュウとの争いの佳境において、彼女の力を、その存在をこれ以上なく間近に感じていた。

 

「──ありがとう」

「これからも、よろしくね」

 

 自らの内側に向け囁いた言葉に返答はない。けれどいろははそれで満足だった。

 

「さなちゃんたちにも、ちゃんとお礼を言わないとね」

 

 力を貸してくれた仲間たちを想いぽつりと呟く。

 シャワーを浴びながら、彼女は鏡の結界内での激闘をひとつひとつ思い返していた。

 

 ミラーズで集めた自分のコピーを用いた包囲網。霞の刃によって切り刻まれた痛み。舌を自ら噛みちぎったのに気付いたときのシュウの顔。最高速度はとても捉えきれなかった風による猛攻。四度、仲間の魔力を借り受けての一矢を直撃させても立ちはだかり続けた鬼のような形相の──けれど、泣いていた少年。ナイフ越しに、大切なひとの命に触れた感覚。

 

 そして──。

 

『なかなおりの、ちゅう……』

『………………勝てんわこりゃ』

 

「……えへへへ……」

 

 思い出すだけで自然と笑みが零れた。

 彼と交し合った唇の感触を思い出すように指先で触れ、何度もそれをなぞっていく。まるで初めてのキスをしたときのように、再びああして心を繋げられたのが嬉しくてたまらなくて。頬をゆるめっぱなしにして身をくねらせてひとり照れる。

 

「……シュウくん」

 

 ぽつりと、彼の名を呼んだ。

 

「……シュウくん……」

 

 

 もう一度、その名を口にする。

 

「……シュウくん……」

 

 何度呼んでみても、そのたびに心が震える。

 

「……シュウくん……シュウくん……」

「……大好きだよ」

 

「……っ、……うぅ~~~~~……」

 

 彼への想いを確かめるようにひとり言葉を囁いて、胸の奥が満たされて──唐突に途方もない羞恥がこみあげて声にならない声をあげて顔を覆う。大喧嘩の最中で死んだりしないと約束したばかりだというのに、もしこんな姿を誰かに見られてしまえばと思うと恥ずかしさで死んでしまいそうな心地だった。

 

 しばらく羞恥にさいなまれひとり身悶えしていたいろはだったが、やがて呼吸を整えて落ち着きを取り戻すと身を落ち着けていた座椅子から腰をあげた。

 シャワーの栓を閉じ、髪を濡らしたまま浴室を出たいろはは脱衣所で用意されていたバスタオルで体を拭い、そのまま変身前に身に着けていた衣装を身に纏う。

 変身を解除して裸から服を着こむというのも奇妙なものではあった。

 

「……よし」

 

 着替えを終えて軽く髪を整えたいろはは、バスルームの戸を開ける。さなの部屋にはいろはが浴室に入っている間にやってきたのだろうフェリシアと鶴乃もいた。

 シャワーを浴びて出てきたいろはに気づいたふたりは、いろはの姿を見るなり立ち上がると勢いよく駆け寄ってくる。

 

「おー、いろは! 大丈夫か!? 痛いとこないか?」

「ちょっとバスルーム見たら血塗れの魔法少女衣装あったから心配したよー‼ 本当に怪我無い、平気⁉」

「うん、平気。フェリシアちゃんも鶴乃ちゃんも……さなちゃんも本当にありがとう。みんなのおかげで私勝てたよ。………………鶴乃ちゃん、その、何か聞いたりした?」

「へ、何が?」

「……ううん、何もなかったならいいの。なんでもないよ」

「??」

 

 きょとんとした表情を浮かべる鶴乃から視線を外したいろは。心なし頬を紅く染めた様子だった彼女は少女たちの方へと向き直ると改めて頭を下げた。

 

「本当に、ありがとうね。みんなの力がなければ私もシュウくんに勝てなかったかもしれない。おかげで私たち、無事に仲直りするところまでいけました」

「おー……ちゃんと仲直りできたんだ! それはよかったぁ……。どうなるか心配してたのはみんな同じだったけれどフェリシアとかすっごい落ち着かなくて――」

「鶴乃うるさいぞっ! だいたいお前だってそわそわして他の羽根の連中から怪しまれてたじゃねーかっ」

「そういうことだってあるよーっ」

 

