環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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誰も知らない未来

 

 雲が裂かれる。

 嵐が虹に祓われていく。

 ──倒様(さかしま)の巨体が、散り散りになって消えていく。

 

 それを成した桃色の髪の魔法少女は、大砲撃を補助した妹たちに囲まれて安堵したように笑っていて。魔女の防御を剥ぎ取るも衝撃波を浴びて海に堕とされていた少年が海岸に流れ着いているのに気が付くと大慌てで駆け寄っていく。

 

「もう使い魔もいなくなったみたい? さっきの凄かったなあ……、ほむらちゃん?」

「……本当に」

 

 まばゆい虹の下で、最強の魔女を打倒した魔法少女たちが笑っている。恋人に膝枕をされながら治癒される少年も、暗雲が裂かれて差し込んだ日差しを浴びながら穏やかに笑っていた。

 何もかもがめちゃくちゃにされてしまうような脅威を見事討ち果たしたのけた立役者のそんな姿に、ぽつりと。

 

 信じられないようなものを見た心地で、呻く。

 

「本当に、ワルプルギスの夜を倒しちゃった……」

 

 あの日。

 私の世界は何の断りもなく、無遠慮に、乱暴に、拍子抜けするくらいの勢いで救われた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふう」

 

 ある程度は空調の効いていた安全圏を出た瞬間襲い掛かる、ジリジリと照り付けるような夏の日差し。片手をもちあげて目元を陽光から庇うほむらは一筋の汗を流しながらあたりを見回す。

 待ち合わせの場所まではもう少し歩く必要がある。これだったらもう少し前の時間帯か日の暮れだすあたりにでも予定を合わせておけばよかったなとほんのり後悔する黒髪の少女は陽光を前に眩しげに目を細める。

 

 嘆息する彼女が思い返すのは、先輩の魔法少女の自宅でした仲間たちとのやりとりだった。

 

『えっ、暁美さん明日神浜市に行くの? ……ううー、私も予定がなければ一緒に行きたかったけどなあ……』

『神浜行くの? だったらあの桂城ってヤツに一言がつんと言ってやってよ、カミハマギカの特番「蒼天☆サマーバケーション」……折角私たちのチョイスしたマミさんの水着姿がお蔵入りとかありえないんだからっ!』

『み、美樹さん落ち着いて――。あれはその、ちょっと人には見せられない仕上がりになっちゃったというか……そのうちもっとちゃんとしたのが公開される筈だから……』

『直談判したら関係者枠で映像もらえそうだよな。ほむら行って来いよ、皆で見ようぜ!』

『佐倉さんってば……!』

 

 ――ワルプルギスの夜を打倒して、ほむらの周りでは多くのことが変わった。()と比べても遥かに。

 

 マミは友だちが増えた。神浜市にてマギウスの翼として活動していた頃に助けた魔法少女たち(ファンクラブ)からも熱心に慕われ魔法少女の仲間との交遊も増えた彼女はかつてと比べても目に見えていきいきとして生活している。最近はまどかの推薦でアイドルグループに加入、慌ただしくなった日常をそれでも楽しんで過ごせているようだった。

 杏子は暫く前から実家のあった場所の近隣にセーフハウスを構え衣食住を確保したようだった。マギウスで「アルバイト」をした報酬に用意してもらった秘密基地らしい。天涯孤独の身の上だった彼女は生きるために()()()()のことをしていたようだったが、今となっては彼女が手を汚す必要もないだろう。

 さやかは……魔女化『は』していない。恋愛は異性経験ゼロのほむらから見てもわかるくらいには初心で奥手でダメダメだったが。少なくとも生きて友人たちと笑い合い、未だ成就も玉砕もしていない恋に悩むことができているのならまあ幸せといってもいいだろう。

 

 まどかは――。

 

『ほむらちゃん、私――マミさんをアイドルにしてくる!!』

『マミさんとオーディションに行って智江お婆ちゃんと桂城さんと話してたらプロデューサーになってもらえないかって言われちゃった! カミハマギカっていうんだけどマミさんも入れて今は4人、あとひとりかふたり入れてのグループで考えてるんだって! ほむらちゃん、アイドルやってみる気は――そっかぁ……』

『時代はFP(フレポ)! マギアストーンは運営で独占……しようと思ったら普通にきちんと給料振り込んでるんだね……桂城マネージャーになにやってんだコイツって顔されてしまった……』

