転生したので反則技で魔法少女のお手伝い/敵することにした 作:絶也
新しい朝が来た。
結局あの後、高町なのはが魔法少女になるのを見届けてからなんやかんや直帰して、風呂に入って寝てしまった。
いやまあ、どうせあの後のなのはの行動は公園でユーノと話し、そのまま帰って高町家でユーノに関するお話と、なのはが夜遅くに1人で出歩いたことのお叱りなんかだから、俺が介入する余地なんかなかったのだが。
少し早くに起きたのが丁度いいので、机のなのはノート(A'sまでの流れを書いたノート)に向かい合い、2話に当たるページの右側に昨日の出来事を書く。
なのはが魔法少女になったこと…ではない。書きはするがクローズアップするほどじゃないんだ。
気になるのは、昨日俺を見下ろしてた少女。至極当たり前の話だが、この世界に生きてるのはなのは達リリカルなのはの主要人物だけじゃない。当然名も知らない一般人の方が多い。
あの女の子はその1人で、本来のストーリーに絡まないのにたまたま俺が認知した。それだけの話なのかもしれない。
しかし、モブっぽい登場人物が認知されることで物語に巻き込まれるような話もない訳じゃない。これのせいで戦いに巻き込まれるようになることも充分考えられる。
迂闊だった。なのは達と関わることで起こる歴史の改変には大分警戒していたけど、その方向の警戒はまるっきりしてなかった。
まあそこまで全部に警戒していたら何も出来なくなるから、これからも基本的には除外するけど。
メモを残しておき、1階に降りて適当な朝食を取ってから弁当を詰める。あとは鞄に諸々の準備を放り込んでから、俺自身の準備を済ませた。
白い制服、というのはやっぱり新鮮だ。
「ふぅ……今日も一日頑張るゾイ、と。いってきます。」
応える声はない。唯一答えてくれそうなクロッカスも、俺のポケットにしまい込んでいた。
家を出るとほぼ同時に、隣の家からもドアの開閉の音と明るそうな声がする。
「いってきまーす。」
丁度なのはと出るのが被るところだった。嬉しい偶然だが…正直気分の方は微妙だ。しかし、挨拶しない訳にはいかない。昨日から友達…友達だよな?友達って言っていいんだよな?そうじゃないならむしろこっちから声掛けるの怖いな……
我ながら卑屈な思考に陥りそうになっていると、幸いにして向こうから声をかけに来てくれた。どうやら友達かはわからないが、知り合い程度には判定してくれているようだ。
「おはよ。えっと……天坂君の家、隣だったんだね、ビックリ。」
「おはよう。こっちこそビックリだよ。なのはとお隣さんだったのか。」
自分でそうなるようにしていたが、説明できないので歩きながらすっとぼけておく。
…高町家は大きいし、2日目ということを差し引いても正直お隣さんという感じはあんまりない。
というか、今の会話の間に妙に違和感を感じたのはどうしてだろう。
「?…天坂君?なんか顔が険しいよ?」
表情に出ていたらしい。なのはがそんな俺を疑問に思ってやや覗き込むようにしてくる。
この…小学生とはいえ、こういう男子を勘違いさせるムーブは良くないと思う。これは俺が悪いんだけど。…いや違う、大人のはずの俺がなのはに勘違いしそうなことの方が問題なのかこれ。深く考えるとヤバい議題だこれは。
「い、いや、なんでもないよ。それより、そういえば今のが初めてだね。なのはが俺の名前を呼んだのって。」
明後日の方向に飛んだ思考の中で気づいた違和感の正体でどうにか自分の考えをさっきの話から逸らす。
なのははどうも、人の名前をよく呼ぶから昨日1日通して呼ばれたのが初めてなことは珍しい気がする。
「あれ?そうだっけ?」
「うん、そうだよ。」