「……ふふっ」

 

 お互いに気安く口げんかをはじめたふたりの様子に、思わずいろはも笑みが零れる。さなも穏やかに微笑んでそのやりとりを見守るなか、彼女たちの居る部屋の扉が数度のノックとともに開かれ、小さなキュゥべえを肩に乗せた老婆が顔を見せた。

 

「あ……。智江お婆ちゃん」

「モッキュー!」

「おや、いろはも起きてたかい。……これからマギウスの救済の要を解体しにいくというときに随分と可愛い衣装だねえ。戦闘する可能性も在るから変身しておきなさい」

 

 あとこれを上にと、老婆が持ってきたのはマギウスの翼に所属する魔法少女……その取りまとめ役に認められた面々に渡される白いローブだった。。これから行くところだと黒羽根よりは白羽根の方が怪しまれずに済むからねと、そう告げて目を細めた彼女に素直に頷いて変身したうえからローブを羽織ったいろはは襟元を確認しながら問いかけた。

 

「この格好……。お婆ちゃん、もしかしてもう準備が……?」

「ああ、いろはの倒した魔女守を使って灯花とねむを誘導したからね、エンブリオ・イブに至るまでの障害は存在しないよ。あとの鍵は、いろはとこの子だ」

「モッキュ!」

「キュゥべえが……?」

 

 老婆の肩のうえで自己主張する小さなキュゥべえにきょとんと目を丸くしたいろはだったが、思えばシュウといろはが記憶を取り戻した時もきっかけとなったのは白いキュゥべえだった。ひとまずは成る程と納得した少女は、これまでに目撃してきたマギウスの魔法少女に倣いローブを目深にかぶり扉を開いて外に出た智江に追随する。

 

「それじゃあ行こうか。時間はあまり残されていないよ」

 

 ――何せ、ういを救出した後は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先導する智江の言葉に無言で首肯し、いろはたちは足早に階段を下って行った。

 ホテルフェントホープの敷地は広いものの、智江の根回しもあって新人の黒羽根として潜り込んださなたちの部屋は比較的目的地の近くに用意されたという。緊急時には一斉起動して敵を粉砕するという物騒なクマのぬいぐるみが並べられた階段を何度か降りる間も、すれ違う魔法少女は少なく智江に連れられるいろはたちが不審な目で見られることもなかった。

 

 やがて屋敷の最深部と思われる場所へと辿り着いたいろはたちを出迎えたのは、内側から得体の知れぬ魔力を溢れさせた重厚な扉であった。扉の前で深く息を吐いた老婆は、扉に手をかけながらいろはたちに最後の確認をする。

 

「ここが、イブを安置する地下聖堂だよ。灯花とねむが戻ってくるまでそう時間はない、手早くういの救出を――」

「待ってください」

 

 今まさに開け放とうとするその直前、廊下の方へと進み出たさなが得物を手にした。

 盾を前方へ向け構えた彼女は、鋭い眼で柱や大きなクマのぬいぐるみの立ち並ぶ廊下の物陰へと視線を向ける。

 

「誰かいます」

「……すまないね、私としたことがマギウスに集中し過ぎて警戒を怠った。このエリアにウワサ以外の巡回がくることはなかなかない筈なんだが……。――()()()()()()()()()()?」

 

『……なんでバレたんですかあ……』

『だからやめようって言ったのに……』

 

 弱弱しい声を上げて物陰からひょっこりと顔を出したのはひとりの少女だった。黒羽根であることを示す黒いローブを身に纏う彼女の人相は伺い知れない――。彼女の背後からも2人の魔法少女が肩身狭そうに姿を現すと、老婆はなんともいえぬ表情で眉根を寄せた。

 

「私たちを止めるつもりで来たにしては、数が少ないね……、どうして貴方たちがここに居るんだい?」

 

