ゴブリンスレイヤーRTA 狂戦士チャート   作:花咲爺

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ようやく納得がいくのを書けたので初投稿です

1/5 内容をそこそこ変えました。お楽しみいただければ幸いです。


狂戦士1裏

 春とは、多くの新人冒険者がギルドへ来る(ゲームが始まる)季節である。

 

 そう先輩から言われたのは、果たしていつ頃であったかと三つ編みの受付嬢は長いため息を吐いた。

 兎にも角にも仕事が多いのだ。普段の仕事に村から出てくる字もままならない新人の登録、暖かくなってきた為か増えだす無頼漢に対する注意喚起・対応、昇給審査までやらねばならず仕事は山積み。

 しかしどんなに仕事で疲れていても営業スマイルを崩さなくなったのは彼女が熟練者(ベテラン)になったことの証だった。

 冒険者さん達みたいに私も成長してるってことでしょうか?とこの5年間変わらない顔ぶれを思い浮かべ、薄汚れた兜が脳裏に通った所で彼女の口元が自然と綻ぶ。

 そうしながらも手を緩めぬように書類の束を紐解いては振り分ける等していた最中、彼女の目の前にはいつのまにか笹葉のような長耳で美しくロングヘアがたなびく森人が現れていた。辺境のこの町に純粋な森人が訪れるとはそれなりに珍しいことである。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

「冒険者登録をしに来たんだ」

 

 なんと、冒険者登録だった。確かに外套で少し見えにくかったが弓に、短剣、皮鎧が見て取れる。まだ新しい装備に身を包む姿はそこらの新人冒険者と同じで言い方は悪いが少々安っぽい。しかし、それでも布の服よりは大分マシな出で立ちで、動く姿には何やら武芸の経験を積んでいるような気がするのもたしかだ。

 

「字はお書きになれますか?」

 

「すまないね、読みは出来ても共通語(コイネー)にはまだまだ疎いんだ。書いてもらえるかな?」

 

「かしこまりました、少々代筆料は頂きますが、ではお名前から…」

 

 カラカラと何処か幼げな顔からこれまた爽やかな声を聴きながら職業、名前、技能等言われた言葉をスラスラと受付嬢は登録シートへと写していき、最後に血判と代筆料を貰い受ける代わりに白磁等級の認識票を渡す。

 

「助かるよ」

 

 少々高慢な者が多い森人にしては腰が随分と低い。それがこの森人に対して受付嬢が抱いた印象だった。

 身に着けている装備は小奇麗なものが多く見受けられ、新人であることは彼女にも分かったが雰囲気はどうにも大人っぽい。

 しかし、何故普段は森に籠っているはずの森人が冒険者に…雰囲気は特に何でもないがなにか不和でもあったのかと勘繰ってしまう。そういった輩には何かしらかの問題が起こりうるので注意は欠かせないのである。

 だが幼さを残しながらもきっとたくさんの事を経験したのであろう顔を見ているとそんな気は起こらなかった。

 仕事も進めなければいけませんし、自分は奇跡を使えないから考えても仕方ない。奇跡を使えるあの子は今休憩中だ。

 まあ、何事にも例外はあるのでしょうと彼女はそこで思考を締めくくる。

 

「いえいえ、業務ですので。では冒険者登録はこれで完了ですが、今後の予定はございますか?駆け出しの方には下水道関連の仕事をお勧めしているのですが…」

 

「まだ考え中さ、単独(ソロ)では少々不安でね」

 

「分かりました。ではまたご用件がありましたらお伺いください」

 

 そうさせてもらうよ~と間延びした声で森人は張り出された依頼に群がる人混みへとフラフラと混じって溶け込んでいった。

 今ある依頼をざっと見るつもりなのだろうか、右から左、上から下へとその視線を動かしているのを見るに様々な考えを巡らせているのだろう。ろくな準備も無しに依頼を一人で受けようとするような人ではないようだ。

 さて、私も他の仕事を片付けなければと彼女は頬をぴしゃりと叩き、熱い紅茶を流し込んで目を覚ますと新たに現れた新人冒険者へと意識を向けた。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

「君、さっき冒険者登録をしてた子だよね?身なりからして神官さんだよね、今後の予定は決まったかい?」

 

