環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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あなたと広がる私の世界

 

 

 明日のことを考えるのは怖かった。

 

 宝崎の私のおうちよりも馴染み深い病院での暮らしは素敵な友だちがいてくれたおかげで寂しくはなかったけれど、いつだって突然のように始まる病気との戦いは未来のことを考えるのを不安にさせたから。

 

 ねむちゃんと灯花ちゃんにおやすみと言って眠って、起きたときには時間が何日か飛んで寝る前まではなかった呼吸器や点滴をつけていただなんてことは何度もあって。

 朝起きたら灯花ちゃんがいなくなっていて別の部屋で治療を受けていたり、昨日までは元気だったねむちゃんがひどい喘息を起こしていて慌ててナースコールを押したりもよくあることで。

 

 次の朝を迎えていたときに起きることさえできなくなっちゃったらどうしようとか。大切な親友がいなくなるのを想像して胸の奥がきゅって締め付けられたりとか。

 怖いことが浮かんでしまったときは、眠ればやってくる明日が怖くて、必死に起きていようとすることもあった。

 

 けれど、そんななかでも。お姉ちゃんやお兄ちゃんたちが来る時だけは、特別だった。

 

 

 

『がおー、食ぁべぇちゃあうーぞぉ』

『きゃあー!』

『ういが食べられちゃった!』

『あ、逃げるのは勝手だけど喘息起こしちゃうのはまずいから走っちゃだめだぞ』

『この狼さん鬼のような条件つけて襲ってくる……わぁーっ!』

『病弱な女の子を襲うだなんて卑怯だよー!』

『教えてやろう灯花、食うか食われるかの狩りの世界で卑怯なんて言葉は存在しないのだ……』

『くすぐったいってばぁもー!』

 

『はぁっ、はぁっ、お待たせ、今日は遅れちゃって――。何やってるの?』

『3匹のこぶたさんごっこ!』

『今俺が全員喰ったところ』

『お家を建てる前に食べられちゃったの!?』

 

 

 

『ねえねえっ、お姉ちゃんがもってきたの何ー? かなり大きい荷物だけれど』

『これ?えへへ、これはね……じゃーん!智江お婆ちゃんが人生ゲーム買ってきたんだって!みんなで遊ぼう!』

『人生ゲーム?』

『ちょっと開いてみるか。…………なんかやけに生々しいコマが見えた気がするんだけど気のせいかな』

『えーとどれどれ。すごろくでいろんなイベントを経験しながら進んでいくんだね。手持ちは200万円から……職業を貯めたり、振って沸いた幸運でお金が貯まったり、結婚したり……理不尽な目に遭うコマもあるんだ』

『「恋人との別れ話が拗れてしまった。背中を刺されて1回休み」「仕事と家庭どちらが大事なの⁉︎ 一家離散の危機、1回休み」……お兄さま、これって1回休みで済むものなの?』

『俺に聞くなよ……。婆ちゃんいやなチョイスしやがって……』

『楽しそうっ、やってみよう!』

『……シュウくんっ、私は刺したりなんかしないからねっ⁉︎』

『んなのわかってるわ!何を張り合おうとしてんだいろはは……』

 

 

 

『……んーーー、今日も難しいか?』

『いざ見せてみたいって思い立ってもなかなかタイミングって合わないものなんだね……。特に意識してなかったときはよく見れてたのに……うい?』

『……ん……寝ちゃってたんだ、私。ねえ、お姉ちゃんとお兄ちゃんなんのはなししてたの? そういえば最近よく雨の日に来るようになったけれど──わわぁあ⁉︎』

『高い高ーい』

『きゃぁぁ⁉︎ もうお兄ちゃんたらっ、私もうそんな──』

『ういお前……もっとちゃんと食べろよ。いろはですらもう少しずっしりくるからな、軽すぎてほんと不安になるから……』

『シュウくん⁉︎』

『先生たちと相談してのご飯の持ち込みもいまが精一杯だしな……まだまだ辛抱が続くけれど楽しみにしてろよ、今度体調が良くなったら好きなものいっぱい食べさせてあげるからな……』

 

『──うんっ!』

 

 