なのはに名前を呼ばれてないことは忘れてても、なのはに名前を呼ばれていたら流石に覚えていると思う。我ながら結構好きだと思うから、自分を呼ばれてたら残るはずだ。ショックで飛ぶ可能性ならあるかもしれなかったが。
「(というか、下の名前で呼ばれないことも珍しいような…)」
「うーん……ごめん天坂君、やっぱり帝翔君って呼んでもいい?」
「ひゅおあっ」
思わず声が上ずった挙句になんか違う生き物の鳴き声みたいになってしまった。
いや、ダメだってこれは心臓バクバク言ってるぞ、しかも顔が熱い気がする……
言った本人は目を丸くして「今の何?」みたいな顔してるし。お前のせいだよと言いたい。
「い、いや、うううん、勿論いいよ。」
「な、なんか…ちょっと慌ててない?」
ヤバい、抜けきらないオタクの面が出て軽く引かれそうになっている。一度深呼吸を挟もう。
ふー…………。
「……うん、大丈夫。いいけどなんでいきなり?天坂君って呼んでから五分も経ってないよ?」
「んー…えっとね、なんか、人のことを苗字で呼ぶのってなんかあんまりしたくなくて。」
そりゃあ友達内どころかクロノもユーノも、リンディさんも全員名前に敬称でこれから呼ぶことになるからな。
納得いったがめちゃくちゃに慌てさせられたので、異議を申し立てたいがここでこれを言うのはただの自意識過剰だ。我慢。
「あ、バス来た。」
グッと堪えているとなのはがそう言い、顔を上げると聖祥行きのバスが来ていた。
先に乗り込むなのはに続きバスに乗って、後ろの方の席を見る。
今日は早めに行ったりしていたのか、アリサとすずかの姿はそこになかった。
「んっ、しょっと。」
隣合って座って、それから適当な雑談に興じて到着を待つ。
それから学校に着くまでとうとうユーノの話題が出ることはなかったが、なのはから話さないなら俺がほじくるよりもアリサとすずかと一緒に聞く方がいいんだろう。
学校に着き、バスから降りても何についてとか特に決めることなく話しながら教室までの道を歩く。
教室に入る時、中にとにかく目立つ金髪と、隣の紫の髪が目に入る。やっぱり先に登校していたようだ。
「おっはよー。」
「おはよ…。」
「なのは、帝翔、夕べの話聞いた?」
なのはと俺が合流するなり、僅かに焦っている…いいや、不安がるようにアリサが声を掛けてくる。
反対になのはの方はなんの話かとぽけっとしている。
「夕べ?」
「あー…なんか、事故だっけ。」
「うん、そうなの…昨日行った病院で事故か何かあったらしくて、壁が壊れちゃったんだって…」
「えっ、あれ昨日の所だったのか…」
「あのフェレットも無事かどうか心配で……」
不安な気持ちを押し殺すことも出来ず、アリサが胸を押さえている。そして、それに釣られるようにすずかもまた俯いてしまった。家にペットを飼っていることもあるんだろうけど、こういうところに2人の根っこの優しさが出ていると思う。
で、知っている人は。
「あ…えーとね、その件は、その……」
間。
話してる間、大体目を逸らしてたなのはが全て説明してくれた。知ってたけど。
「そっかー、無事でなのはの家に居るんだー!」
「でも、凄い偶然だったね〜、たまたま逃げ出したあの子と、道でばったり会うなんて。」
「「ねー♪」」
安心から顔を見合わせて上機嫌なアリサとすずか。
対面に絶対心の中で嘘はついてない本当のことも言ってないだけみたいなことを考えてる苦笑いのなのは。
絵面が妙に面白くて笑うのが苦手な俺でも軽く吹き出しそうだった。もはや耐えたことを褒めて欲しい。
…まあ、そんな苦笑いで誤魔化せるほど親友の目は甘くないよ。アリサもすずかも今は口に出さないけど、今のなのはの態度で何かあることくらいは勘づいてる。アニメのことがなくても、今ここに居る俺が何かを察してることに気づけるくらいにはな。
