鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

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壊れた幸せ

 

 

 

 俺の家は父と母、それから姉のちよと妹のハル、俺も合わせて5人の騒がしい、でも幸せな家族だった。

 

 母は何かと口うるさいし、父は頷くばかりで話を聞いているのかいないのかよく分からない。妹はキャキャっと、なにが可笑しいのか分からないことでいつも笑っているし、姉は母のように口を開けばお小言ばかりだ。

 

 でも、そんなあの人達が俺は大好きだった。

 

 今思えば、毎日が楽しくて、幸せだったんだ。こんな日々が当たり前に続くことを、疑いもしてなかった。

 

 だけど当たり前なんてものは人の願望でしかない、幸せなんてものは簡単に、ある日突然に壊れてしまうものなんだ。俺はそれをあの日、あの絶望の日に思い知った。

 

 その日は、母にこと付けられた用事のせいで、俺は家に帰るのが夜遅くになったんだ。

 

 家に着く前に変だとは思ったんだよ。いつもは見える家の灯りが、その日は何故か道から見えなかった。だけど、あんなことになっているなんて思いもしなかったから、少し不安にはなったけど俺は家までそのまま向かったんだ。

 

 家に入った俺を迎えてくれたのはいつもの心が暖かくなるような騒がしさじゃなくて、耳が痛くなるような静けさと血の海だった。当たり一面、家の中は血が飛び散っていて、玄関先で父が、居間の炉の近くで母が妹に覆いかぶさって死んでいた。父の手元にはいつもは神棚に置いてあるはずの刀が鞘から抜き放たれて落ちていた。

 

「…な、なんだよ、これ、なんなんだよ」

 

 どうなっているのか、最初は訳が分からなかった。目の前にある血塗れの惨劇が現実であることを俺は認められなかったんだ。

 

 だってそうだろ。俺はいつもみたいに、ただ帰ってきただけだ。行ってらっしゃいって言われて、家を出て、帰ってきたらお帰りって、そう言われるのが当たり前だったんだから。

 

 この惨劇をみるまではそれが俺の日常だったんだ。

 

 だけどそこで終わりじゃなかった、この時の俺にはまだ、お帰りって言ってくれたかもしれない人がいたんだ。

 

「と、とうさん、…とうさん!、っ!?」

 

 俺が事切れた父に呆然と歩み寄って行こうとした時に家の奥から音がした。慌てて家の奥を見たらさ、暗闇の向こうで人影がゆっくりと俺に向かって歩いてくるんだ。

 

「ひっ!?…だ、だれだ!?」

 

 俺は無意識だったけど足元にある刀を手に取って、その影に向けたんだよ。だけど近づいて来たその人影は、血塗れの姉さんだった。

 

「ね、姉さん、…姉さん!大丈夫か!?一体どうしたんだよ!?」

 

 荒い息を吐きながら、血塗れになってゆっくりと歩いてくる姉さんに、俺は慌てて駆け寄ろうとした。だけどそれは、他の誰でもない姉さん自身によって止められた。

 

「…ないで、…こっちに来ないで!!」

 

 家の静けさのせいなのか、この時の姉の声は、いつもより数段大きく聞こえた。鬼気迫るような様子でそういう姉の声に、俺は一瞬呆然として立ち止まってしまった。

 

「…お願いだから、今はこっちに来ないで」

 

 泣きそうな声色で、懇願するかのように、姉は俺にそう言った。俺は姉の言葉に一瞬戸惑ったけど、血塗れの姉がすぐそこにいるのに、放置なんて出来きる訳がなかった。

 

 何より生きてくれているのは姉だけだったから、…これ以上、家族を失いたくなかった。

 

「な、なに言ってんだよ、血塗れだろうが、すぐに手当てしないと、」

 

「…嫌だ、やめて、…私、信乃逗(しのず)を食べたくない、食べたくないの、だから、…来ないで」

 

 訳の分からないことを言う姉の様子を見て、俺はきっとこんな悲惨な状況に錯乱しているんだと思った。

 

「訳がわかんないこと言ってないで、早く手当てを、」

 

「来ないでって言ってるでしょ!?」

 

 そう言って、なおも近づこうとする俺を見て、姉はさっきよりも大きな声で叫びながら、家の壁を叩いた。その瞬間、当時の俺の知る人の身では、不可能な現象が起きたんだ。家の壁が轟音ともに崩れ落ちて、姉が叩いたその壁には人が通れるくらいの大きな穴が空いていた。

 

 その音と衝撃で腰を抜かした俺は、力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。呆然と穴の空いた家の壁を眺める俺を、姉は今にも泣き出してしまいそうな表情で見つめながら、静かに微笑んだ。

 

「…私は、もう人間じゃないの、鬼に、なっちゃったの。だから、私に、近づいちゃ駄目なのよ」

 

「……お、鬼って、な、なに言ってんだよ?…鬼ってなんだよ!?それに姉さんは人間だろうが!」

 

