環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
ざあざあと降りしきる、雨の音が聞こえた。
目を覚ましたシュウ。見覚えのある天井、身を起こし周囲を確認した彼は自分がみかづき荘の一室に寝かされていることに気付いた。
ほのかに鼻腔をくすぐる甘い匂い――、見誤る筈もない恋人の香りを嗅ぎとった彼はひとりベッドのうえで固まる。目を見開いて固まっていた少年は、やがてうつぶせになって倒れると低い声で唸った。
「……誰だ俺をいろはの部屋で寝かせたの……」
彼が眠る部屋はみかづき荘にてやちよに宛がわれた自室ではなかった。恋人の残り香に包まれての目覚めに精神をかき乱されながらうめき声をあげた少年は、ベッドから身を起こすと同時にふらつきながらも歩きだす。
最早彼のなかにあったウワサの魔力は存在しない。魔女守がいろはによって破られ、智江が離反しういの救出に動いている以上はエンブリオ・イブを守ることのできるものも存在しない――マギウスの掲げた魔法少女救済は頓挫するだろう。
だというのに、不思議と気分は晴れやかだった。
我ながら随分と無責任なもんだとぼやきながら、廊下に出て階下に降りていったシュウはリビングで机のうえに置き手紙を見つける。
「これは……」
ななかからの留め書き。丁寧な字で綴られていたのは、いろはの休息を待ち智江とともに彼女の妹を救い出すこと、マギウスの計画の中で神浜へ向け誘導されていたワルプルギスの夜を撃滅する旨を記されたものだった。
灯花とねむを説得しマギウスの全面協力を取り付けられたならば戦力は足りる。もし協力をしてくれるのであればシュウは智江からの連絡に従って動いて欲しいとの内容に、文面に目を通し終えた少年は無言で携帯を確認する。
老婆から届いていたメール。それを見て目を見開いた彼は、なんとも言えぬ表情になって唸った。
「……本当に、どいつもこいつも……これ俺が土壇場で協力を嫌がったらどうするつもりなんだ」
呆れたようにそうぼやいたのち、少年は目を細め端末を閉じる。
うんざりしたような口ぶりで動き出すシュウ、しかしそれに反して彼の横顔にはもう憂いも苦悩もなかった。
***
そのとき、里見灯花を取り巻く状況は悉くがイレギュラーなものだった。
マギウス最強戦力である魔女守が失踪し、そして環いろはに敗れ消滅直前でフェントホープに流れ着いてきたこと。
何者かの手引きで侵入した魔法少女が何の妨害も受けることなく最深部の地下聖堂に辿り着き、半魔女エンブリオ・イブに対し何らかの干渉を試みようとしていたこと。
――環いろはを足場に駆け出し跳躍した小さなキュゥべえがイブに触れた途端、ひとりの少女がイブの首からかけられた宝玉から浮き出るようにして現れ、そして落下していったこと。
「――うい!!」
歓喜と驚愕の叫び声をあげた環いろはが落下したまま左腕に光弓を展開し、暴発同然に矢を放った反動で落下の軌道を強引に変えて落ちてきた妹を抱き留める。そのまま更に矢を放ってイブの方へと飛んだいろはは、右腕にういを抱えたままもう片方の手で握ったナイフを魔女の巨体へと突き立てて落下の勢いを減衰させた。
真っ白な体毛を削りながら落ちていった少女たちは、やがていろはが魔女を蹴って跳躍し着地したことでようやく安全を確保する。
地下聖堂に足を踏み入れた瞬間さなの構築した盾の檻を破壊して現れた灯花とねむは、固まって一連の流れを見つめていた。
「なん、で」
「どうして? 一度魔女になった魔法少女を取り戻すなんて、不可能なのに。一体、どんな仕掛けが……っ!?」
ギシリと、灯花の内側が軋んだ。突然の頭痛に苦鳴の声を漏らした灯花が頭を抱えしゃがみこむ。隣のねむも同様なのか、息を荒げる彼女もまた膝をついて額を手で覆っていた。
「なに、これ」
「何かがっ、流れ込んで――」
