俺ガイル~二次 雪ノ下父が贈賄容疑で逮捕!雪乃が独立する? BT付き   作:taka2992

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第六話

 

「おまえは電話とかしなくていいの?」 

 

「わたしは別に誰にも言わなくても大丈夫だから。一人暮らしだし。シャワー浴びようと思うのだけれど、洗面所にタオルとか揃っているみたいね。しばらく入ってこないでね」

 

「あ、ああ」

 

すぐに、水が滴り落ちる音が聞こえてきた。俺はテレビのスイッチを入れた。すると、中央線や高速道路の復旧工事現場が映し出された。明朝の営業開始を目指して全力で作業が行われているという。たぶん、明日は帰れるだろう。しかし、明日は月曜日。学校がある。遅刻確定だ。

 

しばらくして、備え付けの浴衣を着た雪ノ下が洗面所から出てきた。髪の毛は乾かすのに苦労するためか、濡れていない。

 

「じゃあ、俺もシャワー浴びるわ。覗かないでくれるかしら」

 

「バカね。お酒飲む必要ないみたいね」

 

洗面所で脱衣すると俺は浴室に入り、シャワーを浴びた。面倒なので俺も頭は洗わなかった。バスタオルで全身を拭うと、一日の疲れが洗い流されてスッキリする。浴衣を着て部屋に戻ると、テレビも消え、照明が絞り込まれて暗くなっていた。

 

「出た? もうわたし寝るから。クタクタよ。おやすみなさい」

 

ベッドに入っている雪ノ下を見て俺はドキリとした。こんな感じでラブホに入ってしまったが、いざ同じベッドで寝るとなると・・・いったいこれからどうすればいい? 思わず緊張しながら雪ノ下の隣りに入り込んだ。

 

 横になってしばらく雪ノ下は俺に背中を向けていた。こんな状況で眠れるわけがない。一番居心地が悪いのはこの無言の状態だった。

 

「なあ、雪ノ下」

 

「・・・」

 

「ゆきちゃん?」

 

「なに?」

 

「こっち向いてくれないかな・・・」

 

 雪ノ下がもぞもぞ動いて体を仰向けにする。ほの暗い中でも雪ノ下の顔、というよりもその一部がはっきりと見えた。髪の毛が乱れて頬や口のまわりにからみつき、その表情がうかがい知れない。と、そのとき、俺は雪ノ下のまなじりがほんのりと濡れていることに気がついた。さっきまであんなに笑い転げていたのに。

 

「・・・どうして泣いているんだ」

 

「ううん。なんでもないの」

 

「何でもないこともないとは思うが、最近、泣きすぎだろ」

 

「そうかもしれない。私、これまでずっと一人だったから・・・」

 

「それだけじゃわからん」

 

 しばらく無言が続いた。俺は見守ることしかできなかったが、それでも雪ノ下はコクリと喉を動かしたり、時々目を閉じたりして、何を言うか整理しているようだった。

 

「私は、小さいころからずっと一人だった。家族はいたけれど・・・命令ばかりする母、競争意識しか持てない姉、やさしかったけれど家族のことをかえりみない父親、お嬢ちゃん扱いするお手伝いさん・・・。そして学校に行けば私を排除しようとする人たちばかり、近寄ってくるのは私の気を引こうとする一部の男子だけ・・・」

 

 思い返してみれば、俺には小町がいた。時にはとっくみあいの喧嘩もしたし、ガキのくせに余計な詮索してきたり、教訓くさいことをわざわざ兄に向かって垂れるウザさもあったが、俺を一番理解していたのも小町だった。理解されてしまっていることに忸怩たる思いを持つ反面、この世で一番信頼していたのも小町だった。あいつとは腹を割って話す必要がないのだ。そのおかげで俺はギリギリのところで救われていたのかもしれない。しかし雪ノ下にはそんな兄弟姉妹さえいなかったのだ。

 

「そういうことならだいたい理解していたつもりだが」

 

「私って人と触れ合ったことがなかったのよ。こうやって全部さらけ出して話したこともない。ずっと孤独だった。そう思ったら、自然に涙が出てきてしまったのよ」

 

「そうか、俺が思っていたよりもつらかったんだな」

 

「いいえ。つらいとか寂しいという感じではないの。私なりに楽しいと感じることも多かった。何かに打ち込んで成果が出て充実したこともあった。でも何かが足りないのよ。自分の思ったことや感じたことを共有する人がいないと、それがただの幻で終わってしまうような気がするの。それってすごく虚しいことじゃない」

 

思ったことや感じたことを共有する人がいない。・・・俺は、これほど孤独というものの本質を言い表した言葉をかつて聞いたことがない。思ったことを聞いてくれる人がいなければ、その言葉は虚空に消えるしかない。

 それはまるで大海原を小船に一人で乗って、あるいは宇宙空間を一人で漂流しているようなものだろう。やがて、ありもしない島影や救助船の発する光の点滅が見えてきて・・・

 

「そうだな。俺には小町がいてくれたおかげで助かっていたと思う」

 

「あんないい子が妹にいるなんて本当にうらやましい」

 

「心配するな、お前にはもう仲間が何人もいるだろ」

 

雪ノ下が俺のほうに向き直る。

 

「ねえ・・・。お願い、私を抱きしめて。しっかりと」

 

