環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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2月から忙しくなることもあり1月の内に書けるだけ書きました。評価感想毎度ありがとうございます。




砂丘からの帰還

 

 

 ……そのとき。少年を魔女から、使い魔から守るためにいろはの取り得る選択肢は、3つに絞られていた。

 

 1つ。シュウが身を隠す鉄骨で彼の周辺を警戒しつつ待機。

 メリットは最も近くで身を休める彼を守れることだが……魔女が現れたとき、魔女との戦闘を経て傷を負った彼をいろはは守りきれない。またいろはの能力では使い魔さえも多対一の状況で倒せる目は薄く、防衛力に難のある彼女では接敵時対応しきれるとは言い切れなかった。

 

 2つ目……使い魔を相手取っての陽動。

 これはある意味では最も安定した計画といえた。砂丘に繰り出して襲撃をしかけ使い魔の数を減らしていけばシュウに傷つけられて憤激する魔女も誘導できよう──少年の安全を確保するにあたって使い魔や魔女の隔離は隔絶した戦力差のなかでも辛うじて実現の可能な次善策といえた。

 だが他の魔法少女ならともかく、調整屋による魔力の強化をを受けていないいろはでは陽動で限界。下手をしたら魔女を釣りだす過程を終えるよりも早く残存の魔力を失う可能性すらあった。

 

 そして。

 3つ目は──おおよそ最も困難な難関であったが。

 活路は、既にシュウによって作られていた。

 

『ジャギギギギギ▲◎◎!!』

「っ……!」

 

 耳障りな絶叫と共に砂嵐が吹き荒れる。

 巻き起こされる砂嵐に魔女の使い魔さえもが吹き飛ぶが――それを気にする者はこの場にはいなかった。桃色の髪を吹き荒ぶ暴風に靡かせ魔女と相対する少女は寧ろ敵の援護を防ぐことができて好都合と嵐の中に身を投じ、砂場の魔女は散々に自らの縄張りを踏み荒らし己に傷さえも負わせた不届きな侵入者を嬲り殺しにせんと怒りのままに暴れ回る。

 

『ズシャアァアア☆○◆▽ァ!!!!』

「ぁ――!」

 

 使い魔ごと叩き潰すようにして振るわれる巨腕。すんでのところで回避し直撃は避けたものの、撒き散らされる衝撃に細身を打たれたいろはは全身を襲う痛みに目に涙を浮かべながらも無理に抗うことなく衝撃に従うようにして転がっていく。直前まで彼女の居た場所を続く一撃が薙ぎ払った。

 巨腕によって砂丘が吹き飛び、魔女によって薙がれた砂塵が散弾のごとくいろはの身体を打つ。追い討ちとばかりに砂嵐が巻き起こされるなか――暴風を突っ切るようにして、少女が現れる。

 

「けは……、当たって――!」

『!? ザリザリッ……!』

 

 魔女の攻撃をかいくぐり放った魔力の矢が、嵐を穿って黒木刀が突き刺さった魔女の頭部に直撃した。

 2秒、5秒、10秒、18秒。

 溜めなしの連射と、全身全霊をもって放つ大技を除いて。これが魔女との交戦にあたって幾度ものの試し撃ちを重ねシュウと検証し現在のいろはの出力から決められた対魔女にあたっての攻撃パターン。

 5秒もかけて魔力を溜めれば魔女にも痛撃を与えられ、18秒の蓄積を果たせば命中力を犠牲に致命打にもなりうる一撃を放ち得る……いろはが魔法少女であることを知るよりも前のように、一度絶交したときのように。シュウが一緒に戦うことができなかったとき、いろはが1人で戦うとき少しでも役立つように時間をかけて確立させた情報だった。

 

 18秒のチャージを経て放たれた矢は事実上の消耗無しで放てる最大出力である。それをまともに急所に喰らった魔女はがくりと首を折り――次の瞬間、絶叫をあげながら自身の周囲に砂嵐を巻き起こした。

 

『ジャギキ△◆◎◎△☆☆!!』

「なっ! ――うぁ!」

 

 暴風に捕らわれ宙を舞ういろはの目に映ったのは、頭を穿つ木刀を膨張させ苦し気にしながらもそれでもまだ立っている魔女と――単身で現れた魔法少女を狙い続々と集まりつつある使い魔の群れ。