ふたりの脳裏に、病室で言葉を交わし合う少女たちの映像が流れこんでくる。
灯花とねむにのみ起きた現象ではない。ういを抱きとめたいろは、彼女の様子を見守っていた老婆、高見の見物を決め込んでいたアリナ……この場にいない少年もまた、頭に情報を流し込まれる頭痛とともにその光景を垣間見た。
『うい……、ういっ』
涙ぐみながら親友に触れ呼び掛ける少女たち。ソウルジェムを著しく濁らせたういに懸命に魔法を行使しながらも、加速度的に魔女化へと追い詰められつつある彼女を助けようと通りがかったアリナとともに処置を施そうとする灯花とねむの姿。
彼女らの奮闘の末に、魔女化の寸前で空っぽのキュゥべえへと移し替えられたういはその魂を守られ――しかし肉体は、穢れが膨れ上がり形成された魔女に取り込まれ消えていく。
それは、世界から喪われた記憶。そして――環ういが蘇ったことを示す、何よりの証明だった。
「――初めに違和感を覚えたのは、マギウスの翼を決起させた灯花たちに接触したとき。灯花とねむから、2人のもつ魔法について聞かされたことだった」
ういを抱きしめるいろはに念話での呼びかけをしながら、目を細めて灯花とねむに歩み寄っていった老婆は、淡々とした語調で己がういを探しはじめるに至った経緯を語る。
「灯花ちゃんは、自分たちがキュゥべえのもつ機能を奪って魔法少女になったと言っていたね。そうして灯花ちゃんは『変換』を、ねむちゃんは『創造』を手に入れた。……けれどもね、それだと『回収』の役目を担う魔法少女がいなければおかしいんだ。アリナちゃんの魔法が全く異なるものだった以上、病院で発見されたイブが本当の3人目だったことにはすぐに見当がついたよ」
とはいえ、魔女化による死を回避するための処置の影響か、ういの魔女化に居合わせた灯花やねむ、アリナはおろか肉親であるいろはでさえもういの記憶を喪うという異常事態の影響もあり智江がイブの正体がういであると断定し、そして助けだす目処をたてるまでには相当な時間をかけてしまったが。
その点に関してはシュウにも申し訳ないことをしたねと彼を追い詰めた自覚の在る老婆もぼやく。
そして――一連の話を聞いていた灯花とねむは、蒼白になって震えていた。
「あ、……ぼく、たち。こんな……」
「ウソ。……ウソ、うそ、うそうそうそっ、やだ、なんで、なんでよぉッ!? なんで、なんで、私たち、ういを、使い潰して、魔女なんかに……!? やだ、私、あぁぁっ!?!?」
頭を抱えて悲痛に叫ぶ灯花、ぶつぶつと呟いて己の所業を振り返り膝を突くねむ。
灯花たちが悲嘆にくれるのも無理はないだろう――。唯一無二の大切な親友、他の人間に向けるものとは比べ物にならない友愛を抱いていた少女を魔女化させ、そしてその事実さえ忘れたままに魔女として完成させようとしていたこと。その事実を認識し、そして偽りではないと理解できる聡明さがある故にこそ彼女たちは鋭敏に己の過ちを受け止めてしまっていた。
「あああっ!! ごめんなさい! 違う、ちがうちがうちがぅっ!! わた、わたくしっ、こんなこと――!」
「――。……おち、つい……あぁ、もう、だめだ、頭のなかが――」
灯花が髪をかきむしって発狂したような叫び声をあげる。ねむもまた泣きじゃくりたくなるのを懸命に堪えようとするもうまく感情の昂ぶりをコントロールできず頭を何度も振っていた。
動揺を顕にしている灯花とねむ。そんな2人に向かって歩みを進めようとしたいろはの腕を、寝かしつけられようとしていたういがそっと握った。
「うい。……もう、平気なの?」
「うん、もう大丈夫。……灯花ちゃんたちには、私から声をかけないとダメな気がするから」
心配げに問いかけるいろはの言葉にうなずきかけたういは――静かに歩みを進めるといろはの手を離れゆっくりと灯花たちの方へ進み出る。