「ヒャウッ、えっと、私ですか?わぁ、ま、まだです…ハイ」

 

 突然後ろから風が吹くかのような囁きを受け振り返ると、女神官はその人並外れた美貌に思わず声を漏らした。彼女の記憶が正しければ確か自分の4つほど手前で冒険者登録をしていた人だ。

 後ろからしか見ていなかったがしばらくして耳を見て彼女はようやく森人なのだと納得した。

 

「そっか、実は僕もでさ~、託宣(ハンドアウト)を受けてここまで来たは良いんだけどさっきから神様がうんともすんとも言わなくなっちゃって、しょうがないからフラフラしてたんだ」

「託宣…ですか?」

 

 地母神を奉じる彼女にとって託宣とは聞き捨てならない。高位の神職や、選ばれし者にしか神は啓示を与えないのだから。

 託宣は未だ神の言葉を聞くこともままならない女神官にとってある種憧れの様な体験の一つなのである。

 

「うん、ちょっと前から声を掛けてくれる神様がいるんだけど、また別の声に君は冒険者になるといいって言われてね。名前も聞いた事無いし、おそらく外なる神(邪神)の類だとは思っているんだけどこれが色んな事を教えてくれるもんでさ~」

 

 時々良い知恵をくれるからありがたがっているんだよ。

 そう言う森人の綻ぶ顔に女神官は少し見惚れる。しかし、しかしだ。通常、託宣は選ばれた者にのみ起こる。しかし、二柱の神から託宣を受けているとはどういうことだろうか。しかも口振りからするにかなり頻繁にである。そしてその内一柱は確実に邪神とか大丈夫だろうか?

 もしかして、私を生贄にでもする気じゃ…と彼女は何か怪しげな儀式の供物にされている自分を想像して身震いをした。

 

「信じてる神はほぼ混沌だけど僕が志してるのは秩序だから最近は疾走狂戦士って名乗ってるのさ、どうだい?中々カッコいいでしょ」

 

「は…はぁ…そうなんですか?」

 

「ハハハハ、ちょっと異文化だったかな?」

 

 まだ志したばっかりだからな~と笑う顔は純粋なもので特に邪気は感じられない。ただの気さくな森人で、きっと杞憂だろうと彼女は不安を打ち消すことにした。

 あまり世俗を知らないままに冒険者となった、神殿あがりの少女にしてはよく頑張った方である。

 そのまま話を聞いていくと疾走狂戦士と名乗る彼は女神官と一党(パーティー)を組みたくて話しかけたらしい。正直自分一人では碌に怪物退治も出来ない身では確かに願ったり叶ったりな話だった。

 

「なぁ、君たち新人だろ?」 

 

「は、はい!」

「そうだよ」

 

「なら丁度いい!今からゴブリン退治に行くんだけどちょっと人手が足りなくて。良かったら君たちも来てくれないか?」

 

 そんな彼女たちへ横から声を掛けて来たのは同じ駆け出しであろう3人組、首からは彼女らと同じく白磁のプレートが垂れている。

 

 傷一つない長剣を背中に背負った党目(リーダー)の青年剣士、その幼馴染だという女武闘家、目つきはキツイが頼りになりそうな女魔術師達の話によるとどうやら近隣の村娘がゴブリンに攫われたので依頼が出されたらしい。

 元々神殿を出て冒険者の助けとなりたかった女神官はそれは早く助けなきゃね、と乗り気な狂戦士と共に、迷うことなく青年剣士の話に乗ってゴブリン退治へと赴くことになった。

 それが、少しの恐怖体験(トラウマ)を残すものになるとは彼女は露とも知らなかった。

 

 

 ―――――――

 

 

 近隣とは言っても西洋の近隣の意味は広い。道はそこそこの距離となり、冒険者稼業の代名詞「歩き」を要求された。

 そしてそんな時間を無言で過ごすのは少年少女には辛いものであり、道すがら初めての依頼で浮足立った一党はいつかは竜を、そして財宝を!と言った和気あいあいとした様々な話をすることとなった。