「とうさんに、教えて、もらったでしょ、…人を食べる、化け物がいるって…」

 

「あんなの父さんの作り話だろ!そんなのいる訳が「いたのよ!…いたから、こんなことに、なっちゃったのよ」っ!?」

 

 俺が鬼の存在を否定するその声を悲痛な声色で叫ぶ姉の声が掻き消す。嗚咽をこらえるように姉が言った、こんなことが、この惨状を現しているのは間違いないだろう。

 

 確かに父はしきりにそういう存在がいると、俺達に話をしてきた。でも、村の誰もそんな話を信じてなかったし、姉の話は当時の俺にはあまりにも荒唐無稽で、素直に認められるものではなかった。だけど俺には、俺達には現実から逃避していられる時間が、余りにも少なかった。

 

 ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、姉は呆然と座り込む俺の手に握られた刀を見て、それまで絶望一色だったその顔色を急に希望を見たかのような、そんな表情へと変えた。

 

 

「かたな、…とうさんの…刀、……しのず、お願い…」

 

 

 そうして姉が俺に懇願したその内容は、彼女に取っての最後の、唯一の、希望だったのだろう。

 

 

「その刀で、……私の首を……斬って…」

 

 

 だけど同時にそれは、俺にとっての地獄だった。

 

 

 

 

 

 

「い、いやだ、なに言ってんだよ、姉さん。…そんなこと、できる訳ないだろう!?」

 

 信乃逗(しのず)の悲痛の叫びにも似たその言葉は信乃逗の姉にとっては絶望だった。

 

「お願い!このままじゃあ私、信乃逗(しのず)を殺しちゃう!…いやなの、しのずを、食べたくないのよ!」

 

 崩れ落ちた壁から月光が入り込み、その月の光に姉の姿がはっきりと照らし出された。

 

「…姉、さん、…その顔…」

 

 涙を流す姉の顔色は、もう人間のそれではなかった。人を食べたいと言う欲望を、必死に我慢していたのだろう、涙と同時に涎を垂れ流しながら、姉は俺に必死に懇願する。体に指が食い込む程、力強く両腕を抱え込んだ姉の必死の形相を見て、やっと俺は姉の願いが本当に心の内から来たもので、姉がもう人ではないのだということを、理解してしまった。

 

「誰も食べたくない、殺したくないのよ。…とうさんやかあさんを、…ハルを、食べたくないよ、しのずを…食べたくないの!……お願いだから、最期くらい、姉さんの言う事を…聞いてよ……御願いだから」

 

 絞りだすような姉の悲痛な声に、俺の体は気がつくとひとりでに動いていた。刀なんてもっていなければ、姉はこんなお願いをしなかったかもしれない。けど、その時はきっと、俺は死んでいて、姉は哀れな鬼の1人になっていたんだと思う。

 

 

「……姉さん、ねえさん、……」

 

 

 カタカタとその刀身を震わせながら、俺はゆっくりと変わってしまった姉に近づいていく。姉の悲痛な叫びが、願いが、俺の体を姉へと動かしていく。

 

 父がたまに、俺に刀の振り方を教えてくれていた。家族を守る為に、愛する人を守れるようにと父が教えてくれたその刀を、どうして今、俺は愛する家族に振り下ろそうとしているのだろうか。

 

「…ごめんね、しのず…」

 

 がくがくと震える体を必死に押さえ込みながら、滲む視界を必死に拭いながら、自身の前に立つ俺を見て、姉はその瞳に涙を浮かべながら、微笑んで謝罪の言葉を口にする。

 

 姉は優しい人だ。いつも誰かを心配していた、その大半はきっと俺だったのだと思う。俺が笑顔でいられるように、家族が笑顔であれるようにいつも考えていてくれていた。

 

 

 そんな優しい姉が涙を流して、家族の俺に願うのだ。

 もう俺しか、俺にしか、姉の願いを叶えられないのだから、だから……

 

 

 

「うぁぁぁぁ!!!」

 

 

 その日が、俺が父に刀を教えてもらいはじめてから、一番上手く、刀を振るえた。

 

 

 

「ありがとう、……し、のず、……だいすき、だ、よ」

 

 

 

 姉さんは安堵したかのように微笑んで、ぼろぼろと崩れるように消えていった。まるで最初からそこには何もいなかったかのように、姉の姿も、家族の笑顔も、俺の幸せも、全てが消えていた。

 

 

 

「……かあさん、…とうさん、…ハル、……ねえさん、

 …俺は……おれは……」

 

 

 

鈴虫が鳴き始めた頃の秋の一夜

 

嘗て笑い声の絶えない賑やかで、幸せに溢れた一軒の家で、1人の少年の慟哭だけが、虚しく鳴り響いていた。

 

 

 




御一読頂きましてありがとうございました!
御意見・御感想頂けますと幸いでございます!

今回はシリアス!
ついに明かされる信乃逗の過去って感じで書いてみました!
真菰ちゃんは一切出て来てないけど真菰ちゃんは神です。

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