半ば魔女化していた状態からようやく解放されたばかりにも関わらず、その足取りに迷いはなかった。そうして一歩ずつ前へと進んでくるういに灯花は怯えるような表情さえ浮かべていたが――彼女とねむの前へとやってきた少女は、その細い腕をめいっぱいに伸ばして2人を抱きしめた。
「――え……?」
「うい……?」
ぎゅうと力を込めてういが灯花たちを抱きしめる。突然のことに呆気に取られたように目を瞬かせるふたりの少女が思い出したように身じろぎするも、ういは決して彼女たちを放さなかった。
――いいんだよ、灯花ちゃん、ねむちゃん。
――私はここにいる。こうして生きてる。
――だから、泣かないで。……もう私は、大丈夫だから。魔女になる前に助けてくれてありがとう。
危うく親友を魔女にする寸前だったこと。
家族同然の大切なひとのことさえも忘れて、親友のことなんて気にも留めないで魔法少女救済の贄にしようとしていたこと。
自分がしてしまったことに押しつぶされそうになっていた灯花とねむ。そんな煩悶さえも包み込むかのようなういの抱擁を受けながら、2人はただ嗚咽を漏らすことしかできなかった。
『――――■■■』
瞬間、地下聖堂全体を揺るがしながら白い巨体がうめき声をあげ暴れだす。
「わ、わわわわあっ!?」
「うぉぉぉぉぉ!? なんだこいつ急に暴れだしたぞ!」
己を戒める鎖を砕こうとでもしているのか、激しく身を捩りはじめる巨体の動きにたまらずいろははよろめく。拘束具が不気味に軋みをあげるなかで、老婆は暴れる巨体を見上げながら苦々しい表情でうなった。
「一体何!?」
「――魔女は魔法少女のソウルジェムの内側で育まれ、魂をぐちゃぐちゃにしながら産まれる。ういちゃんの場合は灯花ちゃんたちの処置もあり魔女として成立はせず、けれどういちゃんを取り込んだ魔女はその魔法の性質で集めた穢れを集め、強大な魔女として成立した……。いま、イブは魔女としての核であるういを喪い不安定になってる。一刻も早くういを取り込んで状態を安定させたいんだろうねえ」
利美智江の固有魔法は千里眼だ。
眼を良くすることを願って得た魔法は、老化による魔法少女としての弱体と一度の死を経てもどうにか障害物を透過して対象を観察することくらいはできる。眼を光らせイブを凝視した彼女の目は、核となる少女を奪われた魔女が非常に不安定になって身体を少しずつ分解されつつあるのを見抜いていた。
(――、とはいえ、ういを喪えばすぐにでもイブは消え去っていくと思っていたんだが。これは――)
「……させない」
今にも拘束を破壊しようとしている白い巨体、魔女として完成すべく眼前の異形が救い出されたばかりの妹を狙わんとしている事実にいろはの表情が強張る。しかし直後には眦を決し、魔女の道を阻むようにして傍らの妹たちの前に立ち弓を構えた。
眼前の魔女は、都市を包む絶望を取り込み完成すればワルプルギスの夜さえ呑み干すだろうと想定された脅威。しかしそれと対峙する少女の瞳には、一寸の迷いもなかった。
「――そんなことはさせない。みんな、力を貸してくださいっ。この魔女は絶対に、ういのところには通さない!」
魔女が拘束具を破壊する。
鎖から解き放たれた巨体が一瞬浮かび上がり、直後に重力に従うように落下――、純粋な質量の暴力となって襲い掛かってくる白い魔女を前に、少女たちはいろはに応じ声を重ねた。
『『『――任せて!!』』』
炎が魔女を焼き、現れた巨大な盾が行く手を阻む。その盾の向こうから叩きつけられたハンマーによって一気に押し込まれたイブは落下の軌道をズラされ聖堂の内装を破壊しながら墜落した。追い打ちに放たれた光弓が雨となってイブに降り注ぐ。
『――__、――!?』
「きゃああ!?」
「危ない!」
存在そのものが不安定となったなかで浴びせられた猛攻にイブが苦悶の声をあげ、しかし墜落の衝撃も意に介すことなく矢の雨を浴びながら突き進む。盾から放った拷問器具の数々で足止めしようとしたさなが危うく踏み潰されかけるなかを救出した鶴乃は、騒音を頼りに駆けつけてきていた蒼の魔法少女がいろはと掌を重ね合わせるのを目にした。