「あーそれでね?なんだかあの子、飼いフェレットじゃないみたいで、当分の間うちで預かることになったよー。」
「そうなんだ〜!」
「名前つけてあげなきゃ!もう決めてる?」
「あえてイタチとか名前つけてみる?」
「なんでそうなんのよ。フェレットでしょ?」
「ごめん冗談。蚊帳の外だったから軽くジョークでもって。で、なのは。名前決めてるの?」
「あ、うん!ユーノ君、って名前。」
「ユーノ君?」
「うん、ユーノ君。」
「へぇー!」
「…っと、もうそろそろチャイム鳴りそうだ。俺席に戻るよ。」
「あ、アタシもね。」
「わたしも〜」
そんな話をして、なのはの席に集まっていた俺とアリサ、すずかが散って、自分の席へと戻る。
…さっきのなのはの苦笑いで2人が勘づきだした時、一瞬雰囲気が不穏だったな。そういう目で見ていたから、そう見えただけかもしれないけど。
でも、その空気は好きじゃない。これからどうしていくか、気持ちとも向き合わないといけないと、窓の外の青空を見上げると同時に、1日の始まりを告げるような鐘の音が鳴るのだった。
気づけば最後のチャイムが鳴っていた。
一応聞いてはいるけど、小学校の授業って今になって聞くようなことがあんまり多くない上に短いからすぐに終わってるように思えるな…
疲れを体現するように伸びをするなのはのツインテールの片方を悪戯で引っ張って遊ぶアリサを見て笑い流し、美しい海沿いに歩いて帰路に着く。
なのはは今、きっとユーノと心の中で話している。なのはがレイジングハートを持った今、何を話しているのか正確にはもうわからない。ただ、今そうしながらアリサとすずかにそれを秘密にしていることが、これからを知っていても傍目に不安だった。
まるっきり豪邸の月村家にすずかを送り届け、今日日テレビでも中々見ないようなあからさまに金持ちな黒長い車に乗るアリサを見送り、2人になっても何かを話すことはない。
俺から話しかけるようなことはないし、なのはは今ユーノと話しているはずだ。
──ふと、空気が変わる。
形容しがたい感覚だ。むしろその感覚そのものに直接違和感をぶん投げてくるような、そんな奇怪なもの。
今この感じを共有できるのはなのはただ1人だけだが、それを言ったりはできない。
通行人のおっさんにぶつかりそうななのはを軽く引っ張って避けさせ、あくまでも普通に声をかける。
「なのは、ボーッとしたら危ないよ。」
「あっ…うん、ありがとう。…………」
そのまま黙り込むなのはが険しい顔になっていくのを見て、この先の展開を思い出す。
2つ目のジュエルシードだ。同行できないのがもどかしいが、また後をつけようと、そう思った時。
昨日の少女が居た。
昨日と何一つ変わらない…今度は物陰から同じ高さで、だからこそわかる妙に冷たい目で、俺達を見ていた。
「ごめん帝翔君、私行くとこあるから!」
「……大丈夫、こっちも今出来たから。」
なのはが言いながら走り出すのに頷き、もう一度そちらを向くと少女は物陰の奥へと身を引く。
けど、流石にこうなったら追わない訳にはいかない。あれがもし俺の出した影響で関わり始めるなら、俺が何とかしておく義務がある。なのはとは逆方向、人が大勢通る街の中、俺は少女の居た方へと走る。
物陰…と言うより近いのは路地か。その奥へと去り、先に続く道路に姿を消す少女のほんの少し見かけて、疲れてもないのに息が詰まるかと思った。
長く翻った、特徴的な白い制服。間違いなく聖祥の初等部…俺達と同じ小学校の制服だ。
よりにもよって、同じ学校から歴史の影響者を出しちまったか…!
昨日感じた軽い命の危機以上に焦っていた。ただ俺が居るだけでさえどれだけの影響が出るかわからず慎重になっているのに、何者か全く分からない奴まで勘定に入れるなんて流石に無理だ。せめてどこの誰かくらいは知らないと…!
