環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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柊ねむは恋してる

 

 3年前

 

 

 

 その日の夜。病室の窓から街の様子をみれば、街の活気が手に取るようにわかった。

 

 神浜市の高台に位置する里見メディカルセンターは、ある程度の高さからなら街全体を一望することのできる。周囲を山に囲まれ、緑豊かな自然に囲まれた病院は景色の良さも評判だった。

 そして院長のひとり娘である灯花はその立場を存分に利用し、親友である環ういと柊ねむも巻き込み一番広くそして眺めのいい部屋を3人で確保。結果としてその病室は本の山、実験器具や電子機器、ぬいぐるみと各々のベッドを中心に少女たちの好みのくっきりと浮き出た空間を形成していた。

 

 ──その日の夜、ういと灯花は病室にはいなかった。

 

『……はあ』

 

 神浜市を一望できる窓から温かな賑わいを発する街の一角──水名神社がある方面を見つめるねむは、明確な落胆を滲ませ嘆息する。

 病室の壁には、数週間前に症状の悪化から持ち直したういが個室での療養から戻ってきたときに嬉々として張り出した夏祭りのポスターがある。

 

『みてみてっ、ねむちゃん灯花ちゃん! 今度の月末に水名神社でやる夏祭り、このまま調子を取り戻せたらお兄ちゃんとお姉ちゃんが連れて行ってくれるってっ、一緒に行こう!』

『へぇ~っ。……お祭りかあ。行ったことなかったかも……』

『楽しみだね。……浴衣とか智江お婆さんにお願いしたら着せてもらえるかな』

 

 ――そしてその1週間後、ねむは病状を悪化させ数日もの間呼吸器のお世話になっていた。

 当然、夏祭りの予定はご破算。体調こそなんとか持ち直したものの担当の医師から外出の許可をつかみ取ることは叶わず、ねむはひとり病室で安静に過ごすこととなる。

 

「はぁ……」

 

 最早大好きな本を読む気にもなれない。物憂げに溜息をついて夜景を見下ろすねむは、祭りが催されているのだろう神社の方を見つめ名残惜し気に瞳を伏せた。

 

 この病室に、親友であるういと灯花はいない。

 暗黙の了解だ。大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃん、自分たちの家族、お菓子をふるまってくれる顔なじみのお婆さん――。大好きなひとたちが自分たちのために予定を組んでくれたイベントに参加するにあたって、少女たちは遠慮を許さない。

 3人全員で遊びにいけるのならそれが一番だろう。しかし彼女たちの容態はそう都合よくはいかない。病状を悪化させたひとりが取り残されようとも、逆にひとりを残し全滅してしまったとしても、それに引け目負い目を感じて折角の機会を諦めることを許さずに自分たちの分も楽しんできて欲しいと送り出す――。

 容態を踏まえれば必ずしもみんなで一緒にというわけにはいかないういたちは、そういう結束のもとたとえみんなで参加することができなくとも残る者たちで1日1日を全力で楽しもうと決めていた。

 

 今頃ういと灯花は最愛の姉たちに連れられて一緒に夏祭りを楽しんでいることだろう。

 当然、2人を送り出していったことに後悔はない。ない、が――。

 

「……」

「……………………僕も、行きたかったなあ」

 

 小さな囁き声。窓から景色を眺めながら言葉を絞り出したねむは、溜息を吐いてはベッドに潜りこもうとして――。

 

「なんだねむ、もう寝るのか」

 

 ここにはいない筈の、少年の声が聞こえた。

 

 がばっと身を起こした少女が視線を向けた先、がらがらと扉を開いて病室に足を踏み入れていたのはラフな格好をした黒髪の少年。今もいろはや灯花、ういと一緒に夏祭りを楽しんでいる筈だったシュウが顔を出してきたのに自分の目を疑って何度も瞬きを繰り返すねむは、声を震わせ問いかけた。

 