「ありがとう、やちよさん――っ、いきます!」
形状を変えた光弓から放たれた横殴りの雨がイブの巨体を転がした。
蒼い輝きを放つ槍の掃射、まともに浴びせれば今までに遭遇したどんな魔女と挽き肉にしていただろう一撃もイブを撃破するには至らない。槍の雨を浴びごろごろと転がった巨体が聖堂の壁に激突し衝突した部分を中心に蜘蛛の巣じみた罅割れを奔らせたのに、フェントホープに潜り込んでから大急ぎで駆けつけたやちよは叫んだ。
「どういう状況!?」
「ういは助けられましたけれどこの魔女がういを狙ってるんです! どうにか倒さないと……!」
魔女の進撃を食い止めるべく矢を放ち続けるいろは。姉とともに魔法少女たちがイブを抑えるべく奮闘するのを見ていたういは、すっくと立ちあがると灯花とねむから離れ歩き出した。
慌てて彼女を追った2人もまた固い決意を露わとする親友に声をかける。
「ぇ……!? うい、どうするつもりなの!?」
「お姉ちゃんたちを助けないと。まだ戦い方もわからないけれど……」
「それは……」
ういの言葉にねむは口ごもった。
時間をかけ大量の感情エネルギーを取り込んできたイブはあまりにも強大だ。いろはたちは今も間断なく攻撃を仕掛け抑えこもうとしているものの、コネクトも用いた合体攻撃も有効打にはなっていない。仮にこのまま食い下がってういを守ることができたとしても、戦闘が長引けば暴れる魔女によってウワサ結界が破られ外部で更なる被害が発生してしまうリスクもあった――、猶予はない。
しかし、狙われているういが正面に出てしまえばより動きを激しくした魔女に彼女のみならずいろはも危険に晒されかねない。僅かに逡巡し、しかしねむと灯花は顔を見合わせるとこくりと頷き合った。
「ういがそういうのなら私たちも戦うよ。でも危険だと判断したらすぐに下がらせるからね!」
「案があるんだ。きっとイブにも有効打を与えられると思う。……うい、協力してくれるかい?」
「……! うん! ありがとう、灯花ちゃん、ねむちゃん!」
「お婆さまは危ないから前には出てこないでねー!」
勇気づけられたように顔を輝かせるうい。彼女とともにねむと灯花も駆け出していったのを見送る老婆は灯花から投げかけられた言葉に困ったように苦笑した。
本当は止めるのが正しいのだろう。だが、3人が並んでイブのもとに向かっていく姿を見てしまうと、不思議と止める気にはなれなかった。
――彼女たちが支え合うのであれば、なんとかなりそうな気がしてしまった。
「全く、こんな調子じゃシュウにも申し開きようがないね……、あっ」
やちよに遅れ地下聖堂であった更地へと現れた紅い髪の少女。彼女に気付いた老婆は、軽く手を振りながら声をかけた。
「ななかちゃん。ちょっと来て欲しいところがあるんだ、付き合ってくれるかい」
その手には、ほのかな光を放つ桜の花を咲かせた枝が握られていた。
「お姉ちゃん!」
「うい……!?」
守るべき妹が最も危険度の高い最前線にやってきたのに、いろはは一気に顔色を変えた。
「ッ――、うい、危ないから……! 下がってて、この魔女はお姉ちゃんたちが必ず倒すから!」
「ううん、私も手伝う! ――私だってお姉ちゃんを助けたいもの!」
困惑を露わにしたいろはが光弓の連射を浴びせながら再三呼びかけようとしたが、その瞬間さながフェリシアとともに展開した防壁を砕いたイブの動きが乱れた。
その巨体を半ば床に埋もれさせながら呻いたイブの巨体、その体毛の先端が光粒とともに消失していく。
『 ―― __、――?』
同時、激しい戦闘の中で消耗しつつあったいろはたちのソウルジェムから穢れが抜け落ちていった。
「あれ、だいぶ楽になったよー!」
「これ、ういが……?」