 暫くはそうやっていたがやがて空想の話は飽きたのか、青年剣士の昔話が始まったのを皮切りに一党全員が冒険者になったきっかけや過去が聞かれるように流れが変わっていく。

 人を助けるために、冒険譚を聞いて、ほっとけない幼馴染の為に、知を追い求めてと言った十人十色な動機が話されていき、最期にこの中で最も年長者である狂戦士へと番が回された。

 

「そうだね、じゃあ昔話を少々しようか」

 

 こうして始まった話は20も生きていない只人のものに比べると文字通り年月が違った。

 なんと普通に接していた狂戦士が実は1600歳と自分達の100倍以上の歳である事実にまず驚き、続く神秘的な森の命の巡りや森人の様々な技能知識、里へ酒とギャンブルが流入したことによって身を崩した話、盗賊の一団と切った張ったの大立ち振る舞いをして窮地に陥った時神の介入があった後冒険者になったのだと言われた時には狂戦士以外の面々の顔はまるで子どもの様に目を輝かせていた。

 全てが彼ら新米達とは一線を画す話の数々だった。

 こういった冒険譚が大好物な青年剣士はもちろんのこと、ほら話でしょと冷静を装っていた女魔術師でさえ途中から古の魔術に興味が惹かれ、質問攻めをしていたほどだ。

 

「狂戦士は凄いんだなぁ」

「そう、実は僕は凄いのさ!」

 

 純粋な青年剣士の言葉にむしろ自信たっぷりに応じるとちょうど不気味なオブジェクトが入り口に建てられたゴブリンの巣にまで一党は到着した。

 

「さ、そろそろ狩りの時間だ」

 

 気を引き締めていこうよ、と言って狂戦士の雰囲気が一変する。いっそだらしない程微笑みを浮かべていた頬は引き締まり、その目は獲物を狩る狩人のものへと転じている。

 今の今までゆるゆるのガバガバだった筈の狂戦士の変わりようは先ほどまで浮ついていた一党の気を引き締めるのには十分だった。

 ゴブリンに対する「雑魚」という先入観は消えずとも、皆己が持つ武器に対して力を込め、口数が減る程に彼の雰囲気が場を支配したのだ。

 

「よ、よし…俺が先頭を行く、皆が後ろをついてきてくれ」

 

 頭目としての役割を果たそうと緊張感の混じった青年剣士の号令に強張った顔で一党の女性陣が頷く。

 いざや突入の時である。

 

 だが、意気込んだ割に洞窟の中はあっけらかんとしていた。奥から漂う諸々が腐ったのであろう汚濁が酷く匂うのと、只人には暗いこと以外に何一つ異常はない。

 松明の灯りが風に揺れるのみという結果に、青年剣士は全く何もないではないかと不平をこぼしたくもなったが狂戦士の言葉を思い出し、口を噤んだ。

 ただしばらく進むと狂戦士の長耳がピコピコと動き、ピクリとその動きを止める。斥候役をかって出た狂戦士が何かを見つけた時の合図であった。

 

「ちょっと剣士、ここをその剣で刺して」

 

「え?壁をか?刃が欠けそうだけど…」

 

「大丈夫さ、この耳に掛けて保証する、さ、早く」

 

「…まあ良いけどさ」

 

 鶴嘴みたいに鋭いのを頼むよと言われ、岩壁に目を向けてみるが只人の目には松明の光を以てしても何があるのかが分からない。ただ自分達よりも含蓄深い言葉にしぶしぶではあるものの剣士が長剣を壁に突き立てた。

 するとメキャりと何かを突き破った音と、くぐもった叫び声が洞窟に一瞬響き、岩壁がポロポロと崩れて中から一匹の息絶えたゴブリンの姿が露になる。

 

「うわっ!!?」

「どうして!?」

 

「やっぱり潜んでたか…こうやって気付かずにある程度進んだら挟撃とかするつもりだったんだろうね、多分他にもいるよ」

 

 狂戦士の声はゴブリンの予想外の行動に目を白黒させた一党とは違い、落ち着いていた。

 手には今の今まで肩に掛けていた筈の弓を持ち、片手には矢と共にダガーが握られ、青年剣士が失敗したらすぐさま迎え撃つつもりであったのだろうことが経験の浅い彼らでも理解できた。

 

「うん、近くにはいないみたいだ。じゃ、進もうか」

 

