環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
母さんは魔法少女だった。
婆ちゃんも魔法少女だった。*1
『ひぃー、ひぃーっ……シュウ、もうちょっと、ゆっくり……』
父さんは、ごくごく当然に一般男性だった。
『はははっ、父さん遅い遅い! 先行っちゃうよ!』
『こ、この……っ。……戻ってきた?』
『父さん父さん父さん! 見て見てイノシシ!! イノシシ捕まえてきた!!』*2
『返してきなさい悪ガキ!!!!』
婆ちゃんは年が年、唯一俺を抑えられた母さんだって隠れての魔女退治で姿を消すことが多かったなかで父さんはよく俺に構ってくれていたと思う。
スポーツだとか、ボードゲームだとか、テレビゲームだとか。休みの日にも嫌な顔ひとつせず――いやたまに嫌がってたことはあったかもしれない――俺とよく遊んでくれて、たまに母さんや俺を乗せてドライブに連れ出してくれていたりもした。
登山は好きだった。特段周りを気にすることもなく自然のなかで駆け回る時間は開放的になれて楽しかったから。
『こらーシュウ、登山道から離れちゃダメだから戻ってきなさい。斜面危ないから』
『へーきへーき! ちょっと待ってて、めちゃくちゃ面白い柄のキノコあってさ! 気配やべーし多分毒だけど写真撮っていろはに──うおおおおお!!??』
『危ない危ない危ない転がり落ちてる!! シュウ今助けるから──うおおおおおお!!??』
『なんで父さんまでこっち来たんだよ危ねえって!!』
……いろはには見せられないような失敗をしてしまったことも、一度や二度ではなかったが。
『……父さんってさあ、なんで母さんと結婚したの? よく予定忘れるしすぐ買い物いくしさー、俺と腕相撲できるくらいゴリラじゃん』
『母さんに言ってやろ。お小遣いなしは固いかな……』
『俺だって父さんが否定しなかったって言ってやるもんねーっ』
『くっ、クソガキ……』
あるときは、そんなことを聞いたこともあったか。
遊びに行く予定だった日に母さんが急用で姿を消して。すぐ戻るからと婆ちゃんまでいなくなって待ちぼうけを喰らわされるなかでふと気になった両親の馴れ初め。
教えたばかりのボードゲームでもその頭脳を遺憾なく発揮するようになった灯花にボコボコにされていた俺の修行に付き合い、将棋盤を挟んで向かい合うなか。多分当時から母さんが魔法少女だと理解していた父さんは、言葉を選ぶようにうーんと悩まし気な声をあげ少し考え込むと、なんでもないことのように俺に教えてくれた。
『まぁー……放っとけなかったからかなあ』
『へえー?』
『あの頃なあ、どうだったか……。母さんとは同じ学校の後輩で、学年も違うしで友だちっていえるほどだったかも微妙だったかなあ……? ただまあ街中でちょっとした「事故」に遭って怪我した母さんを助けて、なーんか危なっかしかったからちょくちょく声をかけるようになって……そのまんま結婚?』
『へえー……? ひひっ、母さん若い頃結構やんちゃしてたって聞いてたけど暴走族でもやってたん?』
『ははははは、バイクは乗ってたよ。あちこちに速く移動できるからってね。大切に使ってた愛機が壊れちゃってからはもうずっと乗ってないみたいだけど』
在りし日を思い浮かべ母さんの話をするときの父さんの目元は穏やかに弛められていた。それを見ながらふーんと相槌を打って駒を進める。
『王手』
『甘い甘い。……おっと詰んでるかこれ……?』
普通のひとだ。
小学生の俺よりも弱かったし、婆ちゃんには頭があがらないみたいだったし、母さんには尻に敷かれていた。
それでも皆、あのひとのことは頼りにしていた。
『……本当に、シュウは凄い子だ。お前は……きっと、やろうと思えばなんだってできる、可能性の塊といってもいいんだろうね。大したもんだ。それに加えて、優しく、周りをよく見れて、小さな子の頑張りだって見落とさない。本当に──』
『褒めても待ったは効かないぜ』
『ちぇっ』
俺にとっても、大好きな家族だった。
***
「まあそんな父さんも魔女化した母さんに俺の目の前でぶっ殺されて死んじゃったんだけどなはっはっは。……別に笑ってもいいんだぜ」
「……」
「あのぉ! あのぉ! 笑える要素ないと思うんですけどォ!」
(い、いたたまれないよぉ……!)
