環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
その一部始終を、少女たちは見ていた。
「――あれ、お兄ちゃんいなくなっちゃった!?」
「双眼鏡だと早く動くお兄さま見づらい――! ねむ、どうやって倍率拡げるのこれ……あー、見失っちゃったー!」
「落ち着いて、灯花。……んー、透視機能が仇になったかな、視界調整に難ありか……」
妹たちの騒ぎのなか、先程から覗き込んでいた双眼鏡――建造物や街を行き交う人々を透かして対象を観察することのできるウワサを目元からおろしたいろはは、少年を見失ったういたちが試行錯誤するなかであっさりと恋人の姿を見つけ出す。
「あっ……居たよ、あそこのビル! ……あっ」
ぎゅうと首にしがみつく紅髪の少女、彼女の背と腿に腕をまわして持ち上げ建物のひとつの屋上に着地したシュウは、あたりをぐるりと見まわすといろはの視線に気付いたかのように動きを止める。
マジかと言いたげに目を見開いた少年は、やがて恋人と視線を交わしながら苦笑を滲ませると彼の腕の中でガチガチに固まるななかを抱えそのまま建物を飛び降りていく。
シュウとななかの居た公園から100mほど離れた位置にあったビル、風吹きすさぶ頂上から彼らの様子を見守っていたいろはは、「見つかっちゃった……」と呟いて微笑んだ。
「あ、もう行っちゃった? お兄ちゃんほんとに凄いね、私も魔法少女になったのに全然あんな風に身軽に動いたりできないよ……」
「まあお兄さんはその辺り特別だからね。……んー、これ撒かれちゃったかな。もう一度2人を見つけるまではウワサ頼りもおしまいか……」
シュウはあっという間に姿を消した。こちらの場所も気付かれてしまった以上はこそこそと隠れていても仕方ない、ひとまずは移動することに速やかに決める。
ななかからの共有もあり、2人がこれからデートする場所も把握していた。先回りしてシュウたちを待つべく少女たちが撤収準備を進めていくなかで、不意に灯花がなんともいえぬ表情でいろはに声をかけた。
「――お姉さま。確かななかが今日着てる服を選んだのってお姉さまだよね?」
「そうだよ……? シュウくんが好きそうだなってファッションから、ななかさんに似合いそうなのをやちよさんと一緒に選んだんだっ」
「……お姉さまがどういう風にななかと関係を築いていきたいのかは、なんとなくわかるけれど……その……
「灯花ちゃん……」
どこか歯切れの悪い調子で言葉に悩む様子を見せた灯花は、彼女にしては珍しく自身の思いを言語化するのに戸惑っているようだった。
――灯花は聡い娘だ。いろはがななかとシュウのデートを
複雑そうな表情をみせて問いかけた灯花に苦笑交じりの微笑みを浮かべたいろはは、膝を折り彼女と目を合わせながらこくりと頷いた。
「うん。ななかさんなら、私も信頼できるし……シュウくんのことも、信じてるから」
「……お姉さまが独占したって、きっとななかも文句は言わないでしょう? なんでわざわざ……」
「んっ」
その瞬間いろはの浮かべた表情は、悪戯がバレたこどものような罪悪感ときまり悪さの入り混じったようなものだった。
口端を強張らせ視線を泳がせた彼女は、聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で呟く。
「……な、ナイショ」
「えっ、なに気になるんだけど」
「しゅ、シュウくんに知られたら、絶対本気で怒られるから……ナイショ……」
「えーーますます気になるー!教えてよお姉さまっ、お兄さまには言ったりしないからっ!」
「そ、それじゃあ行こうか!次の予定だとななかさんが行きたがってた個展がある百貨店に寄るはずだからそっちに向かって……」
「お姉さま~~~?」
