環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
彼が恋人の魔法少女とともに魔女と戦っていると聞いたとき。彼ならそうするだろうなと、奇妙な信頼とともにななかは微笑んだ。
だって彼は、ずっと恋人が大好きだったから。きっと、もし彼に力がなかったとしても持ち得る限りの力をもって魔法少女となった恋人を支えていただろうという確信があった。
最後に会ってから数ヶ月を経て神浜に通うようになったというシュウと遭遇したときも、彼は変わらなかった。ドッペルを発動したいろはに傷つけられ、魔女化の真実を知り憔悴しながらも彼は懸命に最善を尽くそうとしていた。
──せめて彼にだけは、幸せになって欲しかった。
『あはっ』
『へえ、ソレがあんたの大切なヒトなんだ。じゃあ──常盤ななかがされたみたいに、周りの人間を狂わせてぜんぶぐちゃぐちゃにしてやるのも良いかもねえ? ははははっ! 知ってるよ、最近有名な戦える男の子でしょう!? 随分と人気者らしいし、本当に彼を思うがままにできたら――どんなに酷い地獄絵図ができるだろうねえ!』
『――大丈夫か、ななか』
『……死んだか』
『死体はどうするかな。街中で盛大に雷落としたし不用意に近付く奴はいないだろうけど、それなりに目立ったろうし──。……ななか、怪我はないか?』
なのに。
ななかには、何もできなかった。
「……」
「笑顔、笑顔。……折角、シュウさんとデートできるんですから」
***
桂城シュウの朝は早い。
朝の6時には恋人やその妹、最近では押しを強くしてきた幼女2人も追加で入ってくるようになったベッドを抜け出し顔を洗いジャージに着替えては外出する。
日課のジョギング16キロを済ませ、やや早めのペースでジョギングコースを消化した彼はみかづき荘に戻るとジャージを脱ぎ捨ててはシャワーを浴び身支度を整えだす。
この頃にもなるとみかづき荘に暮らす魔法少女たちも各々で動き出す。湯上りにフェリシアや灯花と遭遇し二人の顔を茹で上がらせ、洗濯に出そうとしたジャージがいつの間にかなくなってるのに遠い目になり、食事の匂いに釣られリビングへと向かう。朝食の当番であったさなの作ったみそ汁と卵焼き、白身魚の塩焼きのメニューを食べた彼は玄関で外出の準備を整えていた。
「行ってらっしゃい、桂城くん。いい機会だもの、ゆっくり羽を伸ばせるといいわね」
「……そうですね、まあ楽しんできますよ」
「ウワキ楽しんでくんの? カスじゃん……」
「フェリシア頼むからそういうのよしてくれって……」
彼を送り出しに玄関で声をかけるなかにいろははいなかった。
「……」
気付けばういやさな、今朝方少年のベッドに潜り込んできていたねむや灯花もいない。その事実に思い当たる心当たりがないでもなかったが、今更どうこうできるものでもなし。嘆息した少年は、みかづき荘を出ると待ち合わせ場所へと向かう。
──がさがさと、みかづき荘近隣の茂みが動いた。
「お姉ちゃん、みかづき荘からお兄ちゃんが出てきたよ……!」
『──わかった。シュウくんが離れたときを見計らったらういもこっちに出てきて。場所は少ししたら指示するね』
「うん! ……えへへ、こういうのスパイやってるみたいでドキドキするねっ」
「……」
そのやりとりこそ聞こえずとも、気配の隠し方も知らぬ隠密など筒抜けも同然だった。
何故か茂みのなかに隠れているうい。彼女が身を隠しながらじいと見つめてくるのを知覚しながら、なんとも言えない表情になった少年は溜め息をつきながら路地へと出ていった。
一目見て少年の特異性に気付いたという老人に声をかけられたのが、剣を学ぶきっかけだった。
『――その才覚、持て余してはいないだろうか』
100年にひとりといっても差し支えない才覚を見過ごすのはあまりにも惜しい。どうか自分のもとで剣を学ぶのを考えてはくれないだろうか。武の道に触れることによって得られる心構えは将来の財産にもなりうるだろう――。
いざ繋がりを持つようになればそう口数の多い性質でもなかった師範の熱烈な勧誘に乗った少年が木刀を振るようになったのは、早々におよその技術を習得してのけてしまったことに伴う飽きと窮屈さだったが……それでも彼がすぐには辞めることなく続けたのは、彼が退屈そうにしていたのに気づいた老人が道場と模擬刀、木刀を渡してあてがった『自由時間』で貸し切った建物を破壊しない範囲で好きに剣を振るうことのできたことが大きいだろう。