「うん! 私が、イブや、みんなの穢れを集めたから――、灯花ちゃん、ねむちゃん……!」
任せてと応じる声。汗を流すういから最高効率で穢れを抜き取り、魔力へと変換させた灯花が得られた魔力をすぐさまねむへと還元する。渡された魔力を用いて状況を打開するために必要なものを創造するねむは、自分たちの方向へ近づこうとした魔女の巨体が槍の雨で強引に押しとどめられているのを見ながらいろはに向かって手を伸ばした。
「お姉さん、手を――!」
これこそが、魔法少女救済の骨子。
『収集』『変換』『創造』――、ういが助け出されたことで正しく運用されたマギウスの魔法は、ねむと掌を重ねたいろはの腕をまばゆい光で包み込み、虹色の輝きを放って光弓に装填された。
「『希望の標』。呪いを打ち砕き、魔女を消し去る破邪の光。……ありきたりなテーマだけどね。効果は折り紙付きだよ」
「……ありがとう、ねむちゃん」
無駄にしないよ。
光弓で煌めく七色の光。その危険性に気付いたのか、いろはたちの方向へ鬼気迫る目を向けたイブがみかづき荘の魔法少女が懸命に構築した包囲を力づくで打ち砕き進路上の全てを蹂躙しながら突進する。
到底素早く動けるはずのない巨躯を執念で猛進させる姿は、それこそ山が電車並みの速度で突っ込んでくるようなものだ。踏みつぶされればシミさえ残らないだろう突進を前に、いろはは瞬きもせず魔女を見据え、そして矢を解き放った。
「――いっっ、けぇええええええええええええ!!!!」
『――、~~~~~~~~~~~~!?!?』
放たれた虹。巨大な光の奔流がイブの頭部に直撃し、食い破る。
見る者に祝福を齎す、絶望の未来を切り開くような極光の鏃。希望の標と名付けられた矢は閃光となってイブの巨体を貫き、余波でフェントホープの結界を貫通して白い魔女を吹き飛ばした。
『――』
沈黙。圧倒的な破壊、あまりにも巨大な魔女が冗談のように宙を舞って吹き飛んでいく光景にその一撃を放ったいろはでさえも若干呆然とする中で、風穴をあけられた結界から覗く森を抉りとるようにして巨体が墜落する震動音が伝わってきた。
魔女を破壊した虹の矢を撃つだけでも少なからぬ消耗を強いられたのに加え、追い打ちのような激しい揺れにたたらを踏んだいろは。思わずへたりこんだ彼女は、フェントホープの大穴から10数mにわたって破壊痕を遺し消滅しつつある巨体を見てある事実に思い至り血の気をなくす。
「――。……あっ、あっ、早くいかないと! もし今ので誰かが潰されちゃってたら――」
「……ぇ、やっべえじゃん!? 」
「うわああぁあ!! いろはちゃん、フェリシア、急ごう!」
顔色を変えたいろはの指摘した懸念に慌てて駆け出した魔法少女たち。そんな彼女たちの頭上、地下聖堂の一角で爆発が起きた。
顔色を変えたいろはの指摘した懸念に慌てて駆け出した魔法少女たち。そんな彼女たちの頭上、地下聖堂の一角で爆発が起きた。
「!?」
「ななかさん、と――あの子って……!?」
「智江お婆ちゃんも……」
緑色の閃光、音を置き去りにした速度で飛来し、そして回廊を打ち砕いた一撃。追い打ちの連射に吹き飛ばされてきた2人の少女が光を迎撃していくなか、金属質な音を立てて老婆が墜落した。
少女たちの見る前で、バラバラになった腕の残骸が散らばる。
「きゃぁぁぁああああ!?」
「智江お婆ちゃん!? 腕が――」
先の一撃に吹き飛ばされたのか、更地となった空間に落ちてきた老婆の腕は原型をとどめずぐちゃぐちゃにされていた。肩口から覗く木の骨と透明なチューブ、明らかに人体のそれではないパーツを露出させる彼女は自分を助け起こそうとするういを一瞥すると口元を引きつらせるようにして苦笑する。
「ああ……、平気だよ、うい。暫く前から私の体は人形みたいなもんになってるからこの程度じゃ死にはしないさ。……とはいえ、この調子じゃちょっと厳しいかもしれないねえ。ななかちゃんと万年桜ちゃんの2対1ならギリギリどうにかなると思ってたんだけれども……」
