俺ガイル~二次 雪ノ下父が贈賄容疑で逮捕!雪乃が独立する? BT付き   作:taka2992

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第四話

 次の土曜日は一日雨だった。この季節にしてはかなりの雨量があったようだ。乗るはずの中央線も危うく運転見合わせになるところだった。天気が悪い中、のこのこ山梨まで行きたくなかったので、翌日に繰り下げ。日曜日も天気が回復することはなかったが、かろうじて雨はやんでいた。

 

 俺と雪ノ下は11時に待ち合わせ、新宿駅に向った。特急に乗って甲府の先の韮崎という駅を目指す。新宿から一時間半の小旅行だ。

 昨晩は親に三万円をねだるのに苦労した。なにしろ休日はほぼ自宅警備員だった俺のことだ。急に友人と山歩きにでかけると切り出すと、母親は真っ先に俺の額を触り、熱がないかどうか確かめた。そこで、小町がフォローしてくれた。

 

「お兄ちゃんがこんなこと言い出すのは珍しいよ。このチャンスを逃すのは親の扶養義務を放棄することだよ。ハイキングぐらい行かせてあげたら?」

 

 こうして俺は旅行代をゲットし、特急のシートに座っている。窓外には時々雨がぱらつき、ガラスに横線を描く。相模湖あたりから山が深くなり、緑の稜線と春霞にけむった谷あいの景色が目にしたたる。

 

 窓側には、ライトブルーの春物コート姿の雪ノ下。めずらしくお菓子を時々口に運んでいる。それもきのこの山。なぜ俺の好きなたけのこの里じゃないんだ? そんな様子を眺めつつ、こいつも変わったとしみじみ思っていたら目と目が合った。

 

「なにか?」

 

「いや、なにも」

 

「あなたのことだから、どうせまた、こいつも変わったとか思って心の中でニヤニヤしているんでしょ?」

 

「どうしてわかるんだよ!」

 

「いちいちうるさいわ。変わった変わったって。時間がたっても変わらない人のほうが変でしょ」

 

そういうと雪ノ下は口をとがらせて顔をそむけた。以前だったら、こいつは本気で俺を嫌っているなと思ったはずだが、今ではその様子が可愛くてしかたがない。たぶん、一番変わったのは俺だ。

 

「そんなことよりも実家に本当に両親がいたらどうするつもり? 完全にあなたの負けということよ」

 

「それはありえないな」

 

「また。根拠もなしに?」

 

俺は、ポケットからスマホを取り出した。ファイルマネージャーを操作して、目的のファイルを再生した。それを雪ノ下の耳に近づける。

 

「もしもし、比企谷と申しますが、社長の佐川明彦さんいらっしゃいますでしょうか」

 

「はい。どちらの比企谷さんでいらっしゃいますか」

 

「あ、知り合いの比企谷です。そういっていただければわかります」

 

「少々お待ちください」

 

しばらく保留音楽が流れる。突然プチっと音がして男の声が出る。その声には36歳よりももっと年季の入ったトーンが混じっている。

 

「もしもし。お電話変わりました。佐川です」

 

「あ、この前はすみませんでした。比企谷と申します。平塚静から叱られました。ご迷惑をおかけしまして。お詫びを申し上げたくてお電話いたしました」

 

「は? 何のことでしょう」

 

「え? 平塚静という女性はご存じないですか?」

 

「はあ、知りませんが・・・」

 

「あの、スポーツクラブに通っているということはありますか?」

 

「いえ、私はスポーツはやりませんし・・・」

 

「どうもすみません。完全に人違いのようです。お気になさらずに、どうかお忘れください。それでは失礼します」

 

「・・・」

 

通話が切れる音。雪ノ下の目が大きくなっている。

 

「あのとき焦って電話を切ってしまったのがいけなかった・・・話していれば、そのときに黒だと判明していたのね。それに、やっぱり声が違う。とんだミスをしたわ。ごめんなさい」

 

「つまり、佐川明彦という会社社長は実在していて、それを騙る人間がいるということだろう。まあ、おそらくこれから行く家も、どうせ空き家だったりするんだと思う」

 

「たぶんそうよね。これでほぼ確定ね。でも、平塚先生は会社に電話したことがなかったのかしら」

 

「携帯だな。私用電話は必ず携帯にかけてくれと言われてるんだろ」

 

「そうなると先生、本当にかわいそうね・・・」

 

雪ノ下がうつむいてだまりこんだ。

 

「大丈夫だ。これも賭けだが、ちゃんと平塚先生を救ってくれそうな人のアテがある」

 

そのアテについて、雪ノ下も理解していたようだ。

 

「そうそううまくいくかしらね。うまくいって欲しいけれど」

 

「だから賭けさ。そしてうまくいくさ」

 

重い台車を押して売り子が近づいてきた。俺はコーヒーを二つ注文した。テーブルを倒してカップを置く。俺もきのこの山をつまみながら二人でコーヒーをすする。

 

「なあ、雪ノ下、ゆきのん、ゆきちゃん」

 

「私は三人もいないのだけれど」

 

「四人くらいいるような気も・・・いや、やっぱりいいや」

 

雪ノ下が少しジト目で言う。

 

「気になるわね。はっきり言ったら?」

 

「お前さ、葉山と昔何があったの?」

 

雪ノ下が手を口に当てて、クスクス笑いだした。肩がふるえている。窓外に広がる天候とはうらはらに、今日は基本的に機嫌がいいようだ。

 

「なんなの。いきなりそんなこと言い出して。爆笑させてくれるわね。それってもしかするとやきもちと理解していいのかしら」

 

「そうだよ。そうですよ」

 

