環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
──お姉ちゃん! 今日も来てくれたんだね!
お姉ちゃん……?
――あーあ……、早くお姉ちゃんやお兄ちゃんと一緒に学校に行きたいなあ
――わあ、本当にスケッチブック持ってきてくれたんだ! ありがとうお姉ちゃん! シュウお兄ちゃん!
ずっと入院しているこの子を……私、どこかで……。
――こっ、っ。お姉ちゃん。息がっ、……ぅう……。
――わぁ……! やった、凄い! お姉ちゃん! お兄ちゃんが勝ったよ!
――えへへ、やっと私も外に出られるんだ! 海にずっと行きたかったから本当に楽しみ!
私、知ってる。
あの子の苦しそうな顔も、嬉しそうな顔もぜんぶ。
あの子の名前は……?
あの子、あの子の名前……なんだっけ……、
私の、私の大切な、かけがえのない大切な■……どうして私は思い出せないの?
シュウくんがいつも隣にいて、病弱な■■をいつも私と見守っていてくれて……。
……シュウくんなら、あの子のことも思い出せるのかな……。
『――お願い、キュゥべえ』
私、は。
なにを、願ったんだっけ――、
『ぃ、――』
「――いろは」
……。
シュウ、くん?
「……ようやく、起きたか。心配したんだぞ、急に棒立ちになって動かなくなったから……魔女にまで追い付かれて使い魔に囲まれそうになって、本当に危なかったんだからな」
気付けば、いろはは頭を彼の膝上に乗せるようにして寝かされていて。桃色の少女を横たわらせるシュウは、遊園地を埋める砂丘から突き出た鉄骨の陰に身を隠すようにして恋人を匿っていた。
前後の途絶した記憶。苦し気に顔を歪めたいろはは、意識を失う直前のことを懸命に思い返しながら身を起こそうとして。
「わたし、は――シュウくんと逃げてて、魔女が現れて、キュゥべえからなにか記憶、が……シュウくん?」
ぽたりと。彼女を寝かせていた少年の頭部から滴り落ちた赤い雫が、魔法少女の白い外套を汚した。
「……、っっ!? ぁ、シュウくん、血、血が――シュウくん!?」
「……うるさい、傷に響く。ようやくあの忌々しいデカブツ撒いたんだ、ここで台無しにしたら本当に怒るからな――」
「待って、今すぐ回復の魔法を」
「よせ」
「だって、血が――」
「よせと言っている」
魔女や使い魔を相手どって撤退戦を繰り広げ、血だらけになりながら自分を寝かせていた少年に血相を変えて回復の魔法を行使しようとするが――体勢を逆転させ寝かせた少年に治癒を施そうとした瞬間に万力のような力で細腕を掴まれ、魔法を強引に中断される。
「なん、で」
「……魔力を感知されたら、また魔女や使い魔に見つかるだろう……。応急処置は済ませてる、なんなら2日3日寝てればこのくらい治るよ。だから、魔法は、使うな」
「そんな――だって、私を庇って」
「そうだな、こんな危険地帯で狙ってくださいと言わんばかりに棒立ちになったいろはの責任だ。魔女から逃げようってタイミングであれだから肝を冷やしたよ、後で何要求しても文句いうなよ」
「……けれども、勿論。魔女や使い魔との交戦を避ければ問題ないだろうといろはに賛同してここに来た俺にも、責任はある」
――だから、まあ。死ぬつもりはないし、死なせるつもりもない。ただ今は、ゆっくり休めと。
怒り狂う魔女の絶叫が結界中に轟く中。額に巻いた包帯を血で赤黒く染め、骨に罅でも入っているのかいろはの手を握る腕をぎしぎしと軋ませながら。それでもそう言い切ったシュウに、少女は絶句して。
暫しして――ぼとぼとと。
