第0話「破壊の始まり」
人にして人を越え、魔と闇を狩る裏の存在──彼らを知る者は『対魔忍』と呼んだ。
対魔忍は対魔粒子と呼ばれる粒子を体内に保有し、それにより常人では到底及ばない超人たる身体能力を得ている。
また対魔粒子は身体能力の拡張だけでなく、それぞれに特殊能力──『忍法』をも授けている。
それらにより、対魔忍は魔と対等、或いは優勢に戦うことが出来ている。
その対魔忍の中でも、天才的な剣術・体術・スピードの持ち主であり、その圧倒的な力量で魔を葬り去って敵味方に恐れられる対魔忍──井河アサギは、非常に不愉快であった。
アサギは若手であるが対魔忍の中でも五指に入る実力者であるものの、戦闘以外は普通の──美貌とスタイルは桁外れだが──の少女といっていい。
戦闘任務に明け暮れ戦闘力は磨かれ続けたが、対魔忍の頂点にして宗家『井河』の次期当主として必要な政治的手腕がほとんど無い。
アサギは同年代に比べて賢いのだが、まだ18歳。
相手が裏世界を渡ってきた老獪な『老人』たち相手に『口戦』で勝てるほど経験を積んでいないのだ。
だからこそ、望まぬ戦いにこうして繰り出されている。
(・・・・ほんと、悪趣味・・・・)
アサギは老人たちを軽蔑しながらも、自らの
対魔忍は『魔』と定めた、世に仇なす魔族や悪質な犯罪行為を行う外道以外には力──対魔粒子や忍法──を使用することは基本的に禁止されている。
その掟を破る者は『抜け忍』として、粛清部隊に命を狙われることになるのだ。
(・・・・それに黙って従うしかない私も、大概だけどね・・・・)
アサギはほとんど無表情の中で、心では自嘲しながらもまさに『抜け忍』に認定されること間違い無し、という行為を行っている。
酒を喰らいながら余興のような感覚で下卑な笑みを浮かべる老人たちが見守る中、
少年はとてつもなく努力したのだろう。
同年代の誰よりも太刀筋は鋭く、体術も磨かれ、身体も鍛えられいる。
けれども、少年は
それは即ち、彼が
驚異的なことであるが、対魔粒子を扱える才能ある同年代の対魔忍候補者たちとの訓練でも遅れをとらずに上位の成績を少年は修めている。
改めて言うが、対魔忍としての訓練を受けているが、対魔粒子を使えない少年は、一般人と同じだ。
対魔忍として力がほとんど無い同年代ならまだ努力でどうにかできた。
けれども、対魔忍として確かな実力を持つアサギには少年は
天と地ほどの実力差があるため、アサギは一刀の元に少年を戦闘不能にできた。
それにも関わらず勝負が長引いているのは、ひとえに彼女が
これも老人たちの差しがねであり、最低15分は戦いを行うことが条件にあった。
「ほっほほほ! ほれほれ、童よいつまで遊んどる、ちっとはやる気を出さんかい~。
「ぎゃははははは!! もっとやれやれ!!」
「あははははっ!! たったの一太刀浴びせるも出来んとは! これだから『抜け目』はっ!!」
アサギは少年を戦闘不能に、少年はアサギに一太刀を浴びせれば勝ち、という普通に考えるならば少年が圧倒的に有利な条件も、正しく両者の実力を判断できる者が居れば、あまりにも酷い勝負だ。
「・・・・・・・・」
少年の唯一の味方である
酒の入った老人たちはともかく、正気を保っている取り巻きたちは冷や汗が止まらない。
(・・・・──、謝りはしないわ)
アサギは
たがらこそ彼女の手によって身体中をズタズタに斬り裂かれ、刀を杖にしながら立ち上がるだけで精一杯の死に体の少年にも容赦なく──
「はっ!!」
一刀を振るった。
「・・・・っ・・・・」
回避動作も無く、横一文字の刃を受けた。
今まで以上に鮮血が少年から溢れたが、もはや苦悶の声をあげる力もない。
それは誰がみても
老人たちが下品な笑い声を上げ、月光に照らされた赤い大地に少年は力無く横たわった。
第0話「破壊の始まり」
闇の存在・魑魅魍魎が跋扈する近未来・日本。
人魔の闇で古から守られてきた『不干渉』の暗黙のルールは、人が外道に墜ちるようになった時から徐々に崩壊しつつあった。