「ずいぶん正直ね。私と葉山君は小学生のころ同級生だったのは知っているでしょ。それに、彼の父親が会社の顧問弁護士だったから、家に度々来ていたのよ。それだけの話よ」

 

「それだけだったらお前が葉山を毛嫌いしている、いや、していたことの説明がつかんと思うが」

 

「小学校低学年のころは、私と彼はクラスでも仲良くしていたのだけれど、彼はそのころから人気者で、彼と仲良くしていた私が嫉妬のために攻撃され始めたの。あなたがよく言ってるぼっち状態になってしまった。でも彼はそんな状況に無力だった。私を助けようとすればするほど、私への風当たりが強くなるの。結局彼と私は疎遠になっていったの」

 

「なるほど。お前、そのころ葉山が好きだったんじゃないのか」

 

雪ノ下が空を見上げるように目を細め、遠くへ視線を送る。

 

「そうかもしれないわね。でも、そんな子供のころの感情が本当に好きだったと言えるのかどうか、今ではわからないわよ。それに、葉山君が好きだったのは姉さんだと思う。そのころから彼は姉に振り回されていたから。そんな昔のこと聞き出して何がしたいの?」

 

「俺もなんとなくそんな気がしていただけだ。しっかし、俺の想像力ってすげえな」

 

「変な想像力が働いて、私たちが春ラララみたいと思っているとか? 全然違うじゃない。三人で会いたいなんてこれっぽっちも思わないし。葉山君に会いたいとも思わない。だいたいあの歌詞おかしいわ。元カレと今カレを会わせて一緒に春ラララとか。それは普通の感覚かしらね。私には考えられない」

 

「別に春ラララとか思ってないから。今言われて初めてそんな図式が見えてきたくらいだ」

 

そんな会話をしているうちに、目的の韮崎駅に到着した。午後二半。相変わらず曇天だったが、かろうじて雨は落ちていない。俺たちは駅を出ると、スマホにマークしておいた場所へ向けて歩き始めた。

 

あたりの景色は千葉の田舎とさして変わらなかった。幹線道路とその両側に並ぶチェーン店、スーパー、パチンコ屋、ホームセンター。日本のどこにでもある風景だ。

 ただ、晴れていたら八ヶ岳や南アルプスの山並みが見えたはずだが、見渡す限りの遠方の風景は白く霞んでいる。これが残念だった。

 

 俺たちは途中で和食のチェーン店に入り、昼食をとった。その後、10分くらい歩くと小さな川を渡り、疎らな住宅街に入った。スマホの地図を見るとマークと現在地が一致していた。そこには小ざっぱりした二階建ての一軒家があった。屋根付きのガレージには軽自動車が止まっていた。一階のリビングらしき窓には白いカーテンを通して明かりが灯っている。どうやら空き家ではないらしい。玄関の脇にはダンボールの束が積み上げられていた。

 俺は雪ノ下にデジカメを渡した。

 

「俺が呼び鈴を鳴らすから、もし人が出てきたらこれで撮影してくれ。できるだけ顔が映るようなアングルで。俺の近くで撮っていると怪しまれるから、少し離れて、さりげなく。

 今日は暗いから感度は最大にしてある。なんとかなると思う。カメラを構えずに、腰のあたりでレンズを家に向けて、何枚もシャッターを切れ。広角なので適当なアングルでも撮れるはずだ。あ、フラッシュは発光禁止にしてある」

 

「わかった」

 

そういうと雪ノ下はデジカメを受け取り、5メートルほど離れた。

俺はポケットのスマホの録音ボタンを押して、正面玄関に設置されている呼び鈴を鳴らした。インターホンや監視カメラはついていない。しばらくすると、30代半ばの会社員風の男性が扉を開いた。今日は日曜日だし、天気が悪かったので外出もせずに家にいたような感じだ。

 

「こんにちは。佐川さんですか?」

 

30男は怪訝そうな表情を見せる。

 

「いえ、違いますけど」

 

「ここに佐川さんが住んでいると聞いて来たんですが」

 

「うちは中山といいいます」

 

「そうですか。以前、ここに佐川さんが住んでいたということはありませんかね」

 

「わかりません。うちは一週間前に引っ越してきたばかりですから」

 

「しつこくて申し訳ないんですけど、お宅に50歳くらい以上のご両親は一緒にお住まいでしょうか」

 

「いえ、私と妻と息子だけです」

 

「ここのお宅は以前誰が住んでいたか知りませんか?」

 

「知りませんんねぇ。不動産屋によると、しばらく空き家だったとは言ってましたが」

 

「このへんは空き家が多いんですかね。いいところなんでこの辺に住もうかと考えているもので」

 

「そうですね。空き家は多いみたいですよ。6~7軒は近くで見学しましたからね。ここに決めたのは、長期間借りる予定だったら家賃を割り引いてもいいと不動産屋が言ってたからです。長期間の空き家は家が傷むから、みたいなこと言ってました」

 

「わかりました。どうもお騒がせしてすみませんでした。失礼します」

 

 中山さんは終始怪訝な顔をしていたが、親切に応対してくれた。会話はこれで終了。調査も終了。あまりに簡単すぎて拍子抜けしたが、冷厳な事実が残った。しかし、これは十分に予想していたことだ。俺は玄関を退いて雪ノ下のほうへ行く。

 

「15枚くらい撮れた」

 

そういって写真を確認している。それを覗き込むと中山さんの顔がはっきり映っていたので安心した。これで押さえた証拠は二つになった。

俺はカメラを受け取って、家の全景をいくつか撮影した。

 

その横で雪ノ下がぼそりとつぶやく。

 

「わたし悲しくなってきた」

 

そして、俺たちは元来た道を無言のまま引き返した。大粒の雨が落ち始めた。


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