環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
一度だけ、鬼を見たことがある。
突然街中で私たちに襲い掛かった、神浜市の外からやってきた魔法少女のグループ。慣れない対人戦で防戦一方になっていたところに駆けつけてくれたあのひとは、腕をチェーンソーで裂かれた私と、角をはやした魔法少女の一撃で深手を負っていろはさんの治癒を受けていたフェリシアさんとを確認すると見たこともないような冷たい視線で襲ってきた集団を――プロミスドブラッドを睨みつけていた。
『……見た面だ、最近黒羽根を襲ってた連中だな。……ああお前らにも言いたいことがあるんだろ? わかってるわかってる、取り敢えず全員ぶちのめしてから聞いてやるよ。だから抵抗はやめろよ。俺も気が立ってるからさ……その面殴り潰さないで収めてやれるかやれるか、自信がねえんだわ』
『桂城、シュウ……!』
……結果として、その抗争は半月するかしないかの内に終わらされた。
シュウさんに勝てる魔法少女は誰もいなかった。敵対した魔法少女相手に多勢に無勢でも一切怯まず手当たり次第にグーで殴り倒して屍の山を築いていくあのひととまともに戦えたのは幹部格の数人だけで、そのひとたちも容赦のない大暴れを前にはどうにか退路を確保するのが精いっぱいだった。
そうして複数度の戦闘で勢いの鈍ったプロミスドブラッドの拠点が
いろはさんは独断専行したことで見たことないくらいに怒られて泣かされてたけれど。あんなに手酷く叱られて絶交の危機にまで発展したのに3日後にはしっかりシュウさんと仲直りしてたあたりいろはさんも負けず劣らず、こう……人たらしというか……罪づくりというか……。
プロミスドブラッドを事実上完全降伏させての停戦。神浜市内の魔法少女が東西に別れて争っていた時期にリーダーを務めた経験のあるやちよさんからすればあれだけの規模で攻め込まれた抗争が丸く収まったのは、単純な実力差以上に常にアンテナを張って迅速な行動で二木市の魔法少女の行動を悉く鎮圧してのけたシュウさんの手腕が大きかったみたいだった。
『もう連中は動けない。リーダーの方はいろはが魂のやりとりで完全に戦意を挫いたし、メンバーの方もウワサを使った魔法契約で神浜市の魔法少女や住民への攻撃を縛った──。……ま、監視は続けるとしてひとまずはこれで問題ないかな』
『さなちゃんも協力ありがとうな。神浜に来たボンクラ3勢力の対応で日頃のパトロールやマギウスでの活動にもだいぶ差し障りが出てたからさ。さなちゃんたちが手伝ってくれて助かったよ』
──けれど。
『うん? 傷……あー金棒喰らった時の。ははっ、とっくに治してもらったから平気だって。いろはが痕も残さず治してくれるからな、ソウルジェムのある魔法少女と違って俺なら幾らでも無茶が効く』
私は、何もできていなかった。
1番矢面に立っていたのはシュウさんで。
決着をつけたのはいろはさんで。
2人や、2人を支える魔法少女たちは抗争の後始末まできっちりと終わらせてのけた。
……私は。
私は、何もできなくて──。うん。だからこそ、今度こそは力になりたかった。
弱い自分のままではいたくなかった。
少しでも、皆に誇ることのできる自分で在りたかった。
大切な仲間を支え、護ることのできる自分に、なりたかったんだ。
だから──。
「ほらしっかり踏ん張れ踏ん張れ。2、3、4、5……」
「んぎっ、く、ぅぅぅ……⁉︎」
ゴガッ、ガガガッ、ドガッ!!
