俺ガイル~二次 雪ノ下父が贈賄容疑で逮捕!雪乃が独立する? BT付き 作:taka2992
雪ノ下姉妹が滞在しているホテルに行ってから三日後の夜、雪ノ下から電話がかかってきた。
「もしもし、比企谷君?」
「そ、そうだ。お前から電話がかかってくるとは思わなかったな」
「そうね。お姉さんに番号聞いたから。その、この前はどうもありがとう。それから、今マンションに帰って身の回りのものを持ち出して来たのだけれど、駅前まで来てくれないかしら」
「え?今から?」
「迷惑じゃなければ。言いたいこともあるし」
「わかった。少し待っててくれ」
時計を見ると午後8時過ぎだった。すぐにダッフルコートを着てマフラーをまとい、自転車にまたがった。家を出るとき、小町が何か言っていたが、急用なら電話しろと言い残した。
駅前に来ると、大きなキャスター付きスーツケースを横に置いた雪ノ下がいた。傾きつつあるとはいえ、まだそのいでたちは良家の令嬢のように清楚で大人っぽかった。首まわりに羽毛のついた紺色のトレンチコート。その内側に覗く白いワンピース。ピンク色のマフラーとニーハイのブーツ。髪の毛は後で1本にまとめて、胸の前に垂らしている。お前はどっか大企業の秘書か。
「ごめんなさい。呼び出したりして。ただ、ちょっと言っておきたいことがあったから」「いいんだ。ご存じのとおり年末なのにやることは何もない。サイゼでいいか?」
「ええ」
席につくと、雪ノ下の頬がピンク色に染まっていた。別に俺を前にして何かしらの感情が昂ぶっているということではない。寒い空気に当たったあとに、店内の暖気に反応したのだろう。
「しかし、お前もとんでもないこと考えるな。とんでもないというより無理筋というか」
「そうかしら、私は熟考したつもりよ。もう母親の敷いたレールの上をひたすら姉さんを追いかけるだけの生活と縁を切るだけの話よ」
「お前さあ、話は元に戻るけど、稼ぐ方法を具体的に述べてくんない?」
「それは、まだ・・・」
雪ノ下は求人誌をバッグから取り出して開いた。そこには時給2500円とか、日給2万円可能とかのキャッチコピーが溢れていた。
「本当にお前らしくないな。それから、その求人誌の性格というか性質を知って見ているのか?」
「ええ、たぶん」
「お前、それは水商売ということだろ」
「そうなのかしら」
困った。雪ノ下が水商売と聞いて何を想起するのかまったくわからない。いや、水商売そのものを理解しているのかどうかも怪しい。第一、雪ノ下が水商売などできるはずがない。いや、ツンデレ系のメイドカフェだったらできるかも知れないが、最後は見ず知らずの客に優しく微笑まなければならない。そんなことが雪ノ下にできるか。
水商売の世界にいったん入ると、金に釣られてどんどん過激な方向へ引きずり込まれやすいらしい。そんな雪ノ下を見たくなかった。
それに、いくらなんでも娘が水商売をやると聞いたら、母親が絶対に阻止するだろう。もしかすると陽乃さんだったら「いいんじゃない?」とか言いそうだが、学校にバレたら雪ノ下はどうするつもりなのだ?
「そこに書いてある求人はよせ。もっとまともな働き方をしろ。絶対にお前にはできない」
「そんなことやってみなければわからないじゃない」
少し上目使いで俺に反論する雪ノ下に、さきほど俺が思っていたことをすべてさらけ出した。すると、
「へぇ。詳しいのね」
「ばか言え、そんな程度のことは17歳になれば大抵知っている。知らなかったお前のほうがおかしい」
ここで俺はまた脳神経細胞が今までになかった接続回路を形成したようだ。
「なあ、雪ノ下。確かにお前の言うとおり、何事もやってみなければわからないかもしれない。お前にそんなこと説いても説得できないことはわかる。だから、これは俺のお願いだ、水商売だけは止めてくれ」
「あら、またおかしなこと言ってくれるわね。どうしちゃったのかしら」
雪ノ下はクスクスと小さく笑い始めた。俺の中で何かが切れた。
「おい!真面目に聞け」
雪ノ下がビクリとのけぞり、目を見開いた。しかし彼女の口からは拒絶に似た言葉が吐き出された。
「あなたに関係ないでしょ!私が何をしようと・・・」
「関係ないことがあるか!」
俺は周囲の目があることをすっかり忘れ、大声を出してしまった。
「どうして・・・」
そう言った雪ノ下は肩をすぼめて小さくなっていた。
「すまん。取り乱した」
「あなた、ホテルでも働いて差し入れするって言うし、水商売止めろって言うし、なんなの・・・」
「俺は、その・・・」
俺は自分の感情がまだわからなかった。はっきりと言葉にするのが怖かった。
「とにかく、学校一の美少女で成績もトップ、体力がないことを除いてはなんでもできて全男子生徒の憧れの的。品行方正で周囲を見下ろして、それを万人に納得させてきたお前が道を外すのだけは見たくない。それだけだ」
雪ノ下はしばらく目を見開き、驚いたように俺を見ていた。時間にして数十秒だったはずだが、その時間が永遠に感じられた。もしかすると、俺の中にあるまだはっきりと意識されていない感情を、そのドロドロの状態のままの未分化の感情を、そっくりそのまま覗き見られているような気分だった。
「わかったわ。あなたがそう言ってくれるのは、とても嬉しい。この情報誌で探すのはやめておくわ。お姉さんのツテで何か探すことにする」
「そうか、何かきついこと言ってすまなかったな」
「いいえ、比企谷君、どうもありがとう。実は由比ヶ浜さんには家に戻るの付き合ってもらったのよ。一人で帰るのが何となく怖かったから」
「そうか。いろいろ大変だな。ところで、今日は何で呼び出したんだ?」
「あなたにお礼が言いたかったのよ」
雪ノ下はそう言うと微笑んだ。ああ、これだ。学園祭のあと、部室で見せたあの笑顔と同じだ。この笑顔を見せられてしまうと俺は雪ノ下を正視できなくなってしまう。俺がさっき必死で意識しないようにしていたものが何だったのか、無理やり悟らされてしまったような気がした。