俺ガイル~二次 雪ノ下父が贈賄容疑で逮捕!雪乃が独立する? BT付き   作:taka2992

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第五話

 雪ノ下と一緒に階段を下り始めると、「あっ」と声をだして雪ノ下が、咄嗟に俺の肩にもたれかかってきた。

 

「痛っ」

 

足首をひねったらしい。出入り口から数歩歩くとしゃがみこんでしまった。

 

「大丈夫か」

 

「ちょっとまずいみたい。右足首が痛くて」

 

「マンションのカギは持っているのか」

 

「ええ」

 

「じゃあ、そこまでタクシーで行こうか」

 

「そうしましょう」

 

 雪ノ下に肩を貸して大通りまで出た。タクシーをつかまえ乗り込み、行き先を告げる。すぐに携帯を取り出して陽乃さんにメールした。

 マンションまでの20分間、雪ノ下は肩を震わせて何もしゃべらなかった。俺も無言を貫いた。というよりもかける言葉を知らなかった。すぐ隣りの雪ノ下のぶざまな姿が俺の心をギリギリと傷つけていたからだ。

 

 さしもの雪ノ下も父親の逮捕騒動に巻き込まれたり、母親に反抗したり、大の男二人に押さえつけられ、風俗の接客とやらを仕込まれそうになれば心も折れる。心身ともにボロボロになっていてもおかしくない。「それみたことか」などとなじることはまったくできなかった。

 

 マンションの近くで下りたとたん。雪ノ下はまたしゃがんでしまった。右足首を見ると赤く腫れていた。これでは数メートルさえ歩けないだろう。

 

「病院行ったほうがいいんじゃないか」

 

「これくらい平気よ。冷やせばすぐに治るわ」

 

 そういいながら雪ノ下はよろけるように立ち上がった。俺は雪ノ下に近づき、両手を取った。ぐいと引っ張り、体を回転させて背中を雪ノ下に押し付けた。そして細い雪ノ下の両手を俺の両肩の上から引っ張って腰を曲げた。

 

「何をするの?」

 

「いいから」

 

 雪ノ下の両ひざ近くの足に腕を回し、そのままおぶった。最初は体が強ばっていたがすぐに雪ノ下の全身の力が抜けた。

 

 背中から首すじにかけてずっしりと質感が伝わる。しかし一歩踏み出すと意外に軽かった。

 雪ノ下の両手が俺の胸の前でしっかりとつながり、俺の首すじに温かい涙がポロポロと落ちてきた。それが肩を伝わって胸のほうまで沁みてきた。

 

 数歩あるくと、雪ノ下の腕の力が強くなった。まるで俺に抱きついてきているようだ。雪ノ下の顎が俺の肩に乗り、鼻先が耳元にあるのがわかる。ちょっと密着しすぎでしょ、これ。その息遣いが左の首すじに当たる。これはマジやばい。おまけに、長い黒髪がひとすじおれの肩ごしに落ちてきた。

 

 ポツリと雪ノ下が小声で言った。小さな子供のいたずらを、そっとやさしく諭すように。

 

「あなた、私のこと好きでしょ」

 

 俺は、はっと息を止めた。心臓の鼓動が早鐘のように打ち始め、全身から汗が噴出すような感じがした。しかし、ここまで来てもう、ウソをつくことはできない。

 

「ああ、そのとおりだ」

 

「私もよ、あなたのことは好き」

 

 これもそっとつぶやくような、独り言のような言い方だった。

 

 なんだと?そんな言葉が雪ノ下の口から突然出るとは。お前、やっぱりスナイパーの素質ありだわ。全身の神経が逆立ってグチャグチャになってしまった。

 しかし、弱っている女につけこんでこんなことを言わせているような気がして、素直に受け取れなかった。セキュリティドアを解除してエレベータに乗ってもしばらく無言が続いた。エレベータを降りたとき、

 

