環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
常人とは一線を画す身体能力を誇りながら、しかしシュウは自分が無敵の存在であるとは思っていない。
鉄拳が放たれれば使い魔程度なら容易く挽き肉に変えるだろう。
鋼の肉体はその頑健さをもって異形の爪も呪いも受け止める。
人並み外れた脚力を発揮すれば電車にも劣りはしない 。
「ぬぐ……!!」
「ふぅぅ……!」
それだけだ。
人類最強といっても差し支えはない身体能力をもっていたところでどんな相手にも勝てるというのなら彼は魔女に膝を屈しはしない。恋人に負けはしない。
負けること、それ自体はまあいい。彼にとって重要なのは大切なひとを守れるか否かだ。それさえ踏みにじられなければ敗北も挫折も糧として受け止めよう。
「……! ……っっ!!」
だが、それはそれとして。
同じ相手に二度も負けるというのは、断じて許容できるものではなかった。
「く、クソが……!」
「──! やったぁ、シュウくんに勝てた!」
「おおー! いろはちゃん凄い凄い、シュウくんに勝ったの凄いよー! これで今日は万々歳確定だね、むんむん!」
「優勝してたのシュウだし焼肉でいいんじゃねえのー?」
その日の夜の献立を巡り突発的に開催されたみかづき荘腕相撲大会。決勝まで勝ち上がったベテラン七海やちよを下し優勝した直後の一戦、リベンジマッチを挑んだいろはに敗れたシュウは地に沈む。
ねむの補助を受け万年桜のウワサと融合し、底上げされた腕力と魔力強化をもって焼き肉食べ放題派閥を率いたシュウを完膚なきまでに打ち倒したいろはが歓喜の声をあげていた。
あるいは、鶴乃に引き込まれて選択した万々歳のメニューよりもシュウに生まれて初めて腕相撲に勝ったことの方が衝撃は大きかったのか。万年桜との融合に伴い若干色素の薄くなった白い手の開閉を繰り返すいろはは、鶴乃の歓声を受け止めながら力なく、しかし心から嬉しそうに笑う。
その笑顔をフェントホープから腕相撲用の土台として持ち込まれた頑丈な机に突っ伏して一瞥したシュウは、砕かれ慣れた自信に再び罅が奔るのを自覚しながら瞳をギラつかせた。
(――決めた)
心に決める。
自分が無敵でないとは理解している。
いろはに鏡の迷宮で負けたことだって後悔はしていない。今回のだってそうだ、魔法少女相手に純粋な腕力で押し勝ってみせた。魔法少女×ウワサ相手に僅かに拮抗して見せたのだって自分が生身であることを思えばたいしたものだろう。
わかっている――、わかっているのだ。
(――もう負けねえ)
だが、自分という生き物は。
自分で思っていたよりもずっと、負けず嫌いであったらしい。
初めて純粋な筋力の比べあいでいろはに敗けたシュウは、轟轟と腹底で燃え盛る炎に突き動かされるままに決心した。
「一回、全力で鍛え直してやる」
そう決めてからは早かった。元々強さというものにはそれなり以上に拘りのあったシュウである、本気で鍛えるとあれば躊躇うことは何もない。
翌日から彼は動き出していた。
『ふあ……あれ、シュウくん今日は朝起きるの早いね……?』
『ああ、軽く走り込みしてこようと思って。ついでにコンビニ寄ってプロテインとかあれば買ってこようかな、いろはは何かいる?』
『ん、特には……。あ、シュウくん……』
『?』
『おはようの、ちゅう……』
『(きゃーーっ、きゃーーーっ、お姉ちゃん大胆! えっ、お兄ちゃん――わぁーっ、わーっ!)』
バナナと牛乳の軽食を取った後に出発、朝からとんでもない魔性の女に捕まったと振り返りながら足早にみかづき荘を出たシュウは無心で走り8キロほど移動したところでようやく反転し帰路につく。
途中で寄ったコンビニにて購入したサプリメント類を入れたビニール片手にみかづき荘に戻ったシュウを出迎えたのは、キッチンから漂う焼き魚の匂いと朝早くから唐突にジョギングをしだしたことへの奇異の目線を向けるフェリシアだった。
「いきなりどうしたんだよシュウ。なんか朝から走ってるしういの奴はずっと真っ赤だし……」
「あー……ういは早起きだったからな……」
「?」
11才の女の子にはやや刺激的なものを見せてしまったかもしれない。恋人の誘惑に抗えず朝っぱらから唇を重ね合う様子をまじまじと凝視していたういの様子を思い浮かべ苦笑したシュウは誤魔化すように金髪の少女の頭を撫でキッチンに向かう。
焼き魚に味噌汁の和食類を調理していたやちよは、スポーツドリンクを数本冷蔵庫へ突っ込んでいく彼がビニール袋のなかにいれていたサプリメントに気付くと疑念も露わに眉値を寄せた。