透明な雫が、少年の頬に滴り落ちる。
「――泣くなって」
「…………ご、ごめん、なさい」
「……前絶交やらかした時を思い出すよ。いや普段は俺が何をどういっても頑固に突き進んでいくくせに、泣くときは本当によく泣くよなあ」
「っ、本当にっ、……ごめん、なさい」
泣き声が聞こえたら、折角治療まで禁じているのに使い魔や魔女に気付かれてしまうと理解し、声は漏らさないように必死に我慢して。けれど、どうしても涙は堪えられなくて。
その瞳からぼろぼろと零れる涙を、両手で懸命に拭う少女を見上げて。己を寝かせる少女に向けて手を伸ばした少年は、ぽんぽんと、泣く子をあやすようにしてその頭を叩いて。
「――胸が痛いなあ、いろはが泣いてるとなあ」
「……ごめんね、いつも、ごめん……」
「俺がもっと強ければなあ、いろはにだって心配かけさせはしないし、使い魔だろうが魔女だろうが倒せるんだろうけれど。こんなに不安にさせるような男でごめんなあ」
「……私だって、シュウくんにいつも……心配かけさせて……」
「いや本当だよとっとと魔法少女やめてくれ」
「……いやあんなに話し合ったのに今更蒸し返したりしないって。冗談、冗談だから」
「絶対本気の声だったよね……?」
「……いろいろと心臓に悪いのは認めるけどなあ」
命の危険だとか怪我だとかもそうだが……具体的には、臍が普通に透けて見えたりボディラインがくっきり浮き出たりしている黒インナーとか。外套一枚剥いだ内側に覗く青少年の精神衛生的にあまりに凶悪な露出の高い魔法少女衣装には、シュウも日常的に苦しまされていたりしている。いや眼福なのは確かなので指摘こそしていないのだが。
いろはの膝の上に頭を乗せながら体勢を模索しもぞもぞと動く彼に、くすぐったそうにしながらも涙を止めた少女は血で隠れていた彼の頬に、唇の形に火傷でもしたような痕が刻まれているのを見つけて。
「シュウくん、これは……」
「あぁ……いろは逃がそうとしていたとき此処の魔女にやられた。もしいろはとキスしてなかったらそのまま操られてたかもな?俺を捕まえるなり無防備に顔寄せてきたからそのまま木刀突き刺してやったけど――むぐっ」
有無を言わさず顔を寄せたいろはに唇を塞がれ。魔女の接吻など忘れてしまえと言わんばかりに口づけを繰り返してくる少女に、目を見開きながらもそれ以上の動揺はせずに力を入れれば折れてしまいそうな細い身体を抱き寄せてキスに応じる。
「っ……なんだ、いろは、ん――積極的だな」
「シュウくんだって。……昨日はおやすみのキスも躊躇ってたのに」
「言いよるな。いや待てあの時気付いてたのかよ……」
昨晩いろはと一緒に寝るとき口づけをするのに散々葛藤していたのを見抜かれていたことに苦笑して。あれをやると抑え効かなくなりそうで悩んでたんだよとぼやいていると、不意に頭を胸元に抱き寄せられる。
「……おい、血。汚れるって」
「ううん、平気」
だから――シュウくんは、休んでて。
「……いろは?」
「ありがとう、助けてくれて。守ってくれて、ありがとう」
うるさいくらいの鼓動が聞こえた。
彼が死力を尽くして守り抜いた、命の音だった。
愛する少女の、音だった。
「今度は、私が守るから。守るって決めたの」
使い魔に見つかっても。怒り狂う魔女が現れたとしても。――さっきみたいに、取り囲まれてしまったって。
絶対にシュウくんは傷つけさせはしない。何があっても守って見せる。
「だから――シュウくんも、少し休んで。それで、起きたら。一緒に、結界を抜け出そう?」
「……よくいうよ、本当」