 

「っ――」

 

 このままでは使い魔の群れのど真ん中に墜落することになる。

 姿勢こそ不安定ではあるものの魔女は射程の圏内、これまでの射撃が功を奏してか動きはだいぶ鈍い。

 自分が外しさえしなければ確実に当てられる。そして今を逃せば使い魔に袋叩きにされて二度と魔女に近づくことはできない。

 ――戦闘を継続しながら蓄積してきた魔力すべての開放に踏み切るのに、躊躇いはなかった。

 

「っ……。――きっと、大丈夫」

 

 腕に走る激痛。焼けるような熱が左腕に装着したボウガンから溢れる。

 ……魔力を過剰に溜めすぎると、いつもこうなる。

 けれど――こんなの、彼を失う怖さに、■■がいなくなったときの喪失感に比べれば。

 痛くも、なんともない。

 

「届け……!」

 

 解き放たれる一条の閃光。砂嵐を貫くようにして迫った矢に、膨張した木刀の重さに頭をぐらつかせながらも魔女は身構えたが……魔女に当たる直前に、射線を大きく変えた矢が魔女を掠め上方へと消えていく。

 ……矢が、外れた?

 ――いや。

 

『――ギギギギジ×××』

「これで、倒れて。――ストラーダ・フトゥーロ!!」

 

 明らかな渾身の一射が外れ。嘲笑うように一歩、落下しようとするいろはに迫る魔女の真上で――魔力が、弾ける。

 いろはのありったけの魔力を注ぎ込んだ一矢。それが上空で起爆した直後、爆ぜた一撃からばらまかれた大量の矢が無防備にいろはに近づこうとしていた魔女に降り注いだ。

 

『~~~~~~△●〇!!??』

 

 魔女のみならず墜落するいろはを狙おうとしていた使い魔をも巻き込んだ広範囲爆撃。危うく自分にまで当たりそうになった矢の掃射から逃れ自らの全身全霊を費やした大技がやんだのを確認した彼女は、もうもうと土煙が視界を覆うなかで魔女の様子を確認しようとして。

 魔力矢の嵐に身を傷つけながらも、それでも重い傷は負わずに。ずんと、砂丘を揺らす地響きとともに現れた魔女に目を見開いたいろはは――魔女の頭部を確認すると、ほっと息を吐いた。

 

「良かった……。どうにか、必要なだけの矢は与えられたみたい」

『――』

 

 魔女の巨体が揺らぐ。傾ぐ。――倒れ込んだ。

 

 魔女の大質量が斃れ砂丘を揺らすのに耐えながら。舞い上げられる砂塵に周囲が埋め尽くされる中で、目を凝らして魔女を観察する。倒れた魔女の頭部に刺さる木刀が、ありったけ打ち込んだ魔力を喰らって大きく膨張し魔女の動きを止めているのを確認すると、魔女の動きが封じられ使い魔が算を乱している間を見計らっていろはは足を引きずるようにして立ち去って行った。

 

 ――はじめからいろはは、格上の魔女の討伐という無謀を犯そうなどとはしていなかった。彼女ははじめから魔女にシュウが突き刺した木刀にのみ狙撃を集中させており、そして目論見通りに魔女から、いろはの矢から魔力を存分に喰らいつくし成長した木刀は柱と見紛う大きさになって魔女の動きを封じた。

 

「(っ――、何発か使い魔の攻撃も受けちゃったから、身体のあちこちが痛い……)」

 

 彼が目を覚ましたとき、怪我してるのに気づいたら……怒るだろうか。心配するだろうか。……何も言わずに沈黙して、不甲斐ないと己を責め続けるかもしれない。

 それは……ちょっと嫌だなと、苦笑する。大切に想ってくれるのは嬉しいが、それであまり自責にかられてしまうのを見るのは、いろはの方にも辛いものがあった。

 使い魔に見つからぬようできる限り静かに進んでいく彼女は、砂丘を進んだ先にシュウの身を休める突き出た鉄骨を認め、使い魔の気配も見当たらないのに安堵の息をこぼす。

 

 今更になって、張り詰めるような緊張がぷつりと切れるのを自覚した。

 