そうやって姦しく騒ぐ少女たちの姿を、建物の壁を駆け上がるようにして跳躍したシュウはようやく見つけ出すことができた。
「……何やってんだあいつら……?」
視線こそ感じながらも周辺の雑踏からではなかなかみつけることのかなわなかった少女たちは、彼とななかのいた駅から離れた建物の屋上に身を隠していた。シュウとななかが突然姿をけし慌ただしく動き出す少女たちの様子を呆れ眼で一瞥した彼は、腕のなかでガチガチに固まっているななかを抱えなおすと足場にしていた建物から跳躍。人の気配の薄い地点を目指して建物を足場にしての移動を繰り返す。
「--、ひゃ、わっ」
抱きかかえる少女のかぼそい声が耳に入るのに、彼女へ縦横無尽の移動と高所からの着地の衝撃を伝えないよう細心の注意を払い華奢な身体を抱く腕を強める。いろはや病弱な妹分を抱え彼女たちの足になっていた頃からこの手の気遣いはお手の物だった。
「--、……。っ、--」
だった、のだが……。
「ななか、大丈夫か? 揺らしすぎたかな、やっぱいきなりこんな風に移動させられたのきつかったか?」
「い、いえ大丈夫です。おかまいなく……」
降り立った裏路地、「降ろすぞ」と前置きしてアスファルトのうえにななかを降ろしたシュウは、彼女の顔を覗き込みながら心配げに声をかける。しっかりとした足場の調子を確かめるように脚を曲げ伸ばししてから立ち上がったななかは、若干ふらついて少年に差し伸べられた手を躊躇いがちに掴んではその表情を見せないように明後日の方向を向いていた。
シュウの眼に映る少女の耳元は紅い。
ひとまずは大事ないと判断したシュウは耳を真っ赤にする少女に気付かないふりをしながらあたりを見回す。改めて周囲に余計な人目が存在しないのを確認する彼の後ろ姿をみながら深呼吸を繰り返して呼吸を整えたななかは、未だ頬を熱く染めながらも絞り出すように問いかけた。
「しゅ……シュウ、さん」
「ん?」
「そっ、その……いろはさんやういさんから、よくお姫様だっこをして運ばれていたって聞いたことがあるんですけれど……本当にこんなことをやっていたんですか?ずっと……?」
「えぇ……」
いや流石にこんな絶叫マシンじみた挙動で病弱な娘らを乗せたりはしなかったが……。
それでも、確かにいろはのことは数えきれないくらい抱いたし、ういたちも彼女たちが病弱な都合上彼が率先して足となって外へ連れ出しもした。ガールズトークは好きにすればいいが一体何を話しているのやらとあきれ眼になりながらもいまやすっかり慣れた行為に関し記憶を遡った少年はあっさりと頷く。
「あー……まあ、そうだな。流石に体が小さいときはもっと丁寧にしたけれど、ああやって抱きかかえるくらいならいろはが幼い頃からよくやってたよ。ういたちもよくおんぶとか抱っことかせがんで外に連れ出したりしてたし――」
「それは……っ」
思わずツッコミしかけたのを咄嗟に堪えたような僅かな間。
言葉を失ったななかが思い浮かべたのは、先程の群衆から抜け出した高速での逃避行――。脚に、背に素早く手を回した少年の跳躍と、心臓が悲鳴をあげるような浮遊感を消し飛ばすくらいに力強く自身の身体を抱き寄せた腕。ぐいと密着させられた胸板は、見た目から伺える以上にがっちりとしていて……。
顔を紅潮させる熱を増した少女は何か言いたげに口を開閉し、堪えるように口をつぐみ。僅かな沈黙の後、とうとう堪えかねたのか複雑な表情になりながら呻き声をあげた。
「いろはさんやういさんたちがどんな風に貴方に誑かされてきたか見えてきましたよ……」
「ひ、人聞きが悪い……」
淫ピ幼馴染に人生狂わされ続けているシュウからすれば誑かされているのはこちら側だと言ってやりたいくらいだったが、眉間に片手をあてる彼女の言葉に籠められた重みに圧されなにも言えなかった。
「ほんと、この……」
それは好きになりもするでしょうよ……。と、半ば自棄気味に漏らしかけた言葉を押し殺すななかは柳眉を寄せ。