学んだ型を、自分の思うままに、誰にも気兼ねすることなく試すことのできる時間は自身の力を制限せざるを得なかったシュウにはあまりに魅力的だった。稽古が終われば誰もいない空間で自由に身体を動かし、道場のない時間では恋人とともに可愛らしい妹分の見舞いに通い、家族と、友人とともに過ごす充実した日常を送る。
そんな彼が紅い髪の少女と逢ったのは、師範に教えることは最早なにもないと言い渡される少し前のことだった。
『初めまして、常盤ななかと申します』
初対面の挨拶を終えた後は先輩として指導をすることも増え、彼女の生家で運営されているという華道の教室に同居する老婆が関心をもったためにプライベートで会う機会もでき徐々に親密になっていった彼女との関係は少年の家族の惨殺事件が起こるまで続いた。
シュウが魔女退治に明け暮れるようになってからは顔を合わせることも極端に減り、ななかの側も暫くすると一門断裂のゴタゴタに巻き込まれたからか連絡もほとんど取らなくなった。接触することもなくなってからは、神浜にて魔法少女となった彼女と巡り合うまではほとんど互いの近況もわからない状態ではあったのだが――。
「……女の子ってわからんもんだな、ほんと」
雑踏の中を歩きながらなんとも言えぬ表情でぼやいた少年は、ちらりと背後を見やる。
(……いないよな。気のせいか? さなちゃんに協力してもらってるなら辺り探しても見つからないのには納得できるけれど……匂いもしないんだよなあ……)
みかづき荘を出た段階で、少年はういの気配に気付いていた。
一体どのような意図で彼女が自分を待ち構えていたのかは少し想像がつかないが、少なくともシュウを尾けているのならそう距離は離れていない筈だった。ういと、間違いなく関わっているだろういろはたちが移動中に尻尾を見せればすぐに捕まえて話を聞きだすつもりだったが――。
「マジでどこにいるんだろうな……」
「――お姉さま、本当にここでいいの? 流石にちょっと……遠すぎじゃ……」
「ううん、シュウくんなら下手に近づきすぎちゃったらあっさり気付いちゃうから。……本当ならこの距離でもギリギリ、みたいなところはあるんだけど……」
「そこまで警戒せずとも僕のウワサを使えばもっと近距離で姿を隠すことができるんじゃないかな。いざというときのさなも居ることだし普通なら姿を隠すためのウワサもより精密に作り出せそうだけれど」
「……シュウくんは多分……100m以内なら匂いで気付けるから……」
「お姉さまはお兄さまを犬かなにかだと思ってない? 流石にそれはないってー……ないよね?」
「……いないならいいか、なんか視線は感じる気がするんだけどな……」
見られているような感覚を覚えつつも、視線の主である少女たちを見つけられぬ事実に仕方ないと受け入れ少年は待ち合わせ場所に向かう。
ななかとの待ち合わせ場所である駅前の広場、時計台の下。
そこへ足を進めたシュウは、紅髪の少女を探し視線を向け――ぴたりと、足を止める。
視線の先、確かにそこには待ち合わせていたななかの姿があった。
魔法少女と居て戦う際には外している銀縁の眼鏡をかけ薄桃色のワンピースのうえから白いカーディガンを羽織った彼女の姿は生来の端整な容貌も相まって駅前を行き交う人々のなかでも群を抜く可憐なものとなって視線を集める。
――そして、華の周囲には当然のように煩わしい羽虫が集っていた。
「つれねえなあ、アンタも。こっちは道を教えて欲しいってだけなのにそこまで拒否ることないじゃん? ちょっとの間ここを離れるくらいならともだちも気にしねえって」
「待ってる先輩方怖えからさあ、迷って遅れたりとかしたくないんだよねえ。ここは俺たちを助けると思って、な!」
髪を染めたガラの悪そうな風貌の男が2人、ななかと距離を詰めしつこく話しかけている。顔に困り顔を貼りつけ周辺のマップを映したスマホを彼女へ見せつける男らは、しかし明らかに警戒心を滲ませるななかによってすげなくあしらわれているようだった。