「それ以上鍛えるつもりなの……?」
「恋人に勝てないのはまあ良いにしてもね、恋人より弱いってのは自分をちょっと許せないんですよ」
「そういうものなの? 男の子って時々変な意地張るわよね……。いろはにまでゴリラ呼ばわりされるようになっても知らないからね」
「……」
桂城シュウ、一発芸はみかん搾り(人力)、手刀を用いたリンゴやスイカの切り分けである。判定としては既にだいぶアウトな自覚もある、未だに彼を人外呼ばわりしたことのない恋人の良心に甘えることにした。
「シュウさんってまだ鍛えたりするんですか……? あんなに強いのに……?」
話しを聞いていたのだろうか、朝食を用意しテーブルを囲むなかで問いかけたさな。フェントホープにて突如現れたアリナの星屑を黒木刀一本で凌いでいた少年の後ろ姿は記憶に新しい──。競技中に無双したアスリートがインタビューで「今日はちょっと調子が悪かったですね、精進したいです」とでも謙遜したのをみたような表情をしてくるのに小皿を並べていたシュウは眉間に皺を寄せながら応じる。
「魔女と戦うようになってからは鍛えたいなとは常々思ってたんだよ、最初なんか使い魔1体倒すのだって腕ズタズタにされてたんだぜ? これまではいろいろと余裕がなかったから筋トレが精々だったけど……まあ、魔女守に頼らなくても同じくらいの動きはできるようにしたいな」
(……あのくらいかあ。……喧嘩したときは大変だったなあ)
戦ったのがいろはでなければもう少し
マジで鍛え直すからなと息巻くシュウは気合い十分、朝からの走り込みも暫くは続けるつもりのようだった。目尻を和らげ彼の様子を見守りながら、桃色の少女はシュウくんさえよければジョギングも一緒にしていきたいなと淡い期待を抱く。
『軽い走り込み』。そう口にしていた彼がみかづき荘を出てからの50分で16キロ走ってきたことを、この時のいろははまだ知らない。
「へえ、シュウ本格的に鍛えるの。なら遠慮せずにもっと食べなさいな、貴方は身体能力の割りにおかわりとか大盛りとか遠慮してるでしょう? 七海さんには言って置くから食費は――そうだね、私の遺産何ヶ月か前に振り込んだからそれを使いなさい」
「頭ではわかってても当の本人が遺産とか言ってくるの凄い違和感あるな……」
本格的に身体ができてくる時期だからね、と。話を聞くなり真っ先にたんと食べなさいと推してきた智江の言葉に、ぶんと両の手に握った刃を振り下ろし風を巻き起こしながらシュウは頷きつつも苦笑した。
彼が握るのは今やすっかり掌に馴染んだ黒木刀だ。ホテルフェントホープにて用意された広間で素振りを繰り返し、魔力を吸い肥大化した黒樹のずっしりとした重みを確かめている。本格的に鍛錬を積むにあたり、まず好きに力を振るうことのできる場所としてねむに力を借りた少年はフェントホープの一角を間借りする形でトレーニングルームを作っていた。
フローリングの床に敷かれたマットの上、重々しい音をたてる踏み込みとともに力強く振るわれる黒木刀の刀身が霞み、そして空を切る。振り下ろされた刃がぴたりと制止する瞬間に響き渡る風切り音を聞きながら折角だしBGMも用意して貰おうかと思案する智江の視界にはシュウのために用立てられたトレーニング器具がずらりと並んでいた。
「随分と愛されてるねえ、これ全部灯花ちゃんとねむちゃんに用意してもらったんだろう?」
「本当にありがたいんだけれど個人的にはどこまでウワサでどこまで本物なのか気になるところなんだよな……ねむの出してくれた重力発生装置のウワサとか試したら身体のなかぐちゃぐちゃになる感じして死にそうな気分になったし変なトラップとかは踏みたくねえや」
ねむも魔法少女になった初期では命を削りながらウワサを生み出していたとのことだったが、今では灯花やういと協力することにより消耗の大きい固有魔法に関する問題は解消されたらしい。用途に合わせたウワサを創造することによってだいたい何でもできるようになった
ひみつ道具と同じようなものだ。四次元ポケットから状況にあわせ好きな道具を無制限に取り出せるならばそれはもう万能以外の何物でもないが、それら全てが強力な効果をもっているのであれば使いどころを誤れば当然危ない。下手したらねむの奴うっかりで世界滅ぼせるんじゃねえかなと若干危惧する少年は100回の素振りを終えると黒木刀を壁にたてかけ床に置いていたスポーツドリンクを回収してごくごくと中身を嚥下した。
「フェントホープを使う以上ウワサとは切って離せないだろうしね。……ジムの方は使わなかったのかい?」
