艦隊これくしょん――少年少女は暁の水平線に何を見るか   作:海荷コモルー

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投稿が遅くなってしまい、申し訳ありません……。
パソコンが大破したり、リアルがうまく行かずと色々とありまして……。
ぶらり第四工廠これにて完結です。どうぞ


ぶらり第四工廠(後)

「少尉さん……なんだか元気がなかったのです」

「なんだか避けられているみたいで少し寂しいね」

「あははは……まぁ電たちが悪い訳じゃないから」

 そう言って北上は一番ダメージを受けている電の頭を優しく撫でた。

「少尉も来たばかりで不安なんだよ。大目に見てやってね」

 そのまま指先を頬へと落とし、軽くつねる。「ひたひゃみしゃんいひゃいのれす」と抵抗する電に悪戯っぽく笑いかけた。ぐにぐにと頬と少し遊んだところでぱっと手を離す。フォローはこの位で十分だろう。

「さ、じゃあ私もそろそろ行こうかな」

「野波少尉を探すの? 私たちも手伝うわよ?」

 今度は雷が心配そうに北上を覗き込む。今行っては逆効果だろう、と思う北上。今後も駆逐艦に対する態度がこれならば荒療治も考えた方がよいのだが、今はまだその時ではない。

「大丈夫だよ、もう大井っちが追いかけているし。あんたたちもさっさ飯と風呂入ってきなー。駆逐艦組は順番早いでしょ」

 暁が教室に備え付けられている時計を見て、顔色を変えた。

「もうこんな時間じゃない! 早く行くわよ、れでぃは時間を守るんだから!」

 暁は妹達の手を引いて教室から出ていく。一人残った北上はふぅ、と少しため息をつき、飛び出していった野波を追いかける。

「さーて……私も行きますかぁ」

 艦娘と人間の間にあるすれ違い似た何か、北上は人間の心はつくづく難しいと感じた。

 

 

                *

 

 

 無我夢中で歩き、気が付いたら玄関にある向日葵の花壇に来ていた。夕方の冷たい風が火照った思考を冷ます。しかし、今更戻る気分にもなれない俺はここで時間を潰すしかなかった。

「あー嫌な事思い出した……」

 暁達を見た時、蓋をしていた記憶がフラッシュバックした。もう関係ないと振り切った過去の筈なのにあんなことで思い出すことになるなんて思ってもいなかった。

「あんなガキまで……戦わなきゃいけないとはなぁ」

 そりゃ自分も世間では子供の部類に入るだろうが、暁達はあまりにも幼過ぎる。精神年齢も見た目とあまり変わらないみたいだ。いくら艦娘と言えどあんな幼い子供達を戦地に出ると知ってしまった今、フラッシュバックした記憶と相まって鬱々とした気持ちになる。

「とは言ってもだ」

 思考が言葉になり、ぽつぽつと独り言が漏れ始めた。

 現状、深海棲艦とまともに戦えるのは艦娘だけ。まともに武器を持たない俺たちが加わったところで彼女達の足手まといになるだけだ。彼女達だけで戦ってもらう事が今とれる手段では最善かつ最良の選択なのはわかっている、頭では。

 そんな俺を咎めるように一人の人物がひっそりと心の底から浮かび上がる。

 現れたのはもう一人の自分。彼は抑揚のない言葉で同じ言葉を繰り返す。

「偽善者」

 杭を打ち付けるように何度も何度も口にする。

「あーもう。うるさいうるさい!」

 自分の幻影のせいで気が狂いそうになった俺は頭の中の自分を払うように髪をぐしゃぐしゃとかき回し、懐から煙草を取り出す。カチカチと音を鳴らしてライターで火を着けようとするが、全く火がつかない事に非常に苛立つ。

(ライターすらもまともに使えないのか、俺は)

 こちらも意地になり、着火するまで諦めなかった。やっと着いた火を煙草に灯し、体に煙を流し込む。久々の紫煙に視界がぐらぐらと揺れた。

「なんでー……俺なんでしょ」

 吐いた煙につられ、口が緩むと今度は愚痴が漏れた。隣にいる向日葵からは当然答えてくれない。俺は煙草をまた口につける。その時だった。

「こんな所で何してんのよ」

 向日葵と俺を陰が覆う。声で誰だかわかる。

「大井か」

「そうよ。でそんな辛気臭い顔して何考えてんのよ」

「べっつぃにー」

 わざとらしい声で質問をはぐらかす。いつの間にか煙草はフィルター手前まで燃えかけていた。「勿体ない」と思いながら、俺は携帯灰皿に先端をぐりぐりと押し当て火を消し、再びポケットに仕舞う。若干服に散った灰はパンパンと手で払い、立ち上がる。

「ごめんごめん、煙草が吸いたくて抜けちゃった。次どこだっけ?」

 少しでも感情を悟られたくなくて、気丈に振る舞う。

 相変わらず不機嫌な大井。睨みつけているのか、それともそれが普通なのかわからないが、まじまじとこちらを見つめた後「それなら一言言いなさいよ」と注意だけで許してくれた。意外と根は優しいのかもしれない。

