鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

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それでも真菰ちゃんは神です。


覚悟

 

 

 自らの腕の中で静かに息を引き取った真菰(まこも)の体を信乃逗(しのず)は強く抱きしめる。

 

 

「お願いだ真菰(まこも)、目を開けてくれ。

俺はまだ、お前と話ができていない…今度一緒に出掛けるって…約束したじゃないか。俺をお前のお父さんのところに、連れていくんじゃ…なかったのかよ。

なぁ、返事をしてくれよ…まこも」

 

 

 信乃逗(しのず)のその言葉に少女が答えを返すことは無論ありはしない。彼女の声を聴くこともその美しい瞳に信乃逗が映ることも、もうない。

 

 

 いやだ、喪いたくない。俺はまだ、何も伝えていない。今度こそ守るってそう思ったのに、大切な誰かを守るために、父が教えてくれた刀で、今度こそ愛する人を守るってそう決めたんじゃないのか。

 

 

 

 なのに、どうして…どうして真菰(まこも)が死ぬんだ。

 

 

「いやぁ、焦りました、首に刃を通されるのは初めてのことでしたから、再生にも手間取ってしまいました。

それにしてもまさか私の探知法に気付いていたとはねぇ。

単純な速度に頼った一閃かと思えば、私の血を混ぜた空気を風圧で吹き飛ばして探知を阻害することが狙いだったとは、…彼女との連携も併せて私はもう感嘆しましたよ」

 

 

 信乃逗(しのず)の背後から、受けた傷の再生を終えた赫周(かくしゅう)が愉快そうに嗤いながら、歩いてくる。

 

 

 あれだけの傷を受けようとも、赫周(かくしゅう)は鬼だ、首を斬り落とさない限り、人間ならば致命傷になりうる攻撃であろうとも、たちどころに再生してしまう。信乃逗(しのず)が斬りかけて首も、真菰(まこも)が決死の想いで付けた傷も、まるで何も無かったかのように平然とした様子で信乃逗へと近いていく。

 

 

 

「おや?そういえば其方の彼女は随分とお静かですね?…血の匂いも随分と濃い。もしかして…死んじゃいましたかぁ?」

 

 

 信乃逗(しのず)の腕に抱き抱えられたままぴくりとも動かない真菰(まこも)の姿と感じる血臭の濃さに赫周(かくしゅう)はにたりと口元を歪めて愉しそうに信乃逗(しのず)に問い掛ける。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 赫周(かくしゅう)の問いに答えることなく、腕に抱えた真菰(まこも)信乃逗(しのず)はゆっくりと丁寧に地面に横たえると静かに立ち上がる。

 

 

 

「あららー、まさかあれで死んでしまうとは……覚悟や想いを語る姿は実に立派でしたが、その割には実力が伴っていなかったと。…いやはや、残念ですねぇ、結局のところ彼女の言う想いなんていうものも、その程度のものだったということですか」

 

 

 返ってこない返答に気にした様子もなく、けらけらと赫周(かくしゅう)真菰(まこも)の死を嘲笑う。

 

 

 明らかな挑発行為だ、互いに随分と想いやっていた2人を見たときから赫周(かくしゅう)はどちらかが死んだ時このように挑発しようと考えていたのだ。例え死んだのが信乃逗(しのず)であっても赫周(かくしゅう)は同じように真菰(まこも)を挑発しただろう。大切に想う人間を殺された時の人間の感情を見るのは赫周の楽しみの1つなのだから。

 

 

 それが挑発であることは信乃逗(しのず)とて分かっている。だが、どれだけ頭で理解していようとも昂る感情を抑えられないこともある。未熟、そう思われようとも、信乃逗はこの言葉に対する怒りを押さえられない。

 

 

 

「………取り消せ」

 

 

 

 真菰(まこも)の想いも覚悟も、決してその程度のものなどと侮辱されるような、軽いものなどではなかった。

 

 

 死の間際ですら、こんなどうしようもない自分を心配して、その先行く道を照らそうとしてくれた彼女の想いをあんな鬼に、あんな外道に貶められて尚、許せるはずがない、彼女を奪ったあの鬼へと湧き上がる怒りと憎しみを抑えられるはずもない。

 

 

 

「うん?何か仰いましたか?