「張り切り過ぎて店員さんや周りの人からすげえ見られちゃってさ……」
「ああ……」
若干気まずそうに肩を竦めては語られたわかりやすくも珍しいシュウの失敗に、納得したように頷いた老婆はおよその中身を察する。
シュウは基本的に対人の競技では最大限気を払う。異常な記録を叩きだすことだけを案じるのではない、ついで力を入れ過ぎたせいで相手の骨を命を砕いてしまうようでは話にならないからだ。肩に力が入り過ぎないように、近くの人間を傷つけることのないよう、他者とスポーツするときは彼は最大限気を遣う。
そして、基本的にトレーニングというのは設備や器材の用法さえわかればひとりでも成立する――。故にこそ、シュウも気遣いもほどほどに集中して運動に励んで終わったときにようやくその場の客や店員からの視線がこれでもかと突き刺さっていることに気付いたのだろう。わかりやすくも珍しい彼のミスに、まあそういうこともあるかと流した老婆は苦笑しながら身を起こすと休息を終えては左右に巨大な鉄塊を装着したバーベルへと足を向ける少年に声をかけた。
「あまり油断はできないにしても、魔法少女の救済はそう荒事を求められることじゃあないよ。ドッペルシステムを展開するのはういちゃんたちだし、一度この街にシステムを展開することさえできればあとはだいぶ楽になるからね」
「わかってるよ……」
「ひとりで思い詰めてあまり無理はしないようにね。いろはちゃんたちも心配しちゃうから」
「わーってるって」
「折角いろはちゃんと仲直りしたんでしょう、鍛えるのはいいけどちゃんとあの娘との時間も取りなさいね」
「わかってるってば!」
しつこく構ってくる老婆に鬱陶しさ全快で声を張り上げれば微笑む智江は掌をひらひらとさせて立ち去っていった。
辟易したように息を吐いてその後ろ姿を見送っていた少年は、やがてやれやれと首を振ってはねむによって創られたウワサなのだろう、うっかり押し潰されでもしたら床の染みになっていてもおかしくない重量感のバーベルを設置されたベンチへと横たわった。
「……とはいってもまあ、強くはなりたいしなあ」
漫画やアニメをみていると想像もつきやすいからか。シュウのなかでは既に、彼という男の辿り着き得る『完成形』のイメージはついている。
それはあるいは柱の剣士であり、天与の暴君であり、帝都八忍であり、マジカル八極拳であり――。要は、高い身体能力とそれを十二分に活かすことのできる技術が最大値まで達すれば、それで桂城シュウという少年の持ち得る強さというものが完成に至る。
技術は、まあいい。既に魔女の急所を破壊する術はある程度完成に達しているし、時間をかけてより精度を増していくことも可能だろう。
だが、肉体ばかりは少々事情も異なる。
敗けて悔しかったというのも嘘ではない。だがそれだけでもない。
喧嘩で、腕相撲でいろはに敗けたことはあくまできっかけにすぎない。自身の身体について誰よりも深く理解する少年は、己の肉体に現れつつある変化を鋭敏に知覚していた。
「……身体の成長は、ざっと16から20で止まるんだったかな」
ギシリと、特別製のベンチを軋ませ鋼の塊を持ち上げながら少年は呻くように言葉を発する。
身長、骨格、筋肉。そういったものは10代でめきめきと成長していくが、成長期を終えれば加速度的に伸びにくくなっていくし、衰えていく。少年自身も数か月前、魔女と初めて遭遇した頃と比べて身長も、筋力も増してきたという自覚はあるが――それが終わればどうなるかという思考も、ないではなかった。
母親の願いによって生まれた身体が、そうした契機に至れば果たしてどのように変化していくのかはまだ何もわからない。ある日不意に力がなくなることもあるのかもしれないし、ある程度の齢を数えればそこから順当に衰えが始まるのも想像できた。
――仮に、ある日自分を特別にしてきた力がなくなったとしても。
――それでも、大切なひとを守れることのできる自分でありたいと思う。
ならば、鍛えるしかなかった。
「……」
強くなりたいなと、そう思う。
自分の大切な家族も、恋も、仲間たちも。
絶対に諦めたりしないと、そう誓って自分よりずっと強かった筈の超人に立ち向かい打ち破った、彼女のように。
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「俺も楽しみにしてる、で――。いいのか……??」
そして。
一通りトレーニングを積んだその日の夜。途方もない難題をつきつけられた少年は、自室のベッドの上にてスマホの画面を前に固まりながらがくりと首を折った。