 お父さんやお母さん、先生たちには大丈夫だって強がれても、先のみえない病院での暮らしはずっと心細かった。

 きっとそれは、灯花ちゃんもねむちゃんも同じだったと思う。

 明日が怖かった。朝を迎えていた時誰かがいなくなっていたりしないか、それが親友だったり、私だったりしないか。あまりにも弱い私たちの身体は、一度眠りに落ちてしまえばもう二度と動けなくなってしまうような気がして――。

 けれど、お姉ちゃんが、お兄ちゃんが来てくれるから。

 私たちは精一杯前を向けた。2人が来てくれることを楽しみに、来るのが怖かった明日を前に笑顔で眠ることができるようになれた。

 

 ──だからね、お兄ちゃん。

 そんなに謝らないで。

 

 私はぜんぜん気にしてないから、ね?

 

『──けれど、うい』

 

 あの日、マギウスの翼の秘密基地で私が助け出されてから何日かが過ぎた夜。

 騒動がひと段落して、海外に出張にいっていたらしいお母さんやお父さんと連絡を取って。やちよさんたちにも快く受け入れてもらえて私がみかづき荘で暮らすことが正式に決まった晩に謝りにきたお兄ちゃんは、謝られるこちらが逆に申し訳なくなってしまうくらいに沈痛な顔をしていた。

 

『俺は――、俺は……とんでもない間違いを犯してしまっていた。魔法少女の真実を知って、ういがどうなってしまっているかを知って――。……諦めたんだ。俺は……どうしようもない、大馬鹿野郎だ。謝ったところで言ってしまったこと、やってしまったことの取り返しなんてつかない。だけれど……。本当に……本当に、すまなかった……』

 

 大丈夫だよ、お兄ちゃん。

 ──私も、見たよ。ふたりの喧嘩。

 

 ()()()()()()()()()

 

『──、うい……』

 

 お兄ちゃんのやってたことに間違いなんてなかったよ。

 だって、お兄ちゃんはお姉ちゃんが好きで、大切な人たちを守りたかっただけで。それなのに、お姉ちゃんも、私も、灯花ちゃんも、ねむちゃんも……守りたいと思った子が他の世界では簡単に死んじゃうから。

 だから今生きていられている好きなひとを守るために戦うのは、間違いでもなんでもないよ。

 

『……俺は』

『ういを……見捨てたんだ』

 

 ──。お兄ちゃん、もしかして怒られたいの?

 

『……それは……そうかもな、うん。いやそうかもしれん。怒られた方が気楽、だから……。悪いな、ういにこんな……』

『お兄ちゃん』

 

 私が今こうしていられるのは、本当に本当に幸運なことだと思ってるよ。

 

『……そうだな』

 

 灯花ちゃんと、ねむちゃんと進めようとした計画が失敗して魔女になりそうになって。通りすがりのアリナさんにも協力してもらえて私が壊れちゃう前にキュゥべえに隔離してもらえて。

 この世界からいなくなっちゃった私のことを唯一思い出してくれたお姉ちゃんとお兄ちゃんが一生懸命に探してくれて、お婆ちゃんも手伝ってくれて……。魔法少女の残酷な真実を知っても、そこにどんな葛藤があったとしても、魔女になりかけていた私のことを全力を尽くして(たす)けてくれた。

 

 こんなに幸運な女の子、私以外にいないと思うよ?

 

『……そうだな。けれど、それはいろはの――』

 

 ――もうっ。

 お兄ちゃんだって、イヴを取り込んだアリナさんから私やお姉ちゃんを助けてくれたじゃない。

 

 あんなに大変な思いをして、悩んで、つらい思いをして――それでもお兄ちゃんが助けに駆けつけてくれたのが、私は本当に嬉しかったんだよ?

 

『……』

 

 だから、もう謝らないで。私はもうたくさんだし、お姉ちゃんともお互いごめんなさいして仲直りも済ませてるんでしょ? だからこのことはおしまい、ねっ?