(――魔女の動きは封じたから、もう大丈夫だよね。使い魔ならだいぶ離れた場所まで誘導しているし、見つかってもなんとか対処できるだろうし。早く、シュウくんの傷を治してあげないと……)

 

 魔女と相対したときはほとんどがむしゃらだったが……無事に脅威を無力化したこともあり、そんな風に合流後のことに思考を回す程度には余裕ができていて。

 だから、少し――気を緩めてしまった。

 砂に足を取られ。砂丘でずるりと、呆気なく体勢を崩した彼女は、そのまま倒れ込みそうになって――ぼすっ、と。

 前方から駆けつけてきていた少年の腕に、倒れそうになった身体を支えられる。

 

「――ぁ」

「……危なっかしいな、本当に」

 

 率直なところ……単身魔女を抑え込んでいたいろはは、とうに限界を超えていて。

 彼の腕に抱かれるや否や、疲弊しきった心身が力を失い鉄のように重くなる。泥沼に沈むように意識が薄闇に呑み込まれていく。

 

「……本当に、無茶をする」

「取り敢えず休んで……結界を抜けたら帰ろう。だから今は、ゆっくり眠れ」

 

 朦朧とした意識の中で、意識を暗転させようとしていた彼女は――砂埃に汚れた己を構うものかとばかりにかき抱く少年のこぼした、万感の想いを込められた声を聞いた。

 

「――ありがとう、いろは」

 

 それだけで。少女には、十分だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 少年からある程度の事情を聞いて。

 七海(ななみ)やちよと名乗った神浜市の魔法少女は、格上相手に見事機転を利かせながらも結局身を守る武器を魔力を失って隠れ潜みながら身を休める羽目に陥っていた2人に半ば呆れながらも、身動きを封じられた魔女とその頭部を串刺す木刀を相手に試行錯誤したが……持ち主ですらない彼女ではどう足掻いても魔力を無駄に吸われるだけで。

 屹立する黒い柱に触れ、干渉し、試しに斬りつけ。数分格闘した後にお手上げとばかりに肩を竦めた彼女が口にしたのは、本来の持ち主であるシュウ以外にはこの木刀はどうにもできないのではというどこか投げやりな考察だった。

 

 結局、恐る恐る触った少年の手によって吸い上げた魔力を放出させられた木刀は――翔んだ(・・・)

 3mを超える大質量が、もう少し軽ければ本当にロケットみたいに飛翔したのではないかというくらいに魔力を爆ぜさせながら乱回転し、慌てて手を引っ込めた少年の指を削りそうになりながらぐるぐると回転し飛んで。魔女の頭部を削り取り即死させながら魔力を撒き散らした木刀は、その刀身を結界に突撃するよりも前と比べ肥大化させながらも、それでも魔女に刺さっていたときと比べ3割程度まで縮んでシュウの足元に突き刺さった。

 

 ――魔女、魔法少女問わず接触したものから魔力を吸い上げる性質。魔力をもたない男性(桂城くん)だからこそ扱える、ということなのかしら。

 ――不思議なものね、魔女の一部を削りだしただけでは到底それだけの代物ができるとは思えないのだけれど……。まあ、それだけの重量を振り回して戦う貴方も異常といえば異常ね。

 ――私はどうしても外せない用があるから2人の面倒は見れそうにないけれど、親切にしてくれそうなお人好しには心当たりがあるから後は調整屋に寄るなり神浜から出ていくなり好きにしなさい。

 

 崩れ落ちた魔女の結界から抜け出した後にそう言って立ち去っていった彼女の後ろ姿を見送り、砂丘にて奔走している間は二度と見ることのできないとまで思った外の風景をようやく拝むことのできたときは安堵の息を漏らしたもので。

 やちよの呼び出した顔見知りらしい魔法少女と合流したシュウは、事情も碌に説明することなく2人を押しつけたらしいやちよにぶつぶつと文句を言う彼女と共に変身を解いて眠るいろはを背負って人気のない路地裏を歩いていた。

