艦隊これくしょん――少年少女は暁の水平線に何を見るか   作:海荷コモルー

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横須賀鎮守府着任

 あれから二年。俺は江田島(えだじま)で教育を受けた後、今ここ四大鎮守府(ちんじゅふ)のうちの一つ、横須賀鎮守府にいた。応接室に通され、人を待っている。この部屋の窓から眺める景色はまるでミニチュアだ。建物も人も艦も。全部小さい。とても非現実的に思える。俺がここにいる事も含めてだ。この応接室も軍の物にしては似つかわしくない煌びやかな内装をしている。土足で踏むには勿体ないくらいふかふかの赤いカーペットに落ち着きのある白の壁。ソファも革張りで天井には豪華なシャンデリアがかけられており、昼間でもキラキラと輝いている。出されたティーセットにも細かな装飾が施されていた。それらが体に合わず、落ち着かない。今か今かと人を待ちながら、部屋の中をぐるぐると動き回っていると、ついにドアを叩く音がした。腕時計をチラリと見ると予定の時間を十分程度過ぎている。俺は「はい」と返事をし、中にいることを伝えた。ガチャリとドアが開く。白の軍服に勲章の数々、見覚えのある冴えない顔にやる気のない目。すぐさま挨拶の代わりに敬礼。すっかり体に染み付いている。

「久しぶりだね、野波少尉。江田島ではご苦労だった」

「お久しぶりです。波瀬(はぜ)少将」

 波瀬は「よい」と言わんばかりに手の平を何度か折り曲げる。波瀬修二、階級は少将(しょうしょう)で俺を海軍に入れた張本人。人物像は二年前と同じく無精髭で無気力というか、けだるげで飄々(ひょうひょう)としたつかみどころのない男、という事が記憶に残っている。 

「どうだい、横須賀の印象は?」

「江田島とは随分違った感じがしますね。人の多さもそうですが()()()()()()()()()()()()って感じです」

「一応海軍の大拠点の一つだからね。東京からも近いからその分守りも置いておかないと被害も大きくなっちゃうし」

「どこも人手不足らしいですからね……」

 会話終了。波瀬はズズズとコーヒーを啜る。俺もつられてコーヒーに口をつける。この雰囲気も相まって非常に苦い。

「あぁそうそう。そういえばさ」

「なんでしょうか?」

 波瀬はコーヒーを机に置いてじっとこちらを見つめてきた。俺は何も悪い事をしていないのにドキリとする。それを見透かしたように波瀬はニタァとイヤらしく笑った。

「何か思い出したか?」

 自分が知らない間に粗相でもしたのかと思ったが、考え過ぎだった。

「いえ。特に何も」 

 耳にたこができるほど聞かれた質問に、決まった言葉で返した。

()()がない。江田島にいた二年間の人間関係だけがすっぽりと脳から零れ落ちている。唯一しっかり覚えているのは履修した教育だけ。体術、座学……あと火器の使い方とか。正直工場にいた頃からそういう事(人間関係)にあまりいい思い出がなかった俺は別にそこまで悩む必要もなかった。検査入院という事で一月ほど入院し、何事もなく無事に退院した俺は横須賀に配属された。さっきみたく「何か思い出した?」と病院の医者や看護婦、軍学校の教官にも何度も聞かれたが、今のところ何も思い出せない。今となっては工場にいた頃の記憶も曖昧なのだから。

「そ。まぁ別に問題ないから焦らずに」

 何か重要な事でもあったのだろうか。思い出せない自分がなんだか申し訳なくて俯いてしまう。沈黙がしばらく続いて、ライターがカチカチと回る音がした。何かと思い顔を上げる。波瀬はいつの間にかけだるげな表情に戻っていて、煙草をくゆわせていた。申し訳ないと思っていた自分が馬鹿らしくなる。相手が上官でなければ俺も同伴して一服していた所だ。もしかして波瀬なりの冗談の一種だったのかもしれないと考えると内心笑えてくる。こんなデリケートな話を会話に困った時に使う「今日はいい天気ですねー」みたいなレベルの世間話として使うなんて。全く考えがわからない人だ。

「はは……あ」

 思わず気の抜けた声が出てしまい、慌てて波瀬を見るが、波瀬はぼんやりと煙を眺めていた。普通なら位の下である尉官が将官に対してこんな返事をしようものなら良くて体罰、最悪無期の前線送り……。しかし、将官である波瀬は咎めもしないし、注意もない。ただ煙草をふかしているだけ。見た目同様そこらへんも緩そうだった。

「それで……それで僕の公務ってのはどういう……」

「あーそれね。ここからちょっと離れた所にあるんだけど、そこに用意してあるから。安心してよ」

()()()()()()()()()()()()()()()()。軍は通称マル秘艦として運用しており、現在横須賀のみに配置されているらしい。俺が基地や泊地の僻地(へきち)ではなく、一大拠点である鎮守府に呼ばれた理由もこれである。理由は一つ、二年前軍人になったきっかけである妖精が見えてしまうから。

