あの約束から二年と半年、僕の周りでは様々な事があった。
とは言うものの、僕の不甲斐なさは余り変わらない。
成績が良い訳でもなく、十春兄に剣道で叩きのめされて、束さんに介抱されて…………
あ、でも最近は気絶せずに耐えられる様にはなってきた。
少しは僕も成長できているのかな、なんて
「ねえ、いっくん」
考え事をしていると、束さんは急に質問してきた。
「なに? 束さん」
「どうして私がアレにインフィニット・ストラトスって名前を付けたと思う?」
インフィニット・ストラトス、それは束さんの造った世界への問いかけだった。
「うーん……infinite stratos、ストラトスっていうのは成層圏の事だから、永遠の成層圏……ん?」
ストラトスが成層圏という意味だと言うのは十春兄が言っていたのを耳に挟んだ。
しかし僕は、その呟いた直訳に違和感を覚えた。
「あれ、でも束さんが造ろうとしてたのって宇宙まで行く物だったよね? 成層圏って確か、飛行機が飛んでるくらいの高さだよね?」
地球と宇宙との境界は非常に曖昧だ。
何故なら、ここまでが地球でここからは宇宙ということを指し示した壁が有るわけでもなく、明確な境目が無いからだ。
一応、大気のある大気圏を地球、大気の無い高度100km以上の外気圏と呼称している。
問題の成層圏はこの内の前者である大気圏に分類される。
成層圏は高度1万mから5万mであり、1万mは大型ジャンボ機の飛んでいる高度である。
つまり、成層圏と言うのはどんなに贔屓目に見てもバリバリの地球の中という事になるのだ。
「うん。そうなんだけどね………… 」
鼻を鳴らしながら、自嘲するような若しくは失望したような表情をした。
「人類は永遠に成層圏の上で生きようとしない、ってね。 実際、ISの主な舞台は成層圏下だしね。 世界は結局、私を裏切ってはくれなかったんだよ…………」
そう言ったときの束さんは、どこか寂しそうな顔をしていた。
白騎士事件、それは二年前の冬の出来事だった。
人工衛星がNASAのミスによって地球に向けて降下する軌道を描き始めたという事故が起こり、世界中がパニックに陥った。
落下すれば何万トンものチリが大気中に巻き上げられて太陽光を遮断されかねないという人類未曽有の危機。
世界中の首脳陣や専門家が結集して事態の解決を目指したが、議論すれば議論するほど、解決は不可能という事実を再確認するだけという誰もが頭を抱えたくなるような有り様だったという。
それを救ったのは、束さんの作った白騎士だった。
白騎士は、ロケットもスペースシャトルも使わずに単体で宇宙まで達し、人工衛星を破壊し世界を救った。
そして、その白騎士を捕獲しようと各国の送った数々の空母や戦闘機を……誰一人死者を出すことなく無力化した。
こうして、今の技術では不可能と言われた人工衛星の破壊と無害化、更には最新鋭の戦闘機数十機を相手取っても無傷の完封勝利を遂げた白騎士は、世界の軍隊や法律を根本から変えてしまう事となり、この一連の事態は白騎士事件-White Knight incident-と呼ばれるようになる。
白騎士及び、その後継機等はIS-Infinite Stratos-と命名された。
その名付け親は束さん自身。
ISは確かに、白騎士事件の折りには外気圏にまで達した。
しかし、後のISの運用は……地上及び空中での軍事利用だった。
もしかしたら、ISという名には世界への失望と怒りが込められているのかかもしれない。
それから、世界は変わった。
なぜか、と問われられたのなら、束さんの仕業と言うことになる。
より正確に言えば、束さんの作ったISをきちんと扱えなかった人達のせいだ。
ISは、どう言うわけか女性にしか扱えず、男性が身に纏ってまうんともすんとも言わなかった。
その事実がどんな事を引き起こすかと言うと、それまで空では爆撃機や戦闘機、陸では戦車、海はイージス艦が主役であったが、その全ての場においてISに主役の座を奪い取られるという事になったのだ。