絶対零度。針の筵。少女たちはぴくりとも動けないまま表情をこわばらせる。
地獄のような緊張があった。
マギウスの翼の拠点にある大図書館の一角、些細な慰めあいをしていたなかで突如乗り込んできたマギウス幹部格。なんてことのないように語られた重い過去、どんな選択肢を選んでも地雷を踏むことになりかねない緊迫感で黒羽根の少女たちのなかには涙目になる者すらいた。
そんな緊張状態を生み出した張本人、放課後ホテルフェントホープの大図書館に顔をだして黒羽根の魔法少女たちの会話に乗り込んできたシュウはといえば固まる少女たちの様子を一瞥すると悪びれた様子さえみせずふんと鼻を鳴らす。
「不幸自慢大会なんて不毛なことしてっからこうなるんだよ」
「急に乗り込んで来たりこの空気であんまりにも平然としてて怖いよこのひと」
「上には上が、下には下が――。なんてこと言うつもりもないけどさ。
「うっ……」
新生マギウスの再設時からいる顔見知りが愕然と囁くのも気にした素振りはみせなかった。
どっかと席に座っては泰然と少女たちを睥睨するシュウ。そのふてぶてしさは今までに彼が経験してきた戦いの数々によって培われたものか――もの言いたげにする目線にも構わず呆れ混じりの息を吐く彼は、居心地の悪そうにする新米の黒羽根を囲むようにして団欒していた少女たちに続ける。
「後輩に自分の経験を教えるのが悪いとは言わん。傷の舐め合いもまあ良いんじゃないか。けどもまあ、それにだって時と場合ってもんがある――。……まあ難しい話だけどさ、今回はひとまずお開きにしてゆっくり気の休まる時間作ってやんな」
「……はーい」
「皆いこー」
「アヤちゃんもごめんねー、ちょっと力になれなかったかも……」
「い、いえ……!」
先輩たちに囲まれていた少女は立ち去る直前、シュウの方を見てなんとか弱々しい笑みを浮かべ小さく頭をさげる。
思わずシュウが割って入る程度には元気がなさそうだったが、ひとまずは問題なさそうだった。立ち去っていく少女たちの背に手を軽く振りながら僅かに物思いに耽る少年だったが、そのまま背を翻しマイルームに向かおうとする彼に上方から声がかけられる。
「少しお節介だったんじゃないのー?」
「実を言うとな……俺もそう思わんでもない」
視線を向けた先、大図書館2階のバルコニーからこちらの様子を伺っていたのは紫色の髪を後頭部で結わえた魔法少女だった。
上方へ目線を向けたシュウに向けての手招き、それに応えひとっ飛びで跳躍し隣に着地した彼は屯していた魔法少女との一連のやりとりを見守っていたのだろう
「さっきのどうしたのさ。シュウちゃんにしちゃ結構珍しいよねー?」
「……まあな、否定はせん」
やたら女の会話というものが姦しいのも相まって、普段シュウがわざわざ自分から女の子同士の会話に割って入ることはない。嗜めて追い払うなどとくれば尚更だ、基本どんな女の子にも紳士的で優しく──ひめなからすればまあまあ他人行儀な──彼にしてはかなり珍しい行動に、当人も自覚はあったのかなんともいえない表情で眉を顰めつつも先ほどまで少女たちのいた席を指し示し口を開いた。
「……さっきな、あの面子で集まってやってた不幸自慢大会――」
「マジ陰気くっさいね……」
「――それ本人らには言ってやんなよ。そんでまあ、そのなかで発端っつーか、構われてたっつーか……つい最近魔法少女になってマギウスに入ってきた娘なんだけどさ」
──魔女を追ってた途中で人死にに関わっちゃったんだと。
「……えっ」
ぎょっとしたように目を見開いて固まるひめな。彼女の横で半笑いを浮かべながらあらましを語るシュウもその表情は暗い。
彼自身、自分や周囲の黒羽根たちがとった行動の是非は掴みきれていないようにさえ思えた。
「まあ、よくある話さ。魔女が呪いを振り撒くのは人を食い物にするためだし、いつぞやのマギウスのように閉じ込めて飼い殺しにでもしない限り野良の魔女ってもんは大抵どこかしらで犠牲を出してる。それに遭遇することだってまあ……そう珍しいもんじゃない」
魔法少女が魔女を追う段階で被害者の一般人を見つけ出したなら、その対象は大抵助かるものだ。