自分でさえ『こう』なのだ、幼い頃から彼に庇護され、交友を築き、ともに時間を過ごしていれば恋慕のひとつふたつ抱きもするだろうと今回のデートを遠方から観察していた少女たちを思い浮かべながら唸った。
自身に向けられる好意に鈍いというわけではないにせよ、それに関して彼が曖昧な反応なのは既に恋人がいる身としては目を逸らしていたいというのが本音なのか。
かといって拒絶するには親愛が邪魔をするのか、あるいは――。
「……仕方ないですね」
嘆息をひとつ、かぶりを振ったななかは意識を切り替えるとぐいとシュウの腕を掴んで引き寄せる。目を瞬いた彼に向け笑みをみせた少女は、少年を連れ人気のない路地から足を踏み出していった。
「ななか?」
「――シュウさん、本日の逢瀬は……私だけのために使っていただけるという認識で、よろしいのですよね?」
「あ? うん、それはそうだ。なんかさっきから外野が勝手についてきてるみたいだけどそれでもいいのなら」
「それは協定の範囲内なので何も問題はないです」
「いいの? え、いいの? いや俺はななかがいいってんならどうこうするつもりはないけど……いや待って女の子たちの間で何を取り決めしてんのかちょっと聞かせてもらっていい?」
言質は取った。
魔法少女の膂力で有無を言わさず彼の腕をぎゅうと抱きしめながら牽引し、振り向いてシュウの顔を見上げたななかはにこやかに告げる。
難しいことを考えるのを放棄した少女の思考は既に余計な雑念を排している。
「――ふふっ。本日はエスコートをお願いしますね、シュウさん♪」
「あぁ……はい、わかりました……」
悪戯っぽく微笑みかけた彼女に参ったなと頭を掻きながらも、少年は腕にしがみつくななかの歩幅に合わせるように歩き出す。
雑踏の中に紛れるようにして街路へと進んでいった2人は、デートの目的地となる百貨店へと歩を進めていった。
「………………。――、……」
映えるもんだなあとひとりごち、少年は沈黙しながら展示を吟味していく少女の様子を見つめる。
女性的な清楚な雰囲気と少女らしい愛らしさを同居させたような衣装をまとう少女が展示される作品のひとつひとつをじっくりと見つめていく姿は、彼女生来の端麗な容貌も相まってひどく様になっている。華道の展示を前に細い顎に手をあて静かに干渉する姿は写真に収めればそれで十二分に優れた芸術として成立してしまいそうなほどに絵になっていた。
「……どうかしましたか、シュウさん」
「いや、別に」
そんな彼女を眺めているのに気付いたのか、きょとんと小首を傾げたななかが見上げてくるのを軽く肩をすくめて誤魔化す少年は彼女の観察していた作品へと視線を向ける。
草花で構成された――大半は目立つ色合いでもない背の高い葉で構成されそれの中心を彩るようにして蒼い花弁をつけた数輪の花を挿した活花は、素人目には綺麗ではあるけれども地味としか評しようがない。女の子ばかり見てないでもっと語彙を考えておけばよかったなと内心で憂いながら展示を見ていると、眉根を寄せ表情を硬くする彼の横顔を見つめていたななかはそっと声をかけた。
「趣味に合いませんか?」
「……どちらかというと俺はそこのが好きかもな。葉も、花も鮮やかな色合いしてるし。こういうのも同じ『綺麗』っていうのかもしれないけど……んーー」
「ふふっ。そうですね、私もあちらの展示は華やかだと思います。ですけれど、こちらも――」
くすりと小さく笑ったななかは、活けられた花のうちのひとつを手で指し示す。
「こういった形の作品は立花新風体と言いまして。桔梗の花を主軸としたこの様子は天を仰ぎ伸びゆく様を合わすテーマにそうように構成しつつ、華美になりすぎないように配慮された落ち着いた雰囲気にされています。葉の一枚一枚まで計算されて丁寧に研ぎ澄まされた……だなんて、まだまだ未熟者の私が論じるにはおこがましいのですが」