もはやなりふり構ってはいられない。最悪転身することまで視野に入れて、ポケットからクロッカスを引き抜き握り締め路地裏を駆ける。あの少女が逃げた先の道へ。
しかし、広がっていたのは何ら変わりのない日常。人が通る歩道に、車が走っている道路だった。
正面は道路、車が行き交っている上に向こうも似たような歩道。わざわざ行くことはないだろう。なら、逃げたのは左右と見ていい。
せめて後ろ姿が少しでも見えたら、追いかける方向を決められるのに。そう思いながら目をさらにして左右を見渡す。聖祥の制服だけでも──
「高町なのはから手を引きなさい。」
───後ろっ!?
「っ!」
反応が遅れながらも振り返ろうとすると、背中に鈍痛と圧力を覚える。飛び出しながら中途半端に振り向く俺の視界で捉えられたのは、冷たい目で蹴りの姿勢の少女。そしてその少女が身を包むようなサイバーラインが僅かに目に入っただけだった。
それ以上は、耳障りなクラクションと共に意識持っていった車が支配してしまう。
「っ──…クロッカス!」
《All right》
視界が大きく揺れ動く。地に足つかない生活ってこういうことか。なるほど御免だと、ふざけた思考が瞬間に駆け巡る程度には余裕があるが、所詮は子供の体躯。咄嗟に握りこんでいたクロッカスが防護してくれたが、吹っ飛ぶくらいはしておかないとかえって不自然だ。
そうして宙を舞い、道路に転ばされる。
「い…ってぇ……」
転んだ時に擦り傷でもしたか。微かな痛みを膝に覚えつつ辺りを見やる。左右にも、路地裏にも…あの少女、いや、危険人物の姿はなかった。あの野郎…クロッカスの展開が遅れてたら、本当に死にかねないぞ、今の。
「リリカルなのはらしくないガチの殺人行為仕掛けて来やがって…なんだあいつ……」
軽い目眩を覚えながら起き上がり、今しがた俺を吹っ飛ばした車を見る。防護魔法で凹ませたりしてなければいいが……こんな高そうなくる…ま……
「…あれ?この黒い車って確か……」
「ちょっとアンタ!大じょう…帝翔!?」
頭の中で思い浮かべた人物─アリサ・バニングスその人が後部座席から出てきて駆け寄ってきた。隣には運転手だったのだろうか、使用人のような印象を受ける白がかった髪と、相応に歳のいった男性が付き添っている。
「ああ、アリサ、さっきぶり……」
「さっきぶりじゃないでしょ!この、こんな…どうしたのこれ!?」
かなり狼狽してるなこれ……大人の人の方とまず話そう。
「申し訳ありません、こちらの注意が…」
それはおかしい。蹴り出されたとはいえ、あっちから見たら俺は避けようがないいきなりの飛び出しをしてきた子供のはずだ。絶対に印象は良くないどころか、最初の一発目から荒れ狂うほど怒られても文句は言えない。
「いえ、そんな訳ないです。飛び出したのはこちらですし…こちらこそ、こんなことにしてしまってすみません…怪我とか、そういうのは大丈夫ですからお気遣いなく…」
「んな訳ないでしょーが!病院行くわよ病院!」
アリサの一声にどうしたものかと迷いかけると、あっという間にアリサに後部座席に連れ込まれ、さっきの男性が野次馬になりそうなところに会釈して運転席に乗り込み、そのまま車を発進させてしまった。
拒否権は、と問いたいが、流石に状況が状況だけに、これはそんなことを言ってられなかった。
一先ずアリサに強制連行されての病院送り、検査を終え、ついでに警察どうこうの話は大体向こうに任せておく。
怪我は膝の擦り傷だけ、他は大きい怪我も後遺症も特になし、結果としては走って転んで擦りむいたレベルの怪我しかなかった。
『当たっておいてなんですが、あの衝突でこんな怪我とは……』
