とある【お題】 作:白黒患者
その日、彼は頭を抱えていた。
病気ではない。しかし、頭を痛めていた。
(……か、買っちまったぁ)
頭痛の原因は目の前に鎮座している。
Amaz●nから届いた段ボール箱、何よりその中身。
オタク趣味は家族に知られている、しかしっ流石にこれは見せられない!
(どうする……どうすればいい)
通販で手に入れたのは、お手頃価格の――メイド服。
素晴らしい出来だった、小遣いで手に入れられるギリギリの額だった。
(だからと言って買う奴があるか、女装趣味は持ち得てないだろうがっ!)
飾るのもいいし、メイド服の構造を知ることで更に沼の底へと堕ちていくのだって構わない。
そういう楽しみ方もあることを知っているにもかかわらず、だがそれでも彼は悩み苦しんでいる。
何故、その理由は簡単だ。
(――だって
単純に
というか十割それが理由と言っても過言ではない。
昔からよく一緒に過ごしてきた妹は、とても可愛い。
身内贔屓込みだと語りきれないほどに、際限ない美少女だ。
そんな妹のメイド服姿を、つい想像した……次の瞬間には買っていた。
爆速だった、夢幻でもなく紛れもない現実だった、圧倒的に速度が足りていた。
いや、でも無理だろう。
お互い思春期で、しかも異性。
ここ最近は会話も少なくなってきて、何だか距離も置かれているような気もしている。
あぁ、あっという間の兄離れ……考えると二階の自室から飛び降りかねないので止めた。
「ハァ……仕方ない、流石に頼めないから……封印するしかっ」
血涙を流しそうになりながら、如何にかこうにか秘蔵コレクションの一つとして収納しておく。
下手をすると二度とお披露目することは叶わないかもしれない……その時は無償でコスプレする人にプレゼントすることにしよう。
〇
その日、妹は天を仰いでいた。
別に天井の染みを数えているわけでも、絶望しているわけではない。
しかし、その手に持つ一つの段ボール箱によって、非常に悩まされていた。
(もう、なんでよりによって……兄さんったら)
場所は兄の部屋、今は友達の家に遊びに行っているため、考える時間はあった。
兄は箪笥の奥の方に、ちょっと趣味の強い物を収納しておくスペースを作っている。
諸事情あってその場所を漁ってリサーチする必要があったのだが、結果出てきたのが……メイド服だった。
(あぁでもこれは喜ぶだろうなぁ……喜んじゃうんだろうなぁ)
メイドなんて必要が無い一般家庭にこれは必要が無い。
だがしかし、これを着る理由が彼女にはあり、この8月のクッソ暑い中考え込んでしまう。
汗で服が張り付いて気持ち悪いが、今はそっちに意識を向ける余裕が無い。
(あぁーうぅーー……むぅぅぅ)
数日後に迫る兄の誕生日。実はそのプレゼントをまだ準備できていなかった。
毎年悩んでは無難なモノを準備していたのだが、今年は受験とかで頑張っていた兄の為にちょっと頑張ろうかなぁなんて思ったのが始まりだった。
兄はオタクでとてもおバカさんだ。
しかし行動力が高く、こうしてメイド服を買ってしまえる程度には家族の手伝いやバイトで小遣いを手に入れている。
欲しいものは大体自分で手に入れるというか、他人に頼んで貰うものでは無いと思っているのだろう。
そしてそれは正しい。だってメイド服なんて普通の男の人は買わない。
(でもお兄ちゃん普通じゃないからなぁぁぁぁぁ……!)
ここ迄悩んでいるのは、これを着てちょっとメイドっぽくすれば、その誕生日プレゼントになるからだ。
勿論、普通は着ない。選択肢にも入らない。
だけど日頃妹に甘々で趣味に没頭しがちな兄が、そういう時間を削ってまで受験勉強を滅茶苦茶頑張っていたのを観ていた。
そんな兄を労わりたいというか、ご褒美を上げたいという気持ちがあった。
例えその理由が、有名なコスプレ研究会があるからとかいう理由であっても……!