だいたい、さっきまでは後方から援護するのが手一杯だったくせに何を偉そうに私が守るだなどと宣っているのだとか。
魔女や使い魔に対する警戒も薄れさせて、このように密着し続けるのも唯一の前衛である自分を魔女の結界という危険地帯で寝かせるのも間違いなく悪手でしかないとか。
既に意識を落としそうになりながらも、少年の理性は冷静に状況を俯瞰して起きろ戦えと訴え続けていたが……柔らかな温もりの中で彼が思い返したのは、意識を失ったいろはを抱えての地獄のような時間で。
――魔女の一撃は強烈だった。
――使い魔の砲弾をまともに顔面に食らったときは首がへし折れるかと思った。
――魔女の頭部に木刀を刺したまま逃走して、使い魔に叩きつけたバットが衝撃に耐え切れずにへし折れたときは本当に死を覚悟して。
――いつ目を覚ますかわからないいろはを庇って逃げ回ることを強いられたのには、本当に神経をすり減らしていた。
……だから、少しだけ。
自らを包む温もりに、甘えていたかった。
「……30分だけ、寝る。本当にやばい時はいつでも起こして大丈夫だからな」
「うん」
「もし目を離してる間に死んでたら悔やんでも悔やみきれんから俺も心中してやる」
「……うん」
「……ありがとう、いろは」
「…………うん。一緒に、帰ろうね」
そういろはが言うと、少年は本当に安心したように穏やかに笑って。
そのまま眠りについた彼を暫くの間抱きしめていた少女は、左腕にボウガンを装着しなおして意識を研ぎ澄ませる。
魔力の反応を探る。
……反応そのものは微小。少なくとも付近には敵性の使い魔はいないようだが……今隠れ潜む鉄骨やその付近にやってきた使い魔にこの場所が見つかれば逃亡にせよ戦闘にせよどうしても移動せざるを得なくなる――。リスクは高いが、最低限の陽動はどうしても必須だった。
……多分、シュウくんはそういうこともやっていたのだろうなと、あまりにも少ない使い魔の気配に内心で舌を巻く。
なるべく離れたところ――それでも何かがあれば眠るいろはのもとにすぐにでも駆けつけられる位置にて使い魔を相手に暴れ回って。ある程度魔女や使い魔たちを誘導したら、砂の中に身を潜め気配を殺し、しかし最大限の速度で帰還する。
……同じことができる自信は、ない。けれど――活路は、少年が用意してくれていた。
「(――守るって、決めたんだもん)」
白い外套を脱いで、眠るシュウの下に敷く。インナーとスカート、胸元の防具だけの姿になったいろはは、名残惜し気に腕のなかから離れた少年を見つめて――「必ず守るからね」と呟くと、隠れていた鉄骨から身を躍らせた。
***
その日、住宅街に現れた魔女を討伐すべく結界内部に足を踏み入れたとき。七海やちよは、おやと目を丸くした。
他の区域と比べあまりに強力な神浜市の魔女と使い魔。調整屋によって魔力の強化を施された魔法少女であったとしても遅れをとることのある魔女たちは、侵入者に対し膨大な数を用意し圧殺にかかりあるいは特殊なギミックを用意して結界の奥へ来れないよう隠れ潜む。
そんな魔女の『おもてなし』を警戒しながら、蒼い
――使い魔の気配が、あまりに少ない。というよりこれは、一ヶ所に集められているのかしら。魔女も随分弱ってるような……。
――それに、これは……。身を隠しているのか、反応が恐ろしく微弱だけれど……先客がいるようね。
魔力の気配から状況を探りつつ。取り敢えずはと魔女の魔力を感じる方向へ足を向けると、目の前にあらわれたのは10体以上の使い魔の群れで。随分と気がたっているようねと使い魔の様子を分析しながら武装の槍を構え、音もなく団子状の使い魔たちを抜き去る。