『あ、当たり所が良かったんじゃないですかねぇ?は、はは、ははは……』
『このくらいの年の子なら、体重がとても軽いのでそのお陰でぶつかって、吹っ飛んで落ちたりしても大怪我がない、というのはたまにありますね。』
『なるほど……』
『(そんなことあるのか助かった……)』
みたいなやり取りがあって、魔法がバレないかヒヤヒヤしたものだ。とりあえず車の方にも傷らしい傷はなかったから、俺としてはもうオールオッケー。
なん、だ、けど……
「……………。」
病院外のベンチ。ムスッとした表情のアリサが視界を埋めている。大層ご立腹らしい。
さて、これ、何に対して怒ってるかしっかり当てないと大爆発コースな気がするぞ…出会って2日目にしてもう取り返しのつかない失敗とか流石に遠慮したい…
「…………………。」
事故に遭ったこと…じゃないな。飛び出したこと?これは有り得る。いや待て、飛び出したのは俺のせいじゃないし、そもそも今回のこれについて俺には落ち度はないはずだ。昨日の晩初めて見て、今日いきなり後ろから蹴られたんだぞ。心当たりも全くない。流石にそれで怒られるのは不条理だ。
とはいえ、向こう視点なら悪いのは全面的に俺だ。そこは納得出来る。
ならまずはそれを説明するためにも一旦落ち着いてもらわないといけない。問題はどうやってか、だがこういうことについて俺は聡くない。であればこういう時にこそ頼るべきは科学の力。理論でどうにかしよう。
怒りを抑える為には…そもそも、理論的に、どうして怒っているのかを解析するなら……
………カルシウム、だな?
「…アリサ、牛乳飲む?」
「な・ん・で・そうなる訳ぇー!」
怒られた。
それはもう、怒涛の勢いで。
閑話休題。
一通りお怒りのアリサの言葉を受け止め、落ち着かせることに成功した俺は事故による影響自体は特になかったので、運転してた男に謝り倒した後にそのままその車で家まで送られることになった。事故を起こした車で送られるのも妙な気分だが、考え事をしたかったので厚意に甘えさせてもらった。
ついでに警察にも色々聞かれたりしたが、結局俺の不注意ってことにして穏当に済ませてもらった。聖祥から殺人未遂が出た、なんてことになったら、今ここにいる俺達はともかく、これから先の転校生が来れなくなるかもしれないから。
隣の席に座るアリサを横目で捉えつつ、思い出す。
『…じゃあ、アンタは誰かに蹴られて、そのせいでぶつかっちゃったのよね?』
『そういうことになるね。』
『相手はわからないの?』
『さっぱり、って程でもない。確信がある訳でもないけど。』
俺自身の事情で、警察には頼れなくなってしまった。だから、俺の手でどうにかするしかない。
しかし、俺の今の気分を現すのは不安とかではなく怒りだった。
チラッと見えたあの姿から想像出来るものが間違ってなければ確定だが、そうでなくても、だ。
原作には登場しない少女。
『高町なのはから手を引きなさい』という言葉。
それに明確に俺を狙った殺人行為。
「(……あの女神、ちゃんと説明しておけよ。俺以外にも転生者が居るとか聞いてないぞ。)」
考えてみれば、当たり前なのかもしれない。想いがどうとか後悔が云々とか、そういった条件を踏まえるにそもそも転生者自体きっとそう多くは出てこないんだ。
しかもそこから同じ世界を選ぶ、となったらもっと減ることだろう。多分それなりにレアなケースなのだろう、説明を忘れたとしてもおかしくはない。
とはいえこっちはそれで全く警戒してなかったせいで死にかけたことを思うと、流石に少しは悪態をつきたくなるというものだ。
「………はぁ…」
重い気分に引っ張られ、つい大きな溜息を吐いてしまう。
すると、気を遣ってでもいてくれたのかすぐにアリサが声をかけてきてくれた。
