寝て起きた。気付いたら違う鎮守府にいた。それも黒い方らしい。   作:朝凪

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第三話  『捨てられた鎮守府』

 

 

 床に寝ている者、壁に寄り掛かっている者。見渡す限りその全員が、体のどこかしらが包帯で巻かれている。そしてその包帯からは、必ずと言っていいほど血が滲んでいた。

 

 

 中には、体の一部を欠損している者までいる。おそらく、処置の仕方がわからなかったのだろう。欠損した箇所は無造作に包帯が巻かれているだけで、応急処置などはとられていない。これがもしも人間なら、傷口から腐食が始まり、命を落としていてもおかしくないくらいだ。

 

 

提督「な……んだ……これ、は…………」

 

 

 惨状を目にして、やっとの思いで開いた口から出た言葉は、語彙力の欠片もない陳腐なものだった。しかし、たったそれだけの言葉で、この事態を形容するには事足りる。

 

 

提督「……ッ!?」

 

 

 ふいに、右の大腿から伝わった謎の振動が、手放す寸前だった意識を強引に現実へと引き戻させた。

 

 

 慌ててポケットの中を漁ると、身に覚えの無い通信機のようなものが入っていた。そしてそれは、今なお振動を続けている。

 

 

 恐る恐る交信を示すマークの入ったボタンを押し、それに耳を傾けるとーー。

 

 

明石『あー、あー、……はいはい、提督ですか? すみません、聞こえます?』

 

 

提督「っ…………明石っ……!」

 

 

 そこから聞こえてきたのは、明石の声だった。

 

 

明石『あ、良かった繋がった。もー、さっきから結構かけてたんですけど、一向に出てくれないから焦りましたよ! もしかして壊れちゃったのかなー、なんてーー』

 

 

提督「明石」

 

 

 能天気な明石の声を遮り、静かに奴の名前を呼ぶ。いつもは聞いていて明るい気持ちになる明石の声が、今はいやに煩い。

 

 

提督「……答えろ。これはお前の仕業だな? ここはどこだ? 一体ここで何が起きてる?」

 

 

明石『ちょっ、そんないきなり捲し立てられても! 一個ずつ説明しますから、少し落ち着いてください』

 

 

提督「……わかった」

 

 

 正直、とても落ち着いていられる心境ではないが、無理やり負の感情やら困惑やら怒りやらを押し込んで、明石の説明を聞き入ることにする。

 

 

 ……とりあえず、この部屋から出よう。ここにいては、まともな思考が働きそうにない。

 

 

 扉の外に出た俺は、深く息を吸って正常を取り戻し、再度通信機に耳を傾けた。

 

 

提督「……すまない、待たせた。いいぞ」

 

 

明石『えっとですね、まず始めにそこがご自身の鎮守府でないことはわかっていますよね?』

 

 

提督「ああ」

 

 

 長門に追われ、鎮守府内を走り回っていた時、周りの景色に違和感を覚えた。それは、ここの部屋の数だ。

 

 

提督(走っている時は気づかなかったが……俺の鎮守府には、ここまで扉の数はない。それに、扉の上にあるネームプレート……艦種も何もかもバラバラだった。あんな組み合わせにした覚えはない)

 

 

明石『あ、流石です。とはいっても、私からはそこの座標しかわからないので何とも言えないんですが……提督がそんな取り乱すなんて、一体そこはどうなってるんですか?』

 

 

提督「……惨状だ」

 

 

明石『え?』

 

 

 聞こえづらかったのか、明石が聞き返してくる。それが、やけにもどかしい。

 

 

提督「……俺が今いる部屋は、重傷の艦娘たちが大勢寝かされている。ここに来るまでの道中、廊下を歩いている艦娘にも何人か遭遇したが、入渠はできていないようだった。おそらく、入渠設備が死んでいるんだろう。おそらく動ける者たちがそれなりに処置をしたんだろうが……それでもまだ酷い有り様だ。……ここまでの惨状を、俺は見たことがない」