「へえ……」
「永遠の愛、誠実。……貴方にぴったりかもしれませんね」
「うん?」
ななかの言葉に目を瞬くシュウだが、その言葉の意味を問いただすよりも先に彼女は次の展示物の方へと移っていく。
「……どうだかね」
寧ろ一番かけ離れてるまであるだろう、だなんて言葉を飲み込んで彼は紅髪の少女の案内に従いついていった。
合流した2人が真っ先に訪れたのは、百貨店の一角に設営された華道の個展だった。
少し前から開かれてはいたもののなかなか落ち着いて見に行く時間を取れずにいたのだというななかに頷いて行くこととなった個展をみてまわった後に足を踏み入れたのは飲食街エリアにあったレストランのひとつ。
「いい席を取れてよかったですね」
「ああ、丁度混みだす前だったからな。運がよかった」
イタリアンの店構えをしたそこはテーブル席とカウンター席があるこじんまりとしたスペースで、食事時にはやや早い時間帯ということもあってか客の姿はまばらでゆったりと食事を楽しめるようになっていた。
ここ暫くはどたばたとした日が続いていたこともあってか、こういうお洒落なところに寄って食事というのも随分と久しぶりな気がさせられた。ドリンクとスパゲッティ、セットメニューのサラダを注文して待つシュウは、向かいの席に座るななかを見つめながら薄く息を吐く。
――さて。
(何を話そう……。え、マジで何を話せばいいんだ?)
恋人ができてからいろは以外の異性との初めてのデート。会食の段になっていよいよ、シュウを追い詰めたのはななかとの話題の枯渇だった。
(やっっべいろはとは普段どういう会話してたっけ? えぇーーっと気になってる映画や漫画……これはありだな……。いや正直これ一本しかないだろもう、あとは飯、学校での話くらいか……?)
大喧嘩を経て相手の地雷を結構遠慮なしに(たまに無自覚で)踏む女だったことが判明した恋人と違い、桂城シュウは配慮のできる男だ。妹を殺すだの面と向かって恋人に言ったりもした気もするがそこは一歩間違えれば魔法少女の破滅を迎える極限状況+恋人にちゃんと半殺しにされたうえで和解もしたので情状酌量の余地も少しは欲しい。
そして配慮した結果、しれっとした面で物凄い重い案件もちだったななかとのデートにあたって、シュウは
趣味や稼業の話題も、ななかが魔女に操られていたとはいえ自身の家で受け継がれていた華道の一門を高弟たちによって解体同然の状態とされていたという事実が少年の口を重々しく閉ざす。互いに多忙となって会う機会がなくなってからの半年のブランク、知らないうちに友人の家庭が崩壊していたという状況は口が達者といえるほどでこそなくともある程度は男女分け隔てなく会話できる性分であるという自覚のある少年から言葉を奪う状況となっていた。
(いやほんとこれどうしような……。さっきは個展問題なく楽しんでたみたいだし華道関連ならまだ平気か……? でも実家の話題に触れない方がいいよな……)
うんうんと悩んでいても仕方ない。意を決して顔を上げた少年は、視線の先でまじまじとこちらを見つめていた紅髪の少女と目が合う。
「……どうかした?」
「い、いえ何か考え込んでいるご様子だったので。……その、先程は申し訳ありません。展示を見ている間は私ばかり話し込んでしまって……退屈ではありませんでしたか?」
「いやぁ?そんなまさか」
若干の不安を覗かせるななかの視線に慌てて首を振ったシュウ。断じてそんなことはなかったと否定する彼は、運ばれてきたドリンクを受け取りながら少女の言葉に応じる。
「俺だって楽しかったさ。そりゃあその手の知識はないし、生け花の展示なんてそれこそ去年ななかの表彰があったときくらいだったけれど……親身になって案内してくれる娘がいたからな、退屈なんてしなかったよ」