『くっうう……!最高の()が撮れたというのにっ、当事者からのOKが出ない……! 今時お色気路線はどこでだってやってるのにっ、いや際どいのはわかるけど、わかるけどぉっ……レナちゃんたちの前にまず桂城くんからなんとか説得しなきゃ──』

 

 …………変な電波でも浴びてしまったのだろうか? いや、まあやや頭身も小さくなってサングラスに黒スーツ装備になるのはカミハマギカと関わってる間だけだし……普段は普通に可愛い明るい家族思いの鹿目さんだし……。ちょっぴり残念な感じになってたとしても鹿目さんは生きてくれてるだけで世界を照らしてくれているから……。

 現実逃避気味にそんな思考をしながら数日前から家族と旅行にいっている親友に思いを馳せる。これまで()()()()惨劇を思えば魔女化もなし、魔女に殺されることもなく仲間たちが暮らすことができている時点でこれ以上ない状況ではあるのだ。

 

 現状以上の善き未来を掴むのなら、自分たちで努力しなければならない。

 ──破滅する末路しかなかった少女たちがそういう展望をもつことができている奇跡を、ほむらは掴み取れていた。

 

 今日待ち合わせをする彼もまた。紛れもなく、そうした未来を築きあげる一因を担ったひとりだった。

 袖の短いシャツにパンツとラフな服装をした黒髪の少年。待ち合わせ場所にやって来たほむらに気付いた桂城シュウは穏やかに微笑んでは片手をあげ挨拶を交わす。

 

「や、ほむらちゃん。久しぶり──ってほどでもないか、先月にもカミハマギカまわりの会合でまどかPに付き添ってた、し……」

「こんにちは、桂城さん。……どうしたんですか、その顔」

「……いや、気のせいかななんかほむらちゃん存在感が……重くなった……?」

 

 黒髪の少女はただにこやかに微笑んだ。

 

 ピシッ、ピキ、ぴきぴきビキ……。

 

 自身の零した失言に気付いたシュウが口元を引き攣らせる。両手をあげ落ち着け落ち着けとジェスチャーをする彼は一歩二歩と後ずさりながらただならぬ気配(オーラ)をズズズと片腕に集める彼女に弁明した。

 

「待て待て待て悪かった、謝るから落ち着いてくれ、な? ――ほむらちゃん罅割れてる世界ちょっぴり罅割れてるから!! 君そんなヤバそうな力持ってたっけ!?」

「えっ、あっ、ごめんなさいつい……?」

「ついでそんなやばそうなオーラだすことあるんだ……」

 

 その五指を中心に空間をぴしぴしと罅割れさせていたもののどうにか頭を冷やしてくれたほむらと示談に持ち込んだ少年は内心で肝の冷える心地を覚えながらほっと息をつく。失言の対価はダッシュで買った冷えたスポドリが一本……何事も話し合いこそが正義だった。

 

「今日はほむらちゃんうちの婆ちゃんと会う約束してるんだっけか。最近はプライベートでもよく神浜通ってるって聞いたけど」

「はい。鹿目さんのお手伝いもありますけど、暫く前から私魔法を使()()()()()()()()()……いまはその分の補填をするために調整屋さんのところに通っているんです」

「そりゃいいや。……あーそれじゃあ象徴の魔女ンところで資源(ジェム)集めもやってんのか。繁殖した使い魔相手してる分にはまだいいけどもし『本体』見つけたら言ってくれよ、ヤツが神浜にいるのは確かなんだがマギウスの人員でくまなくパトロール重ねても一向に見つけられなくってさ……」

 

 駅前の広場から路地を進む2人。彼らが向かうのは神浜市の外れにある鏡の魔女によって構築された迷宮(ミラーズ)の方向だ。

 

 もっとも、今2人が入ろうとしているのは寂れた洋館に存在する魔女を封じた『出入口』ではなく年老いた魔法少女が密かに作った()()()の方なのだが――。

 

「そういえば巴さんから聞きましたっ。環さんと、常盤さん……ですよね。お2人と、そのォ……」

「あっうん。婚約したよ」

「……わぁぁっ」

 

 驚きが7割、祝福が2割、ドン引きが1割くらいはありそうな声音での反応だった。

 ほむらと並んで進む少年はあっさりとした調子で左手を見せる。ごつごつと節くれだった彼の五指、その薬指には紛れもなく銀色の指輪がはめられていた。

 