 咎められたと感じたのか、あるいは数の不利があるなかで相手の魔法少女が武器を構えているからか。びくりと黒羽根のひとりがたじろぐなかで、困ったように頬を掻いた先頭の少女がぽつぽつと呟く。

 

「……ええと、そこの白羽根さん……。環いろはさん、だよね? リーダー……シュウさんの彼女の。綺麗な桃色の髪をしてるって聞いたからすぐわかったよ」

「あ……。えへへ。シュウくんが、そう言って……? 嬉しいな……」

「つい最近妹の魔女化を教えたその彼女さんと、今日の昼前にデートに向かってたのは知ってたからさ……。帰りを待っててもこないし、デートに行った2人をこっそり偵察してた娘は2人がミラーズに向かったっていうし……てっきり恋人の逆鱗を踏んだリーダーがぶち殺されたのかと……」

「殺してないよ??!!」

 

 慌てて叫んだいろはの後ろで智江が遠い目になる。

 いろはを含めた7人の魔法少女の魔力を溜め込んだ宝石矢。一撃で魔女を複数纏めて屠れる火力の直撃を4度浴びてシュウが生きてるのが奇跡に近いことは黙っていた。

 

 そして一方で、いろはが殺してないと叫んだのに露骨に黒羽根たちは安堵しているようだった。彼が自分の部隊の魔法少女からも相当に慕われている様子なのに喜ばしくも少し複雑な心境にさせられるいろはの前で、肩を下ろした少女は苦笑したようにいう。

 

「あ、ほんと? あの人が戻ってこないからてっきり罠に嵌められて殺されたのかと……。死んだなら弔い合戦くらいはしても良いと思ったけれどそれなら良いや、貴方に用事がある感じだったのはこっち」

 

 ぺらり、と。

 進み出てきた黒羽根がフードを外すと、そこから現れたのは小柄な少女の顔であった。いろはと同じか、あるいはもっと年下かもしれないあどけない顔立ちにどこか達観したような雰囲気のある彼女は、おずおずといった調子で口を開く。

 

「……あの、私はよく知りませんけれど……。もしかしていろはさんの妹って、まだ助けられそうなんですか?」

「……うん。貴方は、それをどうして……?」

「その。魔女化してるっていういろはさんの妹のことについて喋ってたシュウさんが、なんだか……未練、なのかなあ。こう、苦しそうにしてたし、智江さんたちと一緒に貴方がきたから、なんとなく……?」

 

 少女はエンブリオ・イブのことなど知らない。

 いろはが何のために老婆とともにこの場に訪れたかなんてわかる筈もない。

 

 けれど――。かつて家族を喪い、折れた黒羽根には。目の前の少女の顔を見れば、いろはが妹を魔女化で喪ったとは思えない『芯』をもって希望の未来を見据えていることが、手に取るように理解できた。

 彼女は、諦めていない。

 魔女化したという妹を救い出す手立てをもって、何が障害として立ちはだかろうとも打ち倒して見せるという気概と妹を助けるという決意をもってこの場にいることが、わかってしまった。

 

「……私、」

 

 そこで少女は、言葉に詰まる。

 

 自身の経験した悲劇を語ろうという気持ちになっていた。喪失を。屈折を。後悔を。

 ――けれど、そんなものを彼女にぶつけるよりは。

 せめて、精一杯の良心をもって搾りだした言葉を伝えたかった。

 

「――私、貴方を応援してるから。……頑張ってっ」

「……!」

 

 いろはは目を見開く。

 直感。同種の絶望を知る仲間への、最大限の励ましの言葉であることは、なんとなしにわかった。

 それはきっと、彼女の本心からのエール。少し泣きだしそうな顔になった少女が、こくりと力強く首肯する。

 

「――ありがとう!」

 

 そう叫んだいろはの横で、智江が扉を開け放つ。呪いと穢れに満ちた聖堂へと少女たちが駆けだしていく。

 

 