盾の向こうから浴びせられた拳の乱打、防壁を貫いて腕を痺れさせる衝撃を前に必死に踏ん張って盾を構える。地に足がめりこみ、背が丸まる――、猛攻の圧に耐えかねたように呻吟の声を漏らした少女が涙目になるなか、盾と拳の衝突音のなかで向かい側から声がかけられる。
「防ぐのも受けるのもいいけどさ、固まってちゃあダメだよ。何もできなくなるだろ?」
「ぇ」
攻撃がやむ。恐る恐ると瞼を開いたさなが見たのは、自分で構えていた盾と――その上から盾を掴む五指。
ぐいと、得物を握る華奢な身体ごと盾を掴み上げたシュウはぐるぐると回転し盾を振り回した。
「きっ、きゃぁぁぁぁあああああああ――ア!?!?」
揺さぶられる視界、支えのなくなる身体。なすすべなく振り回されたさなは、盾を掴む握力を維持できずに手放し回転の勢いのまま吹き飛びごろごろと地面を転がり跳ねる。
「うっ、クっっ、痛う――」
「はい一殺」
ゴッッッ
弾丸じみた勢いで飛んできて倒れたさなの頭から1m横に突き刺さったのは、たった今彼女から取り上げられた盾だった。
「ひやっ……」
床をかち割り深々と突き刺さる盾は、あと少し横にずれていたらギロチン同然にさなの首を飛ばしていたことだろう。ごくりと息を呑む少女を投げ飛ばした張本人、素手で鋼の防壁を当たり前のように殴り飛ばしたシュウはぐっぱっと掌を開閉しながらこともなげに言った。
「起きれそう? 少し休んだら反省会やってまた組み手しよっか。今度は少し速度落とすから受け流ししっかりできるように動きを覚えていこう」
「は、はい……」
柔和な笑顔、穏やかな口調、鍛錬には手心たっぷり。
それはそれとしてこのドS、泣きが入るか否かのラインを見極めて容赦なく心身をいじめ抜いてくる。
よろよろと身を起こし、こちらに屈んで手を差し伸べてくるシュウに苦笑いを浮かべながらその手を握るさなは、ほんのちょっぴりだけこのモテモテ同居人に稽古をつけてもらうようお願いしたことを後悔した。
『え、鍛えて欲しい? 強くなりたいんだ、いいよー』
二葉さな一世一代の決意に反して、鍛えてくださいと頭を下げられたシュウの返事はあっさりとしたものだった。
『い……いいんですかっ!?』
『オウ。まあでも魔法少女相手に俺に教えられることといったって精々近接まわりしかないからさ。地道にやっていかなきゃって話になってくるしぶっちゃけしんどいぜ。それでもやる?』
『はいっ。私強くなりたいんです!』
マギウスにて率いる黒羽根の魔法少女たちとの話を終えたところを引き留め2人きりで相談に乗ってもらったさなは決意に燃えていた。
戦闘にはあまり関わらない立ち位置の少女からの申し出に彼は驚いていたようだったが、その意志に嘘偽りはない。2人きりでとわざわざ指定され相談されたのを見られ「あっもしかしてこれは……」「やっぱ一緒に住んでるって聞いたことあるし……そうだよね!?」と翌日には不埒な噂が爆速で広まっているなど露知らず、シュウは鷹揚に頷いて親指を立てる。
『任せな、イメージはイイ感じに固まったわ。さなちゃんは俺が立派なシールダーに育て上げてやる』
『シールダー』
『実際マシュっとしてないこともないしな。盾で防ぐ、盾で殴る、拷問器具のオプションもついてくる――強度は現時点で十分、しっかり
鍛えるからには女の子相手でも容赦はしないぞ、ついてこれるか――?