 どうしても衆目に触れたときのために魔女やら使い魔やらの攻撃を受けぼろぼろになった衣服の上からフード付きの上着を着込み血の滲む包帯を目深に被って誤魔化しているが、虚飾を一枚剥げばほとんどガラの悪い集団にリンチでも受けたような絵面だ。それに加え意識を失った少女をおぶさる様子はもう悪目立ちする要素しかない。最大限人目を避けて移動する必要があったが……やってきた金髪の魔法少女が最大限彼らの事情を配慮しわざわざ入り組んだ路地を案内してくれたのには感謝しかなかった。

 とはいえシュウと並んで歩く彼女もまた、少年から預けられたバットケースを抱え低い声苦悶する様子で。

 

「ぬ、ぐぐぐ……流石に見過ごしてはおけないと案内と荷物持ちを買って出たはいいものの、まさかこんな重いものを持たされるとは……」

「いや本当申し訳ない……。魔法少女みたいに武器を自由に消したり出したりできれば楽だったんですが……十咎(とがめ)さん大丈夫です? 自分のものですし木刀くらい持ちますよ」

「いやいや流石に怪我人にこんなもの持たせられないって。その娘よりよっぽど重たいのは確かだろうし……。それにしても君はよくこんなの持てるよね……?」

 

 砂埃や血で衣服を汚した満身創痍の体にも関わらず、魔法少女の姿から戻って制服の姿になったいろはをこともなげにおぶる少年を驚きも露わに見守る十咎(とがの)ももこの言葉に苦笑する。ぼろぼろのシュウが眠る少女を背負い移動しようとしたのを見て私が背負うよと快く言ってくれたので一番重たい黒木刀を預けたのだが……魔女にも通ずる重量の木刀には彼女もなかなか辛いものがあったようだった。

 ただまあ、回収した黒木刀を納めるバットケースの肩紐が千切れそうな重量を苦し気にしながらもしっかりとした足取りで歩くももこも大概凄まじい能力の持ち主であるようで。魔法少女となれば変身してなくても優れた身体能力を発揮するものだが、いろはがなかなか持ち上げられなかった木刀を立ち止まりもせずに持ち運ぶ辺りは地力も高いものがあったのだろうか……?

 

「それにしてもなあ、突然やちよさんから魔女を倒した男の子と魔法少女の面倒を見てあげてって言われたときは何のこっちゃと思ったけれど……調整だってまだ受けてなかったんだろう? そりゃシュウくんが只者じゃないのはなんとなく分かるけれど神浜に外からやってきた魔法少女が初見の魔女相手にそこまでやるなんてそうそうないよ」

「あぁ――……実際に魔女と戦ったのはいろはだけですけどね。俺がやったのは使い魔陽動して逃げ回ったくらいだし」

「……

 

 もぞりと、シュウの背で呻く気配に。目を覚ましたかなと意識を向けると……自分がおぶられて移動しているのに気付いたのか、桃色の少女は半開きになった瞳で周囲を見回すと、彼の背に身を預けるようにしてぎゅっと密着する。

 

「お疲れ様、いろは。今日はよく頑張ったな」

「シュウ、くん。……私たち、魔女を倒したの?」

「倒したのはほとんどいろはだぞ? 調整屋までもうすぐそこだからな、もう少し休んでおくといい」

「……シュウくんがいなかったら、ダメだったよ」

 

 そう言って耳元に顔を寄せた彼女は、か細い声で、それでも想いが伝わることを祈るようにして精一杯の言葉を紡ぐ。

 

 ……足手纏いになってごめんね。

 助けてくれてありがとう。

 貴方を守ることができて、本当に良かった。

 

 彼の首元に回した腕にそっと力をこめながら囁かれる言葉に、暫し沈黙して。……少年もまた、呟くようにして少女に応えた。

 

「――俺も」

「君を守れて……本当に良かった」

 

「……うん」

 

 自身を背負うシュウに抱き着きながら、少女は安らいだ表情で身を任せて。彼もまた、耳元にかかる吐息にくすぐったそうにしながらも背後から密着する恋人を振り解くことなく足を進めていく。

 そんな2人の様子を見守ってひどく微笑ましいものを見るように目を細めるももこは、こりゃお似合いの2人だと唸っていて。

 ボロボロの状態であるのにも構わず自分を背負って移動してたシュウに気付いたいろはが怒りだして強引に抑えつけた少年に治療の魔法を施すことになるのは、数分後のことだった。

 

 


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