 えへへ。私、お兄ちゃんには笑って欲しいな。

 

 ――うん、だから。私も頑張るね。

 

 

『そ、そのっ、やっぱりまた今度にした方が――』

『散々練習に付き合った俺の前でそれをいうのかお前。母さんからもお墨付きもらってただろ、今更なんの不安があるってんだ』

『でもまだ、お母さんや智恵さんほど上手くなんて作れてないし──』

『料理歴ウン十年と比較したってしょうがないだろ。ウジウジしてるうちにせっかく作ったのがまずくなるからとっとと行ってこい、料理は鮮度が命だっていうだろ!』

『う、うう……』

『……?お姉ちゃん?』

『あっ、うい……お待たせ』

『おはよっ、うい。早めの快復祝いだ、今回も本当によく頑張ったな!食べたいって言ってたハンバーグ、お姉ちゃんが作ってもってきてくれたぞ~。味は保証するからな!――おい、いろは』

『あっ……う、うんっ。まだまだお母さんたちほど上手くはできなかったけど、精一杯作ったから――よかったら食べてねっ』

 

 

 ――2人がいてくれたから。

 私は――。

 本当に、幸せで居られたんだよっ?

 

 だから。今度は、私が――。

 

 

 

「……んゅ、うっ……」

 

 ずっと身を預けたくなるような温もりのなかで、目を覚ます。

 もぞもぞと身じろぎしながら顔をあげた環ういは、ぎゅうと己を抱きしめて眠る少年の寝顔を目にしてドキッと心臓を跳ねさせた。

 

(お、お兄ちゃん……)

 

 後頭部と背にまわされた手は華奢な少女の身体を力強く抱き寄せ、がっちりとした胸板に密着させられるういの顔を容易く沸騰させる。頬を赤らめさせてもぞもぞと抜け出そうとするも、可動スペースが思った以上に狭い。腕の隙間から抜け出すのに失敗した彼女は、そこでようやく自分が背後から姉にだきしめられているのに気付いた。

 

「すぅ……」

(後ろ、お姉ちゃんだったんだ……柔らかっ……。どうしよう、抜け出せない……)

 

 抜け出す必要ないんじゃない?

 最近は灯花ちゃんやねむちゃんもよく来るし大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんにぎゅうぎゅうにされるなんて最高の状況をひとり占めだなんて滅多にないよ?存分に堪能しちゃおうよ!なんて囁く悪魔の声。天使もそうだそうだーと賛同してた。

 いやでもこれ以上は心臓がもたないよ~なんて乙女心もどこ吹く風、ぎゅうと抱き寄せる腕からの脱出もままならぬ状況に目をぐるぐると回したういは、やがて観念したように兄姉の抱き枕の身を受け入れると自ら腕を少年の背にまわし密着する。

 

(――お兄ちゃんも寝てる間の自分がやることにまで責任取れないって言ってたもん、だから起きるまでは……良いよね……)

 

 シュウと同じベッドに忍び込んでいた灯花がなにやらお尻を抑えて真っ赤になって怒っていたのに目を白黒させながらしていた言い訳を思い出しながら再び訪れた眠気に従い瞼を閉じていく。

 ――自身を引き寄せていた手が、優しい手つきで頭を撫でた気がした。

 

「おにい、ちゃ……だい、すき……」

 

 妹が可愛すぎると悶絶した後ろの少女の懸命に押し殺した悲鳴は、眠りに落ちゆくういには届かなかった。

 

 

「いろは、入って平気かい?」

「お婆ちゃん?うん、いいけれど……」

「お邪魔するよ。……ああ、本当にお邪魔しちゃったかい?」

 

 智江が少年の寝室に足を踏み入れれば、『なんで俺の部屋で俺じゃなくていろはに断りをいれるんだよ』とでもいいたげな視線が老婆を出迎えた。

 ういやいろはも寝泊まりするようになり、女の子らしい小物や衣類を詰めた収納箱も増えた少年の部屋。抗議の目線をスルーしながらそこへ足を踏み入れた智江は、ベッドのうえで穏やかな表情で寝入るういとその両隣で身を起こし慈しむように優しい手で彼女の頭を撫でていたシュウといろはの姿を目にし苦笑を滲ませた。

 

「貴方たちいい夫婦になれると思うよ。子どもたちの前で教育に悪い色ボケの仕方をしないかだけが不安だけどね」

「そ、そうかなあ? え、えへへ……」

「……要件は」

「ああそうそう、ちょっと電話しててね。いろはちゃん、海外のご両親と繋がってるよ。こちらは早朝だ、時差もあって向こうは少し遠慮してたけれど……代わるかい?」

「あっ――うんっ!」

 