互いに両者が結託した企業や犯罪組織の登場によって時代は混沌と化していった。
魔に対抗できる者が現れ、いつしか人々は彼らを──『対魔忍』と呼んだ。
「魔を伐ち、人を護る・・・・昔はそうだったのだろうね」
人智を越えた魔に対抗するには、
対魔忍は過去に人と交わった強力な吸血鬼の末裔であり、
だから術──対魔粒子──を扱える対魔忍は、遺伝学的に見れば
ならば対魔忍が人としての証しは何か、魔との違いは何か、と問われて答えるならば『理性』と答えるだろう。
人として他者を思いやり、家族や恋人を愛し、友を助ける。
人だけが持てるキモチ。
「強力な力に溺れるだけのモノは・・・・人では無いんだよ」
アサギと少年の戦いを
その外骨格は現存するどの外骨格よりも、より人型に近い細身で洗礼されたフォルムであった。
特徴的な額のV型の装飾もさることながら、1番の特徴は背中のコマのような機関から絶えず排出される
それはまるで光の翼。
それらが相まって、初めてその姿を見た者に『神』と思わせても不思議はない神々しさを持っていた。
「・・・・終わりがあるからこそ始まりがある。 『破壊』からしか生まれないのが『再生』」
人の目にあたる二つのセンサー兼外部カメラを兼ねた機械の瞳は、血だらけで倒れる少年を捉えている。
今、まさに
『彼』はそれを確信した。
搭載された超高性能センサーにより、少年の心音が停止したことを彼は確認したからだ。
「『キミ』の終わりは無駄にはしないよ」
その声からはわずかな後悔が滲んでいた。
それを振り払うように彼は静かだが、力強く、遥か地上の少年に届くように
(さぁ、
──君の破壊を必要としている。
少年の
その直後、不思議なことに朦朧とした意識が徐々に戻っていき、痛め付けられた身体の節々の痛みもわずかだが薄らいだ。
(・・・・何故、だ・・・・)
少年は徐々に戻っていく体調は完全に頭から離れ、自問していた。
(・・・・何故、俺は・・・・義姉さんは・・・・こんなにも、苦しまなければならない・・・・)
倒れる前は意識していなかったため聞こえなかった、老人たちやそれに尻尾を降る者たちの嘲り声が重なり聞こえる。
それよりも必死に涙をこらえ、怒りに燃える義姉の激情が胸を打つ。
少年は
理屈じゃない、直接脳へと、魂へと響くものだ。
──ふんっ、あの『裏切者』の息子に使えるのだ。愚かとしか言えない。
──ふふふふ。 だが、良い顔と身体付きにだ。 あの娘は『遊びがい』が有りそうだ。 アサギが良い塩梅に痛め付けてくれたからのう、治癒遅延薬でも飲ませた『能無し』をエサに、『遊ぶ』としようかのぅ。
──ぐふふふ。 ええのお、若い娘で『遊ぶ』のは、滾るのぉっ。
普段、クールとか、冷徹だとか言われているが、心に秘めた熱は人一倍である。
自身への嘲りや侮蔑では、少年の鋼のような強靭な心をわずか足りとも揺らす叶わないが、こと義姉のことになれば事情は変わる。
秘めるが故に、熱く激しく燃え上がる激情は誰にも止められない。
「──いるっ・・・・」
少年は立ち上がった。
ただ虫の息で立ち上がったのではない。
痛々しい傷と、夥しい出血はある。
けれども少年は重症を負う前・・・・否、勝負が始まった直後よりも強い光を宿し、立ち上がった。
しかも、それだけでない。
「なっ!!!?」
「バカなっ!!!?」
「あ、あの身体で、立ち上がれるはずはっ!!!!?」
「な、何が起こっておるっ!!!!」
騒ぎ立てる老人たちの声などまるで聞こえてないないように、少年は
「歪んでいる!!!!」
抽象的過ぎて意味を理解した者はこの場にはいない。
けれどもそれに込められた
それは老人たちを黙らせ、アサギに『構え』をとらせるほどである。
(・・・・『覚醒』した、ということかしらね)
危機的状況において能力が覚醒することは、対魔忍としては割と良く聞く話で珍しいことではない。
血筋で考えるならば、これまで
(どんな忍術かは分からない、ならば──速攻でキメる!!)