「そう、ですか……、そう言っていただけると幸いです」
「――」
柔らかな微笑みを浮かべ安堵した表情を見せるななか。その顔をみて目を丸くした少年は、やがて口元を弛めると言葉を交わす。
「よかったらまた誘ってくれ。次はもっと色んなものを見たいな」
「はい。是非」
和やかに笑い合いながら料理がくるまでのひと時を過ごす2人。
気付けばシュウは話題に苦しんでいたことも忘れ穏やかなひと時を過ごしていた。
『どちらの服が――思いますか?私としては――、こちらも捨てがたくて――』
『ぬぅ……そうだな、なら――』
レストランでの昼食を済ませた2人はそのまま階下のブティックフロアへと足を運んでいた。
試着コーナーへと足を運んでいくななかとその付き添いに徹するシュウ。彼女たちの様子を見守るグループがひとつ、数十m離れた距離で屯している。
「――あ、お兄さまったら狼狽えてる。むー、服選びくらいで……私が一緒にベッドに入ってゆーわくしたときは鼻で笑ってたくせに……」
「灯花、雑念が駄々洩れすぎるよ」
(……灯花ちゃん多分私たち3人のなかだと一番意識されてると思うんだけどな……)
「あーななかさん、しっかりシュウくんの好み把握してる気がする……凄い可愛いなあ」
「あっ、決めたみたい!移動するよ!」
『ごめんなさい、結局小物を買い揃えるのにまで付き合わせてしまって……。荷物までもっていただいてありがとうございます』
『良いんだよ別に、このくらい安いもんだ。使えるもんはどんどん使っていけ』
「……さっきから思ってたけど少し距離が近くないかい?」
「ねむも人のこといえないじゃー……魔女ぉ!?」
「えー、いいところなのにい!」
「すぐに行くよっ、デートの邪魔なんてさせないんだからっ!」
(……途中までいろはたちの気配があった気がするんだが……見失いでもしたか? まあいいか……もし何かあったら連絡が来るだろうし――)
あたりを見回す少年の知覚範囲に恋人たちはいない。一度は撒いたもののななかと百貨店で過ごすうちに途中から視線を感じるようになっていた少女たちの気配がなくなったのに、なんともいえぬ表情であたりを見回した少年はやれやれと息をつく。
果たして彼女たちにどのような意図があったかはよくわからないが、見られて不都合のあることもそうそうしていない。ひとまずは捨て置いていいだろうと判断した少年に、隣を歩いていたななかが彼の方へ向き直り声をかけた。
「桂城さん、今日は本当にありがとうございました。おかげでとても楽しかったです。……ふふっ、今日はいろはさんたちにも随分お世話になってしまいました。今度は私もいろはさんのデートプランを考えないといけませんねっ」
「あー、やっぱりそういう話になってたのか。……なあ最近気になってるんだけどさ、最近2人って知り合ったばかりだよな? ちょっと仲良すぎない?」
「さあ……。どうしてでしょうね?一度
「──そ、そう」
聞き捨てならない文言がしれっと飛び出してきたのに目を剥く。
深く突っ込むのが恐ろしかった。こう、互いに本音をぶつけ合ったとかそういう意味合いであることを祈りたいところではあったが──。
当惑の表情を見せていたシュウは、そこでぴたりと動きを止める。
彼の視線は、雑踏の向こうにある何かへ向けられ固定されていた。
「──ななか、悪い。ちょっと行ってくる」
「シュウさん?」
ななかに一言断りを入れると足早に歩き出していった少年に目を丸くするななか。両手に荷物を持ち抱えるとは思えないような軽い足取りで進んでいく彼の背を追っていった少女は、そこでぴたりと動きを止めた。
「だーかーらー行っちゃダメーーーー!お願い、ねっ、お兄ちゃんっ、こっちから行こう⁉︎ねー?!」
「だあーっ、なんなんだ一体⁉︎俺もう授業あるからって言ってるよな⁉︎ほら手ェ離してってばっ、訳わかんない方向に連れてこうとすんなよ!」
