渋谷清は、凛の忘れ物を届けに、346プロダクションまで来ていた。両親が忙しく、清が塾に行くついでに届けることとなったのだ。
大きな建物に圧倒されながら、豪奢なエントランスに入ったものの、しかし、ここからどうすればいいか清には分からなかった。
両親はあまりの忙しさに受付で手続きをする事をすっかり伝え忘れていたためだ。
清の周りを足早に過ぎ去っていく大人たちは時々訝しんだり、心配げな目で清を見るものの、声をかけるものはおらず、忙しそうに去っていく。
姉が所属する事務所ではあるが、清がここに来るのはこれが初めてであった。なにか居心地が悪く、清は身が縮む感覚に身体を震わせた。
「どうされましたか?」
その声にいつの間にか俯いていた視線を上げる。ダークブラウンの髪をした女性が眼前にしゃがみ込み、清の目を心配そうに覗き込んでいた。
「あ…えっと…どこから入ればいいかわからなくて…」
清が目の前の女性に驚きながら返す。女性は、その言葉を受けて、足りない言葉を探すように清を見る。それに気づいた清は急いで言葉を紡いだ。
「あ、姉がレッスン用の着替えを忘れてしまったので、届けたいんです!」
そう言って、持っていた手提げを前に出す。すると女性は微笑んで返す。
「そうだったんですね。私は346プロダクション、アイドル部所属の三船美優と言います。お名前をお聞きしてもいいですか?」
「渋谷…清と言います。」
「渋谷…あ!凛ちゃんの弟さんですか?…これから向かうのですが、ご一緒にどうですか?」
その女性、三船美優は少し思案したあと、清に提案したのだった。
美優は、受付に説明したあと、清と手を繋ぎ、長い廊下を歩いていた。
「清くんは何歳なんですか?」
「9歳です。3年生になります。」
「仁奈ちゃんと同い歳なんですね。でも落ち着きがあって大人っぽいですね。」
「…ありがとうございます。」
大人の女性である美優に言われて清は少し戸惑いながらも、嬉しくなった。大人っぽいというのは子供の清にとってはなかなか言われない褒め言葉だった。
その後も、嬉しくなった清が学校での授業や、凛との家での会話の内容などの雑談をしていると、前からスーツ姿の男が近づいてくるのが見えた。
だんだんと近づく度に輪郭がハッキリとしてきたが、その男は鋭い目付きに彫りの深い顔つきをしており、大柄で威圧的だった。
思わず清の足が後ろに逃げてしまう。しかしそれは美優の足に背中を預ける形で止まってしまった。
その男は美優の前まで来ると足を止め、一礼してから話しかけてきた。
「三船さん、こんにちは。…その子は?」
「こんにちは、プロデューサーさん。この子は渋谷清くんです。凛ちゃんの弟さんだそうですよ。」
にこやかに美優が答える。
そして、しゃがんで清の耳元でこそこそと
「凛ちゃんを担当してる方です。」
と教えた。
恐る恐ると言った感じで清が前に出ると、ぎこちなくプロデューサーと呼ばれた男はしゃがみこんで、両手で名刺を差し出した。
「こんにちは。…渋谷くん。お初にお目にかかります。渋谷凛さん及びシンデレラプロジェクトを担当させていただいております。武内と申します。」
清は今まで受け取ったことがない名刺を見て、目を白黒させた。
次にどこにしまおうかと慌てたあと、マジックテープをパリパリと剥がし、財布にしまった。
「ありがとうございます。姉がいつもお世話になっています。」
「いえ、ご両親にご説明に伺った際には、渋谷くんはいらっしゃらなかった為…ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。」
「いえ、こちらこそありがとうございます。」
そんな無骨な男と小学生のたどたどしい会話は傍から見ればかなり滑稽な姿であった。
丸めた背中のプロデューサーや必死に言葉を紡ぐ清に、美優は笑ってしまう口元を隠した。
世間話の中、清はふと気になっていたことを口にした。
「武内さん、最近、姉さんは…」
そんな時、急に着信音が鳴る。
「…!すみません。少し席を外しますね。」
立ち上がり、後ろを向き電話の対応をし始めた。その後、電話を切るとこちらを向き、
「申し訳ありません。今から社を出ますので、またの機会にお話させてください。
三船さん、確かこの後撮影がありますよね。
渋谷さんは今から三船さんが向かわれるスタジオ近くの控え室Bにおられますので、良ければ案内していただけないでしょうか。」
パラパラと手帳を確認しながら、美優の顔を伺う。
「分かりました。清くんは無事送り届けますね。」
美優は笑顔で応えた。
それにプロデューサーは会釈し、それではと足早に去っていった。
それに軽く手を振ると、清の方に振り向く。
「じゃあ、お姉さんのところに行こっか。」
そう言って美優は清の手を優しく引いて歩き出した。
…
話すことに夢中になっていた清は美優が歩みを緩めたところで目的地に着いたのだと気づいた。
控え室近くまで来ると美優は清にしゃがんで向き直る。
「じゃあね、清くん。今度会ったら、またたくさんお話聞かせてくださいね。」
そう言って軽く頭を撫でる。しなやかな指先が清のサラサラとした髪を通り抜ける。それが心地よく、また気恥ずかしくて、微笑む美優に清は目を合わすことが出来無いまま、頷いた。
美優は別れに手を振りながら廊下の先に消えていった。
清は頭の上に手を乗せたあと、照れ笑いした。
その後、本来の目的を思い出し、凛の待つ部屋に急いだ。
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