「でも、このことは二人の秘密にしておいてくれないかしら。今日あったことも誰にも言わないで欲しいの」

 

 俺はすぐにわかった。先ほどの俺たちの会話を秘密にするということの意味が。

 

 しばらく俺は雪ノ下をおぶったまま呆然としていたらしい。エレベータが下へ降りてまた上がり、ポーンという低い音がした。その間、雪ノ下も俺の首すじに抱きついたままだった。

 

「あ~ら~、また私お邪魔だったかなぁ。二人して何やってんだか。変な人たちねぇ」

 

 おちゃらけた調子でそう言うと陽乃さんは俺たちの正面に回った。確かに女をおぶった男が廊下で呆然とたたずんでいれば、異様な光景だ。知らない人が見れば不審な目を向けてそそくさと自室へ逃げ込むだろう。だが、陽乃さんは当然のものを見たような普通の顔をしていた。

 

 陽乃さんが今までどこにいたのかわからないが、短時間でここへ駆けつけるということは、やはり妹が心配なのだろう。その一方で強烈な底意地の悪さを見せることもあったり、この姉妹の関係は本当によくわからない。

 

「で、いったいどうしたの?」

 

「雪ノ下が足をくじいたんで背負ってきただけです」

 

「ふ~ん。だったらすぐに中に入りなよ。じゃあ私がカギを開けてあげる」

 

 陽乃さんはポーチからカギを取り出すとドアを開け、先に入り込んだ。俺は雪ノ下をそっと下ろした。

 

「じゃあ、俺はこのへんで。あとは陽乃さんがなんとかしてくれるだろ」

 

「比企谷君、お茶を入れてあげるわ」

 

 雪ノ下がうつむいてモジモジしている。先ほどの俺たちの会話を思い出せば当たり前かもしれない。ダメだ、無理。ありえない。俺はこの雰囲気に耐えられない。

 

「まあ、今日はこのへんにしておくわ。それじゃあ、お大事に」

 

「そう、今日はどうもありがとう。あなたには迷惑かけっぱなしで、その・・・」

 

「気にするな。じゃあな」

 

「ええ、さようなら」

 

俺はエレベータの方へ歩いた。後ろでドアが閉まる音がした。俺はふぅとため息を漏らした。こんなに緊張したことは久しぶりだった。

 

 

 その夜、俺はなかなか寝付けなかった。あのときの言葉のやり取りで神経がゾワゾワしグチャグチャしていた。雪ノ下に打ち込まれた銃弾がいまだに体中を跳ね回っているようだった。

 

 4月ごろ、俺は雪ノ下と初めて会った。あのころ、お互い罵倒し合い、俺はあいつを本当に嫌な奴だと思っていた。おそらく雪ノ下も同じような感情を持っていただろう。

 

 それがあんな言葉を交わすようになるとは思いもしなかった。

 

 修学旅行の最後の日、俺はウソ告白して、葉山グループのうわべだけの関係を維持した。その直後、雪ノ下の態度が激変した。しばらく俺はそれが謎だったが、今となっては妙に府に落ちてしまう。

 

 それに、生徒会選挙の件。自己犠牲的なやり方を嫌った雪ノ下は自ら立候補して俺を止めた。俺はもしかすると生徒会長になりたかったのかと思っていたが、今ではその線も消えた。そう。それ以外に正解はない。しかし、そう意識してしまうと、俺は動きがとれなくなってしまう。どうしていいかわからない。

 

 ただ、このことは二人だけの秘密にして欲しいと彼女は言った。それは、何を意味するのか。それを秘密にすることはうわべだけの関係を維持することにほかならない。俺はあのときそう直感した。由比ヶ浜にそれを隠して奉仕部の活動を続け、今までと同じ学校での生活を続ける。それは、彼女自身が最も嫌った欺瞞ではなかったのか。それとも、今日の俺と雪ノ下は本当の関係を意味するホットラインを通じてしまったのだろうか。

 

 また謎が生まれてしまった。

 

 


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