「一夫多妻って日本で許されてましたっけ……」

「戦国時代あたりならまあまあ居たと思うけどな」

「生まれる時代間違えたんじゃないですか?」

「そうかな。俺としては特段文句はないぞ、いろはたちに逢えたのは今この時代に生まれたからこそだし――、なんだその顔」

「……いえ、ただ――」

 

 少しだけ――(ねた)ましく、なってしまった。

 

「――なんでもないです。ただ……桂城さん、ちゃんと恋人のこと好きなんだなあって」

「そりゃあな。好きでもなきゃずっと一緒に居る気にはなれんだろ」

 

 首からぶらさげるネックレスに指で触れるシュウの目元は和らいでいた。

 遠く離れた実家で頬を紅潮させるいろはがびくっびくっと身を震わせながら訝しむ家族を必死に誤魔化すのも露知らず。最愛のひとから預けられたソウルジェムを指先で撫でる少年は穏やかに微笑む。

 

「まあ、社会的なあれそれを解決する目処もないわけじゃないからな。いや、そのためにどうにかしなきゃいけない問題もひとつふたつはあるけど……18になったらちゃんとプロポーズするさ」

「――。………………そっか」

 

 硝子細工でも触れるかのような手つきで触れるネックレスを目にしたほむらは信じられないものを見たようにその様子を凝視し、やがて複雑な感情でないまぜになった笑みを口元に浮かべ呟く。

 

 ――ほむらは知っている。知らない筈などない。

 その宝石が何か。ソレを他人に預けるまでにどれだけのハードルを越えなければならないのか。ソレを渡したのが婚約まで交わした異性だということが、どういう意味を指し示すのか。

 

 彼だって、わかっているのだろう。

 それが、果たして――どれだけの重みが、どれだけの想いが籠められた末の行為なのか。

 

「……凄いですね、本当に」

「うん?」

「いえ、こっちの話です」

 

 そんな話をしている内に『勝手口』に到着したようだった。

 

 路地の突き当たりで立てかけられた鏡。その鏡面に片足を()()()()()少年は、そこでふと黒髪の少女に視線を向けなんでもないことのように問いかける。

 

「それでさ、()()()?」

 

 

 にこりと、眼鏡をかけた黒髪の少女は微笑んだ。

 

 

「いつから……いえ、最初から()()。どうしてわかった()?」

「いやまあうん……なんとなくとしか……? 強いていえば気配がふたつくらい重なってる気がした、からかなあって……」

 

 猫を被るのはやめたのか。いつの間にか眼鏡も外していたほむらの顔をした誰か――いや、()()()()()()()()()()? 訝しんで目を細めるシュウに無害をアピールするように両手をあげた彼女は柔和に微笑んでかぶりを振る。

 

「心配なんかしなくても、()()()をどうこうしたりなんかしていないわ。今は寝てるだけ。……お察しの通り、最近ちょっと間借りさせてもらったの。貴方のお婆さんと約束を取り付けたのも私よ」

「そりゃまた、随分な話だが……。んーー、うちの婆ちゃんがそれを知ってのうえで君を招いたって思いたいところだな。まあまあ切に。……それじゃあ、案内していいわけね?」

「ええ、私もお婆さんと話すのはかなり楽しみにしていたから。――勿論貴方と話すのも、ね? 桂城シュウ……」

「ああそう……」

 

 警戒こそ解いてはいても信用はいまいちできていないのか。胡乱そうに見つめるシュウに少女はと言えばクスクスと微笑むばかりだった。嘆息をしたシュウは観念したように目を瞑るとそのまま彼女を伴い鏡の奥へと侵入する。

 

 ――黒い羽根が舞った。

 

「……なるほど、そう来る」

 

 目を細めたシュウに彼女はといえば笑うばかりだった。

 

 大きく広げられた翼は鴉のような黒い色彩。薄手の黒いドレスと、肩を出すデザインの衣装から露わとなった白い肌。微笑みとともにシュウを見つめる彼女の瞳は爛々と魔性の輝きを宿していた。

 圧倒的存在感。本性をみせたのだろう少女の真の姿をまじまじと見つめる彼は、その華奢な身体に秘められた莫大な力を肌身で感じ取りながら眉を顰め呟く。

 

「イメチェンにしては随分冒険したんじゃないのか……?」

「……」

 

 笑顔ではあった。

 期待したリアクションではなかったのか、ややのしかかってくるプレッシャーが強まるのに肩を竦めた彼は自らが招き入れた秘密基地を先導し暁美ほむら(?)を老婆のもとへ連れて行く。

 