すいませんねぇ、お声が小さくてよく聴こえませんでした、もう一度言って頂けます?」

 

 

 赫周(かくしゅう)を見ることもなく、小さくボソリと呟かれたその言葉を聞き取れなかったと、尚も挑発する姿勢を崩すことなく赫周は信乃逗(しのず)へと再度問いかける。

 

 

 

 

 次の瞬間には数mは離れていたはずの信乃逗(しのず)の姿は赫周(かくしゅう)の間隣にあった。

 

 

 

 

「…取り消せと、言ったんだよ!!」

 

 

 信乃逗(しのず)は強い怒気を露わにしながら赫周(かくしゅう)へと聞こえるように怒号を轟かせ、勢いよく刀を横一閃に振り抜く。

 

 

 

 

 —ガキィン—

 

 

 

 

 金属と金属がぶつかったときのような甲高い音をたてながら、信乃逗(しのず)の満身の力で振るった一閃は赫周(かくしゅう)の持つ深紅の槍に阻まれる。

 

 

 

「おやおや、随分と感情的な攻撃ですね。

そんなにあの少女が死んだのが衝撃的だったのですか?」

 

 

 

 槍の柄を盾のように扱って一閃を受け止めた赫周(かくしゅう)は怒りに呑まれたような信乃逗(しのず)の様子を愉快そうに口元を歪めながらさらに挑発する。

 

 

 

 赫周(かくしゅう)の言葉に信乃逗(しのず)の脳裏に優しく微笑えんで自分を呼ぶ少女の姿が過ぎる。

 

 

 

『…信乃逗(しのず)

 

 

 

 あぁ彼女ともう一度笑いたかったとも、またどこかに出掛けて、甘いものを食べて、2人で話して、幸せにありたいとそう願った。

 

 

 

 だがそれはもう叶わない。叶えなくさせたのは他ならぬ目前の鬼だ。

 

 

 

 自身の叶うことのない願望が信乃逗(しのず)に更なる憤怒の感情すら発露させる。

 

 

 

「黙れぇぇ!」

 

 

 

 ギリギリと音をたてながら鍔迫り合いの様相すらみせていた信乃逗(しのず)が地面に亀裂が入る程、力強く踏み込んで刀を押し込む。湧き上がる憎悪にも似た感情に後押しされ、この一瞬、鬼である赫周(かくしゅう)の膂力を信乃逗(しのず)が僅かに上回った。

 

 

 信乃逗(しのず)の力に赫周(かくしゅう)の体が僅かに後ろに押し出される。その力に、驚愕したように目を見開く赫周の首元に信乃逗の刀が剛速で迫る。

 

 

 しかし、またしてもその刀が首に届くことはなかった。赫周(かくしゅう)の手に現れた二本目の槍が首へと迫る信乃逗(しのず)の刀を防いだのだ。

 

 

 僅かな時間で創られた新たな槍の姿に悔しさから信乃逗(しのず)はギリッと歯を食い縛る。

 

 

(くそったれがっ!)