アサギが先手必勝と攻撃に入る瞬間──
「──っ!?」
その動作を殺すように、少年の
その速度と破壊力は先ほどまでとは段違い、否──次元の違うものであった。
気を抜けば、その刃はアサギの中心に深々と突き刺さっていただろう。
その証拠に投擲された忍者刀は、回避した彼女の背後の木に柄の根本まで埋まっていた。
(疾い! やはり、彼は──)
アサギが意識が少年から反れた。
それは普段の彼女ならあり得ない油断であるが、
けれども、今の少年にはそれで十分だった。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
疾走して急接近した少年は右腕を振るった。
右腕には見馴れない形をした
彼女は愛刀である忍者刀──月下真刀──で受けた。
それにより直撃は避けたが、放たれた斬撃は想像以上のパワーがあり、アサギは勢い良く吹き飛ばされた。
「──がはっ!!!!」
木に叩きつけられたアサギ。
肺から強制的に空気が排出されるほどの衝撃で、それは大木に縦に大きくひび割れを走らせた。
さらに少年は追撃に出た。
勝負は終わらない。
一撃を入れなければならないからだ。
少年の武器の刀身がシールド側に
常人なら脅威である銃であるが、対魔粒子による身体能力の拡張により対魔忍には銃は遅すぎるために脅威にならない。
何しろ弾丸が発射されても回避でき、さらに防御力も上がっており
けれども、アサギは本能的に危機感を覚え、横に跳んだ。
武器から放たれた
威力、速度ともに現存の銃とは比べ物にならない。
最も近いのは、米連が開発中のレールガンだろうか。
それでもあれほど小型のものが出せる威力では破格だ。
少年は照準を定め、追撃に弾丸を放つ。
アサギは術を使わずともスピードは他の対魔忍を上回る。
そのため弾丸は当たらない。
けれども、彼女の回避コースを読んだ射撃は牽制として十分機能している。
この試合において、アサギは術と武器使用制限のハンディキャップを設けてあるため、遠隔攻撃の手段が存在しない。
(間違いなく、使い馴れてるわね)
アサギは謎の武器を使う少年を冷静に分析していた。
(近接と遠距離を使い分ける武器。 厄介極まりないけど、切り替えロスが大きいわね)
時間にして2秒ほどであるが、超人たちの戦いでは遅い。
(どっちにしろ接しないといけない。──なら、誘うまでよ)
アサギは
罪悪感に心を縛られていた彼女はもうおらず、その動きは加速する。
弾丸は精確にアサギを追う。
照準してから発砲するまでに無駄はない──それでも当たらない。
少年は射撃は無駄と判断し、折り畳んだ刀身を展開する。
「・・・・・・・・」
武器を構えた右腕を突き出し、その剣先を真っ直ぐにアサギに向けた。
まるでランスを構えた騎士のように突きの体勢を取る。
アサギはそれに応えるように、その場に脚を止めてカウンターに備える。
「・・・・」
「・・・・」
二人が無言で対峙する。
距離にして10m強。
あれだけ煩かったギャラリーも二人から放たれる張り詰めた闘気に、自然と黙らされていた。
沈黙が場を支配する。
1分、5分、10分・・・・実際は数秒しか時間は経っていない。
それでも居合わせた者たちは凄まじく長く感じていた。
緊張が走る。
──次で決まる。
誰かの心にそう予感が浮かんだ瞬間、少年は動いた。
「おおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
咆哮と同時に駆けた。
大地を蹴って爆発的な加速により、瞬時に間合いを零に。
空を引き裂く強烈な突きが放たれた。
アサギはそれを正面から受ける。
驚異的なパワーを秘める一撃に対して、彼女は斬り上げて打点を反らすことにより難なく勢いを殺した。
甲高い音が響き、跳ね上げれた少年の武器。
(とった!)
彼は
そう思っただろう──少年以外は。
(なにっ!?)
アサギは
それと同時に──悪い予感がした。
少年は左手でシールド部から、
掴んだ筒の先端からは『光の粒子』が伸びて、瞬時に剣状へと固定された。
少年は固定された光の剣を一閃させた。
「・・・・」
月下に走った緑の斬撃。
続いて舞い上がる鮮血。
「・・・・」
時が止まったかのように、二人は動かない。
その時、ふいに雲が月を隠し、ばたん、と人が倒れる音がした。
どちらが倒れた、とギャラリーが騒ぎだした。
それを合図だったかのように、雲が晴れて美しい月光が二人を照らす。
「「「「・・・・」」」」
ギャラリーは目を凝らして見た。
そこには
アサギの状況からして少年が一刀を浴びせたことは明白であり少年の勝ちということになるが、同時にアサギの勝利条件である少年を戦闘不能に追い込むということも達成していた。
勝負の結果は──少年の勝ちで終わる。
引き分けとなればそれは戦った両者はどちらも望んだものを手に入れられず、老人たちの都合の良い展開になる。
アサギは老人たちが茶々を入れる前に、あっさりと敗けを認めた。
彼女は
少年がこの先、対魔忍、ひいては自らの大きな力となるであろうと。
ここで少年が宗主を務める『ふうま』の取潰しを認めさせるのは、大いなる損失であると。
アサギもまたこの戦いにおいて、変化が生じていた。
自らの『個』としてよりも、『長』としての視点・思考を持つに至っていた。
アサギは血に汚れることも厭わず、倒れた少年を抱き抱えた。
(見事よ、
彼女の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。