 

 

 なるべく簡潔に、そのままの状況を説明する。わざわざ事を大きくして伝える必要はないだろう。

 

 

明石『…………』

 

 

 通信機から明石の声が途絶え、一瞬もの間静寂が訪れる。こちらの状況を察知して、明石も言葉を失っているのだろうか。

 

 

 ……しかし、次に返ってきたのは、俺の予想を裏切る言葉だった。

 

 

明石『……やはり、そうでしたか』

 

 

提督「!?」

 

 

 知っていたといわんばかりの明石の返答に、思わず目を見開く。

 

 

 それを言及するよりも先に、明石は続ける。

 

 

明石『数か月前、ある鎮守府の提督が、そこに所属している艦娘に対する過剰な暴力行為、抑圧行為で逮捕され、強制解任されたという話を覚えていますか?』

 

 

提督「……あぁ」

 

 

 思い出すのも腹立たしい。過剰なまでの出撃・遠征は日常で、疲弊して使い物にならなくなったらデコイの弾除けとして使う。少しでも反抗しようものなら暴力・監禁は常套手段で、恐怖を植え付け強制的に従わせていたという。挙句の果てには、我が功績のためならと捨て艦戦術も平気で行うような、艦娘をモノとして扱うクズと呼んでも差し支えない男だった。

 

 

提督「……まさか、ここがその鎮守府だというのか?」

 

 

明石『はい。座標を確認したときに、妙に最近見覚えのある場所だなと思って調べてみたんですが……まさしくドンピシャでした。そこの提督がクビになってから、特に後任が就くこともなく、事後処置もされていなかったので、艦娘はそこに放置されていたみたいですね……。まさか、そんな事態になっているとは思いませんでした』

 

 

提督「……」

 

 

 沈黙が流れ、想定外の現状に歯噛みする。確かにそれなら、あの睦月や如月たちの反応も頷ける。おそらく、あいつらも前提督による圧政を受けていた艦娘の一人だったのだろう。その時に植え付けられた人間に対する恐怖が一ヵ月経ってようやく薄れてきたところに、俺と出くわしてしまったことで、拒絶反応を引き起こさせてしまったんだ。

 

 

明石『……提督、ごめんなさい』

 

 

提督「……何?」

 

 

 知らなかったとはいえ、癒えてきていたであろう傷をまた広げてしまったと自責の念に駆られていると、明石が突然謝罪を口にした。

 

 

 ごめんなさい、だと?

 

 

提督「なぜ謝る」

 

 

明石『今回の件は、全責任が私にあります。軽い気持ちでやったことが、まさかこんなことになるなんて……』

 

 

提督「……そういえば、俺がここに飛ばされた経緯をまだ聞いてなかったな」

 

 

明石『はい……これは数日前の話になるのですが、私が前々から開発を続けていた装置がついに完成したんです。それで、その装置というのが……対象の物体を、設定した座標に転送するというものでして』

 

 

提督「もういい。大体事情は分かった」

 

 

 弁明を聞き、内容を察した俺はすぐさま話を切る。あの時はほんの冗談のつもりで言ったのだが……まさか本当にそうだとは。

 

 

 天を仰ぎ、思わず溜め息が漏れる。

 

 

明石『本当にすみません……』

 

 

提督「いいと言っているだろう。……それに、おかげでいくらか冷静になった」

 

 

 そう言って、目の前の惨状に向き直る。今やるべきことは、こんな言い争いじゃない。

 

 

 手の届く範囲に、倒れた者が大勢いる。なら、俺がすべきことは何か。

 

 

 そんなこと、決まっている。

 

 

提督「……明石。お前はさっき、ここの座標を確認したと言っていたな。なら、その転送装置とやらで、ここに大量の高速修復材を送ることはできるか?」

 

 

 

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