 その言葉に従って一党は隊列を乱さぬように歩き出す。

 そうして2度3度同じようにして青年剣士が壁に潜んでいたゴブリンを突き殺し、奥の広間へとつつがなく進むはずであった。

 しかし、それも再びトーテムを見つけた前衛二人が先行したことで崩れてしまう。

 

「ヤベいつの間にか二人先に行かれちゃった」

「あら、ホントね…ちょっと狂戦士、貴方遅くない?」

「いやこの一党斥候いないからさ、僕みたいな耳が良くて暗闇も見える目が無いとだろ?」

「確かにそうですね、先ほどの横穴みたいなことがあれば…」

 

「そうそう、そのとお…」

 

 女魔術師の責める声に反論した狂戦士の足がピタリと止まり、耳が動く。先ほどと同様に、何が起こったのか2人に緊張が走った。

 よもや目の前のトーテムについてではないだろうが…

 

「横穴だッ!!」

「「!!?」」

 

 大声で以て二人に注意を促し、すぐさま先の闇へとダガーを突き刺す狂戦士。猿のようなくぐもった声で頭に風穴を作られたゴブリンが松明の炎で照らされた。

 そんな出来立てほやほやの死骸を乗り越え、彼らの前に踊り出て来たゴブリンは3体。

 狂戦士はそれを迎え撃とうと矢筒から3本の矢を取り出したがその手から矢が1、2と抜け落ち、やや体勢を崩しながら放った矢は外れ岩壁に突き刺さる。

 一連の動きを好機と見たゴブリンが狂戦士に向かって全速力で肉薄し、何かに塗れたボロボロの短剣を突き刺した。

 致命的失敗(ファンブル)、一般的にはそう言われることだった。

 

 まさかの事態にすかさず女神官が奇跡を使おうとするが、詠唱が始まる前に狂戦士は行動した。

「うおおおおお!!!」

 短剣を刺してきたゴブリンの顔面を掴み、壁に叩きつけるとそのままの勢いでもう一体のゴブリンの頭に持っていた矢をそのまま拳で捻り込む。

 悲鳴を上げる間もなく2体のゴブリンの死体が出来上がった。

 

「GOG…GUッGI!!」

 

 最後に残った弓持ちも、すぐさま弓を構え、放とうとしたが…

「サ、サジタ・インフラマラエ・ラディウス!!!」

 一連の脅威に恐慌した女魔術師の【火矢(ファイアボルト)】が体に当たり、それが全身に広がって焼け死んでしまう。

 

「だ、大丈夫ですか?今奇跡をッ!」

「待って、これなら大丈夫、皮鎧とは言え、着といて正解だったよ」

 

 今度こそ奇跡をと慌てて駆け寄れば、出会った時の飄々とした態度の狂戦士が待ったをかける。見ればレザーアーマーに軽く突き刺さった短剣が抜け落ちて、カランと洞窟内に音が木霊した。

 どうやらゴブリンの短剣では貫通まで行くことは出来なかったようだ。

 

「【火矢】、ナイスアシストだったよ帽子ちゃん。さ、前に追いつこう」

「アンタっ、あのねぇ…もうッ!」

 

 前からは今し方倒した筈のゴブリンの声、それも今倒した数より確実に多くいる。

 優秀な頭脳で事態を理解した女魔術師は不平を漏らしながらもすぐに会話を断ち切り、走り始めた狂戦士について行く。

 

「お、置いて行かないでください~!」

 

 女神官も遅れて彼らについて行った。

 

 ――――――――――

 

 時は少し遡る。

 暗い洞窟内に何やら光を見つけて駆け寄った青年剣士と武闘家はトーテムを見つけていた。

 

「ゴブリンかと思ったけど、これって入り口にもあった…」

「確かになんかあったな、ゴブリンの趣味か何かか?光の正体は…この石か。あ、狂戦士ー!」

 

 そう呼びかけるが後ろから反応は無く、そこそこの距離に松明の灯りが見える。青年剣士等はどうやら無意識のうちに後方を分断してしまったらしいと気がついた。

 が、ここまであいつ(狂戦士)のお陰で何もなかったけど、そろそろ俺も良い所を見せたいと安全よりも自己顕示欲が勝ってしまい青年剣士は武闘家と共に先へ先へと進んで行こうとする。

