環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
『うい、よく頑張ったな』
私には、大好きなお兄ちゃんがいる。
『先生が言ってたぞ、昨日は本当に危なかったって。だけど今回のを乗り切った以上また暫くは容態も落ち着くってさ。……偉いぞ、よく頑張った。本当に……よかったなあ……』
私が生まれてほんの少しくらいした頃に智江おばあちゃんのところにやってきたっていうお兄ちゃんは、物心ついた頃にはお姉ちゃんと一緒によく遊んでくれていた。
身体の弱い私のために、お外で鬼ごっこをするときは私を軽々とおぶって走り回ってくれて。体調が悪くなって私が入院するようになってからも、お兄ちゃんとお姉ちゃんは毎日のように病院に通ってお見舞いに来てくれるようになったから寂しいなんて思いをすることはほとんどなかった。
『メリークリスマス! 桂城サンタがやってきたぞぉ! 今年は病室で小火騒ぎを起こした悪ガキが1名いるからういとねむにだけ……冗談冗談、灯花も頑張ってたもんな。はいプレゼント!』
『……よかった、気に入ってくれたか?ういたちに似合いそうな髪飾り、いろはと一緒に選んだんだ。種類もあるから好きなの選んで使ってくれよ』
『ちょっと外の空気吸いに行こうか、うい。……平気平気、何かあったらすぐ戻れるようにはするからさ。おぶっていくよ』
『……大丈夫さ、きっと良くなる。ういは強い子だからな。だから──だから、元気になったら。またみんなで、ハイキングにでも行こうな』
『……うん。……がんばるね、わたし……』
きっと、初恋だった。
私だけじゃない。灯花ちゃんも、ねむちゃんも、お姉ちゃんだってきっと初恋はお兄ちゃんに奪われてたと思う。
だって、好きにならない理由なんてないもの。
いつだって誰よりもかっこいいお兄ちゃん。温かい手で優しく撫でてくれるお兄ちゃん。頑張ったな、偉いぞって、病気に負けなかったことを心からの笑顔で労ってくれたお兄ちゃん。みんなのようには遊ぶことのできなかった私たちを簡単に抱きあげて外へ飛び出してどこへでも連れていってくれたお兄ちゃん。
――お姉ちゃんのことが誰よりも大好きな、お兄ちゃん。
世界で一番好きなお兄ちゃんのことを考えると、きゅっと絞めつけられるような感覚のする胸の奥。その痛みをあまり意識しないようにしながら、私は呼吸を整えた。
ねむちゃんが創った大豪邸、ホテルフェントホープでの会議。みんなで計画した全世界の魔法少女を救うための第一歩──その前日の確認で、お婆ちゃんは言っていた。
『神浜全域へのドッペルシステムの再拡張……。その要領自体は、かつてマギウスの翼が生まれる前にういちゃんたちが企てたものとそう変わらないよ』
『つまり、
私が「収集」して灯花ちゃんが「変換」、ねむちゃんが「創造」する。神浜市に最初に展開された救済システムのもとになった作戦で──私が半魔女『エンブリオ・イブ』になる原因にもなった、最初で最大の失敗。
失敗したら今度こそ魔女になってしまうかもしれないといわれて。
その覚悟はあるのかと問われた。
──だけどね、きっと……、そんなことの答えなんて、最初から決まっていたんだ。
『うい、無理をすることは――』
『お兄ちゃん』
『私は、大丈夫だよ』
私は、もうこれ以上はバチが当たるんじゃないかって心配になるくらいに助けられていたから。
だから、今度は私が頑張る番だった。
「うい、準備は良い?」
「……うん、灯花ちゃん。私は、大丈夫」
「緊張はしすぎないで。何があっても、必ずういのことは僕たちが全霊でサポートするからね」
灯花ちゃんとねむちゃん。小さなころからの大切な親友と頷き合って、私はホテルフェントホープの庭園に創られた祭壇へと向かう。
そうして。私たちは、ドッペルシステムを再び神浜市に拡げていった。
環うい、柊ねむ、里見灯花ら救済を担う魔法少女の尽力をもって、神浜市の魔法少女を取り巻いた激動の日々はひとまず収束した。
都市全域に魔女やウワサの跋扈した元凶であったマギウスの翼が再編されたことによって数ヶ月続いていた異形の飽和状態は幕を閉じ、ドッペルシステムを際展開されたことで神浜市において魔法少女が魔女と成り果てることはなくなった。
とはいえ現在のドッペルシステムも決して使用者になんの害ももたらさないものではない。当面はグリーフシードの供給によって魔法少女たちの穢れの蓄積を抑えつつ、それでも発生してしまうドッペルの使いすぎや心身の揺らぎに伴った暴走に関してはシュウやウワサ、マギウスの翼所属の魔法少女たちが対処して今後システムを改善するまで凌ぐことになるだろう。