「な……、なんで、お兄さんがここに……、え。灯花とういは……?」

「2人は一旦いろはに任せてる。体調も安定してるみたいだったし、もし何かあっても俺ならすぐにとんぼ返りして病院まで送ることもできるからな。心配しなくても祭りにはすぐ戻るさ。俺がここに来たのは単におみやげと──ねむが寂しがってそうだってなんとなく思ってな。当たりだろ?」

「──」

 

 紙袋を見せつけるように持ち上げながら少年の浮かべた悪戯っぽい笑顔に一拍遅れ、図星を突かれたねむの頬がかあっと紅潮する。

 彼の目線から逃れるように手元の本で顔を隠す妹分の様子に楽しげにシュウは笑い、持ってきた紙袋をねむの机の上に置く。

 

「……それは?」

「まあ、気休めさ。連れて行くことはできなかったけど少しでもお祭り分けてやりたくってな。今回食事制限そこまで厳しくはなかっただろう?」

 

 そう言ってシュウが取り出したのは薄い包み紙に覆われたりんご飴だった。テラテラとした紅い飴は照明の明かりを反射して光ってみえる。内側の果実を透かして見ながら目をぱあっと輝かせるねむは、はいと手渡されたりんご飴とシュウの顔を交互に見比べて唇を震わせた。

 

「ぇ、い、いいの……?」

「おう。他にもいろいろあるぞ? 射的でいろはが獲ったぬいぐるみ、俺が獲ったトランプと、ああこの袋の中には詰めてもらったわたあめあるからべたべた気をつけてな、それと……」

「ちょっとそんなにいきなり渡さないでよ、もうっ……。…………むふ、ふふふ……」

 

 よく見たら思った以上にぎゅうぎゅうに詰め込まれていた紙袋から次々に戦利品を取り出しては押し付けてくる彼に困惑しながらも、その口元に浮かんだ笑顔はどうしても隠し切れないでいた。「はいこれ」と袋から取り出したアニメマスコットの仮面を側頭部に取り付けられくすぐったそうにするねむは、穏やかに微笑みながら頭を撫でてくるシュウににへらと弛みきった笑みを浮かべぎゅうとおみやげの数々を抱く。

 

「お兄さんありがとう、すごく嬉しい。……ありがとう……」

「喜んでくれたならよかったよ。……ん、顔色もよさそうだな。もってきたお菓子は自分のペースで食べるといいよ、もし食いきれないとかあったらういや灯花が帰ってきたときにでもシェアすればいいしな。俺は一旦祭りに戻るけどなにかあったらいつでも――」

「もうっ、大丈夫だから早く行きなよ。ういたちだってお兄さんと一緒のお祭り楽しみにしてたんだからね」

「はいはい。じゃあまたなー」

 

 

 ……好きだなあ。

 

 

 ひらひらと手を振りながら病室を出て行ったシュウ、その後ろ姿を見送るねむはお土産を片手で抱えながら潤みかけた目元をもう片方の腕で拭う。

 先程まで自分の頭を撫でていたあのひとの手は大きくて、温かくて。こちらの体調を確認して安心していたあのひとの眼は、本当に優しくて。

 

 

 ――うぉおっ、凄い咳だな!? 君大丈夫か、よしちょっと我慢してくれよ、すぐに先生のところ連れて行くからな……!!

 

 ――ああ、ねむちゃん。この娘がういの友だちか! 久しぶり、こないだは……ああそうそう名乗ってなかったっけ。俺は桂城シュウ! いろはとういのお隣さんだ、よろしくな!

 

 ――へえ本が好きなんだ。よくもまあこんな分厚い本読めるよなあ。……ええ読み聞かせぇ、俺がぁ? まあいいけどさ……。

 

 ――図書館いきたいんだ。じゃあ今度行こっか? ……んー、運動するわけでもないし俺なら救急車より10倍速く往復できるしなんかあってもまあなんとかなるだろ。嘘つき? いや嘘じゃねえって! ……10倍は流石にサバ読んだかもしれん。まあ先生にOKもらったらおぶってやるよ。

 

 ――小説書いたの!? すっっげえ! 見せて見せ……へ、ラブレター? 灯花なんのこ――こら喧嘩やめい! ねむステイ! ステイ!