「北上さんが待っているから早く行くわよ」

 大井は強引に袖を掴み、俺を連行する。

「わかってるって。ちゃんと歩けるから」

「わかっているなら早くする!」

 袖を離さない大井。俺は諦めて歩速を合わせる。

 北上が階段に座ってあくびがしているのが見えた。

「少尉、どこ行ってたのさー。探したんだよ?」

 ぶっちゃけ北上が心配していたようにも探していたようには見えない。理由は彼女の白い頬が片側だけ異常に赤くなっているからだ。恐らく大井が探している間、階段にでも寝そべっていたんだろう……。まぁ、一応謝っておくか。

「ごめんごめん。ちょっと休憩してた」

「ふーん。向日葵とお話しが休憩ねぇ……」

「え……」

 大井のさりげない一言に思わず背筋が凍る。

「大井っち、それは言わないって約束でしょ。提督が可哀想だよ」

「あぁ、そうでした。つい! うっかり!」

 悪気がないことだけをわざとらしく強調するところが逆に悪意に満ちている。

「あ、あのー……一体どこから?」

 北上は腕を組み、思い出す様な仕草を見せ、

「んー『あー嫌な事思い出した……』くらいから?」

「最初からじゃねーか!」

 予想外の答えに思わず声が荒れる。だから終わるまで階段で寝てたのか!?

「だって、なんか話しかけんなって雰囲気出てたしさー。ねー、大井っち」

「そうよ、一人にして欲しいのかなぁ~って」

 二人とも可哀想な人を見る目でこちらを見ないでください。恥ずかしくて死んでしまいそうです。

「さ、忘れて次行こう!」

 今度は俺は二人を引っ張り、次の目的地である船渠に向かった。

 

 

                *

 

 

 夕日が完全に沈んでしまい、第四工廠に夜の世界が訪れる。船渠は倉庫のような平屋の巨大な建物だった。小さい窓から光が漏れており、内部はまだ明かりがついているようだ。おそらくまだ何かしらの作業をしているのだろう。

「あぁ、ちょっと待って!」

「それはそこじゃないですよ!」

「危ないじゃないですか!」

 外からでも聞こえる騒々しい声。大勢で作業しているのだろうか、と疑問に思うが、複数の人の声ではなく、全て同じ人物の声のようだった。独り言にしては聞こえる言葉がおかしいことを不思議に思いつつ、開け放たれた資材搬入用に作られた大型扉から入る。

「おーい、明石ぃー。お客さんだよー」

「ちょっと待って下さい! 今取り込んでてふぎゃっ!」

 大きなドラム缶に弾き飛ばされ、転ぶ女性。彼女が持っていた資料が地面に大きく散らばる。

「いてて……あぁ、資料がっ!」

 急いでそれらを拾う彼女。何故動いてもいないドラム缶に彼女は弾き飛ばされたのか疑問に思うが、資料の一部を拾うのを手伝った。

「はい、これ」

「どうもありがとうございます!……って野波少尉!」

 彼女は目を大きく見開いて驚いた後、まるで芸能人でも見たかのように目を輝かせた。半面、当人である俺は逆に彼女の存在を知らない為、反応に困る。

 北上も不思議に感じたのか、後ろから耳打ちしてきた。吐息がかかってくすぐったい。

「あれ、明石とも知り合いなの?」

「いや、俺は全然……」

「少尉が船渠に来るのを待っていたんです!」

 握手のつもりなのか手を握られ、大げさにぶんぶんと振られる。なんのことかわからない俺は北上たちに助けを求めるが、彼女たちも困惑しているようでぽかんとしていた。この状況に我慢できなくなった俺は自分から話を切り出す。

「ちょっと、待ってくれ。俺が来るのを待っていたってどういうことだ?」

 目の前の彼女から強引に手を離し、この状況を問いただす。内心まだ苛立っているのか、無意識に少しとげのある言い方になってしまい、慌てて言葉を変えた。

「ま、まず名前聞いてもいいかな? 君だけ俺を知っているみたいだから」

「すいません、ちょっと舞い上がっちゃって……申し遅れました。私は明石、工作艦です。船渠内での事は任せて下さい! よろしくお願いします!」

 再び差し伸べられた手は一方的なものではなく、融和を求めるもので、俺も素直にそれに応じて握手した。

「んで、なんで俺のこと知ってるの?」

「そりゃもう。私の仕事が減……じゃなくてとても優秀な方だと聞いたので」

「少尉、船渠配属なんだって」

「みたいだな」

 半分くらい漏れた明石の本音のおかげで俺の仕事内容が判明した。正直、事務よりも油仕事の方が俺は楽で助かる。

「ごめんなさい、これは私の口から聞かなかったって事にしといてください……」

 手を合わせ、申し訳なさそうにこちらを見る明石。俺が「大丈夫、聞かなかった事にするから」と伝える事を後ろのコンビが許さなかった。

「大淀さんがこのこと知ったら……どうなるかしらねぇ」

「次はないって言ってたよねー……確か」

「そこを何とかぁ~」

 心配そうな口調ではあるが、目は完全に脅しにかかっている北上大井。完全に縮こまってしまった明石は「そこをなんとか……」と拝みまくってる。なんだか借金の取り立てに見えてきた。

