自らの腕の中で静かに息を引き取った
「お願いだ
俺はまだ、お前と話ができていない……今度一緒に出掛けるって…約束したじゃないか。俺をお前のお父さんのところに、連れていくんじゃ…なかったのかよ。なぁ、返事をしてくれよ…まこも」
いやだ、喪いたくない。俺はまだ、何も伝えていない。今度こそ守るってそう思ったのに、大切な誰かを守るために、父が教えてくれた刀で、今度こそ愛する人を守るってそう決めたんじゃないのか。
なのに、どうして……どうして
「いやぁ、焦りました、首に刃を通されるのは初めてのことでしたから、再生にも手間取ってしまいました。
それにしてもまさか私の探知法に気付いていたとはねぇ。
単純な速度に頼った一閃かと思えば、私の血を混ぜた空気を風圧で吹き飛ばして探知を阻害することが狙いだったとは、…彼女との連携も併せて私はもう感嘆しましたよ」
あれだけの傷を受けようとも、
首を斬り落とさない限り、人間ならば致命傷になりうる攻撃であろうとも、たちどころに再生してしまう。
「おや?そういえば其方の彼女は随分とお静かですね?……血の匂いも随分と濃い。もしかして……死んじゃいましたかぁ?」
「…………」
「あららー、まさかあれで死んでしまうとは……覚悟や想いを語る姿は実に立派でしたが、その割には実力が伴っていなかったと。……いやはや、残念ですねぇ、結局のところ彼女の言う想いなんていうものも、その程度のものだったということですか」
返ってこない返答に気にした様子もなく、けらけらと
明らかな挑発行為だ。
互いに随分と想いやっていた2人を見たときから
勿論それが挑発であることは
「………取り消せ」
死の間際ですらこんなどうしようもない自分を心配して、その先行く道を照らそうとしてくれた彼女の想いをあんな鬼に、あんな外道に貶められて尚、許せるはずがない。
彼女を奪ったあの鬼へと湧き上がる怒りと憎しみを抑えられるはずもない。
「うん?何か仰いましたか?すいませんねぇ。お声が小さくてよく聴こえませんでした、もう一度言って頂けます?」
小さくボソリと呟かれたその言葉を聞き取れなかったと、尚も挑発する姿勢を崩すことなく赫周は
その次の瞬間には数mは離れていたはずの
「……取り消せと、言ったんだよっ!!」
—— ガキィン ——
金属と金属がぶつかったときのような甲高い音をたてながら、
「おやおや、随分と感情的な攻撃ですね。……そんなにあの少女が死んだのが衝撃的だったのですか?」
槍の柄を盾のように扱って一閃を受け止めた
『
あぁ彼女ともう一度笑いたかったとも。またどこかに出掛けて、甘いものを食べて、2人で話して、幸せにありたいとそう願った。
だがそれはもう叶わない。叶えなくさせたのは他ならぬ目前の鬼だ。
自身の叶うことのない願望が
「黙れぇぇ!」
ギリギリと音をたてながら鍔迫り合いの様相すらみせていた
しかし、またしてもその刀が首に届くことはなかった。
僅かな時間で創られた新たな槍の姿に悔しさから
(くそったれがっ!)
何故、届かない、どうしていつも!俺の刀は護りたいものに届かないのか。
怒涛の勢いで刀を振るい続ける
(怒りに呑まれているせいか、あるいは少女を喪ったことによる衝撃からか、何方にせよ先程私を追い込んだような動きはまるで出来ていない)
「無様ですね……奪う覚悟も奪われる覚悟も持って貴方も彼女も、私と相対していたのではないのですか?」
力もあるし、剣速もたいしたものだ。だが、その太刀筋は直線的に過ぎる。虚術もなく感情のままにただ刀を振るっているだけだ。これなら先程までの方がまだ楽しめただろう。少年を絶望へと墜とすまでの流れは良かった、少女の遺体を抱きしめる少年の表情は
その後の怒りの感情も悪くはないが、先程首を斬り落とされる一歩手前までいった相手がこの様というのは少々といわずかなり興醒めだ。
— 血気術
唐突に自身に迫る全ての槍を信乃逗はその剛剣でもって弾き飛ばしていく。
その様子に
轟音と共に舞い上がる土煙の中、宙に浮いた体を何度も地面に叩きつけられながら
土煙が落ち着いた時、地面へと倒れ伏した
(覚悟だ、想いだと大層なことを言っても所詮はこの程度か。……最初が盛り上がっただけにこの呆気なさはやはり興醒めですね)
まあそれでも久しぶりに随分と楽しむことが出来た。あれほど大事そうに少女の遺体を抱いていたのだ。余程大切な者だったのだろう、ならばもう終わりにしてあの世へと共に送ってやるのが戦士としてせめてもの礼儀というものだろう。
槍を片手に地面へと倒れ伏した
◆
どうして、どうしてこの世界は生きていて欲しいと、そう願う人から死んでいくのだろうか。
(どうして……俺の前からみんな消えてしまうんだ)
死ぬかもしれない、そんなことは……分かっていたことだ。分かっていたから、逃げて欲しかったんだ。君に生きていて欲しかった。
努力してきた。目の前の幸せを守りたくて、もう届くことのないと思っていた幸せに手を伸ばして、必死に鍛えてきた。
だが、結局はこの有様だ。
愛した人の命も守れず、怒りと憎しみに呑まれて、感情のままに刀を振るい、今無様にも地面に這いつくばっている。身体はぼろぼろで、立つことすらままならい。
俺は何の為に今まで刀を振るってきたのだろうか。
父さんも母さんも姉さんも妹も、そして
あいつが、
だが、それも悪くないのかもしれない。
真菰がいない世界で俺はどう生きていけばいい?
こんな殺伐とした世界ではなく、鬼がいない世界で
今更、そんなことを考えるべきではないのかもしれない。
だけどそれでも、考えてしまうんだ、彼女と笑っている幸せな未来を。
『
(あぁ……わかってる、分かってるさ。このまま死ぬのは違うよなぁ)
どれだけ願っても、もう過去には戻れない、起きたことは巻き戻せない。
俺は確かに失った、大事な人をまた守れなかった。だけど、まだ、失っていない人達がいる。幸せに笑ってくれている人達がいる。俺の過去じゃない、誰かの未来の為に、預かった想いをここで絶やして良い訳がない。抗うことを諦めて、諦観の中で命をおとすなど、そんな選択は……俺が今まで預かってきた全ての想いに対する裏切りだ。
きっと
例え、ここで死ぬことに変わりがないのだとしても、俺は最期までこの刀を振るい続けなければならない。この命の使い道はあの月の夜に、彼女の腕の中でもう決めていたのだから。
—— この想いくらいは、伝えとくんだったなぁ
ぷるぷると震える体を叱咜しながら、
「……まだ動けるのですか。頑丈なのは結構ですが、あまり無茶はいけませんよ。血は肉を味つけるとても良い調味料ですから、あまり流しすぎるのは良くないのです。……あの少女も早く食べてあげないと、どんどん味が落ちてしまいますから貴方にはもう諦めて動かないで頂きたいのですが」
生まれたての小鹿のように脚を震わせ、血をぼたぼたと垂れ流しながらも必死の形相で立ち上がる
だが、それはもはやただの悪あがきだ。立ち上がることすら精一杯のその様で一体何ができるというのか。
嘲笑うように告げる
「……
これ以上、あの鬼に
御一読頂きましてありがとうございます。
御意見・御感想頂けますと幸いで御座います。
外伝とかで真菰と信乃逗の話作成しようかな?