全身が鞭打ちのように痛む、いくら人間離れしているとはいえ、あの高さは流石に無傷とはいかないか…、いや違う、今日は新入りも一緒だった。まずは彼女の無事を確認しないと。同じ入り口から落とされたんだ、そう遠くにはいないだろう。
「おい、大丈夫か?」
少し大きめの声で確認する。無事なら反応があるはずだけど。
「痛いけど…平気…。」
すぐ後ろから返事がした。どうやら無事に着地出来たようだ。しかし……。
「この高さ、ここから上に登るのは無理そうだ。帰りはどこか別の道を探さないとな。」
そこまで言って俺はまだ彼女に名前を伝えていないことに気がつく。
「そうだ、俺はオリバー。オリバー・コリンズって言うんだ。よろしくな!」
「テュテュ…、よろしく…。」
右手を差し出したが帰ってきたのは素っ気ない挨拶だけだった。少しだけ悲しい気持ちになったが今は些細な事だ。血涙を探して、帰り道を見つける。今回はいつにも増して瘴気が濃いから長居は危険だろう。まずは目の前の少女…テュテュと目的を共有する、お互いやることがはっきりしていれば連携も取りやすいだろう。
「わかってると思うけど俺たちはこの地下道で血涙を探さなくちゃいけない。もちろん、ただ探すって言ってもそんなに簡単じゃないよ、瘴気が濃い場所には当然
「ロス…ト…?」
テュテュは噛み締めるように口にすると、こてんと小首を傾げた。どうした、なんでそこで首を傾げるんだ。どうして語尾が上がった。
「そう堕鬼。まさか知らないなんて事ないよね…?」
「…知ってる。」
「そ、そうだよね。ごめんごめん、変なこと聞いちゃって。とにかく僕たちはこの危険な場所を探索して帰り道だけでも確保しないといけない。場合によっては堕鬼と戦わなくちゃいけないこともあると思う。もしそうなったら君のその武器じゃ危険だ。僕が相手をするから君は下がっていて。良いね?」
いつのまに拾ったのか鉄のパイプを握りしめてこくこくと頷いている彼女に忠告する。表面上は言う事を聞いているように見えるがどうにも抑えていないと突っ走って行ってしまいそうで不安になる。
「それじゃあいくよ、付いてきて。」
「うん、任せて。」
…任せて?
────────
地下道の探索は順調だった。
1番の要因は間違いなくテュテュだろう。彼女がどれだけ人間離れした力を持った吸血鬼であったとしても、まだ年端の行かない女の子だ。自分が守ってあげなければならないと思っていた。それだけに探索は慎重に慎重を重ねることになるだろうと。
しかし蓋を開けてみればどうか。彼女は俺の制止を一切聞かないどころか堕鬼に向かって行ったかと思うとするりと堕鬼の懐に入り込み一撃の下に堕鬼を霧散させてしまった。俺が呆気にとられている間にも彼女は次々に堕鬼を霧散させていく、彼女は強かった。ともすると俺など必要がないほどに。
だが彼女は知らない、堕鬼は一見自我がなく単調な攻撃しか仕掛けてこないように見えるが、集団を成したり待ち伏せをしたりと一定の知能を持ち合わせている。故に辺りを廃材に囲まれた死角だらけのその場所がどれだけ危険なのか。彼女は知らない。
「テュテュ、この地下道は遮蔽物が多すぎる。どこに堕鬼が潜んでいるか分からないからあまり1人で先行してはダメだ。戻っておいで。」
言うが早いかテュテュのちょうど真後ろに積み上げられた廃材の向こうから1匹の堕鬼が姿を現す、テュテュは目の前の堕鬼に気を取られて背後から現れた堕鬼には気がついていない。今から危険を教えたとしても…避けるのは厳しそうだ。俺がやるしかない。あいつの剣が彼女に届く前に。
「後ろだテュテュ!!!屈んでくれ!」
右足を大きく踏み込みそのまま遠心力の要領で力一杯鎚を投げつける。人外の膂力によって投擲された鎚は狙いを違うことなく一直線に堕鬼の下へと翔びその頭蓋を打ち砕く。頭部を失った堕鬼は剣を振りかぶった勢いのまま前のめりに地面へ倒れ伏した。
「テュテュ、怪我はないかい?」
「……大丈…夫。」
返答はぎこちないものだったが特に目立った外傷は見当たらない。どうやら間一髪間に合ったようだ。見ると堕鬼の扱っていた剣がテュテュのすぐ側に落ちている。テュテュに屈むよう咄嗟に叫んでしまったからちょうど目と鼻の先を剣が落下したのかも知れないな。
「ごめん、怖い思いをさせちゃったね。」
目の前に刃物が落ちてくるなんて俺だって怖い。可哀想な事をしてしまった…。
「うん…、いきなり大きい声出すから…驚いた。ほんとうに。」
…どうやら杞憂だったらしい。いきなり大声を出したのはごめん。俺も悪いと思ってる。だけどここは年長者としてしっかりと注意をする。
「テュテュ!!」
あえて大きな声を出した。テュテュはビクリと体を跳ねさせて抗議の目線を送ってくるが俺が真剣だと分かると黙って俺の目を見返してくる。やっぱり素直な良い子だ。だからこそこの子に辛い思いをさせてはいけない。
「よく聞いてくれ。君は確かに強い。けどそんな戦い方をしてはダメだ。あいつらはズル賢いから上手く身を潜めてる。広いところは一見したら戦いやすく見えるかも知れないけどそれだけあいつらが隠れる場所が多いって事でもあるんだ。もっと注意深く行動しないといずれ死んでしまうよ。」
テュテュはしっかりと俺と目線を合わせたまま頷く。今度こそちゃんと理解してくれたようだ。
「だけどテュテュのおかげで探索は順調だよ!あの女の子、君の仲間なんだろ?早く血涙を探して迎えに行ってあげよう。」
「…うん!」
俺たちは改めて目的を確かめ、地下道の探索を再開した。