そうして得た束の間の安息のなかで、慣れ親しんだ病院で身体の正常の確認を済ませ。マギウスでの仕事をシュウに丸投げした灯花やねむと共に街の散策へ繰り出し。超特急で海外での仕事から戻ってきた両親に涙ながらに抱きしめられて健在を喜ばれ、今後の生活のための諸々の手続きを済ませ──。
「………………うーーーーん」
いろはやシュウと同じ、神浜市大付属校。そこの小等部へと転入してひと月も過ぎ、秋も深まるなかで担任の先生から出された課題にういは頭を悩ませていた。
「むぅ……。どういうのにすればいいんだろう、どんどんわかんなくなってきちゃった……」
実の姉や義兄とともに暮らすようになった彼女に加え、灯花やねむも頻繁に通うようになり家主が「賑やかすぎてご近所から苦情が来ないか心配だわ」とどこか満更でもない表情で愚痴るようになったみかづき荘。
いろはと普段寝泊まりする寝室で机に座り、手にしたプリントを前にしたういはむむむと頭を悩ませ渡された課題の中身を決めあぐねてる。
普段の宿題でういたちのこなしているものとはやや勝手の違った問題。課題を受け取るなりクラスの友だちが口々にどのようにするかを言っていたことを思い返しながら鉛筆をプリントにつけるかつけないかのところで彷徨わせる彼女の表情は浮かなかった。
「うーん……。クラスのみんなすぐに決められていたの凄いなあ……、私はどうしよう……」
僅かな沈黙――。静かに考え込んでいたういの脳裏を過ったのは、本当の兄のように――あるいはそれ以上に慕っている年上の少年の横顔。
「……お兄ちゃんに、聞いてみようかな」
ふと浮かんだ案は言葉は驚くほど自然に口からこぼれでた。
思い立ったが吉日。ういは椅子から立ち上がるとパタパタと軽い足取りで部屋の扉へ駆け寄り、そして手をかける寸前で思い出したように動きを止める。
――お姉ちゃんとくっついているタイミングで邪魔しちゃったりしないかな……?
シュウといろはが、自分が半魔女となっている間により仲を深めていたことはういもすぐに察していた。
……そして、シュウといろはは2人きりの時間を捻出しようものならば必ずといってもいいほどべったりとくっついて存分に甘いひと時を過ごすのだということも。
普段から2人とも忙しいんだしせっかく2人きりのところを邪魔はしたくないなあと、シュウが聞けば失笑して「ういの用を俺たちが嫌がるわけないだろ」と口にするようなことを考えては逡巡する素振りをみせたういは、やがて一度様子を見てから相談するか決めることにするとシュウの部屋に向かい階段を降りていく。
時刻は間もなく5時を迎えようとしている頃か。先輩魔法少女のやちよはモデルのお仕事、フェリシアとさなはマギウスの翼で仲良くなった魔法少女と遊びに行っているようだった。
いま、みかづき荘にはシュウといろは、ういの3人しかいない──。ういより少し遅れて帰ってきていたシュウといろはは、リビングかシュウの部屋で過ごしているはずだった。
「……お兄ちゃんの部屋かなあ……?」
呟きながら、なんとなしに忍び足になって廊下を進む。シュウにあてがわれた寝室、閉じられた扉の前まで進んだういは耳を扉に押し当て内部の様子を伺おうとして──。
『んっ……、うっ、くぅン……。あぅ、ぁッ……』
「⁉︎⁉︎」
心臓が飛び跳ねそうになった。
『シュウ、くん、そこは……ひゃっ、あ゛ッ……』
『凄い声出すなあいろは、ここ弱いの?』
『んっっ、だっ、てぇ……! あっ、シュウくっ、そこっ、やめっっ……!』
(あわあわわわわわわ⁉︎ お、お姉ちゃん⁉︎ さ、流石にこんな、想定外だよっ⁉︎)
かあああっと、かつて高熱に魘されていたときに負けず劣らずの勢いで頰を紅潮させるういは様子見だけに済ませるつもりだったのも忘れ扉の前で硬直する。部屋のなかから響く最愛の姉の喘ぎ声……痛みを堪えるような、くすぐったがるような声音に甘く、熱いものの混じったような声を耳にしながら、ういは離れることもできずに聞き入るしかなかった。
『そぉらここをほぐしていくからなぁ……、痛いってなったら言ってくれよ』
『っっ、くぅ……! だ、大丈夫……』
(きゃーー、きゃーーーっ)
カーテン越しにその光景を見たことはあった。みんなで旅行にいった夜、いろはとななかに覆い被さるようにして少年がその身を貪る様子を、輪郭だけは。
けれど、いまもシュウに愛されているのだろう姉の声は、初めて聞くもので──、ばくばくとうるさいくらいの鼓動を刻む心臓を意識させられながら懸命に息を潜めるういは、半ば扉に張り付くようにして内側の様子を伺う。
(……あれ?)