「どうしたの?…やっぱり、どこか痛い?」
「自己申告ならともかく、お医者さんが大丈夫って言ってたんだから信じなよ……いや、その、なんというか…」
「む、なぁによ、ハッキリ言いなさいってば。」
「あー……ごめん、やっぱり暗い話だからパスで。」
ただでさえイラつき顔なアリサが余計にしかめっ面になっていくのを見るのは、あんまり気分の良いものじゃない。
転生周りのことはどうせ相談できない、しかも殺されまでする謂れはないのに殺されかけたなんて話をしたら、アリサの気分まで落ちてしまう。それは嫌なんだよ。
「そんなことどうでもいいでしょ。もう友達なんだから、ちょっとくらいは話しなさいよ。…それに、蹴ったのはそいつでも跳ねちゃったのはウチだし…」
でも、そのアリサの方は俺の懸念事をそんなことと一蹴した挙句、狡い言い方をする。アリサに責任はない。あそこに居たのがアリサのせいだとでも言いだしそうな勢いだが、アリサの家以外に跳ねられた可能性の方が高いくらいだ。それを思えば、感謝すらしてもいいのに。
何よりも、友達と。
そう断言してくれた。
それが何よりも嬉しく、昨日別れた時のように胸が熱くなる。
話せないことは多いけど、それでも少しくらいは口に出して相談してみようか。その結果何か変わるとしても、俺はもう、早くもその覚悟を決めなきゃならないのかもしれない。
……しかし、小学3年生と話してる感じはしないな、これ。
「アリサって、思ってたより馬鹿なんだな。」
「はぁ!?」
ああ、第一声からこれだよ。救いようがないな俺って人間は。
口に出してから後悔したとて、今の言葉が取り消される訳じゃない。当然、いきなり馬鹿呼ばわりされてまたしても怒りの形相に変わっていくアリサの機嫌が直ってくれるわけもない。
今にも噛みつきそうなアリサをどうどうとなだめると、ここが車の中だからか、それとも事故のことを気にしているのか、意外にあっさりと話しを聞く態度に落ち着いてくれる。
…前者の理由ならともかく後者の理由であれば、そういうところが馬鹿だと言うのに。
「…で、それどういう意味?言っとくけど、それによってはアタシ普通に怒るからね?」
「だってそうじゃないか?何を思ってるのかよくわからないけど、どう考えたってこの車が俺を跳ねたことに関してはアリサの家も、もちろんアリサも悪くない。アリサが責任を感じるのは筋が通らないって。」
「む…」
何か言いたげではあるが、流石に優等生。理屈の上では俺の言い分が正しいことはわかってくれたらしい。それでも感情と合わせて全然割り切れず、頭を煮えたぎらせてしまう姿が、ようやく見えた年相応の振る舞いのように思える。
「いじめられる方にも原因があったなんて言わせない。誰でもわかる簡単な話だけど、そんなのやったほうが悪いに決まってる。だからアリサは罪悪感とか背負わなくていいんだ。──ただ、そういう酷いやつが居るんだって一緒に怒って、ついでにその後で一緒に甘いおやつでも食べてくれれば、言うことないかな。」
我ながらちょっと決まった、と思いながらアリサを見ると少し…いやかなりポカンと、何を言っているんだろうみたいな顔をしていた。
……これはひょっとして、決まったどころかめちゃくちゃかっこ悪い?勝手に一人で盛り上がって、らしくもなく饒舌になった挙句に見当違いのかっこつけた台詞言ってた?
内心冷や汗をかきつつも平静を取り繕いアリサの様子を伺っていると、おかしいものを見ていたような表情は崩れ、今度は本当におかしいものを見たように笑い始めた。
「あっはははは!なにそれ、変なの」
これはどういう笑いだ?笑ってくれてるのかただ笑われてるだけなのかどっちだ?