呪いに惑わされ操られた者、魔女や使い魔に食われそうになっている者──。魔女結界の中で一般人を見つけたときは大概が危害を加える魔女たちを倒せば助かる。被害者も魔女のことを認識することもできない、魔女を倒せば振り撒かれた呪いも消え去るものだし討伐後にきちんとした医療機関での治療さえ受ければそうそう彼らも後遺症や厄介な記憶に悩まされはしない。
ソレが、生きたヒトとして見つかればだが。
魔女に喰われた
少し注視すればわかる。見つけてしまう。理解できてしまう。魔女が討たれる前に食いものにされた、それまでごくごく普通に生きていた人間だった肉塊を。
シュウといろはが2人だけで魔女を追っていた時期にも、そういうモノは何度か見る機会はあった。
不幸中の幸いとでも言うべきか、一番早くそういう痕跡に気付くことのできた少年の誘導もありまだ不安定だった時期の恋人が直接ソレを見ることは滅多になかったが――。
「……ま、気分のいいもんじゃないよな。女の子なら尚更だろ」
魔法少女の魂を食い潰して生まれた魔女は、己が衝動のまま呪いを振りまきヒトを喰らい成長していく。
キュゥべえが魔法少女の末路として設計したのはそういう仕様だ。どれだけ早く魔女を探し出し討伐したとしても、基本的には犠牲を防ぐことはできない――なにせ発生した時点で魔法少女がひとり息絶えているのは確定なのだから。
「助けられなかったのなら仕方ない。届かなかったものはどうしようもない。……そんな風に簡単に割り切れたら楽だったんだろうが……誰もがそうできる訳でもないしな。ぱっと見は平気そうに振舞ってても、先輩の羽根たちはそれなりに気を揉んでたってことだ」
――そうして始まった不幸自慢とやらも、傷の舐め合いの延長戦みたいなものだったのだろう。シュウとしてもそれ自体は否定する気にはならなかった。
それでも彼が咎めたのは、単純に――。
「向き不向きってもんがあるからな。励ます側にも励まされる側にも。様子を見てた限りじゃあアレは……もう少し間を置いて自分のなかで受け止める準備をさせた方がいいって思ったんだ。……お節介っていわれりゃそれまでだけどな」
「……ふーん」
物憂げに遠い目になってはバルコニーの手すりによりかかる少年。その姿をじいと無言で眺めていたひめなの視線に気付いた彼がどうしたのと首を傾げれば、「別にー?」と屈託なく笑いぽんぽんとシュウの肩を叩いた。
「なんだよ」
「いやー、モテる理由とデキる男の気苦労ってのを見ちゃった気がしてねっ。まあ頑張れっ、そのお節介が間違いじゃないのは
「……そりゃどーも。ヒコの奴は最近どうよ、新しい身体の調子もいい感じか?」
「………………えへへ、うん……♡」
数少ない魔法少女と一般男子のカップルも相変わらず仲がいいようで何よりだった。
照れ照れと頬を赤らめるひめな――マギウス幹部陣の全面協力による処置を受けるまで死んだ恋人の魂と身体ひとつで同居状態だった彼女が神浜市にやってきたのも、余所者の魔法少女たちとの抗争がひと区切りついた頃だったか。いろは、智江による複数のウワサによる万全のバックアップを受けたうえでの恋人の身体の再構築と魂の移し替えは極めてハードな大手術だったようだが……無事蘇った恋人との神浜での同棲を彼女は存分に謳歌しているようだった。
「いい顔すんじゃん。幸せそうで何よりだよ。それじゃあ俺はもう行くから……」
「ん? そーいえば今日特に会議の予定とかもなかったよね? シュウちゃんなんか呼び出しでもあった?」
「いや、嫁2人とデートするからもう暫くした時間に待ち合わせを――」
「……」
「嫌そう」
ちなみに、ひめなはバリッバリいろは推しのカミハマギカファンクラブ会員である。
推しをこれでもかってくらい誑かしてる許されざるだけどコイツには結構な恩があるんだよな……なんて思考がうっすらと透ける渋面をする彼女に苦笑するシュウはひらひらと手を振りながら立ち去ろうとしていたが――途端、ポケットのなかに入れる携帯が特定の番号に設定した着信音を鳴らすのに眉を顰めて画面を開く。
着信に応じた声音は心なし物凄く嫌そうだった。