途端に部屋のなかでは意地悪く笑っていたシュウの声が止まり、時折喘ぎ声を漏らすいろはの息遣いだけが響く。
どうしたのだろうと疑問符を浮かべたういだったが、彼女が何かしらの反応を見せる間もなく動きがあった。
『……うい、どうかした? いるんだろ』
「ひゃわっ……⁉︎」
ば、バレちゃった……!
うい、いるの……? どことなく気怠げな姉の声。艶めかしいものをそこに感じずにはいられないういが何も返さずに硬直していると、扉の向こうでぎしりとベッドを軋ませたシュウはあっさりとした調子で声をかけた。
『うい、そんなところに居ないでおいでよ。なにか用事があるんじゃないか?』
「え、ぇぇええ⁉︎ はっ、入って、いいの……⁉︎」
『……? そりゃ構わんけど……あ、ういもいろはとやってみるか?』
『ん、うい……どうしたの、おいで……?』
「⁉︎⁉︎ お、お姉ちゃん、と……っ⁉︎」
立て続けの爆弾発言、容易くキャパオーバーに達したういの頭は既に沸騰していた。目をぐるぐるとしてあうあう呻いたういは、自分と姉があられもない姿で重なり合う姿を幻視して──震える手で、ドアノブを回す。
シュウの寝室でベッドに寝転がり恋人に足を揉まれていたいろはは、きょとんとした顔で真っ赤になって入ってきたういを見ていた。
「…………あれ?」
「うい、どうかしたの? そんなに真っ赤になって……」
「え、ぇっ。だ、だって、その、お姉ちゃん。さっき、すごい声してたから、どうしたのかなって思って──」
「へ……? そ、そんな声出しちゃってた……?」
「いろはの声結構すごかったぞ。特に肩とか足とかマッサージしてるときとか」
「そ、そうだったの⁉︎ シュウくん言ってよお……」
マッサージ。
マッサー、ジ……?
「ああ、うん。最近いろはも肩が凝ってるみたいだったからな。いろいろと忙しかったこともあったし……。マッサージの本とかも買ってちょっとかじったからさ、肩揉みと、あとついでにツボとかも実践させてもらってたんだけど……」
………………。
沈黙。言葉を失い眼前の状況と、ふたりの言葉から得られる情報を擦り合わせ、それが真実であることを悟り。
扉の前で自分がしていた妄想を思い浮かべたういは、ボン!と音を立てて爆発した。
「う、うい⁉︎ どうしたの、何かあったの⁉︎」
「まっ、さージ。そ、そっかぁ、マッサージだったんだ、はは、えへへ……、ご、ごめんなさっ、いやそのっ。そんなっ、えっちなことしてたって考えてた訳じゃあ……ひゃわああああああああっ⁉︎ おにいちゃ、なに⁉︎」
「落ち着けってうい。な? そんなふうに慌てられたらなにを伝えたいのかもわからないぞ。もしかしてだけどなにか用事があって来たんじゃないのか?」
「あっ……」
直前まで自分のマッサージを受けていたいろはの声、扉の前で立ち竦んでいた妹分の不審な気配に察しがつかないではなかったが、魔法少女2人を手篭めにする悪漢にも情けの心はあった。くすぐって動揺するういを落ち着けたシュウの助け舟に、息を荒げ目を瞬いた彼女はぶんぶんと首を縦に振り頷くと手にしていたプリントを見せる。
「う、うんっ!これ……担任の先生に渡されて、考えてきてねって言われたんだけれど……よくわからなくて……」
そう言いながら見せてきたプリントを受け取り、中身に目を通したシュウ。ベッドに腰を乗せるいろはに誘われて彼女の膝上に座ったういと向かい合うように椅子に座った彼は感心したような顔をして、すぐに難しいものをみるように渋面をつくりその内容に唸った。
「……将来の夢。どんなことをしたいか、かあ」
「ういは、何か気になってることとかあるの?」
「うーーん……それが、ちょっと……」
私、将来のこととか。今まで、ちっとも考えられていなかったから……。