 

 

 何故、届かない、どうしていつも!俺の刀は護りたいものに届かないのか。

 

 怒涛の勢いで刀を振るい続ける信乃逗(しのず)だが、その刀は一太刀たりとも赫周(かくしゅう)には届いていない。怒りに呑まれた者の太刀筋は殊の外単純だ。僅かな足運びと二本の槍の柄でもって赫周は余裕を持って信乃逗の攻撃を防いでいく。

 

 

 

(怒りに呑まれているせいか、あるいは少女を喪ったことによる衝撃からか、何方にせよ先程私を追い込んだような動きはまるで出来ていない)

 

 

 

「無様ですね…奪う覚悟も奪われる覚悟も持って貴方も彼女も、私と相対していたのではないのですか?」

 

 

 力もあるし、剣速もたいしたものだ。だが、その太刀筋は直線的に過ぎる。虚術もなく感情のままにただ刀を振るっているだけだ。これなら先程までの方がまだ楽しめた。少年を絶望へと墜とすまでは良かった、少女の遺体を抱きしめる少年の表情は赫周(かくしゅう)にとてつもない程の愉悦の感情をもたらした、その後の怒りの感情も悪くはないが、先程首を斬り落とされる一歩手前までいった相手がこの様というのは少々興醒めだ。

 

 

 

 

 

 — 血気術 飛翔血槍(ひしょうけっそう)

 

 

 

 

 赫周(かくしゅう)の手にある一本の槍が短く幾本にも分裂して、次々と信乃逗(しのず)に向かって高速で飛翔していく。

 

 

 

 唐突に自身に迫る全ての槍を信乃逗はその剛剣でもって弾き飛ばしていく。

 

 

 

 その様子に赫周(かくしゅう)はにたりと不気味に嗤うと、飛翔してくる槍の最後の一本を弾いた信乃逗(しのず)の真横へと高速で移動すると、右手に握る自身の最硬度の槍を横薙ぎに振るう。人外の力でもって振るわれたその一撃は、風圧だけで地面の表層を抉り飛ばしながら信乃逗(しのず)の身体を大きく吹き飛ばす。

 

 

 轟音と共に舞い上がる土煙の中、宙に浮いた体を何度も地面に叩きつけられながら信乃逗(しのず)は地面を転がっていく。

 

 

 

 土煙が落ち着いた時、地面へと倒れ伏した信乃逗(しのず)の姿が見えた時、赫周(かくしゅう)は心底落胆した。

 

 

 

(覚悟だ、想いだと大層なことを言っても所詮はこの程度か、最初が盛り上がっただけにこの呆気なさはやはり興醒めだ)

 

 

 

 まあそれでも久しぶりに随分と楽しむことが出来た、あれほど大事そうに少女の遺体を抱いていたのだ。余程大切な者だったのだろう、ならばもう終わりにしてあの世へと共に送ってやろうではないか。

 

 

 

 槍を片手に地面へと倒れ伏した信乃逗(しのず)へととどめを刺すべく赫周(かくしゅう)は近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして、どうしてこの世界は生きていて欲しいと、そう願う人から死んでいくのだろうか。

 

 

 

 (どうして…俺の前からみんな消えてしまうんだ)

 

 

 

 死ぬかもしれない、そんなことは…分かっていたことだ。分かっていたから、逃げて欲しかったんだ。君に生きていて欲しかった。

 

 

 

 努力してきた、目の前の幸せを守りたくて、もう届くことのないと思っていた幸せに手を伸ばして、必死に鍛えてきた。

 

 

 

 だが、結局はこの有様だ。

 

 

 

 愛した人の命も守れず、怒りと憎しみに呑まれて、感情のままに刀を振るい、今無様にも地面に這いつくばっている。身体はぼろぼろで、立つことすらままならい。

 

 

 

 

 俺は何の為に今まで刀を振るってきたのだろうか。

 

 

 

 

 父さんも母さんも姉さんも妹も、そして、真菰(まこも)も俺が護りたかった人を、結局俺は誰1人として救えない。

 

 

 

 

 あいつが、赫周(かくしゅう)が近づいてくる。とどめでも刺す気だろうか、放って置いてもこの傷ならそのうち死ぬだろうに。

 

 

 

 だが、それも悪くないのかもしれない。

 真菰がいない世界で俺はどう生きていけばいい?

