艦隊これくしょん――少年少女は暁の水平線に何を見るか   作:海荷コモルー

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特区第四工廠

 波瀬に連れられ、俺は特区第四工廠(とっくだいよんこうしょう)に向かっていた。

 正式名称は横須賀鎮守府(よこすかちんじゅふ)特別区画第四工廠(とくべつくかくだいよんこうしょう)。マル秘艦の為だけに作られた幻の工廠である。しかし、横須賀鎮守府とは名ばかりで実際にあるのは三浦半島(神奈川県島西部にある半島)の西側。相模湾にぽつりと浮かぶ島――艦島(ふなじま)と命名された孤島に建設された。現在、三浦半島にはある事件をきっかけに民間人は住んでおらず、軍の航路からも外れている為、人の目から隠すには丁度良い。陸海空どれを使って行くか、という話になるが、機密保持の為横須賀から大人数の軍艦で乗り入れる訳にも行かない。そうなるとヘリで空からか、又は車と小船を使ってのどちらか。後者は時間がかかり過ぎる為勿論なし。必然的に空からの一択で、横須賀から二十分程度ヘリに揺られる事となり、道中マル秘艦と艦島に関する資料を渡され、それを必死に読み込んでいた。

 途中、現在艦娘(かんむす)の運用をしている指揮官――八鍬(やすき)(かい)という人物が気になり、波瀬に人物像を聞くと「絵に書いたような軍人。頭脳明晰、質実剛健、少し堅いのが玉に瑕」らしい。他にもいくつか雑談交じりで波瀬に質問とアドバイスを仰いだ。少しだけ波瀬との距離が縮まった気がしたが所詮ニ十分の出来事。景色など見る間もなく艦島についた。

「さ、ここが海軍の()()()()()()()()だ。いい所だろう?」

「ここが重要秘密……区画?」

 ヘリの風圧で暴れる資料を鞄に入れる。見渡す限り木木木。人工物で作られたのはこの波止場兼離発着場くらいで他は天然物ばかりだ。一体機密扱いするようなものがどこにあるのか。波瀬の言う通り確かにいい景色ではあるが、任務で来たというよりバカンスに来たといった方が納得できる。

「あの……森と海しか見えないんですが」

「まぁまぁ、そう焦りなさんな。さ、いこいこ」

 波瀬は折れた煙草と一緒に獣道を歩いていく。なんだが気が引けて波瀬に付いていくのを躊躇ってしまう。冗談かと思いちらりと後ろにいるパイロットに助けを求めるが敬礼したまま微動だにしない。まるで「()()()()」と言わんばかりに。しょうがなく腹を括り「待って下さいよー!」と叫びながら森の中へと足を踏み入れた。

 

 

 *

 

 

 蚊二十匹。虻十三匹。蛇五匹。その他多し——殺した虫は数知れず。鬱蒼と生い茂る森の中で戦闘を繰り広げる事早三十分。殺すだけ無駄と考えた俺は奴らの針や牙から防衛する事に専念する事にした。木と木の間、丁度車が一台通れるくらいの道を歩く。しかし長袖で来て正解だった。ヘリを降りる直前「長袖着てた方がいいよ」と言っていた意味がわかった。勿論波瀬も長袖。てか、ヘリの中で振ってたの消臭スプレーってのは嘘で、実は虫除けスプレーだろ! 自分だけ防虫ネット被ってるし! 

「俺にもスプレーか、その帽子下さいよ!」

「これ一個しかない。スプレーはあるよ」

 スプレーを投げてくる。ありがたいと感謝したが、中は空だった。空の物を投げつけて来ないで欲しい。ゴミ処理じゃないか。渋々バックに空になったスプレーを入れ、手で虫を払いつつ森を進む。

 波瀬は「見えてきた」と言うが、建物らしい建物は確認できない。目を凝らしながら歩いていると俺でもわかった。暗いのでよく見えなかったが、壁だ。コンクリート製の壁が横ばいに連なっている。周りの木よりは小さいが、高さは十メートル程度とありそうだ。ヘリで島の様子を見ておけば、壁に気が付いただろうが生憎(あいにく)資料に夢中で、そんな時間がなかったことが悔やまれる。壁を手で触ってみる。コンクリートの冷たさが火照った体には気持ちがいい。思わず頬もつけそうになるが、先客の虻が壁に張り付いている見て、そっと離れる。まぁこの虫たちともお別れか、と思うと一抹(いちまつ)の寂しさを感じるが、嫌な事に気がついた。

