俺ガイル~二次 雪ノ下父が贈賄容疑で逮捕!雪乃が独立する? BT付き 作:taka2992
スタジアムの駐車場につくと、群衆の声が時々盛り上がっては消える。円形のスタジアムの上空には、大きな光の柱が煌々と立ちのぼっていた。バッターの名前を告げるアナウンスが響く。
俺はさっそく一人で紺色のBMWを探した。この場合、駐車場の面積の中央から探したほうが発見する確率が上がるのか。こういうとき、数学的な考え方ができる頭脳が必要なのだろう。仕方なしに俺は入り口から探し始めた。
すばらくすると、片岡さんから着信。駐車場に入ったというのでそっちを見ると、大男が歩いてきた。その後の遠くに雪ノ下らしき人影。
「片岡さん、ここです」
俺は手を振った。すると片岡さんは走ってきた。その手には封筒があった。すぐに雪ノ下も近くに来る。
「片岡さん、同じ部の雪ノ下雪乃です」
「はじめまして」
「あ、こんにちは。・・・雪ノ下さん・・・お姉さんいましたよね。珍しい名前なので覚えていましたが」
「ええ。いますけど」
「昔、静ちゃんが、お姉さんのことを俺に時々言ってましたよ。あの子はすごいすごいって」
「そうですか。姉はちょっとした有名人ですからね。このへんでは」
「まあ、みんな車探すの手伝ってください。ナンバーはわかりますよね。手分けして離れて探しましょう」
俺がそういうと、雪ノ下が10メートルくらい離れたところにある車を指さして「あれじゃない?」という。俺が走って見に行くと、ナンバーが合致。紺色のBMWだった。
「よし、車発見。では、段取りを決めましょう」
時刻は9時20分。スマホの速報で確認すると、試合はすでに8回裏になっていた。あと20分以内に終わる可能性が高い。
三人は駐車場から海側の公園に出た。生垣があって、身を隠すのにはもってこいの場所があった。
「では、先生と佐川が車に近づいてきたら、片岡さんがすぐに出て行く。証拠を見せて先生を説得し、佐川から引き剥がす。成功したら、俺たちは無視して、というか俺たち生徒がいることは伏せて欲しいです。先生をどこか連れていってください。失敗してもそれはそれでいいと思います。ただ、暴力はいけません。殴ったりすると片岡さんが警察の厄介になるかもしれません」
「わかりました。やってみます」
しばらくすると、群集の歓声が聞こえた。勝利チームの名前が告げられ、勝ち投手や次のゲームを案内するアナウンスが聞こえてきた。
駐車場に人が入ってきた。次々と車のバタンと閉まる音があちこちで響く。
「来た」俺がそういうと、片岡さんは、ポケットから黒い皮製の指抜きグローブを取り出してつけ始めた。おいおい。殴るの前提かよ。暴力は止めてくださいと俺が声をかける前に、片岡さんは走り出してしまった。
車の近くに歩いてきた平塚先生と佐川の前に、大きな人影が立ちはだかる。そのとたん、先生の表情が急変し、近づく男を凝視するのが遠くからもわかる。
「静ちゃん、話がある」
「淳平? どうしてこんなところに・・・」
「その男は詐欺師だ。一刻も早く別れろ」
「あんたもそんなこと言う?」
「そうだ。そいつは佐川なんて名前じゃない。会社社長でもない、ただのせこい詐欺グループのリーダーだ」
「あ? なんなのあんた」
佐川が毒気づいて片岡さんに近づく。胸倉をつかもうと両手を出すが、あっけなく片岡さんの右手一本に払われる。
それにもめげずに佐川は片岡さんの胸倉をつかみ、振り回そうとする。しかし、片岡さんの体は微動だにしない。却って佐川の体が揺れる始末だ。どんだけ片岡さん、足腰強いんだよ。
「あんた何者?」