「おうおうねーちゃん払うものは払ってもらわんとなぁ」

「いい体してんじゃねぇか、こっちで払ってもらってもいいんだぜぇ」

 前言撤回、借金取りそのものである。

 そろそろ止めに入ろうとした瞬間、ズボンの裾をちょんちょんと引っ張られ、足元を見た。

「うわぁ!」

 情けない悲鳴が船渠に反響した。

 足元には俺の膝までしかない人形がじっとこちらを見上げていた。驚いて上げた片足をそのまま硬直させ、人形を観察したが、人形はこちらをじっと見つめたまま動かない。とりあえず俺はそのまま足をゆっくり下し、その奇妙な存在と距離を取ろうと後ずさりしようとするが……。

(あ、足が動かない……)

 数歩下がった時、まるで何かにつま先を抑えられているかのように足が動かなくなった。先ほどの人形は視界に捉えたままだ。俺は嫌な予感も感じながらも、おそるおそる再び足元を見ると……。

「うあおあああああ!?」

 そこには別の個体の人形がつま先を押さえつけている。俺は恐怖のあまりバランスを崩し、背中から倒れ込んでしまった。

「がはっ!」

 頭は打たないようにとっさに首を曲げるが、代わりに背中がもろに地面にぶつかる。俺の肺に待機していた空気は全て吐き出され、一瞬呼吸困難になった。

「痛っ……」

じわじわと遅れてきてやってきた激痛に耐えながら、なんとか体を起こそうとするが……全く動かない。

「野波少尉大丈夫ですか!?」

 叫び声で気づいたのか明石達が駆け寄ってくるが、今はそれどころではない。

視界いっぱいの無数の人形たちが覗き込むようにして倒れた俺を見ていた。おそらく体が動かないのは人形たちが押さえつけているせいだ。もはや叫び声すら上がらず、俺は人形の為すがまま倒れてる事しか出来なかった。

「野波少尉を離してください!」

 明石は懸命に人形の一人を引っ張るもびくともしない。二人でも無理なのか、と大井よりも取りつく島がありそうな北上に視線を送るが、

「少尉って……モテるんだね」

「こんなのにモテても嬉しくないわい!」

北上は我関せずといった感じで助けてはくれなかった。えぇい、明石しか味方はおらんのかっ!

 そもそもなんで俺はこいつらに押さえつけられなきゃならんのだ?

 恐怖でいっぱいだった感情が段々とイライラに変わっていく。

 そういえばこいつら細かいところは髪型や服装など所々違うがシルエットは全員一緒である。そして俺はどこかでこのシルエットを見たことがある気がする。

 人形の一体をまじまじと見つめ、思考を巡らせた。そして思い出す。

「二年前の検査だ……」

 つまりこれが波瀬が言っていた妖精……なのか? てか、見えるだけで話が通じないなら意味がないのでは……。明石もさっきから呼びかけているが、全く聞く耳を持っていない。

 半ば諦めかけていたその時だった。 

「おい、何をしている。騒がしいぞ」

 生気のない声が船渠に響いた。俺は声がした方向を見ることが出来ないが、少なくとも北上達ではない。さっきまでこちらを覗いていた人形(妖精?)達も一同声がした方向を向いている。

(やっぱり言葉がわかるのか……?)

 俺は声の持ち主を待つことしか出来なかった。しかしいくら待っても声の持ち主は現れない。

「なるほどそういう事か。ソイツは離せ、敵ではない」

 いや、声は間違いなく先ほどより近づいているのだが……全く姿が見えない。

 指示通り人形達はパッと手を離し、俺は拘束から解かれた。

強く打った背中をさすりながら、ゆっくりと上半身を上げるが、やはり声の持ち主らしい人はいない。

「おい、オマエ。一体どこを見ている」

 声はかなり近いが、どこにいるのか。妖精以外にいるのは北上・大井・明石だけだ。

「あ、あのー野波少尉? お腹の上……」

 歯切れが悪そうに明石は俺の腹部を指さした。しかしいるのは先ほどの人形達だけでそれらしい人影は見えない。どうして北上達は青い顔をして震えているのだろう。

「いや、本当にわかんないんだけどへぶっ!?」

 腹部に走る強烈な打撃。まるでピンヒールにでも踏みつけられたような小さく鋭い痛みが走り、俺はまた背中から地面に叩きつけられた。

「オマエ、ふざけているのか?」

ピンヒールの痛みがだんだんと上に上がってくる。おまけにぐりぐりとえぐってくるタイプをおまけ付きだ。俺はその度呻くような悲鳴を上げてしまい、歯を食いしばり悲鳴を堪えるので必死だった。やっとピンヒール痛が止んだと思うと、次は痛みのあまり細めていた瞼を強制的に開かされることになる。瞼が全開まで開いたことで声の主が嫌でも視界に入ってきた。

「これでワタシのことが見えるだろう? 野波」

「……ハイ、ニンギョウサン」

 顎に走る強烈な打撃音と共に俺の意識はなくなった。

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