「はいはい、どうした? ――パトロールに出た羽根が? 新西区なりょーかい、俺もすぐ向かうから。 ……もしもし、いろは? 悪い今救援要請入った。すぐに済ませて戻ってくるからななかと待っててくれ、怪我人が出てたときはまた連絡いれるから――助かる、ありがとな」
――。………………はああああああああ。
心なし、通話を終えて息をつく彼の背中は心なし煤けてみえた。
携帯を閉じて嘆息するシュウ。笑顔で駆け寄ったひめなは、掌をばんばんと叩きつけるようにして屈強な体格をした少年の大きな背を叩いた。
「――ドンマイ! いってら! 気を付けて!」
「いい性格してるよお前……」
嫌そうにして苦り切った声を出しながらも、図書館の出口まで向かう足が止まることはなかった。バルコニーから跳躍して飛び降りた少年は、音すら立てずに着地した次の瞬間には滑らかに動き出し辺りの少女たちや障害物にも一切ぶつかることなく最寄りのゲートに向け駆け出していく。
季節は夏。
ホームラン王として君臨した少年の活躍によって市内のとある高校の野球部が甲子園出場を決めた大ニュース、デビュー後2度に渡るライブイベントを成功させた新星アイドルカミハ☆マギカの登場に影響されてか確かな活気をみせる神浜市。
魔法少女の世界においても、魔女になる心配のない街であるという噂が広まりだすにつれ外部から街にやってきてはマギウスの翼への加入する魔法少女も増え救済計画への準備も進もうとしていた。
――そうした明るい情勢とは裏腹に、異変がひとつ。
少しずつ、けれど確かに。神浜市では、魔女の数が増えつつあった。
――違和感。
頭部の位置にあるモニターと、それを支えるようにして白骨で形成された身体を浮遊させ紫電をばらまいていた魔女。
殴り潰し、砕き、叩き斬られて骸を晒していたソレが消え去るのを見届けるシュウは、トドメを刺すのに用いた黒木刀を地面から引き抜き魔女結界の内部を見渡す。
周囲には、少年によってバラバラにされた使い魔の残骸がごろごろと転がっていた。
――違和感。
「あっ、あの!助けてくれてありがとうございました! ――ほら、ほとりもっ、お礼! 危ないところをわざわざ助けてもらったんだから!」
「あっうん、りおんちゃん――。そ、そのっ、助けに来てくれてありがとうございました! すっごく、すっごくかっこよかったです!」
「(馬っ鹿ほとりこのひとあの超絶女癖悪いって噂の桂城さんよっ!? そんな憧れの眼を向けるならもっとこう、
「……ああ、無事でよかった。怪我は……ないか? 一応あとでフェントホープの保健室寄って診察しておくといい、治療班*3が待機してくれてる筈だから――」
――違和感。
黒木刀で雷撃を断ち切り、振り回す鎖で使い魔の悉くを粉砕し、魔女の急所を拳ひとつでかち割った少年の表情は快勝といってもいい戦果に反して浮かない。
婚約者との屋内デートに遅れる羽目になったことが原因、ではない。いや、確かにそれはシュウにとって十分痛手ではあったが――。
彼の頭を悩ませるのは、日頃のパトロールやマギウスの魔法少女による情報収集のなかで頭に叩き込んでいる情報との差異。
「……他の街から、魔女がやってきた。普通ならそうみてもいい、筈なんだが――」
事前のパトロールでは、この魔女の存在を指し示す情報はこの区域にはなかった。
そして外部から新たに魔女がやってきた、という線が薄いのはシュウはよく知っている。余所者の魔法少女との抗争を経て、彼は外部からやってくる魔法少女や魔女の把握を徹底させ細心の注意を払っていた。――特に新西区外周部は、シュウが毎朝のジョギングついでに念入りに見回っている。居たなら確実に気付いていたはず、だが――。
(――なーんか釈然としないな、気持ち悪い)
外部から来たのなら、事前に気付く筈で。
しかしソウルジェムに溜まった穢れを消し去る自動浄化システムの在る神浜市内で、新たに魔女が発生する可能性はほぼない。
喉に小骨のひっかかったかのような違和感。眉を顰める少年は崩壊していく結界を眺めながら半ば唸るようにして呟いた。
「……あの魔女――どこから、来やがった……?」