『……! はいっ! 精一杯頑張ります!』
そうしてさなは、桂城シュウとワンチャン狙いたい何人もの黒羽根が臨んでは爆速で脱落していった過酷なるマンツーマンのトレーニングに挑むこととなった。
「さなちゃんって体重何キロ?」
ちょっぴり辞めたくなった。
「………………………………重要ですか、それ」
「しっかり鍛えるからにはまあ。デリカシー云々となったら仕方ないし言いたくなきゃ言わなくていいけど。組み手した体感だと盾込みで150キロくらい――」
「49キロですっ!! 最近ちょっぴり増えました!! ぶっとばしますよ!!」
「ごめんて」
生まれて初めて強い言葉を使った気さえした。顔を真っ赤にして体重を申告しながらぷるぷると握り拳を震わすさなに詫びつつも、うーんと目を細めその身体を上から下までじろじろ眺めるシュウはやがて唸る。
「みかづき荘の娘らと暮らしてるとたまに意識しなくなるけどみんな魔女なんぞと戦う割りに軽いしほっそいんだよな、せめてもっと食ってりゃいいのに……」
「そんなことを言って甘やかすからういちゃん泣くことになったんじゃないですか……?」
「健康の範疇ならういはまだ全然肉をつけていいと思うんだがな……。ろくに飯が喉も通らないでほっそりしてた頃知ってると特にな……」
「ひ、否定しづらい……」
義兄に、姉に、年上の魔法少女たちにとめいっぱい甘やかされあちこちに友だちと連れ出され病院では食べられなかったいろんなものを食べられるようになったうい。贅沢がしっかりと腹まわりに反映された彼女が泣いてシュウのやっている走り込みに加わるようになったのは記憶に新しい。
無理せんでも可愛いのにゃ変わりないんだけどなあと首を傾げるシュウ――この女誑しを堕として一夫多妻計画を成さんと画策する妹分たちの
「鍛えて筋肉ついた分も体重になったりするからマジで気にするだけ無駄だと思うんだが……。まあいいや、話を戻すよ。さなちゃんの盾は可変性、魔力っつー便利ツールで大きさも重さもある程度自由に変えることができるから魔女相手でもある程度手堅い守りを作れるわけだが――それをもつ本人の体重は据え置きなわけだ」
転がる幾つか拷問器具――さなの反撃で盾から飛び出した巨大なギロチンの刃を手に取ったシュウは、刃に繋がる鎖を振るいそのまま同じく転がっていたモーニングスターじみた棘鉄球へと叩きつける。
響き渡る金属音。力任せに叩きつけられただけの刃は割れ、鉄球は砕けこそしなかったものの盛大に吹っ飛んでは転がっていった。
「……あっ」
「言いたいことわかった?」
「あ、えぇ、と……。攻撃そのものは防げても、ただ受けるだけだと私じゃ吹き飛ばされちゃう……ってことで、合ってますか?」
「そうだ、偉いぞ。……魔女が相手でなくても使い魔だってデカいのはいるからな、真っ向から相手の攻撃を受け止めるのだって体格差があると分が悪い。防いでも転がされたり高いところまで跳ね飛ばされて落下したら魔法少女でもまあ痛いだろう? それでソウルジェム割れるリスクだってないこともないんだ」
(このひとが言うと重みがちょっと違うなあ)
ちらりと視線を向けると、今もシュウの首元には桃色のネックレスが下げられている。みかづき荘にて報告されたいろは・ななかとの重婚の衝撃さえ上書きした、恋人から預けられた魂――それを管理し罅一つさえいれることの許されなくなった彼の心境は如何なるものか、ソウルジェムをぶらさげる少年の言葉はそうと納得させるだけの圧があった。
「それじゃあ、やっぱり必要なのは……」
「ああ、立派な盾をもってるんだ。無理に力まなくたってただ傾ける、それだけでいい。相手の攻撃を真正面から受けてやる必要なんてない、その方向に合わせて流すように盾を傾ける、たったそれだけで衝撃はだいぶ逸らせるはずだ。……やれるか?」
「……やってみます!」
――斯くして。
強くなりたいというさなの心意気に応えたシュウによって、遠慮容赦なく防御のうえからボコボコにされた少女はボロ雑巾の心地になりながら倒れ込んだ。
「ぅぇぇええええぇ……」
「お疲れ、今日はここまでにしよっか」
「――」
返事する余力さえ覚束ない。きちんと相手の攻撃を見てどこからどこへ衝撃を流すか即座に判断して盾を構える、それができなければ盾を貫通して少女の肢体を軋ますに足る拳と蹴りが容赦なく打ち込まれる……『基礎はこれまでのトレーニングである程度仕上がってるしこれからは実践メインだからな』なる無慈悲な宣告によって課せられた連続組手はなるほど、ガチ恋勢魔法少女が尻尾を巻いて逃げ出すに足る凄まじいスパルタだった。
「ぜんしんしびれて、うごけないです」