「はー、全然顔は変わらないくせにこういう時にはよくしゃべるのねアンタって。」
「顔変わらないのは今関係ないだろ…」
「でもそーね、確かに帝翔が事故に遭ったのだって帝翔は悪くないし、というかその蹴っ飛ばしたやつ以外悪くないものね。楽になったかも。」
「そ、そうだろ?」
あまりにも心臓に悪い一瞬を経てアリサが見せる笑顔を見て情けないことに割と心底から安心してしまう。大の大人が赤の他人の小学生の笑顔に心からほっとするなんてどうなんだ。
いや、違うか。赤の他人じゃないんだ。
「…友達、か。」
「それがどうかしたの?」
「いや全然。しかし、なんかアリサと話してるとあんまり小学生と話してる感じしないな。」
「なんでそんなにアンタは小学生じゃないみたいな言い方してるのよ。」
心臓に悪いどころか心臓が跳ねた気がした。
いや、これはどう考えても俺のヘマなのだが、それにしたってツッコミの入れ方だよ。むしろ少しは笑ってくれよ。怖い。
「って言っても、実はアタシもそんな感じのことは思ってたのよね。パパとママ…とは違うけどなのはとすずかとも、うちのクラスの男子ともなんか違うっていうか…んー……」
いくらなんでも勘が良すぎないか。それとも俺の子供の振る舞いそこまでへたくそだったのか?でも考えてみれば子供らしい振る舞いはしていなかったな。
まして相手は小学生、中学生が大人に見え、高校生ならもはや雲の上みたいに見える時期だ。そう考えると俺の振る舞いに違和感を抱くのはある種当然なのかもしれない。
「家族の影響かな…子供っぽくないみたいなことはよく言われるんだ。」
「あ、そうなんだ。家族って、昨日海外に行ってるって言ってた?」
「あー……いや、親じゃない。姉弟、というか姉かな。そっちも今はいないんだけど。」
うん、嘘はついてない。『ここにはいない』のは事実だ。そもそもどこにいるんだかわからないヤバい姉だったから、仮に転生なんてしてなくても同じことを言えるのだが。
「ふーん、どんな人?」
「どんな人…強いて言うなら天才とか、超人とかそういうのかな。どうもあれには、どんなことをやっても勝てない気がする。得意なこととか大抵姉の方が得意だからな……」
「へー…あれ?帝翔って今誰と暮らしてるの?」
「え、一人だけど。」
言ってからやってしまったと気づく。今の俺は小学3年生、一人暮らしがこの上なく不自然な立場にある。となるとやっぱり。
「…アタシたちまだ三年生なんだけど?」
そう来るよな。うん、流石に一回流したい危なさだ。
折よく車の窓から見る外の景色が見覚えのあるものに戻ってきた。もうそろそろ家が近い。
「あ、すみません。俺ここまでで大丈夫です。」
「ちょっと、まだアタシの話」
流石に訝しんでるアリサを頷いてくれた運転手の人とのコミュニケーションをとる形でスルーしておく。ここは公園の近くか。軽く見上げてみると空が橙に落ちてきていた。どうやら事故周りの話をしているうちにかなり日が暮れてきていたようだ。
どうにか完全にスルーしたいが、それは義理に欠けるというものだ。ので、
「アリサ、その話は長くなりそうだし、また今度にしよう。すみません、色々とお時間取らせた上に送ってもらって。」
アリサに言ってから中にいる運転手の人に挨拶を済ませ、半分くらい無理やり帰宅の雰囲気を作り上げる。アリサもそれを汲み取ってくれたのか、聞こうとするのを諦め引いてくれた。
「そうね、もう時間もちょっと遅くなってきちゃったし。あ、帝翔。」
「なに?」
「一緒に怒ったから、後は甘いお菓子ね?なのはとすずかとお茶する時に誘うわね、それじゃ♪」
言うだけ言うと車のドアを閉め、すぐに発進する。
だというのに、俺の方はと言えばたっぷり10秒は車の後ろ姿を固まって眺めていた。
「………お茶会?」
なんだろう。普段の3人に溶け込むことにはさして抵抗はなくなったものの、お茶会の方はダメじゃないか?なんかこう、秘密の花園に土足で踏み込むようなものじゃないか?
未だかつてないほど男として生まれてきたことに後悔しつつ、ちょっと足が振るえるのを抑えて踵を返して帰路を辿る。
学校の昼食であんな気持ち悪くオタクになるのに、お茶会なんて行ったら死ぬんじゃないだろうか。殺されるのではなく、死ぬんじゃないだろうか。
物理的ではなく、精神的に。
事故の体重軽かったから怪我がほとんどなかったかもしれない、というのは筆者の実体験から来てます。ぶつかられた方で。