 老婆から手渡された携帯を片耳に寄せたいろはが、「もしもし!」「――うん、元気にしてるよ!」と笑顔を浮かべながら家族と言葉を交わす。

 なんともいえぬ表情でその様子を見守っていたシュウは、やがて呆れたような目線を智江へと向けては肩をすくめた。

 

「にしてもまあ、よく信じたもんだよな。いろはのところの父さんも母さんも……()()()()()()()()()()?」

「仕方ないだろう? ういが魔女化したとき、この世界においてあらゆる情報が『修正』されて――それが、3ヶ月の時間を経てぜんぶ取り払われたんだ。フィードバックがどういう形で作用されるかわからなかった以上認識のすり合わせは必要だった」

 

 どこまで話したか? 『魔法少女』『キュゥべえ』『魔女』『実は死に損ねていた智江』『ういの身に起きていたこと』――その全てを、だった。

 

 これでも苦渋の決断だったんだよ、と。

 その声音に若干の疲弊感を滲ませながらも、柔らかなまなざしで眠るういを見つめる老婆は淡々とした調子で語る。

 

「ざっと8年環さんたちと過ごして……そしてなにより、()()()()()()()()()()()()()()シュウならわかるだろう?まっとうに子どもを愛することのできる親にとって、我が子の存在は……何よりも重い」

 

 それが、()()()()()()()()()()()()()。最悪ういのことを思い出した段階で環家の夫婦は発狂していてもおかしくはなかった。

 

 そうそう、私には愛しい娘がふたり――ふたり?昨日まではひとりと話していたじゃないか。そして何より自分たちもそれを当然のように受けとめ、なぜ、何故、何故何故何故?? うい、うい、うい。私たちのかけがえのない娘、それをどうして忘れていた? おかしい、写真にも、記憶にも、戸籍にも、ほんの数日前には存在しなか――いなくなっていた?そして戻っていた? 一体何時の間に? なんで、どうして私たちは――。

 つい最近まで病気に苦しんでいたようなかよわい娘のことを忘れて、子を残して出張などに行ってしまったんだ――?

 

 幸いにも、認識の修正は数日をかけ緩やかに進んでいたらしい。日常を過ごすなかで唐突に存在消失していた娘の存在を思い出した両親が取り乱すような事態は発生しなかった。

 

 とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の分の違和感は当然発生していたのだろう。得体の知れないオカルトの関与を認識させ、ういや自分たちの置かれていた状況を知らせるのにさほど苦労はしなかったと老婆は語る。

 

「まあ、異星の悪質契約者(インキュベーター)に関しては眉唾だったろうけども……魔法少女や魔女も含め『そういうもの』として受け止める分にはそれで構うまいさ。最悪の事態だけは防げた、それだけで十分だろう?」

「……否定はできんね」

 

 とはいえ、知らなければ多少は幸せで居られただろう情報も与えられたなかには含まれている。

 ういの陥っていた状況を開示するなかで欠かすことはできなかった、『魔法少女の末路』――知らされた環家の両親としては生きた心地がしないのだろう、近頃は娘たちや智江とも頻繁に連絡を取り近況や安否を確認しているようだった。

 

「まあ、魔女に対する戦力としては現状で申し分なし。魔女化に関する問題も、もう間もなくすればある程度は解決する見通しだ。……環家には、いい報告ができればいいけどね」

「そうだな」

 

 なにやら顔を紅くしては母親となにかしらのやりとりをしているいろはの様子を見つめながら、少年は重々しく頷く。

 

 ――既に、準備は整いつつある。

 

 神浜市全域を対象とした、二度目のドッペルシステム展開。

 ういの救出、ワルプルギスの夜の討滅を経ての、魔法少女を取り巻く理不尽な運命を打破するための第一歩――。その瞬間は、間もなく近づこうとしていた。

 

 

 





魔法少女を知る大人たち
環夫妻、灯花父、里見太助(面識なし)









「……いろはちゃんとシュウが成熟するまで生きていられるのなら、それが一番なんだけどね」
「まあ、いないよりは居る方がマシだろうさ。ほんの少し、ほんの少しでも理解者があの子たちの支えになってくれるのならそれでいい」

「さて――私は、あとどれくらい保つのやら」

 その老婆は、鏡の迷宮の一角で己が魂を見つめながら苦笑を浮かべる。

 手の中にあるソウルジェムは――光を見せず、濁ったままに。

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