(………よしっ)
暑さで思考がバグっている可能性は否定しない。
最近遊んでもらえてなかったフラストレーションが影響していたのかもしれない。
その場のテンションだとしても、後々後悔するとしても。
「――着ようっ」
まずはメイド服の着かたを知るためにも、こっそりと段ボール箱の中身を自室へ持ち帰った。
〇
誕生日とは、文字通りこの世に生まれ落ちた日のことを言う。
勿論彼にもその日が存在し、そしてそれは8月という真夏の真っ只中だった。
「はぁー……」
しかし、そんなめでたい日にも拘らず、彼は落ち込んでいた。
何故なら……初めて、妹からのプレゼントが無かったためだ。
正確には後で渡すとかなんとか言われ、あやふやなまま誕生日が終わろうとしていた。
(まぁ、段々とこうなっていくよなぁ)
兄離れが始まっていたのは気づいていた。
こうなることは予測出来ていたことだ……そう言い聞かせてどうにかなるものでは無いが。
ともかくもう寝てしまおうとエアコンのタイマーを設定していた、その時、扉をノックする音がした。
「に、兄さん……いま、いいですか」
「ん?あぁ、だいじょー……ぶ」
声は妹だった。特に何の警戒もせずに迎え入れ――一瞬正気を消失した。
「――」
「……うぅっ」
そこに居たのは天使、もといメイドさんだった。
赤面しているメイドさんは想像以上に素晴らしく、兄は混乱を起こしていた。
「……ぁ、あの、にい……ご、ご主人、さま?」
「」
気絶しなかった自分を、この時ほど褒め称えたかったことはない。
その代わり正気を取り戻すために、一度衝撃が必要だと本能が察した。
「フンッ!!!」
「ちょっおにいちゃん!?」
壁に頭を打ち付けると、懐かしい呼び方をする妹の声が……ふむ、どうやら正気度が足りないらしい。なれば仕方ない、もう一発――ッ!!!
「ストップストップストップ!!」
しかし、間にメイド服姿の妹が割り込んできたため、全力で停止させざるを得なくなった。
衣装は勿論、目の前の
例え力んだ衝撃で体の筋が痛もうが、絶対に危害を喰わないという強い意志が彼を硬直させた。
「もぅ、なにしてるの……ほら、ちょっと血が出てるよ?」
そういって彼女は背丈に違いがある兄の額へ、ハンカチをあてる為に背伸びをした。
硬直している彼は身じろぎ一つしなかったが、だからこそ密着する妹の感触から一ミリも離れることが出来ず――。
「――本望」
「へ?え、ちょ、おにいちゃぁぁぁん!?!?」
メイドという萌えと妹の献身という尊さ。
当たり前の様に、彼は
〇
なお、最高の誕生日プレゼントはその後、写真撮影されアルバム保存された。
そして毎年恒例にするために四苦八苦した兄の姿がそこにあったとか……それに応える、若干コスプレに嵌った妹の姿があったとか、なかったとか。
『要素』
・夏
暑いと正常な思考が纏まらないことがある、ということの為だけに使わせてもらいました。祭りもなく花火もない。何がしたかったっていうと、キャラの頭をバカにしたかった。
・メイド
シンプル衣装として登場。あと兄呼びに加えてご主人さまって言わせたかった。有難うイタチさん。
・妹
年齢及び外見描写はありません、あなたの思い浮かべられる妹を想像してください。
『裏話』
・兄妹
シスコンでありブラコン、義理かそうじゃないかは明言しませんでした。ただ、少なくとも幼い頃から知り合いではあるようです。
尚、今作の二人、異性として意識して避け始めているのは兄だけでした。受験勉強しなきゃとか、理由付けてちょっと離れたり。
今のところは妹ちゃんはお兄ちゃんが普通に大好きなだけです。私はこういう関係「も」好きです。
この二人はきっとこれからラブコメ含め色々あるのでしょう。短編なのでこれ以上は蛇足かもですが。
・呼び方
幼い頃と心の中では「おにいちゃん」ちょっと精神が成長して最近「兄さん」誕生日プレゼントということを考慮しての渾身の「ご主人さま」でした。様だとちょっと慣れているというか冷静というか、ひらがなの方が初心者?感あっていいかな、と思(自重)
・コスプレ
いいですよね、コスプレ。素晴らしい文化だと思います。妹ちゃんもそうですが、出来れば兄もコスプレに引きずり込む妹ちゃんの図であってほしい。
・両親
描写の欠片もないが、きっと血は争えない。
・(尊)死から逃れること能わず
そう、誰も逃れられることは、つまりノーワ……いえ、偶然です。偶然なんですよ?