「……そこの道はそれほど入り組んだものではありませんよ。ここから見えるコンビニの先の路地を曲がれば着くはずです、私がわざわざご一緒させていただくまでもないかと。――そんなに地理が不安でしたら、ええ。そこに交番もあることですし、おまわりさん方に話を聞いていただくというのはいかがでしょうか?」
「……いやいやあの人らも忙しそうだろう? あんまり頼るのは引け目を感じちゃうんだよな、だから――」
「申し訳ありません。私も待ち合わせのじかんがちかくなってきましたので。では――」
「……」
男のひとりが露骨に不機嫌そうに口元を歪めた。
相方の男に苦笑交じりに背を叩かれ舌を打ち鳴らした彼は、肩を怒らせ華奢な少女に迫ると手を伸ばす。
顔を強張らせたななかの腕を強引に掴み取り、しつこくうら若き少女に付き纏う男たちへと向けられつつある忌避と警戒の視線から逃れ彼女を路地の方向へと連れ込もうとする。
彼の頭には、嫌悪を露わに距離を取ろうとするななかがその気になれば男たちを容易く昏倒させられる力をもっているなんて事実は想像さえしていない。自分たちの浅ましい欲望を満たすべく、馬鹿をする仲間たちの集まりの前に見かけた上玉を無理やり連れ出そうと紅い髪の少女に触れようとして――
「わざわざ下手に出てやってたのに、おま――」「何やってんだアンタ」
ギシリと。
少女に向かって伸ばされた手を掴みとめ、温度のない目で男を見上げる少年がいた。
「シュウくんいいよ、凄いいいよ……!」
「お兄ちゃんえらいっ、本当にカッコイイよ!」
「ここまでくると少しななかに絡んできたナンパ男たちのことが心配になってくるね……お兄さんもそう手荒なことはしないだろうけど」
「……待ち合わせの時間はもう少しあとだよね? お兄さまも余裕持って間に合う時間に出てたし……どうしてそんなピンポイントで待ち合わせ場所に着いてから合流する数分でナンパに絡まれるかにゃー」
「数分じゃなかったんじゃないかな。なん十分も前から待機でもして悪目立ちしちゃったりとか。多分灯花も逆なら同じことすると思うよ、お兄さんとのデートが楽しみすぎて1時間前から待ち合わせ場所に来ちゃったりとか――」
「んなっ、私そんなことしないもんっ!? するならういでしょぉ!」
「え、ええ!? 私だってしな……しちゃうかも……。い、いやでも灯花ちゃんだって絶対同じことしてるでしょー!」
「け、喧嘩はよしてね……あっ、シュウくん!?」
ざわめきの声が少しずつ、しかし着実に大きくなりつつある。
金髪の男は歯噛みし、自分の腕を捕らえて離さない少年に向かってうなり声をあげた。
「ンだよお前、こっちはただ道案内を頼んでただけだっつーのに……!」
「とてもそうは見えなかったけどね。随分と手荒く俺の連れに掴みかかってただろう。――それに道を聞いていたのだって不思議な言い分だよなあ。そのスマホさえあればたいていの道はわかるだろう、なのになんでこの子にしつこく絡んで連れ出そうとしてたのか……気にならないでもないが……」
「……ッ!」
邪魔だと、そう吐き捨てて男が手を振り払おうとする。だが、シュウの握力は万力のように固く男の腕を拘束し彼が離れることを許さない。
「ぐ、うっ!? くそ、なんだこいつ、力、つよ――」
五指に込められた甚大な力は足を踏ん張って全力で後方へ逃れようとする男を断固として離さない。その顔色を怒りと焦りで赤く染め、なりふり構わぬ様子でもがきだした男をスルーして後方を振り返る少年はなんてことのない調子で少女に声をかけた。
「ななか、何かこの人らにされたりしなかったか? 内容次第じゃこの人らも向こうにいってもらうどころの話じゃなくなってくるけれども。それともこの人ら本当に道聞いただけだったりする?」
「――いえ、何も被害はありませんよ。それと、この方たちについてですが……道を聞かれただけ、というのは確かですが声のかけ方が不審だったのに加え『眼』にも……」
「ああ、それじゃついていかなかったのは正解だ。なにもされてないのなら本当によかった」
「ぬぉおお!?」
あっさりと少年は手を離した。
唐突に腕を離された男がアスファルトのうえに倒れこみ、一斉に周囲から視線が集中する。そんなことも意に介さずに背を向けたシュウはといえば男たちから完全に関心を失い傍らの少女に視線を向けていた。
「それじゃあ行こうか、ななか。待たせちゃったせいで悪かったな」
「……い、いえ。私もほんの少し前に来たばかりでしたし……」
「……本当にぃ?」