「君の仕事もそこで用意してあるから、とりあえず行こうか。敷地に入れば説明できる事も増えるからさ」

()()が見えるから、ただそれだけの理由でマル秘艦の運用の仕事に就く。正直言って荷が重い。俺にはズバ抜けた艦隊指揮能力があるわけでもなければ、誰も思いつかないような作戦を立案できるわけでもない。二年間軍学校に行っただけの新米尉官である。しかしここまで来て後にも引けず、気の乗らないまま流されていた。上官には恵まれたかも、と少しだけ希望は持っているが。

(しかも戦艦って言ったって()()は……)

 一度工場で見た()()()()である戦艦。アレと言うのさえ気が引ける。だって、どう見ても人間だ。実際に会った俺にはどこにでもいるちょっと素敵で人気のある女子大生くらいにしか見えなかった。そんな彼女達を戦地に送り出し、自分は安地で待つ。

(こんなの自分が行って……そのまま――) 

「どったの。急に暗い顔して」

 波瀬の言葉で我に返る。目の前には本人の顔があって少し煙草臭い。

「い、いえ! 特に何も!」

 慌てて返事をするが、なんだが声音が整わずに変に裏返ってしまう。波瀬はまた何事もなかったかのように「じゃ行こっか」とだけ言って、部屋を出た。俺も急いで荷物をまとめ、波瀬を追う。

 横須賀鎮守府は巨大かつ複雑な構造になっており、非常に迷いやすい。理由は簡単でまだ人間同士で戦争をしていた頃、ここが白兵戦になった時の事を想定して作られているから。要人の為の隠し部屋や通路がたくさんあるし、敵兵が侵入しても迷いやすくしている。そんな要塞をまだ来て一日目の俺には見取り図なしでは歩けず、波瀬の後ろをヒヨコの様に付いて歩いた。尉官佐官将官に技術顧問まで、様々な役職の人がこの鎮守府に集まっている。廊下で情報交換の為に井戸端会議をする人もいれば、下の者に怒号を飛ばす上官。それらを横目で周りを観察しながら歩く。一つ共通して気になったのがすれ違う人の視線だった。初めは自分に集まっているのかと思ったがどうやら違うようだ。しかし、わざわざ波瀬を呼び止めるわけにもいかず、気持ちの悪いままひらすら歩く。本館にある他の廊下よりも広い中央廊下に差し掛かった時にその理由が分かった。すれ違う人たちがヒソヒソと声を潜め、こちらを見ながら何か言っているのに気づく。

「この税金泥棒が」

「階級だけの昼行燈(ひるあんどん)が偉そうに歩きやがって」

 先ほどの視線はどうやら俺に向けてではない、波瀬だ。本人には聞こえてないんだろうか。波瀬は黙々と歩く。俺は居心地が悪くて、少しだけ視線を下げて歩いた。

「あ」

「痛っ」

 波瀬は急に止まった為、思いっきりぶつかって顔を打つ。思いの他勢いが良くて鼻が痛い。

「すまんすまん。ちょっと待っといて」

「えっ、ちょっと……」

 視線の件もあり、このバカでかい廊下で一人待たされると少し心細い。しかし波瀬はそんな気も知らず、来た廊下を戻る。さっきまでヒソヒソと聞こえていた声がピタリと止み、誰もが波瀬から目を逸らした。来た時とは真逆である。しんとした廊下に波瀬の革靴の音だけが響く。足音が止んだ時、波瀬はさきほど陰口を叩いていた士官の目の前に立っていた。階級を確認する為、目を凝らす。黒に黄色の一本線、その上に桜が一つ。俺と同じ少尉、思わず嫌な汗が背中に流れる。

(もしかしてさっきの聞こえてた……?)

 波瀬はその士官に話しかけた。応接室で俺を咎めなかったのは波瀬の気まぐれだった? 心臓がバクバクと動いているのがわかる。波瀬の存在に気が付いた士官は後ろめたい気持ちがあるのか、慌てて敬礼をする。気が動転している為か敬礼は不格好で何か喋りたいようだが焦りで口がパクパクと動くだけだった。

「コホン……君さ」

 身長は同じくらいなのに波瀬の方が二倍近く大きく見えてしまう。猫と鼠ではなく虎と鼠。軍での階級差による力関係は絶対だ。上が白と言えばカラスだって白になる。敬礼したまま士官は恐怖で麻痺した声帯を震わした。

「な、なんでしゅうか……?」

 ここからでもわかるカタカタと揺れる肩の震え。俺はそんな光景を見ていられずその場に駆け寄る。

「は、波瀬少――!」

「本館の出口ってどっちだっけ?」

 やっぱりこの人は緩かった。

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