百貨店に面した通りにある細道。向かいに学習塾の看板が張り出されている路地の前で揉み合うのは年若い少年少女だった。
小学生くらいの年頃の少女が、シュウと同年代にみえる少年の腕を服の裾を掴んでは背中からひっくり返りかねないくらいの体勢になって彼の動きを押し留め少年はそれに懸命に抵抗する。
放置していれば2人揃って転んでしまいそうに見えた彼らに歩み寄ったシュウは片手をあげ声をかける。
「よう、これから習い事か?一体何やってんのお前」
「あ?おぉ……桂城か。いやちょうどよかった助けてくれよ!もう遅刻しそうなのに妹がやたらうるさいわ邪魔してくるわでさあ……」
「邪魔じゃないってばー! だってそこに
──っ。弾かれたように路地の奥を見れば、確かにそこには物陰に身を潜めるようにして四つん這いになった異形の姿があった。
ギョロギョロと蠢く大きな眼の特徴的な頭、複数本のゴツゴツとした腕。唸り声をあげる使い魔の存在にはななかが着くより前には気付いていたのか、嘆息した少年は手荷物を降ろしななかを一瞥する。
そのまま彼は揉み合うふたりの横を通り抜け、使い魔の待ち受ける路地へと足を踏み入れた。
「ちょっと待っててねえ、いまお兄さんがお祓い済ませとくから。ななか、この子どこまで見えるかわからんから目隠し頼む」
「え、ちょ、危ないよお兄さ──きゃ⁉︎」
「はい、だーれだ♪」
「「誰⁉︎」」
背後のやりとりに構わず、接近する気配に反応を見せた使い魔に対し少年の動きは簡潔だった。
「じゃあな」
『──‼︎⁇』
黒光りする拳を振り抜いての破砕。頭部を砕かれた使い魔の消失を待たずにその身体を掴み取り真上へと投げた彼は、腕から伸ばした凶刃を投擲しその体を吹き飛ばす。
衣服に仕込んでいた凶器を収縮させれば、それで終わりだった。
「はい、もう目を開けていいよ。お祓い済ませたから」
「え、なに、もう……あれ? ほんとに、いなくなっちゃった……」
「桂城、なんかやったの……?腕をただぶんまわしてるだけにしか見えなかったけど。それにこの娘誰……?」
「塾はいいのか?」
「え、あっ、遅刻!急げ急げ……!」
走り去る兄の姿をぽかんと見送っていた少女はあたりを見回し、本当にあの「怖いの」がいなくなっているのを確認するとへなへなとへたりこむ。
「よっ、良かった〜〜っ。……あっそうだお礼しないと──いない⁉︎」
「──いいんですか?何も言わないで」
「知らぬが仏って言うだろ。それに使い魔を見て家族止められるような娘だったら危機意識も十分さ」
──間違いなく、素質はある娘だった。
隣を歩くシュウの言葉に、ななかは沈黙した。
「──キュゥべえの存在は、結界のなくなって間もない神浜ではまだ確認できてません。……やはり、彼女は──」
「まあ、誘われるだろうな。間違いなく」
少年のクラスメイトの妹は、それこそ妹分たちとそう年頃の変わらないように見えた。
契約もなしに使い魔が見えるのなら、それはもう十分な素質だろう。キュゥべえが見出したなら確実に魔法少女として勧誘されるはずだった。
──そんな素質も、魔法少女救済の完成していない今では死への片道切符でしかないというのに。
「まあ、友達の妹がいつの間にか死んでたってのも目覚めが悪い。ドッペルシステムが再展開されるまではねむのウワサも借りてあの子や……他の素質ある子に魔女やキュゥべえが接触しないかは気を払う必要があるだろうな」
「……」
「ななか?」
「……ええ」
頑張らないと、ですね。
そう返す少女の浮かべた微笑みに籠められた感情は、シュウには窺い知れなかった。
「ところで、先程の武器は……」
「ああ。ねむに作ってもらった鎖。マギウスの黒羽根や白羽根のやつと同じだな。伸縮自在で硬いからだいぶ便利なんだ。巻いてよし投げてよし」