 俺は雪ノ下の首に右腕をまわしてその華奢な体を引き寄せた。左手をその背中にまわす。すると雪ノ下は顔を下に向けてうなずくように、俺の胸にうずくまってくる。頭のてっぺんが俺の鼻先に密着し、ほんのりとした甘い香りが鼻孔に広がった。そして、少し冷たい足が俺の両足の間に割り込んできた。

 どうやらまだ涙が途切れていないようだ。時々鼻をすすったり、ゴクリと飲んだりしている。温かい涙が冷えてくると、胸の上に若干の冷感がわき起こる。雪ノ下の涙が俺の体を濡らしたのはこれで二回目だった。

 

「あなたとこうして話せるようになってよかった・・・」

 

 かつて俺が氷の女王と名づけた雪ノ下も、昨年の4月ごろから由比ヶ浜や俺と接触することで、除々に融け始めていたようだ。春のツララがポタリポタリと雫を垂らすように、雪ノ下の凍りついていた心が涙となって落ちている。これで完全に氷が融け落ちて、雪ノ下の心に春風が吹くことを願わずにはいられない。雪ノ下雪乃といえども、こうして心の中まで見えるようになると、ごく普通の女の子だったことがわかる。

 

 俺は、しばらく左手で背中や肩、頭を撫でた。首や背中で乱れていた髪の毛を正しく流れるように導いてやる。その感触はなめらかで柔らかく、温かい。しかし、まさかあの雪ノ下の体を抱いて、やさしく撫でるようになるとは。

 

 その一方で、俺の鼻先から足先まで、女の体が密着しているという現実。こんなことはいまだかつて経験したことはない。しかもあの雪ノ下のような美人の体がこんなにもぬくもりを伴って自分の近くにある。

 それなのに、俺はスケベな気持ちを抱かなかった。そういう発想や生理的な感覚がまるでわいてこない。あるのはただ平穏な安堵感。こうして身を預けて信頼してくれていることがとても心地よく、ごく自然に調和して触れ合っている。これが俺には不思議に思えると同時に、信じられないことでもあった。

 

 どれくらいの時間が流れたのだろう。そのうち、雪ノ下が眠ってしまっていることに気がついた。俺もそのままの体勢で寝てしまおうと思ったが、なかなか寝付けない。しかし、ふと気がつくと、カーテンのすき間から光が差し込んでいた。

 午前7時になると、傍らの雪ノ下ももぞもぞと動き出し、起き上がって洗面所に行った。戻ってきたときには元の服に着替えていた。

 

 俺も顔を洗って歯磨きをし、浴衣から服に着替えた。洗面所に脱ぎ捨てた服は綺麗にたたまれていた。

 俺は部屋に戻ってオレンジ色の安っぽいソファに座った。雪ノ下は備え付けのポットで湯をわかし、インスタントコーヒーをいれ、カップの一つを俺にくれた。

 テーブルの上にあったテレビのリモコンのスイッチを入れる。一瞬、AVが映ったが、あわてて切り替えた。雪ノ下は気がつかなかったようだ。

二人であまり美味くないコーヒーをすすった。

 テレビには中央線は復旧しているというテロップが流れていた。

 

「もう電車動いてるでしょ?あまり寝た気がしないわね。体がだるい」

 

「そりゃあ、一晩中くんずほぐれつしてりゃあな」

 

俺があくびをかみ殺していうと、雪ノ下がクスクス笑い始めた。その笑い方が大きい。あわててカップをテーブルに置いている。

 

「くんずほぐれつって・・・面白い言葉使うのね。確かにくんずほぐれつしていたわね。おかしい・・・。だけど、あなたがそれ以上のことしなかったのは、少し意外だったけれど」

 

「おまえなあ、普通はくんずほぐれつする前に何かやることあるだろ。儀式的な・・・なんというか・・・」

 

「そお? 結構形式的なことにこだわるのね。そんなのどうでもいいじゃない」

 

「それにな、泣いてたら普通無理だろ」

 

「私は・・・別に・・・そういう覚悟というの?・・・それがなかったら一緒に泊まるなんてことはありえないし。・・・そういうつもりがあるのだったら・・・くんずほぐれつの続きは次のチャンスまでおあずけかしらね」

 

一瞬顔を赤くしながらも、妙にサバサバして晴れやかな表情から吐き出されたその言葉を、あれこれ吟味したり妄想していたりするうちに、雪ノ下はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。

 

「さて、用意はいいかしら。帰りましょう。目的は十分に達成したことだし」

 

 俺たちは田舎道の奥にあるラブホテルを出た。その前に窓口で追加料金をとられた。雪ノ下の大好きな日本酒は彼女のバッグにこっそりとしのばせておいた。家で料理酒に使えるだろ。

 外に出ると雲間から顔をだす太陽がまぶしく、俺は顔をしかめた。

 背後には小高い山があって、南アルプスは望めなかったが、南の方角には山の稜線が黒々と浮かび上がっていた。春の空気がうまい。後ろの林からは鶯の声も聞こえる長閑な朝だった。

 学校には二人とも揃って遅刻だ。おれは学校に伝えるべき言い訳を考えた。そして、二人とも特急電車のシートで爆睡していたので、東京にはあっという間に到着した。

 


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