「俺は静ちゃんを助けに来た。昔のお詫びと恩返しに来た。お前から助け出すために」
「ばか言ってんじゃねぇって。俺たちはもうすぐ結婚するんだ。お前なんかの出る幕じゃねぇよ」
「静ちゃん、これ見てくれ」
そういうと片岡さんは写真を取り出した。おそらく、アジト室内の写真だ。
「こいつはこうやって振込み詐欺やっているんだ。それに結婚詐欺も。被害届けも出ている。佐川という名前もうそっぱちだ」
平塚先生はひと言も発しないで写真を見ている。
「お前、いい加減にしろよ」
そういって佐川と称する男は携帯電話を出して、どこかにかけようとしている。片岡さんがその腕をつかみ、もう一方の手で携帯電話を奪い取る。
「何しやがる!」
佐川が殴りかかる。しかし、片岡さんは右手だけでそれをかわし、その手首をつかむ。そのままの体勢で、片岡さんはスマホを片手で操作し、俺の渡したファイルを再生する。
「あ、この前はすみませんでした。比企谷と申します・・・」
これを聞いて傍らの雪ノ下がクスクスと笑う。
「ここで比企谷って名前が出てくるのが間抜けね」
「しょうがないだろ」
俺たちは生垣のすき間から20メートルほど離れた三人の様子を眺めていた。すると、後ろからいきなり声をかけられた。まるで足音がしなかったので、思わず「ひっ」と声を出してしまった。
「お宅さんたち、どちらさん?」
振り返ると、耳にイヤホンを入れた紺色の背広姿のいかつい男が立っていた。年齢は三十五歳くらい。短髪角刈り。俺なんかよりもよっぽど目つきが悪い。ところが、俺たちよりも駐車場にいる三人のことを気にしているようだ。チラチラを視線をせわしなく送っている。
「いや別に、俺たちはただ」
「学生さん? 何してんの?」
「そういうあなたは?」
雪ノ下が問うと、男は「俺は千葉西警察署の村山ってもんだけど、あんたたち誰?」
という。私服刑事だ。ひょっとして? と俺は思った。本当のことを喋っても大丈夫だろう。
「俺たちは、あそこの三人の中に女性がいますよね。あの人の生徒です。俺は比企谷、こっちは雪ノ下といいます。あの女性は平塚といって高校教師です。背の高い男はその元彼で、手をつかまれているのは詐欺師です」
「ほう。そんなこと知ってんの。先生のことはこっちも知ってるよ。うん? 雪ノ下って聞いたことあるような」
「もしかすると、あの詐欺師に用があるんでしょうか」
「そうだよ。君たち余計なことしてくれているみたいだね」
「逮捕が近いとか?」
「逮捕状がこちらに向かっているところ。それまで、俺は行動確認で張り付いている。邪魔はしないで欲しい」
「では、もう少し待ってください。今、元彼が女性を説得しています。もしかすると奴らのアジトもガサ入れするんでしょうか」
「そうだよ。同時に執行だね。逮捕状がこないから俺はまだ何もしないけどね。でもあの大男が邪魔すると公妨だな」
「いや、警察が出て行ったら必ず協力するはずです」
駐車場ではこう着状態が続いていた。依然として佐川が片岡さんに腕をつかまれていた。
「静ちゃん、これでもまだ目が覚めないか?」
「淳平。いまごろノコノコ出てきて迷惑なんだけど。あんた、私の気持ちわかってんの? あんたが情けないからこんなことになってんじゃないの」
「すまん。だけど、この男だけはやめて欲しい。いずれつかまる奴だ」
「少なくともあんたに言われたくない。明彦さん、本当なの? あなたの名前は佐川じゃないの?」
「こんな奴のいうことを信じるな。帰ろう。早くこいつを何とかしてくれ」
佐川が暴れだした。つかまれている手を離そうとして片岡さんの足を蹴る。それにひるんだのか手が離れた。その隙に佐川は車のドアを開けようとする。