そう溢した言葉に。彼女を膝上に乗せて話を聞く態勢にはいっていたいろはは、驚いたように目を見開いていた。
「うい……」
「学校のみんなは、すぐに自分の目標を言えてたんだ。パティシエになりたいとか、サッカー選手になりたいとか、消防官になりたい、とか。だけど私、いざどんな風になりたいか、想像してみても……なかなか、わかんなくって……」
──未来のことなんて、よくわからなかった。
──学校にいくことも、外でみんなに混ざることもできないで病院にいた私は、きっと。何もできずに、いつか死んじゃうんじゃないのかって思ってしまっていたから。
──けれど、いま、私は。お姉ちゃんに、お兄ちゃんに、みんなに助けてもらえて想像もつかなかったような
「……病院にいた頃もねっ、やりたいってことはいっぱいあったんだよっ? ハイキングにみんなでいったり、海でまた遊んだり、神浜市をみてまわったり! だけど、こうして元気になって、前では想像がつかなかったようなたくさんのことができるようになると──私は、将来どんな風になりたいんだろう? って──」
ういの視界の外、恋人からそっとティッシュを渡された少女が蚊の鳴くような声で「ありがとう」と囁き、嗚咽を隠すように鼻をかむ。
将来のことを懸命に考える妹を膝上に乗せ、ぴったりとひっつくいろはの様子を穏やかな表情で見守っていたシュウは口元に笑みを浮かべてはういの頭を撫でた。
「おにい、ちゃん?」
「……そっか、そうだよな。病気もなくなって、できることが増えたばっかりって時期に、将来のことを聞かれると……そりゃあ悩むよな。周りのみんなが将来のことを考えてるとなるとなおさら」
「うん。灯花ちゃんは学者さんでしょ?ねむちゃんは小説家で……みんな、ちゃんと考えてるのに──」
「いや、あの2人は相当特別な部類だからな……。寧ろ誰だって同じ境遇なら悩みもするさ」
苦笑を滲ませる彼の手は、温かくて、ごつごつしてて、大きかった。
優しい手つきで頭を撫でてくる手にくすぐったそうにしながらはにかむういに、少年は淡く微笑んだ。
「実はさ、将来のことは俺も思いっきり悩み中だ」
「えっ、お兄ちゃんが……? どうして? それこそお兄ちゃんならプロ野球選手とか……」
「まあそのつもりで動いてはいるんだが……大事なのは働くことだけじゃないから、いろいろな。今んところ覚悟だけじゃどうにもならん問題があってさ……。婆ちゃんには何かしら考えがあるみたいだけど、俺も俺で調べておかないことはあるし……」
「……」
「……?」
言いにくそうにしながら困り顔をするシュウ、ういの背後で身じろぎするいろは。女の子の直勘にひっかかるものを覚えるもののその答えを見出すには至らず、疑問符を浮かべるういは問いかけようとしたが──それよりも早く、いろはへ視線を向けた少年は悪戯っぽく笑いながら聞いた。
「いろはは将来どうしたいとかあるか? 確か前は、看護師さんになりたいとか聞いた気がするけど……」
「えっお姉ちゃん看護師さんになりたいの⁉︎ 初めて聞いたよっ、どうして?」
「わわっ。……あれ、私シュウくんに言ったことあったっけ? うん、確かに私看護師さんになりたいって思ってたときもあったけど……いまは、どうだろ。もっとなりたいのが、ひとつあるから……」
「──」
ちらりと、向かい合う少年を見つめたいろはの熱っぽい視線。
それを見たういの女の勘は、今度こそ悟った。
──あーっ、お姉さまぜーったい『シュウくんのお嫁さんになりたい』とか考えてるでしょ! ずるいずるいっ、私もお兄さまのお嫁さんになりたい! ……え、一夫多妻は日本じゃダメ? なに言ってるの、ウワサの力も借りちゃえばこの国の法をいじるくらい簡単なんだからねっ!