 その直後のことである。

 

「GOBOUURUB!!!!」

 

 ゴブリンが正面の闇から徒党を組んで向かってきた。今の今まで突いては一撃で仕留められてきたとはいえいきなり何匹も来られては対応しきれない。

 よって彼が行ったのは横振りによる範囲攻撃であった。

 

「このッ!このぉおッ!!」

 

「ちょっ!危ないでしょ!」

 

 半ば恐慌状態に陥った攻撃は体術で戦う女武闘家という大事な戦力を遊ばせてしまっていたが、それへ気づけるほどの余裕は彼には無い。

 彼の得物は長剣(ロングソード)、その名の通り長い刀身を誇る剣での横振りはある意味では正解であるが、フィールドが洞窟であったことが災いした。

 4、5と青年剣士へ立ち向かうゴブリンがブンブン振られる素人剣術に倒れていくが、一人では全てを切り殺せるわけもなく、取りこぼしたゴブリンの一撃が彼の太ももへと突き刺さると鋭い痛みと恐慌から剣筋が大きく逸れて岩壁へと引っかかったのだ。

 反動による腕の痺れで長剣を取り落とせば、青年剣士に頼る武器は何も無い。

 ゴブリンは邪悪な笑い声を上げると自らの得物を叩き込もうと大きく跳ねた。

 

 そこへ、後ろの闇からヒョウと風を切るように放たれた矢が飛んできて、邪悪なゴブリンの脳漿を散らした。

 さらに青年剣士に群がろうとしていたゴブリン達の頭に首に心臓にと次々に矢が打ち立てられる。

 矢継ぎ早に死んでいくゴブリンへあっけに取られる女武闘家を尻目に、ブーツの音を響かせながら暗闇から松明に照らされ長耳が現れた。

 疾走狂戦士、彼だ。

 

「君たち、もうちょっと後ろのことも考えてくれないもんかい?」

「うぅッ…グぁ…」

「お願い、コイツを助けて!!」

 

 狂戦士のやや軽蔑するような言葉に何かを返そうと青年剣士は口を動かすが、先程短剣に塗られていた毒が回り唸り声を返すことしかままならない。そんな様子の彼に錯乱したように女武闘家が叫んでいる。

 

「おっと、そんな場面じゃないな、神官ちゃん介護お願い!帽子ちゃんは呪文の方で手伝って!」

 

 一党の中で唯一暗視を持つ狂戦士の指示が後衛二人に飛んでいく。

 血色が悪く、体を小刻みに震えさせている青年剣士の肩を組んで後ろへと下がるように指示し、そこを狙おうと動いたゴブリンには容赦なく狂戦士が死を撃ち込んで迎撃する。

 

「よくも私の幼馴染をッ!」

「焦るなッ!!一人で突っ込んだ結果どうなったのかを今見たばかりだろ!」

 

「ッ…」

 

 青年剣士を女神官に任せた武道家は言われた通りの事実に歯噛みをする。

 激情に駆られて今行けば、恐らくやられていたのは自分だった。そもそも狂戦士の弓と彼女の縦横無尽に動きながら拳を叩き込む戦い方は相性が悪い。

 しかし、理解は出来ても体は収まらない、すぐにでも殺してやりたい。そう考えていた所へ狂戦士の指示が飛ぶ。

 

「弓持ちは僕が!君は右の奴を!帽子ちゃんは後ろの方に【火矢(ファイアボルト)】!」

 

 行けと言われれば最早止めるものなどなく、彼女は手刀、掌底、回し蹴りと先ほどまで遊ばせていた力で暴れまわってはゴブリンを殺していく。そして狂戦士の言葉に数秒遅れて後ろから赤い光が迸り、隠れていたゴブリンの顔面を焼き尽くした。

 彼女たちの奮戦も素晴らしいが、狂戦士の技は只人からすれば最早桁外れだ。指示と同時に番えた矢を次々に撃っては自分達には当てずにゴブリンを殺すその技量に女武闘家が内心で舌を巻く。