 

 

 本当に、本当に――大好きだった。

 

 

「……んむ」

 

 暫く夜景を眺めていたら、ぱっと夜空に華が咲いた。

 

 ぽん、ぽんと砲声をあげては宙へと飛んだ玉が炸裂し、色とりどりの花火をもって夜を彩りだす。

 きっと祭りに訪れた人だかりに紛れて親友や大好きなお姉さん、初恋のひとも見ているのだろう花火の数々。それを病室から眺めながら、ねむはシュウから渡されたりんご飴を口にする。

 

「……甘酸っぱい」

 

 口にする菓子は、恋の味がした。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「……ない」

「ない、ない、ないないないないない……、え、嘘あれどこやったっけ、まさか図書館か会議室に……いやそれこそまさか、でも僕の部屋にもなかったし――」

「あれ、ねむどうしたのー?」

「!!!!???? い、いやなんでもないよ灯花、ほんとだよ」

 

 魔法少女の秘密基地として改装を繰り返され、年頃の少女たちのニーズに応えた用途様々な快適空間を搭載するホテルフェントホープ。

 そのうちの一室、自分用に設置している落ち着いた内装の書斎にて机のうえを漁っていた眼鏡の少女は背後からかけられた声にびくりと肩を震わせる。恐る恐ると背後を振り返ったねむの瞳は、きょとんと眼を丸くしながら近づいてくる親友の姿を捉えた――。

 震え声の否定。明らかに不審な様子に「いやなんでもないなんてことはないでしょ……?」と訝し気に視線を向けていた灯花は、物凄く気まずそうにするねむの様子に眉根を潜めながらもひとまず要件を伝えることにする。

 

「まあいっか。ねむっ、お姉さまたちが今度歌う新曲の話だけど――」

「あ、ああうんその話ね。今日渡すって約束だったよね、もう作詞は済ませてるからウワサに取り込んでもらって作曲してもらって――」

「――そうそう、そこの机のうえにあったやつ! さっきもらいに来たときいなかったでしょ? 私があるの見つけてウワサのところまで持ってったから大丈夫だよっ、素敵なラブソングだよね! たまたま顔を合わせたお姉さまたちからも評判で――」

 

 え。

 

 ぴたりと凍りつく少女。うん?と灯花が首をかしげるなかで壊れたロボのようにぎりぎりと動きを軋ませながら首だけを動かし幼馴染を凝視するねむは、震えた声音で問いかける。

 

「お、置いてあった? ここに? あ、あった、あの用紙を?」

「そうだけど……え、なに不味かった?」

「…………………………………………………………………………………………………あ、あああ」

 

 無言で顔を覆う。ぷしゅーとなにかがショートして耳の穴から煙をだす。真っ赤になった顔はいまにも燃え出しそうだった。

 

「………………………………と」

「……あ、もしかしてねむアレって」

「うわーーーーーん灯花のばかああああああああああああああ!!!!」

「きゃあああああああああ!!?? お兄さま助けてーっ、ねむに殺されるーーー!!」

 

 その日、フェントホープはマギウスで起きた内乱によって居住区の3割を削り取られた。

 唐突な乱心、防御機構のすべてを手中においての大暴れをしていたねむを取り押さえたシュウはビームと凶器の飛び交う混乱を招いた原因となった文面を確認しようとしたものの、泣きの入ったねむのために結束したいろはとななか、灯花、ういに襲われ更なる混乱を招くことになるのだが――それはまた別の話である。

 

 

 

 





「きっと、僕たちはね。お兄さんに恋なんかしちゃった時点でとても正気じゃいられなくなっちゃったんだ」
「責任、取って欲しいなあ。結婚してくれないかなあ」
「……はあ」
「………………お兄さんのせいだもん……ぐすん」

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