(……なんて、灯花ちゃんみたいに言えればいいんだけどなあ……)
幼馴染が如何にも言いそうなことを想像しながら、物憂げに息をついたういは柔らかな感触を後頭部に感じつつ眼前のシュウを見やる。
(……灯花ちゃんも、ななかさんも凄いなあ)
お兄ちゃんからこんな表情を引き出せるお姉ちゃんに張り合う勇気なんて、私には出せないよ……。
皮肉抜きに、心からの尊敬だった。
ういが気付いたことで、灯花やななかが気付けていない筈がない。
近付けば近付くほど、惹かれれば惹かれるほど、異性としてみてもらいたくて、恋仲になりたくて攻勢をしかけるほど……ましてやななかのようにくっついてしまったなら、尚更
仮に、異性として意識しあって。恋人になって。あるいは、更に関係を深めても──シュウの1番は、いろはだ。
……ななかも、灯花も、きっとねむも。
初恋のひとから、1番をもぎ取ろうとは考えてはいない。取れない。奪えない。
けれど、それでも──好きになってしまったから。その気持ちを裏切らなかったから。努力して、攻勢にでて、勇気を振り絞って──近付くほどに理解する『差』を突きつけられながらも、シュウに好意を伝え続けているのだろう。
きっと、ういは。
その『夢』を、彼女たちのようにして胸の裡から出すことは──。
「焦ることはないよ」
言い聞かせるように、彼は口にした。
「やりたいことも、なりたい自分も。ういが好きに決めて良いんだ」
「──」
「病院にいた頃のういじゃできなかったかもしれない。でもさ。今はどうだ?」
年頃の少女らしく肉のついた頬、熱をよく灯すようになった顔色。好きなところへいくらでも駆け出していけるようになった身体。
──多分それは、心だって変わらないと。シュウは笑った。
「ゆっくり悩んで良いんだ。焦る必要はない、ちょっと前まではそれさえも難しかったかもしれないけれど、ういには……いまの魔法少女には、十分な
「シュウくんってば……」
「この宿題、相当大事だとは思うぞ。でもだからこそ、そう無理に決めなくたって良いだろ?こういうのはどれだけ時間をかけたっていいんだ。……ういの将来のことだもんな」
いろんな場所に行って。たくさんのお店を、催しを、見て回って。遊んで、勉強して、見学して──。
「そうしてなりたいってういが決めたものに、間違いなんてあるはずはないんだから。あとはそれに向かって一直線に進めばいい」
「だから、ゆっくり考えればいいさ。……ういがマギウスとして神浜の魔法少女の未来を守ったように。俺も、ういの未来は守るから」
──。
無言で、ういは顔を覆った。
「うい?」
「お兄ちゃん。……ほんっっっっと……わかってない……」
「え゛、 なんか不味いこと言った?」
「もぉぉぉぉ……」
本当に、このひとはわかってないと思った。
大好きで、恋していて、でも周りが強すぎて正直諦めたい気持ちもあって、けど諦めきれなくて──、本当に、本当に大好きで。
そんな相手から、こんなふうに励まされてしまって。とんでもなくときめくことを言われてしまって。言われた側が、どれくらい感情をめちゃくちゃにされてしまうか──まったく、わかってない。
「……でも、ありがとうお兄ちゃん。……ちゃんと、考えてみるね」
「お、おう」
「宿題も、なんとか考えてみる。……中学生になるころには、将来のこともちゃんと決めたいな。お姉ちゃんやななかさん、灯花ちゃん、ねむちゃんとも相談して」
「えっと、俺には……?」
「……ナイショ」
将来のことは、ちゃんと考えることに決めた。
それはそれとして、この恋にも全力でぶつかることに決めた。
「お姉ちゃん」
「うん」
「──負けないからねっ!」
「……うん。私こそ」
釈然としない表情をするシュウを置いて駆け足で部屋を飛び出して行ったういを、いろはは微笑みを浮かべながら見送っていた。
スイッチが入ったかのように熱を燃やしていた妹分。その後ろ姿を見守りながら僅かに困惑する少年は、助けを求めるように恋人に視線を向けた。
恐る恐ると問いかける。
「……進路の話、だよな? 俺は間違ったこと言ってなかったよな?」
「ごめんなさい、致命傷だったと思う」
「⁉︎⁉︎」