 そうやって弓を射かけられてはバタバタと死んでいく仲間にゴブリン達は恐怖を覚え始めたのか緑の醜い顔を涙や鼻水でさらに歪めて我先にと後ずさり、死への恐怖を隠そうともしない。

 だが、その後ろから一際巨体のゴブリンがヌッ!と顔を出したことで彼らの顔に再び残虐な笑みが戻る。

 

「なにあのデカいの!!」

 

「ずーだら!いやえーっと、共通語で、ホブッ!ウーン…逃げるよッ!」

 

 叫ぶやいなや狂戦士は矢を撃ち込んでホブの幅広い耳を抉り、次の瞬間女武闘家の腕を掴んで走り出した。

 ゴブリンを殺し足りない彼女も女だてらに鍛えた自分がよもや森人に負けようとは思いもしなかったことに驚きが勝り、なされるがままにされる。

 後に残されたゴブリン達は敵が逃げた、自分達が優勢になったと思うと耳の痛みに悶えるホブを置いてすぐさまその背に追い打ちを掛けようと駆け出した。

 弱い者にはとことん邪悪になる、ゴブリンらしい行動だった。

 

「も、もう放して!大丈夫だから!!」

 

「了解、じゃ今度はこっちだ!」

「キャッ!!?」

「ちょっと揺れるだろうけど我慢してね!」

 

 ある程度冷静になった武闘家を離し、今度は体力の切れた女魔術師を担いで走り始める狂戦士。持ち方に口を挟もうとした武闘家が魔術師の苦しそうな顔を見て今はそんな場面ではないと気づく。

 今は追手のゴブリンからまずは逃げ延びることが万倍大事だった。初めての冒険は大失敗に終わってしまった、そんな未来もまだ十分あり得るのだ。

 

 そのまま来た時には感じることの無かった異様な長さの洞窟をひた走る。だがここまで粉骨砕身の働きを見せた狂戦士から荒い呼吸が聞こえ始め、後ろのゴブリン達の喚き声の大きくなってきたちょうどその時、前方から自分達のものとは違う灯りが近づいてくるのが見えた。

 

「全員無事とは上出来だ、手際が良いな」

 

 聞きなれないくぐもった声が洞窟に木霊する。しかし十中八九他の冒険者のものであると考えた狂戦士はその声の主を確認すると松明を持った男の後ろへと走り抜け、叫ぶ。

 

「ごめ!ゴブリン!押し付け!頼む!!」

 

 途切れ途切れの声に分かったと一言返した男は赤い眼光を幻視させる気迫と共にゴブリンに食って掛かる。

 投げナイフで喉を切り裂き、松明で顔を焼き、盾で防いで剣で突き、殺したゴブリンの武器を奪うと返す刀で最後のゴブリンの頭をまるで薪のように割った。

 

「4か、お前たちがこれまでに殺したのは何体だ?」

 

 淡々とした口調に加えて血に濡れてさらに汚れた鎧の姿はまるで生きた鎧(リビングアーマー)を想像してしまう。だがその首から掛かる銀に輝く認識票は彼こそが在野最上位の冒険者であることを教えてくれた。

 ただならぬ雰囲気で周囲を伺うと剣についた血をゴブリンの腰布でふき取る作業に移ったその男に女武闘家が一体何者かと尋ねる。

 

 小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)、男はそう名乗った。

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 これは、冒険ではなく駆除である。そう言われた方が冒険と言う言葉の何倍もしっくりくるような効率化されきった動きをゴブリンスレイヤーは繰り返していった。

 中途半端な長さの剣で突いては殺し、血糊と刃毀れで切れ味が悪くなればすぐさま投げて牽制。先ほどのように殺したゴブリンの武器で新しいゴブリンを殺してはまた投げる。

 

 確実に殺すという明確な殺意を以て行動するゴブリンスレイヤーに新人であり、聖職である女神官は震えるがそうも言っていられない。

 一党の中で奇跡も使わず、さらにさしたる外傷も無く満足に動けるのは最早自分だけなのだ。

 魔術師は術切れ、武道家は剣士の介護と念のための奇襲対策として控えてもらっている。私が頑張らねば、その言葉は自分の後ろから追随してくる狂戦士を意識しての事だった。

 疲労が溜まり、明らかに震えた手で矢を番えそれでもゴブリンには確実に当てている彼の為にも一刻も早くどうにかしなければならない。

 