 

 

 

 こんな殺伐とした世界ではなく、鬼がいない世界で真菰(まこも)と出会えていたなら、この想いを彼女に伝えられていただろうか。彼女と笑い合って共に過ごすことが出来ただろうか。…今更、そんなことを考えるべきではないのかもしれない。

 

 

 

 だけどそれでも、考えてしまうんだ、彼女と笑っている幸せな未来を。

 

 

 

 真菰(まこも)と2人で一緒に暮らす未来を想像してしまうと幸せだということ以外にうまく想像できなかった。彼女が微笑んでくれている、それが何よりも幸せだった。

 

 

 

 真菰(まこも)の微笑む様子を思い出しているのと同時にまるで叱咜されているかのように彼女とのつい先刻の会話が思い出される。

 

 

 

信乃逗(しのず)、私達は鬼殺隊の剣士、この街を守るのは私達の責務でしょう』

 

 

 

(あぁ…わかってる、分かってるさ、このまま死ぬのは違うよなぁ)

 

 

 

 

 どれだけ願っても、もう過去には戻れない、起きたことは巻き戻せない。

 

 

 俺は確かに失った、大事な人をまた守れなかった。だけど、まだ、失っていない人達がいる。幸せに笑ってくれている人達がいる。俺の過去じゃない、誰かの未来の為に、預かった想いをここで絶やして良い訳がない。抗うことを諦めて、諦観の中で命をおとすなど、そんな選択は、俺が今まで預かってきた全ての想いに対する裏切りだ。

 

 

 

 きっと真菰(まこも)にもさぞ怒られることだろう。

 

 

 

 例え、ここで死ぬことに変わりがないのだとしても、俺は最期までこの刀を振るい続けなければならない。この命の使い道はあの月の夜に、彼女の腕の中でもう決めていたのだから。

 

 

 

 

 — この想いくらいは、伝えとくんだったなぁ —

 

 

 

 

 

 ぷるぷると震える体を叱咜しながら、信乃逗(しのず)はその地に刀を突き刺して支えにすることで、なんとか立ち上がる。呼吸をするだけで、肺が痛い、少しでも体を動かす度に激痛が走る。それでも、ここで倒れるわけにはいかない、この命をかけて最期までこの想いを繋ぐことを、諦めてなるものか。

 

 

 

 

「…まだ動けるのですか、頑丈なのは結構ですが、あまり無茶はいけませんよ。血は肉を味つけるとても良い調味料ですから、あまり流しすぎるのは良くないのです。…あの少女も早く食べてあげないと、どんどん味が落ちてしまいますから、貴方にはもう諦めて動かないで頂きたいのですが」

 

 

 

 

 生まれたての小鹿のように脚を震わせ、血をぼたぼたと垂れ流しながらも必死の形相で立ち上がる信乃逗(しのず)の様子を見て赫周(かくしゅう)は目を見開く。実力はともかく、この傷でも尚立ち上がるその心意気だけは、称賛に値する。

 

 

 

 だが、それはもはや、ただの悪あがきだ。立ち上がることすら精一杯のその様で一体何ができるというのか。

 

 

 嘲笑うように告げる赫周(かくしゅう)の言葉に信乃逗(しのず)の心は一層奮い立つ。

 

 

 

 真菰(まこも)を喰らうと、そう告げたこの鬼だけは、こいつだけは絶対に許せない。

 

 

 真菰(まこも)の命を奪ったこの鬼を倒すために、想いを先に繋ぐ為に、俺の全てをかけろ。

 

 

 

 

「…赫周(かくしゅう)…悪いがお前に…真菰はやらねぇよ…お前が喰らっていいのは……俺のこの、刃だけだ」

 

 

 

 

 これ以上、あの鬼に真菰(まこも)を傷付けさせてなるものか。指一本たりとも、真菰(まこも)にはもう触れさせない

 

 

 

 

 

 

 




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御意見・御感想頂けますと幸いで御座います。

外伝とかで真菰と信乃逗の話作成しようかな?

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