「……反応がそっけないのね」

「まあ時間をどうこうだなんて冗談みたいな魔法をもった娘が成長したらどれだけのモノになったとしてもおかしくはないっつーかな……。気配もえらい禍々しいし正直いうと結構ビビっちゃあいるけど……()()()()()()()()()()()?それならまあ敵意だの悪意だのに関してはそんな心配するようなことでもない」

 

 ぴしりと、周囲の空間を構築する鏡が罅割れた。

 黒い翼の魔法少女――いや、魔女も魔法少女も越した先にいるナニカに変じたほむらを中心にのしかかる重圧は鏡の魔女が座す迷宮内の鏡をぱりん、ぱりんと割り砕く。

 あるいはこの重圧は、本人がその気になれば丸ごとすべてを『握り潰す』ことも可能だろうと想像できるものだった。

 

「……随分と知ったようなことを言うじゃない、これといって(このこ)と密接な繋がりがあるわけでもないでしょうに――」

親友(まどかちゃん)が安穏と暮らしてる世界で他人をどうこうするような娘じゃあないだろ、君」

「………………………………まあ、それについては感謝してるわ」

 

 ――やっぱこの娘ちゃんとほむらちゃんだなあ。

 

 ベストコミュニケーションを叩き出した感触はあった。冷や汗が一筋頬を伝うのを自覚しながら薄く薄く息を吐くシュウは、図星を突かれたのか途端に威勢を削がれたほむらを横目で一瞥する。

 彼女の指摘した通り、シュウとほむらには別段深い親交があるわけでもない。ワルプルギスの夜、インブリオ・イブを中心とした騒動までの関わりなんてないも同然だったし、それ以降も会えば挨拶するくらいの知り合いに留まるくらいだった。

 だが――()()()()()()()()()()

 

 シュウはいろはで、ほむらはまどか。自分よりも何よりも優先する誰かが居る人間はわかりやすい。

 

「感謝って?」

「わかっているでしょう。……元気に中学3年生やれてるまどかなんて、どれだけ『繰り返しても』居なかった」

「……そう……。そっかあ……」

 

 わかりやすいのも問題だった。説明する気があるのかないのかもわからないような文言で眼前の少女の言っていることの意味を概ね察せてしまった少年は渋面で唸る。

 マギウス再編時にも責任をそこそこ押し付けておいてなんだがやっぱりキュゥべえが悪いんじゃないのかと思わないでもないシュウだった。

 もっとも、アレはといえば最近は神浜での活動を再び活発にしたのを確認されているようだが――。

 

「はい、着いた。この先に婆ちゃんは居るよ。……そんな心配はしてないとはいえ念のため言うけどさ、暴れないでよ? 誰も巻き込まない分には鏡の魔女くらい殺してくれてもいいけどさ」

「……どうかしら、コレ相手に周りに配慮できる自信は正直ないわ、本当にどうにかしたいなら貴方たちで頑張ってもらわないと」

「えぇ……」

 

 口元を引き攣らせたシュウの視線にくすくすと笑う少女は、仕方ないわねと掌を突き出す。

 

「受け取って。……1回だけ、力をあげる」

「おお、そりゃ頼もし――」

 

 

 視界が

 

      明滅する

 

 

 

「  お     ゛?」

「ごめんなさいね」

 

 黒、紅、白、黒、灰、黒黒白黒――。

 ぐちゃぐちゃになった意識の中で、自分がどうなっているのかにも気付かぬまま、視界のなかで■■は老婆の待つ部屋へと消えていく。

 

「言ってなかったけど私、実は悪魔なの」

 

「だからあげられるものも、そう便利じゃないのよね。貴方みたいなひとが持つなら猶更――もう聞こえてないかしら」

 

「でも――本当に私、感謝しているのよ。だって私この世界を見たとき――」

 

 本当に心から、泣けて笑えたもの。

 さよなら、桂城シュウ。またいつか逢いましょう? 今度は――全部終わったそのとき、この世界のどこかで。

 

 

 

 

 

「……なんだ、これ。黒い……羽根……?」

 





 ――こんにちは、お婆さん。

 鏡の迷宮を探索する前線基地としても運用される拠点、ミラーズの片隅にて。
 悪魔は、かつて魔法少女だった老婆と相対する。

「こんにちは、ほむらちゃん。今日は随分と雰囲気が――」
「……あら残念」
「?」
「貴方もう、鏡の魔女に取り込まれてるのね。ソウルジェムだって真っ黒じゃない」
「……ひひっ」

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