 ゴブリンスレイヤーの指示によって女神官は彼についていくことになったが女魔術師を降ろした狂戦士が自分も行くと言って後からついてきた。

 もうちょっと頑張らないと、神様が喜ばないからね。引き攣る笑みを浮かべながら緩慢な動作で歩く狂戦士の意志は固く、ゴブリンスレイヤーも人手は多い方が良いと共にいくことを許可した。

 

 狂戦士は仕事をこなし続けた。

 聖光によって照らされた大広間のゴブリンシャーマンの顔面に弓を撃ち込み、追ってくるゴブリンへ矢を放ち、矢筒が空になればダガーでもってゴブリンスレイヤーが取りこぼしたゴブリンの脳天から突き殺す。

 

 ようやく大広間の戦いが終わったと思えばゴブリンスレイヤーが死んだふりをしてるものがいないか喉笛に剣を突っ込んでいるのを横目に奥の玉座を蹴り壊す。彼はそのまま玉座裏に隠されていた粗末な木の板を剥がし、中に潜んでいたものを暴いた。

 

 はたしてそこにはゴブリンの幼体が両手では足りぬほどぎっしりと詰まっていた。まるで命乞いをするようにか細く鳴いては小さな手で身を庇うもの、石を握り明確に敵意を持って向かうもの、中には土下座をして命乞いをするものもいた。

 彼は右手に握るダガーにより一層力を込め、そこへ死亡確認を済ませたゴブリンスレイヤーも入っていく。

 

「子供も……殺すんですか?」

 

「ハハァ…僕たちが見逃してどっかの誰かがさ、ああなっても良いって望むなら。やらなくて、良いかもね」

 

 女神官の問いかけに苦しそうに息を吐いてこう答えた狂戦士が指を差す。その先にいた女を見て、女神官はこの世の無情さを知った。先ほどまで楽しんでいたのかゴブリンから吐き出された汚濁に濡れ、死んだ魚のような眼をした女を見て彼女は思わず法衣が汚れることなど忘れて抱きしめた。

 

「もう、もう…大丈夫ですから…」

 

 そう声を掛けると後ろから鈍い打撃音と引き裂くような悲鳴が響く。しかし、彼女は鎮魂の為の祈りを涙を流しながら口にすることしか出来なかった。

 だが続いて抱きしめた女の口から噴水のように血が流れ、その体から一切の力がふっと抜け落ちる。

 女は事切れた、それさえもよくある事だった。

 

「よし、依頼完了だ。早く終わって、良かったよ…さあ帰ると、しよう」

 

 ほどなくして全てのゴブリンを殺しつくし、すっきりとした顔でそう言ってのけた狂戦士に、彼女は言いようもない感情を覚える。もちろん彼の働きは十分すぎる程に見てきたつもりだ。新人の自分達に指示を出し、自らも十二分に敵を打ち倒した。疲れによって体が満足に動かない中でも自分達の為に動いてくれた。

 森人だから、神の託宣で、私達の為に…理由はいくらでも想像できる、ただ女神官は彼の持つ感情が何か別の方向に向いている気がした。

 

 もしかすると根底からして歪んでいるのではないか?それこそ疾走狂戦士と言う呼び名にふさわしいほどに。

 彼女は同じく神を奉じる聖職者として、血に濡れながらも世の女性が見惚れる程眩しい笑顔を見せる姿からそう感じ取ってしまうのだった。




RTA書いた時より3倍くらいの時間かかりました…ホンマ先駆者兄貴は偉大やで…どういう執筆速度してるんですかねぇ。
あ、本編の方なんですけど正直森人の外見年齢って只人のおおよそ100倍くらいの感じですか?確か2000歳が見た目14,15くらいだったと思うんですけどそれは発育の問題なのか違うのか、でも違うとしたらもしや1600歳は…ショタ?コレガワカラナイ。
そこらへん感想で教えてほしいです。
(あと、先駆者兄貴みたいに書いてみたけどこんなんでいいのかわから)ないです。

狂戦士の過去編を?

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  • わたしは一向にかまわんッ!

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