鬼狩りは嗤う   作:夜野 桜

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鬼殺の方法

 

 ドゴォォーン!!

 

 暗く閉ざされたその空間に激しい戦闘を思わせる強烈な破砕音が響き渡り、ボロボロと天井から脆くなった石くずが重力に従っておちていく。

 

「ちっ!」

 

 そんな時折落ちてくる小石を煩わしそうに舌打ちをしながら信乃逗(しのず)は眼前に迫る巨大な何かを身を捩って回避する。

 

 暗闇に薄らと見えるその何かは人の手だった。血鬼術だ。地面から生えるように現れたいくつもの巨大な人の手の形をした岩。その岩を飛び跳ねて回避し、時に破壊しながら信乃逗と楓は洞窟の奥に悠然と佇む鬼へと接近を試みるが、幾度となく現れる岩の手と地面から生えてくる岩槍によってそれを阻まれる。

 

「ほら、逃げろ!逃げろ!逃げ惑って虫のように潰されてしまえ!」

 

 洞窟の奥で一歩たりとも動くことなくその鬼は、愉悦に染まりきった表情で信乃逗達に向けて自らの誇る血鬼術を行使し続ける。

 

 今回自らの首を刈りにわざわざ拠点に乗り込んできた鬼狩りは3人。ろくな時間稼ぎも出来ずに破壊されていく土人形達に、最初こそ焦りを感じたが、それも奥の手である人を元につくった土人形を出すことで思惑通り人数を分散させることが出来た。今回きた鬼狩りは以前殺した鬼狩りよりも随分としぶといが、それでもやはり所詮は人間。これまできた鬼狩りと同じように生きた人間を媒介にした土人形を出せば、面白いように動きが鈍る。躊躇せずに破壊すればいいものを、時間をかけてなるべく傷付けないように相手をしてくれる。なんとも良心的でお優しい、愚かな連中だ。

 

「どうした鬼狩りぃ!そんな様では僕の首を刈れないぞ!!」

 

 鬼狩りというのは決まって自らの首を狙ってくる。非力で脆弱な人間が鬼を殺すにはそれしか方法がないからだ。故に対処は実に単純だ。確かに鬼にとって奴等の振るう刀は脅威だが、それは刃がとおればの話。自らの血を大量に含ませた最硬度を誇るこの首輪に刃を通せたものは今までただの1人も存在しない。土人形を突破し、意気揚々と首に刀を振るってくる鬼狩りの表情が無様に青く染まり、絶望を体現したかのように震える姿を見る瞬間が鬼はなによりも好きだった。それこそ人を喰らうことと同じくらいに。

 

 

 今回も同じ。凄まじい速度で斬りかかってこられたが、それでもあの鬼狩りの男も自らの首を刎ね飛ばすことはできなかった。いつものように絶望に染まりきった表情を見てやろうと、愉悦に満ちた表情で向かってきた鬼狩りの顔に目を向けるが、そこには鬼が期待していたものは何一つとして存在していなかった。首が斬れなかった、それどころか刃先すら通せなかった癖にその鬼狩りの顔色には恐怖も絶望も一切ない。ただただ冷静に分析でもしているかのように逸らすことなく此方に視線を向けてくる。そしてその上で後ろからやってきた女の鬼狩りと悠長に会話をし始める。

 

(気に食わないなっ!)

 

 高々、人間風情が不遜にも鬼を殺そうなどと甚だしい思い上がりをして自らに向かってくる。それだけでも腹立たしいというのにあの人間はよりにもよって鬼である自らを木偶の坊呼ばわりした。脆弱で突いただけで潰れてしまうような虫けら風情があのお方に頂いたこの体を土で出来た玩具と同じだと言った。

 

「死ねよ、虫けらがァッ!あのお方に選ばれもしなかった屑が調子にのるなぁ!!」

 

 地面や壁、天井から次々と岩手を放ち、槍を作り出し、2人の鬼狩りを追い詰めていく。地面を砕き粉塵を舞い上がらせ、絶え間なく攻撃を続けている。だが、当たらない。この暗闇で息をする間すらないほどの連続攻撃をあの2人はまるで全て見えているかのように捌ききる。

 

(クソがッ!何故あたらない!)