「一体なにが――?」
「――あっれ、イブはもうノックアウトされちゃったんだ。あーあ、折角アリナが手を貸してあげたのに期待ハズレなんですけど」
戸惑ういろはの疑問のうえからそう声をあげたのは、回廊から飛び降り広間に着地した緑色の髪をした少女。黒い軍服にカラフルなスカートを纏う魔法少女は、落下の勢いのまま着地するなり不機嫌そうに顔をしかめながらイブの巨体が墜落した場所へと視線を向ける。
コアであるういを喪えばすぐに消滅するものと智江が判断していたエンブリオ・イブが戦闘を続行することができた最大の要因であり主犯格。イブによる魔法少女救済を実現すべく神浜を覆っていた『被膜』を用いて魔女を安定化させた自身の介入に気付いた智江に連れられたななか、万年桜のウワサの襲撃を受けそちらの対処に手を回さざるを得なかったアリナはイブが打倒された事実に舌を打っては変身した。
「アハハハッ、まあイブの魔力はある程度回収できたし……、ぜんぶバーニングする前に、ここにいる魔法少女たちでアリナの新しいペイントブラシを試してアゲル!!」
ウワサを纏った姿へと変貌を遂げたアリナの姿はひどく禍々しいものだった。
鼻をつく塗料の臭い。頭から流れる絵の具が血のように顔を濡らし、猛禽類の羽根を目から生やしたトナカイの頭部をかぶった彼女の装束は白を基調とした修道女を思わせるデザインながら身に纏う装飾の悉くが清廉な印象を禍々しく塗り潰している。マントから生えた鹿の脚を紅く染め周囲にデスマスクを浮かせる彼女は、ケタケタと笑いながら少女たちを見下ろした。
「――っ、来ます。万年桜さんはういさんたちのカバーを!」
「わかった。結界の隔離には気を――」
星空が、天井に浮かび上がった。
いや違う、これは――。
空から降り注ぐ星屑の全てが、アリナによってばらまかれる絶殺の凶器だった。
「っ――、!? みんな、避け――」
迎撃に放たれた槍と矢が次々に星屑を撃ち落とすが、それを遥かに上回る数の暴力が容赦なく襲いかかる。天井から降り注ぐ流星群、その密度を前に凌ぎ切れないと判断したいろははういを抱きしめると躊躇なく星の雨を前に背を晒し彼女を庇った。
轟音が響き渡る。
――。
……、――。…………。――?
想像していた痛みがない。
いろはにも、腕のなかの妹にも傷一つなかった。浮かび上がった疑問を背後に感じ取った気配で氷解させながら、一種の確信さえもって振り向いたいろはは目にした少年の姿に目を見開き、そしてゆっくりと口元を綻ばせる。
「……シュウ、くん」
「無事か、いろは。ういも……、よかった……」
にしても随分とまた修羅場で……。などとぼやく少年が、いろはの前に屹立し黒木刀をもって彼女たちに襲いかかった星屑から守りきっていた。
ウワサはもうない。魔力によって補強された剛力も、風の後押しによる音さえ踏み越えた高速移動も、魔女を容易く葬り去る空の剣も彼にはない。
それでも、彼は――守ってくれた。
最後に目にしてからそう時間はたってないのに、その後ろ姿がどうしようもなく懐かしくて、愛おしくて、申し訳なくて――。
目に浮かんでしまった涙を拭いながら。微笑みを浮かべたいろはは、少年に呼び掛けた。
「シュウくん、ありがとう」
――不思議と。
もう負ける気がしなかった。
・虹の鏃
うい、ねむ、灯花による合作。ぜったいまけないレインボーアロー。出力をもっと上げればワルプルギスの夜も一撃で滅ぼせるものに仕上がる。魔法少女による勝ち確最終奥義。
・万年桜のウワサ
お婆ちゃんに連れてこられた。結構窮地に巻き込まれてるけれどういの救出を確認できてホクホク。
・シュウくん
増援を連れてきたらいろはちゃんが死にそうになってた。どんなツラして会おうとかいう悩みも吹っ飛んだ。助けられたからよかったけどさあ……こうさあ……!