『、ポ』
『☆▲●ポッ!?』
使い魔たちは一瞬で眼前から消え去ったやちよに固まり――、一拍遅れて爆ぜた、波濤の如き一撃に四散する。そのまま歩き去っていく彼女を、バラバラにされた使い魔たちは追うことができぬまま朽ち果てた。
それは、他の使い魔も同じこと。透明な雫を散らす蒼い槍が閃けば数の多寡を無視する一撃が使い魔たちを薙ぎ払った。中距離からの頭部を撃ち放つ砲撃も美貌の麗人の涼し気な表情を歪めること叶わず、逆に複数構築した槍を投げ返されることで砂塵を散らして使い魔が吹き飛ぶ。
そうして、使い魔の群れを蹂躙し突き進んだ先。魔力を頼りに結界の奥へと進んだやちよは――砂丘を支配していた魔女を目にすると、そこで初めて結界に侵入してから無表情の崩れることがなかった端麗な顔立ちを驚愕に染めた。
「これは……柱? いや、樹かしら……」
『――z、ザザザ……◎zギ……』
それこそ下手な魔女くらいなら腕ひとつで握り潰せそうな巨体の魔女。砂塵を巻き起こし、砂丘の中心で悶え苦しむ怪物の頭部は――枝も葉もない、柱のような形状の樹木によって縫い留められていた。
「……」
『ザぐザザザ!!?? ……ジ……』
使い魔をあらかた片付けたやちよは身動きを封じられている魔女に向けて試しに2本、魔力で構築した槍を投げ放ったが。一撃で悲鳴をあげ昏倒した魔女に引き換え、魔女を封じる柱は僅かに揺らいだだけだった。
凄まじい重量と強度。しかも柱は接触している魔女からじりじりと魔力を奪っているようで。魔女の身動きを完全に封じていた何者かの手際に感心の表情を浮かべるやちよだったが……瀕死の魔女を前に背を翻した彼女は、周囲を見回すと身を隠す魔法少女の捜索に取り掛かる。
砂場の魔女があのような状態で放置されていたという事実。先にこの場に来ている魔法少女はあれに止めを刺す余裕もないくらいに疲弊しているだろうことは容易に想像がついた。もしかしたら魔女を追い詰めたところを使い魔によって強襲されてしまったのかもしれない。
目に見えないところで死なれるなら別に構いはしないが――すぐそこに居ると分かっている誰かに死なれれば目覚めが悪くなる。『手遅れ』になっていないことを祈りながら周囲を探るやちよだったが……魔力の反応があまりに悪くどの方角に魔法少女がいるのかもわからなくなると、槍を地に突き立てながら途方に暮れた。
「どうしたものかしら……、っ。あれは……」
『――モッキュ!』
視界に映った白い影。砂丘に佇んでいた彼女が振り返ると、それこそ生まれたての子犬と同じくらいの大きさの獣が砂に埋もれた鉄骨の陰に飛び込んでいて。
最近になって姿を消したキュゥべえに代わって神浜市に出てくるようになった小さなキュゥべえ。この街を覆うイレギュラーのひとつなのではと警戒していた存在の出現に、彼女は目を鋭くして槍を握ったが――覚悟を決めたように息を吐くと、軽やかに砂丘を跳躍してキュゥべえの飛び込んだ鉄骨の陰を一瞥し。
「……え?」
そこに居たのは砂埃に身を包むインナーを汚しながらも、五体満足の状態になって眠りにつく桃色の髪の少女と。
膝上で眠る彼女の頭を慈しむようなまなざしになって撫でる、どうやら一般人だろう血まみれの少年で。
やちよの気配に顔を上げた少年は、苦笑しながら明らかにいろはやこれまで会った魔法少女の誰よりも手練れそうな魔法少女を見上げた。
「あー……初めまして。ところであの柱見ました? 一応あれ俺の武器なんですけれど……がっつり溜め込まれた魔力をなるべく安全に放出させる方法知りません?」
カミハマこそこそウワサ噺
芸術は爆発だ