それらが全て消えたわけではなく、IS同士の戦闘を前提として、ISの補佐として運用されるようになり、世界中で大きな軍縮が起こったのだが、世界の構造が一気に変わってしまったことに変わりない。
そうして、何時しか次第に軍においてのIS操縦者の階級は鰻登りに上がり、連鎖的に予備操縦者やそれを補佐する女性の階級も吊られるように上がった。
また、事の始まりは解らないが、軍と関係のない女性の地位も上がっていった。
要は、ISの操縦者にへそを曲げられて他国にISごと引き抜かれてしまったら如何に兵力をかき集めてもISには敵わないから、操縦者を優遇している内に、いつのまにか周りの関係のない女性の地位も上げざるを得なかったのだろう。
俗に言う、女尊男卑の時代の始まりであった。
束さんはこの状態を『子供の躾もできないない情けない親』とあざ笑っていたが、そういうことなのだろう。
何はともあれ、今の世界が束さんの望んだ世界では無いのは僕にも解る。
ISを使った宇宙開発の話は、未だに聞いたことがない。
世界は、束さんの好意を無碍にしたのだ。
「そうだ、いっくんにはこれをあげよう」
束さんはさっきまでの話が無かったかのように、何かを机の中から取り出してきた。
マイペース、というか束さんは対人のやり取りに関して致命的なまでに不器用だから、空気を読んだり相手に合わせるという感覚が束さんには解らないのだ。
この数年間でそれを学んだ僕は、風に揺られる葉の如し、逆らわずに束さんのペースに合わせて受ける事を覚えた。
そうすれば、取りあえずまともなコミュニケーションは可能になる。
「何これ?」
束さんが差し出したのは、細身の指輪だった。
それは白く、継ぎ目の無い美しいフォルムで
素材は……金属でもないし、鉱石とも違うようで、一番近いのはガラスだろうか?
「うーん……なんて言ったらいいのかな? これはね、今まで私のやってきた成果であり、未来への祈り…………かな。 うーん、残念ながら束さんには詩的で素敵な表現はできませーん!」
「へー……うん、綺麗だね」
「それはただ綺麗なだけじゃなくてね、いざとなったらいっくんを守ってくれるし、いずれいっくんに必要になる物なんだよ」
「守る……?」
「うん。 いっくんの身に何か危機が迫った時、それが助けてくれるんだよ。 だから、それは肌身離さず持っていて」
「…………」
「それと、これは私といっくんの約束の手形でもあるんだ」
「約束の、手形? …………なんか、結婚指輪みたいだね」
「ふぇえっ?! そ、そうだね! そーゆー考え方もあるよね! アハハハハは、はー…………け、結婚指輪かー……」
「……? 束さん、どうしたの?」
「な、なんでもないよー! そう! なんでもないの!」
「変な束さん」
顔を真っ赤にして、手をアタフタとあらぬ方向に振り回して気が動転して慌てふためいている束さんの姿は、どこか可笑しくて面白かった。
そんな束さんの姿なんて初めて見たという驚きと、束さんでも慌てる事が有るんだという発見が嬉しかった。
そして、もうひとつ
「守る、か…………」
何かが見えた気がした。
アリスは約束した場所へのいき方を見つけたよ。
そのいき方は甘美で可憐で真っ直ぐだった。
花も鳥も蝶も、そのいき方に引き寄せられてアリスに集まって来る。
そのいき方を持ってるアリスが魅力的だったから。
でも、アリスは周りに見向きもしない。
付いてきても追い払わない、でも追わない。
話しかけてきても拒まない、でも尋ねない。
立ち塞いできても壊さない、でも触れない。
だってアリスは前しか見てないから。
指には白兎さんから貰った約束が付き添ってる。
約束はアリスを見守る。
約束はアリスの危機を祓う。
約束はアリスと幸せを共有する。
さあ急ごうアリス、待ち合わせ場所はまだまだ遠いから。