 

 取るに足らない脆弱な虫けらを相手に一向に決着がつかない。そんな状況に焦った鬼は攻撃の手数を更に増やす。

 

— 血鬼術 絡繰(からくり)演舞 (えんぶ)

 

 鬼の周りの地面に埋まっていた土人形が一斉に起動し、まるで地面に埋まる死者が目覚めたかのように這い出てくる。事前に自らの血を込めた土を周囲に配置して埋めておいたのだ。そう、ここは鬼自身が用意した鬼の拠点の中。鬼狩りを殺すための準備は入念にしてある。

 

(焦る必要なんてない、僕の首はあいつらには斬れない。僕が負ける要素なんて何一つないんだっ)

 

「お前達に勝ち目はないんだよ!諦めて死ねぇッ!!」

 

 その鬼の言葉を合図としたかのように信乃逗(しのず)(かえで)の周囲を取り囲むように配置された土人形が一斉に襲いかかり、同時に2人の頭上から隙間なく襲いかかる岩手。鬼が勝利を確信し、この後に訪れるであろう甘美なる一時を思って愉悦に口元を歪める。

 

(仕留めた!これでもう逃げ場は……)

 

— 空の呼吸 ()ノ型 燕戒(えんかい)円陣(えんじん) —

 

 瞬間、全てが砕けた。鬼狩りへと囲むように向かっていた土人形も、頭上から押し寄せる無数の岩手も全てが木っ端微塵に砕け散った。

 

「は?」

 

 間の抜けたような声を出して鬼は呆然と固まる。理解できない。目の前で今起きた現象は一体なんだ?今、一体何をした?間違いなく自らの攻撃は2人の鬼狩りを仕留めた筈だ。なのに何故、奴は無傷で平然とそこに立っているのだ?

 

「どうやら、お前の攻撃のねたも尽きたようだな、木偶の坊君?」

 

 その声に、鬼は理解した。あの男だ。あの鬼狩りの片割れ、あの男が何かをしたのだ。

 

「お前ぇッ!なんだッ!?一体何をしたぁッ!?」

 

「あれれ?分かんなかった?そっかぁ〜、では問題です、俺は一体何をしたんでしょうか?」

 

 目の前に悠然と佇む鬼狩りの男の顔に浮かぶのは明確な嘲笑。小馬鹿にしたようにほくそ笑み、嘲るように声を出す。

 

「なぁっ!お前ぇッ!この僕をこけにしてるのかぁッ!?」

 

「いや、まぁ馬鹿にはしてるかもだけど、別にこけにはしてないぞ?」

 

 返ってきた言葉は否定を装った肯定。耳に入るその言葉に今、鬼は嘗て感じたことがないほどの憤怒の激情に晒されていた。

 

「……赦さん、赦さんぞォォォ!!!」

 

 ビリビリと空気が震えるかのような咆哮。我を忘れてしまうような激情に突き動かされて鬼は憤怒の怒号をあげる。

 

「吹けば飛ぶような塵にも等しい芥がァァッ!あのお方に選ばれたこの僕を虚仮にし、あまつさえ馬鹿にしているだとォォォッ!お前達人間は僕たちのただの食料だろうがァッ!家畜のように黙って飼われていればいいものォォ!!調子に乗り上がってェェッ!!」

 

 未知を恐れる幼子のように喚きたてる鬼の姿に信乃逗は哀れな者を見るように呟く。

 

「煩いやつだなぁ、答えられないなら別の問題に変更でもするとしよう」

 

 この後に及んでまだなぞなぞをしようとする信乃逗の態度に鬼が再び怒りの咆哮をあげようとした瞬間、再び信乃逗が口を開く。ニタリとその口元を弧に歪めて。

 

「ここにいるのは俺だけじゃない。さぁ、もう1人はどこでしょう?」

 

 ゾクリッ

 

 鬼の背筋に怖気が走る。そうだ、ここにきた鬼狩り2人、男の鬼狩りともう1人。女の鬼狩りがいた。だが、今目の前には男の鬼狩りしかいない。どこに……

 

— 蟲の呼吸

 

(後ろっ!?)