「偉いよ、途中からきちんとこっちの動きに反応して動けるようになってきてたし根性あるねさなちゃん」
「……ありがとうございます」
優しさと厳しさは両立する。
過酷を極めるトレーニングの合間合間でさながかけられたのは叱咤と激励、褒める言葉の数々。組手の間はほとんどがシュウが叩き込むラッシュを必死になって防ぐための時間に費やされたが、消耗による心身の疲弊がありながらもさなが挫けずにいられたのはシュウの親身な指導によるものが根強かった。
ねぎらう少年がもってきた、頭の横に置かれるスポドリに手を伸ばす。精魂尽き果てた身体をなんとか動かして蓋を開け、こくこくと中身を呷ったさなはふうと息をついて彼を見上げた。
「……遠慮なんてしなくたっていいって言ったの、まあまあ後悔してます……。いろはさんやななかさんには、どうしてたんですか?」
「んー、あいつらはもうある程度完成形には達してるからなあ……。最近はもっぱらさなちゃんとやったみたいな組手ばっかだよ、寧ろ盾のない2人相手だとさなちゃんよりだいぶ加減したり――」
「服を破いたりお尻叩いたりしてるって聞きましたけど」
「待とうか」
両手をあげて震え声をだしたシュウに、少女はクスクスと笑い身を起こす。最近は今更善良面取り繕っても仕方ないと女癖の悪さを隠そうともしなくなっていた彼と言えど若気の至りを掘り起こされるのは苦しいようだった。
「2人から聞いたのか? あれはまあ、事故というか――尻はまあ、うん、あのときは俺も若かったというか――」
「シュウさんまだ16才じゃないですか。……私にはやらないんですね?」
「……? 叩かれたいならするけど。蹴りやらグーよりは痛くないだろうしそうする?」
「…………えっち」
「俺が悪かったの今? いや俺が悪いか……」
女の子相手ってやっぱ難しいな……。
顔、腹、胸、尻はアウト。今回さなはできる限り実戦を想定した内容のトレーニングをお願いしていることもあって比較的加減なしに戦りあっているが、それでも女の子相手である以上シュウも遠慮しなければならないことは多い。そもそもシュウの鍛錬自体が真っ当な女の子には到底耐えられるものではないという前提を踏まえれば、さなはよく食らいついてくれているといえたが――。
「まあ、そこもおいおい考えないとか。……さなちゃんもう立てる?」
「……もう終わりでいいんですよね? これからもう一戦とか反省会とかやったりしませんよね? 私そろそろ泣いちゃいますよ?」
「いや、今日もめちゃくちゃ頑張ってくれたしご褒美で帰りにどっかで奢っていこうかと思うんだけど」
「行きましょう!! 今すぐ! 前連れて行ってくれた美味しい喫茶店でいいですか!!」
「いや女の子の底力すげえなあ、俺限界ぎりぎりまでしごいたつもりだったんだけど」
がばっと跳ね起きて変身を解除、行きましょう行きましょうとぐいぐい背中を押してくるさなに目を白黒させるシュウは呆れ顔になりながらも目元を弛ませ意欲十分の後進を伴い鍛錬場をあとにする。
(――ほんと、さなちゃんがモチベーションあげて鍛えだしたのはラッキーだったな。仕上がれば十分いざというとき自分たちの身を守れるくらいにはなるだろう)
(
シュウはまだ、気付いてはいない。
薄々と彼も直感で勘づいていた老婆の『限界』は、既に当人の想定よりも早く達してしまっていたことを。
鏡の魔女に汚染し尽くされた■■は、翌年の春にはすべての準備を整え最強の災禍たるワルプルギスをも凌駕する怪物を顕現させることを。
自身の命。恋人。魔法少女。人類。
それら全てを消し去るに足る滅亡の岐路に立たされる未来を――彼はまだ、知らない。
・マギウス魔法少女教習
魔法少女に対する支援も行うマギウスの翼によって新設され希望者に対して行われる戦闘のいろは・基礎知識・固有魔法の運用実習をはじめとした魔法少女の基本を習得するための事業。
『希望者』、『ほっとくと死にそうな脆弱魔法少女』、『問題児』はシュウが担当する訓練に参加し基礎訓練に取り組むが初級訓練の修了以降は極めてハードかつスパルタな内容となるためほとんどの魔法少女が尻尾を巻いて逃げ出す内容となっている。
「虫よけにはちょうどいいよねー」とは灯花談。
「初心者コースの頃のやさしさを返して」とは一部黒羽根談
「厳しいことは厳しいけどすっごい真っ当で親身だから生き残りが半分くらいガチ恋勢になっちゃってるのよね」とはやちよ談
・二葉さな
そろそろ1年近いみかづき荘暮らしでまあまあ明るくなっている
シュウくんのことは『普通に』好き。
・桂城シュウ
最近プライベートでHR無双し野球部を甲子園進出へと導いた。
いろはとななかのチア衣装でコンディションが絶好調になる。