「さ、静ちゃん、車に乗って帰ろう」
しかし、先生は動こうとしない。そのとき、横にいた刑事のポケットで携帯のバイブレータがビービーと震えた。
「はい、村山です。わかりました。確保します」
そういうと村山はダッと土を蹴って飛び出した。駐車場の奥からも二人、背広姿の男が走ってくるのが見える。
佐川の前に出た村山が「沢崎光男だな?」と声をかける。
「なんだよ。なんか用? 今日は色々うるせぇな」
佐川は片岡さんを含む4人の男に囲まれる形になった。
「千葉西警察署の者だが、何の用かわかるな?」
「さあね。逮捕状でもあんの?」
「あと5分で来るよ。悪いけど逃げられないと思うな」
「そう」
佐川はタバコを取り出して吸い始めた。観念したようだ。
その様子を呆然と見ているのは平塚先生。やがて、覆面パトカーが二台入ってきて目の前に止まる。年配の私服刑事が降りてきて、逮捕状を読み上げる。「午後21時47分。逮捕」そういうと手錠を佐川にかけた。逮捕劇はあまりにもあっけなく終わった。
駐車場に残されたのは先生と片岡さんだった。見ると、先生はBMWに手をついてうなだれている。
「静ちゃん。帰ろう」
「誰があんたなんかと。ふざけるな」
「ごめん。でも、どうしても・・・」
その言葉が終わる前に、先生は体を起こし、片岡さんを叩き始めた。時々平手が片岡さんの頬にヒットする。そのたびにピシッと鋭い音が聞こえてくる。片岡さんは動かずに耐えていた。この人、俺以外にも鉄拳制裁するんだな。
先生の目には涙が光っていた。俺は先生が泣いているところを初めて見た。
「静ちゃん、こんな目にあわせて申し訳なかった。俺がしっかりしていれば・・・俺は今ではちゃんと働いている。立ち直って自活している。だから・・・」
「だからなんだ? 今さらどうにもならん」
「だから、よりを戻して欲しいとはいわない。ただ、少しでもいいから俺のことも気にかけてくれ。俺も近くにいることを思い出してくれ」
「あんた、私がどんだけの思いであんたを追い出したのかわかってる? あのあと、私はしばらく立ち直れなかった。
私は学生時代は家族と一緒で、社会人になったらあんたとずっと一緒で、一人になったのは初めてだった。だから、だから・・・一緒にいてくれる人が欲しくて・・・あんな詐欺師に引っかかっちゃったじゃない。どうしてくれんだよ」
そういうと平塚先生は片岡さんの足を蹴り始めた。結構強く蹴っているが、あまり効果がないようだ。この人たち、DVという概念持ってる? 相性良すぎでしょ。しかし、俺はその様子を見て、うまく行くのではないかと思えた。
「静ちゃん。俺を殴りたかったらもっと殴っていい。今回のことも俺も一緒に受け止めさせてほしい。だから、落ち込まないでくれ。俺でよかったらなんだけど、いつでもそばにいるし。心配なんだよ」
平塚先生はしゃがんで嗚咽を漏らし始めた。その隣りで片岡さんもしゃがむ。
「さ、帰ろう。いつまでもこんなところにいられないだろ。ちょっとそのへんで一杯やろう」
「馬鹿じゃないの。こんなときに。あんた酒まだやってんの?」
「いや、ここ数年、ぜんぜん飲んでいない。こんなときくらいはいいと思って。一杯やって忘れる手もあるよ」
「余計なお世話だ」
俺は一杯飲んで忘れるという大人の作法がうらやましいと思った。
平塚先生が立ち上がった。その背中に片岡さんが手を添える。そして、二人はゆっくりと歩いて行った。二人のやりとりに集中するあまり、隣りに雪ノ下がいることを忘れるほどだった。
気がつけば背中が下に引っ張られている。後を見ると、雪ノ下の手が俺のMA-1ジャケットの裾をつかんでいた。