椎名唯華の自殺法   作:栗きんとん栗抜き

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【Day1】プロローグ:鷹宮莉音

──金が欲しい。

 

北風が吹き抜けない程度の家に住む金が。

毎日3食、違うものを食べる金が。

痛みきっていない服を着る金が。

明日の心配をしなくていい金が。

今ここで死なないための金が。

当たり前の幸せを享受する金が。

 

視界が霞む。

思考が纏まらない。

ありとあらゆる関節が痛い。

きっと今すぐ病院に行かなきゃいけないんだろう。

費用やらの心配をする暇もなく、救急車を呼ばなきゃいけないんだろう。

でも、先進国日本は、電話を持ってない人間のことなんて微塵も考えちゃいないんだ。

 

金が欲しい。

金が欲しい。

金が欲しい。

こんなものでもいいのなら、悪魔に魂を売ったって構わない。

 

「ほんとうに、そうおもうか?」

 

頭上から間抜けな声。

遂に幻聴まで聞こえるようになってしまった。

 

「げんちょーではない。めをあけろ、こみしめ。」

 

幻覚まで見えるようになってしまった。

 

翼の生えたコアラは、冷めた目でこちらを見下ろしていた。

 

「げんかくでもコアラでもない。おそろしいあくま、でびでび・でびるだ。」

 

いやコアラだろ。

 

「……まあいい。こみしめ、おまえのねがいをかなえてやろうか。」

 

願いって何さ。金をくれるっていうの?」

 

「“たいか”さえはらえばな。」

 

……じゃあ、とびきりの金持ちにしてよ。

髪も綺麗な金色で、高そうなドレスが似合うお嬢様に。

 

「よいぞ。では、“けいやく”だ。」

 

あげられるもんなら、なんだってくれてあげるよ。

 

「とびきりのものを、もらうとしよう。」

 

コアラが目を閉じると、視界が徐々に光に包まれていく。

私の周囲を構成していた全てが、淡く滲んで消えていく。

ボロボロの教科書も。

何度も消しては書き直したノートも。

お下がりの制服も。

何もかも。

 

そして。

 

 

 

 

 

「いかいのとびらが、ひらかれた。」

 

 

 

 

 

「えっ、自分まだここおるん? 遅刻すんで?」

 

半笑いの大福がこちらを見ながらスイーっと横移動していく。

まるで感情のこもっていない「がんばれ〜」という励ましと共に、原付に乗った椎名唯華が車道を駆けていった。

 

「あの野郎ぶっつぶす‼︎‼︎」

 

殺意を胸に抱きながら、私は通学路をひた走る。

時間短縮のために朝食の食パンを咥えて飛び出したはいいが、まったく咀嚼するタイミングがないせいでまだ綺麗な長方形のまま口元で揺れている。

もしかして失敗だったか。漫画の主人公はやってるのに。彼等はどうやって食べていたんだ。

 

「あわれだねぇ〜。」

 

そんな私の頭上をコアラがふわふわと飛んでいる。

お前が寝返り打った時に目覚ましを止めたせいでこうなっているんだろうが。

今日の夕飯激辛ピザにすんぞ。

 

「アンタ達急いで! 後5分で門閉まるわよ!」

 

後ろからの声に振り向く。

スーツ姿の女性が、長い黒髪を揺らしながら鬼のような形相で全力疾走していた。

 

「ぐんみち! 何やってんの先生でしょアンタ!」

「色々あったのよ色々!」

 

絶対夜遅くまでソシャゲしながら酒飲んでただけだ。

 

「うおおおおおもってくれウチの足ぃぃぃぃぃぃ!」

「じゃ〜ね〜お2人〜。」

 

再び後ろから声。

……と思ったら、一瞬で前方へと過ぎ去る。

世界の危機でも救うかのような表情で自転車を漕ぐ笹木咲と、その後ろに涼しい顔で座る緑仙だった。

 

「……なんで笹木が自転車に緑仙乗せてんの?」

「緑ちゃんの口車に乗せられた上にジャンケンか何かで負けたんでしょ。」

 

そうでもなければ「ぷぷぷ!」とわざとらしく笑いながら置いていくはずだし。

 

「みてていいのか? あと2ふんだぞこみしめ。」

 

コアラの言葉に我に帰る。

そうだった。最早手段を選んではいられない。

 

「盗るよ!」

 

私達は笹木の自転車を奪うべくスピードを上げる。

そして、血の滲むような激闘が繰り広げられ……

 

……結局、緑ちゃん以外の3人は間に合わず、仲良く廊下に立たされた。

 

 

 

 

 

今日も、平凡な一日が始まる。

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