「……頑張ったじゃん」

「……疲れた」

「その、かっこよかったです」

「いいよこんなんで褒められたって困るし。……は~~~、良いなあ本当、羨ましいなあ」

 

「……強いなあ」

 

 

 そして。地下聖堂へと訪れたいろはたちは、十字架に戒められるようにしてその身を吊り下げられた白い異形を見上げ息を呑む。

 

「――っ。……行きます」

 

 本能的な畏れを抱くのも一瞬。眦を決したいろはが小さなキュゥべえを抱きながら走りだしていくのに、老婆もまた追随しながら鶴乃とフェリシア、さなに指示を出す。

 

「もうすぐ灯花とねむが来るはずだ! 2人が来たら一旦この部屋を隔離する、もし邪魔をしそうなら1発でいい、攻撃を凌ぐか陽動を頼むよ! ――いろはちゃん! 必要なものは全て揃ってる、極論貴方とそのキュゥべえさえ居ればいい! イブのところまで行きなさい!」

 

 言われるまでもなかった。

 智江の指示を受けたフェリシアが聖堂の床を砕き、瓦礫を操った老魔法少女が石塊を用いての階段を形成するのに躊躇いなく飛び乗る。

 不安定な足場も構わず一直線に走りだしたいろはは、キュゥべえを腕に抱きながら跳躍を繰り返し巨大な魔女のもとへと駆け出していく。

 

「――っ」

 

 近付く程に、眼前の魔女の存在感が重くのしかかった。

 

 エンブリオ・イブ。マギウスの灯花、ねむ、アリナによって発見された魔女は穢れを溜め込む性質を持っていた――。マギウスの翼を結成した灯花たちはこの性質を利用、ドッペルを確立。最終的には現存最強の魔女であるワルプルギスの夜を魔女守を用いて瀕死にしたうえでイブに喰らわせ、世界に魔法少女救済システムを拡張する計画をたてていたという。

 

 今いろはを蝕むのは、イブのこれまで溜め込み、白い巨体を溢れた穢れだ。倦怠感が増し足を踏み外しかけるなか、意思の力で突き進んでいく彼女は走りながら思い出す。

 

 ――私だけでは、ここまでこれなかった。

 

 恋人に守ってもらえたこと。

 魔法少女の先輩に助けてもらえたこと。

 仲間に支えてもらえたこと。

 同じひとを好きになった友だちに背中を押してもらえたこと。

 痛みを知るひとに、それでもと応援してもらえたこと。

 妹を助ける未来をともに模索した老婆に活路を示してもらえたこと。

 

 ――そのすべてが、いろはを今ここに押し上げている。

 

「ッ、一体どうなって――環いろは!? お婆さま!?」

「イブがっ。何をする気――」

 

 灯花の、ねむの声が聞こえた。

 ――振り返らず、進む。

 

『――』

 

 眼前まで迫った巨体が、揺らいだ気がした。

 エンブリオ・イブ。その首に下げた、巨大な赤い宝石に――妹の姿が、見えた。

 

「ういっ!!」

 

 激しい衝撃、階段が崩れ落ちる。

 足場を失う直前、勢いよく飛びあがったいろはは魔女の『核』で眠るうい目掛け一直線に向かう。

 

 ういへと近づく。

 落ちていく。

 

 ――ひとりなら、届かない。

 

「――お願いっ!」

「モッキュ―!!」

 

 いろはの腕を駆けて、キュゥべえが跳んだ。

 

 イブが揺れ動き、明確に異変を起こすのを落下しながら察知する。上方で半魔女に向かって飛びかかったキュゥべえが宝石へと触れたのに、いろはは想いを溢れさせた。

 

 ――うい。

 お姉ちゃん、凄い喧嘩をシュウくんとしちゃった。でも最後にはしっかり仲直りできたんだよ。

 この街で、たくさんのひとと会えた。助けてもらえた。支えてもらえた。……みんな、素敵なひとだから、ういにも紹介したいな。

 

 やりたいことも、教えたいことも、たくさんあるの。

 だから──。

 

「戻ってきて、うい……!」

 

 光が、輝く。

 

 

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