 

  蝶の舞 戯れ —

 

 背後に感じた僅かな気配に鬼が咄嗟に後ろを振り向いた瞬間、身体のあちこちを押されるような妙な感触を受け、次いで一陣の旋風が体を通り過ぎていく。あまりにも爽やかで心地の良いその風を受けて、鬼は洞窟内にいることを忘れ、一瞬広大な草原に立っているかのような錯覚を覚える。

 

 

 チャキーン!と洞窟内に響く納刀の音に鬼は我を取り戻して、風の向かった先へと視線を向ける。そこには先程まで鬼が探していた鬼狩りの片割れの少女が、今し方納刀したであろう状態で此方に背を向けて立っていた。ハッとした表情で思わず鬼は首元に手をやるが、きちんと首は繋がっているし、首を守る首輪も壊されることなくそこにある。身体を見れば幾つかの刺し傷、そのどれもが深く、心臓にすら届いているものもあるが、鬼である自分にとって、それはなんら致命傷にはなり得ない。その事実に鬼は思わず安堵の息を吐き、目の前で納刀したまま此方に背を向けて突っ立ている女の鬼狩り目掛けて、血鬼術を使おうと腕を伸ばす。

 

「背後からの奇襲とは多少頭を使ったようだが、結局僕の首は斬れなかったなぁ〜鬼狩りッ!?……あがァッ、な、んだぁッ」

 

 術を使おうとした瞬間、鬼の視界が突如歪み、体は急激に平衡感覚を失っていく。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえ、拍動に合わせて全身に焼けるような痛みがはしる。まるで体内を火で炙られているかのような苦痛に鬼は苦悶の声をあげながら地面へと膝をつく。

 

「調子に乗ってるのはお前だ。お前は人を殺しすぎた。人を殺して喰らう以上、人に殺される覚悟くらいはしとくんだったな、木偶の坊君」

 

 膝をつき、蹲って悶え苦しむ鬼の姿を冷めた目つきで信乃逗は見つめる。本来であればこの一言に鬼は再び激昂するところであるが、生憎と今はそれどころではない。全身に走る耐えがたい激痛に、鬼は今生命が持つ原初の感情を想起していた。すなわち恐怖。己が身に起こる未知への恐怖。そして、死への恐怖だ。

 

「ば、かぁ、なァッ!?」

 

 首は斬られていない。自らの急所たり得る首には傷一つ付いていない。この体が滅びへと向かう道理はどこにもないはず。にも関わらず身のうちから湧き上がる死への恐怖。確信している。本能が、原初より生命が持ちうる感覚が自らの死を確信している。

 

「な、ぜぇ、なぜだァァッ!!!」

 

「貴方は首さえ守れば殺されることはないと高を括っていたみたいですけど、鬼を殺す方法は首を刎ねる以外にもあるということです」

 

 鬼の疑問の叫びは可憐な声色で持って解を得る。痛みに歪む視界をゆっくりとその声の主に向ければ、そこにいるのは先程自らを傷付けた鬼狩りの女。

 

「人は常に思考し前へと進む生き物。いつまでも貴方達鬼にいいように喰われるだけの存在じゃない。貴方の敗因は人間をただの玩具としか見なかったこと。私達は貴方の都合の良い玩具じゃない。……人間を、あまり舐めないで」

 

 ———コイツッ!!

 

 見下されている。下等な筈の人間に、あのお方に選ばれた特別な自分が、土で固めなければ突くだけで死んでしまうような脆弱な人間の小娘に、今、憐まれている。

 

 屈辱。

 

 耐えがたい激痛の嵐の中であっても鬼はその感情をはっきりと認識できた。

 

 認めない。認められない。鬼である自分が、高貴なるあのお方に分けて頂いた血の流れる己が身が、下等な人間に穢されている。このような蛮行、赦せるものか。赦せようはずもない。

 

「自惚れるなよ虫ケラがァァ!!!」

 

— 血鬼術 岩血槍 (がんけつそう)

 

 それは執念とも言うべき咆哮。常軌を逸した、絶対的なまでの強者としての矜恃。それが鬼の全身に走る耐えがたい激痛を一瞬忘れさせ、最期の力を振り絞らせる。蹲る鬼の手元から鬼の血を含んだ岩石が隆起し、先端を鋭く尖らせて勢いよく楓へと迫る。驚愕に目を見開いたまま固まる楓の姿にほくそ笑みながら、鬼の意識は静かに途絶えた。

 

 




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