「――っ」
男に向けていた冷えたまなざしが嘘のように明るい表情になった紅い髪の少女と穏やかな表情で会話する少年の目にはもはや今の今まで捕まえていた男の姿など移ってはいない。
勢いあまって尻もちをつくように倒れこんでいた男は腕と腰の痛みに呻き、周囲から好奇と警戒の視線を向けられつつある状況に気付くと怒りと恥辱に顔を赤黒く染め、やがて沸点を飛び越えた。
「ほら、目立ちすぎだ。一旦戻るぞ――なあ、待てって!」
「うるせえッ」
肩を怒らせ仲間の制止も振り払った彼は声を張り上げ足早に前方の少年少女へと迫る。
「おい」
「──おい、そこのクソガキ、さっきから散々人を虚仮にしやがって……!無遠慮に他人の邪魔をすればどうなるか、痛い思いをしねえとわからねえか?! アァ!?」
「っ、シュウさ──」
「──ァ?」
振り向いた少年が胡乱げに目を向けたときには、男は彼の胸ぐらを掴んでいた。
いや、衆目にはそう映っただろう。だが彼の首元に突きつけられてたのは拳ではなく、短い刃渡りのナイフだった。
「──は?」
真顔になって硬直した少年。ようやく気に入らない澄まし顔を引き剥がせたことに、男は服と腕で隠したナイフを突きつけたまま彼を従わせようとして──。
「いやこっっわどうなってんだよ……」
「アあああああ!?!?」
次の瞬間には彼の天地は反転し、背中を中心に奔る衝撃に肺の中の空気をすべて吐き出していた。
遅れて、後頭部と背中に鈍く重い痺れが走る。脳が揺れるような感覚とともに四肢が引き攣るようにして痙攣し、自身の身に起きたことへの理解が追いつかない混乱の中で男は仰向けになった自身の腕を掴み上げては倒れる彼を見下ろしている少年の顔を呆然とした表情で見上げていた。
あまりにも一瞬の出来事。転がされた男にも、それを見ていた第三者にさえ何が起きたのか理解しきれてはいないだろう。
周囲の喧騒が止み、驚愕と畏怖の視線が集中するなかで少年は低く唸る。ひどく苦々しい表情をした彼は手のなかに握る男から取り上げたナイフを懐にしまった彼は傍らの少女に目線を向け口元を引き攣らせた。
「いや完全に油断したなぁー……。まさかここまでだいそれたことしてくるとは思わなかった。神浜治安悪すぎないか……?」
「……」
彼の身を案じるように視線を向けていたななかが若干目を泳がせるなか、混乱から回帰した衆目から徐々に強まりだすざわめき声――。近場の交番から警官が駆け寄ろうとしているのを視界の端で認め、余裕を取り戻したシュウはにやりと笑みを浮かべ傍らの少女へと視線を向けた。
「なあ。流石にこんな馬鹿騒ぎの始末に時間を取られちゃいられないよな?」
「……ええ、それは確かですが。では、どうやって――?」
「そりゃ――」
風がまき散らされる。
「うわぁぁ!?」
「きゃぁぁあ!?」
ガラの悪い男と彼らに絡まれ、ひとりを鎮圧した男女を中心に広がり、衆目の上体へ向かって叩きつけられた強風。うっかり倒れてしまいかねないほどの風から目元を庇う通行人たちにその発生元を追うことなどできるはずもなかった。
「っ……一体、何が――アレ?」
「さっきの子たちは……?」
風がやむ。
混乱のなかで目元を拭いながら視界を取り戻した群衆は、すぐに異変に気付いた。
男たちに絡まれていた少年と少女。その姿が――まるで風に攫われたかのように忽然と消えていることに。
その場にいたのは、衆目にも見えやすいようにと刃物を握らされた状態で転がり間もなく警官たちに捕まることとなる男たちだけであった。
『じゃあちょっと抱くからな』
『えっ』
『舌咬まないように気をつけろよ、結構飛ばしていくから』
『えっ』
そして。
「(――――きゃぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!??)」
地を蹴り電柱を蹴り建物を蹴り、あっという間に空へ躍り出たシュウの腕のなかに抱かれるななか。真っ赤になった彼女は、腰と背にまわされた彼の腕の感触と間近で感じる息遣いに一瞬でキャパオーバーとなって目を回しながら心の内で悲鳴をあげていた。
折角神浜舞台なのに神浜市のカス治安描写いまだにできてねえなってなってしまったのでななかさんのデートのタイミングで大激突起こしてしまいました、ごめんねななかさん。デートは2話建てでやるからね。