「あの、これどうやって中に入るんですか……」

 この壁、扉もなければ門もない。まさかよじ登るのか……。こんな野性的な行軍をした後だと冗談とも言い切れない。

「ちょっと待っててねー」

 と不安な俺とは反対に鼻歌交じりで余裕な波瀬。壁を触りながら何かを確かめている。そして同じ位置を二回ほど強めに叩くと端末が姿を現した。素早くキーを操作し、最後に「波瀬だ」と端末に話しかけると若い女性の声が端末越しに返ってくる。しばらく待っているとゴゴゴと足元で音が聞こえた、地鳴りだ。初めは気のせいだと思っていたが、その地鳴りはだんだんと大きくなる。地面も揺れ始め、あまりの激しさに壁にもたれかかる

「危ないよ」

「え?」

「その壁――」

 揺れはどんどん激しさを増し、最後まで聞き取れない。てっきり揺れの忠告かと思った。違ったのだ。本当に危ないのは揺れでなく、壁だった。しかも俺を支えているこの箇所の壁。地面から突き出るように二本の柱がゆっくりと壁を押し上げるように姿を現していく。壁から手を離したいが、揺れが激しいせいで身動きが取れず、壁が上がりきった頃には地面に転がされていた。

(畜生……。少将め、絶対楽しんでやってるな……)

 鎮守府での廊下の件、虫の件、壁の件……段々と波瀬という男がわかってきたような気がする。見かけは大人だが中身は子供だ。そしてある人物に似ている——副工場長だ。他の人に悪戯を仕掛けてはその反応を見て楽しむ所とかそっくりだ。

 副工場長と中身が一緒だと思うと遠慮がなくなってきた。一発強めにいってやろう。いくら上官と言えど流石に一回くらいは言ってもいいはずだ。「こういうのは対等な関係でするものであって上下関係があるものでするものではない」と、今すぐ言う、決めた。

「少将! これはあまりに――」

「大丈夫ですか……?」

 端末で聞こえた女性の声。顔を上げるとそこには、

「び、美女ォ……」

 大和撫子がいた。さらさらとした長い黒髪に日に当たった事があるのかと疑うくらい白い肌。フレームが細い眼鏡をかけており、利発的に見える。ワイシャツにネクタイ。その上にセーラーと特徴的な服だが、全く違和感がない。短めのスカートから見えるすらりと伸びた足もとても魅力的である。美人だ。むしろ美人過ぎて怖い。彼女が覗き込んでくる。その大きな瞳から目が離せない。吸い込まれる様に意識が落ちていく。深い海に沈んでいくかのように――

「あっはっはっはははは、いや野波君。面白過ぎ」

 波瀬の笑い声で我に返る。初対面の人の顔を見つめるなんて失礼すぎる。俺は急いで立ち上がり、敬礼をした。

「だ、大丈夫です! 野波少尉本日付けで横須賀鎮守府特別区画第四工廠に着任いたしました!」

「不束者ですがよろしくお願いします!」と言った所でまた波瀬が吹いた。

「野波君それ! 使い方間違っているから!」と笑い交じりで指摘し、腹まで抱えている。穴があったら入りたい。よく考えたらプロポーズの時に言う言葉だった……しかもされた側の方。

「ふふふ、ようこそ野波中尉、特区第四工廠へ。自己紹介遅れました。軽巡洋艦(けいじゅんようかん)大淀(おおよど)です、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いしますね」

 口元を隠して笑うのがこんなに様になる人がいるとは、嫌味も感じない。しかも話のレベルを合わせて貰った気がして、一段と恥ずかしさが増す。

「八鍬少佐がお待ちです。案内致しますのでどうぞこちらへ」

 大淀の笑顔がまた傷口に染みる。彼女と極力目を合わせないように中へと入る。そしてどうか、波瀬の口が八鍬の前で滑りませんように。

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