寝て起きた。気付いたら違う鎮守府にいた。それも黒い方らしい。 作:朝凪
明石『へ?』
提督「この様子を見るに、恐らくドックも機能していないはずだ。この人数だと、消費する修復材の数も馬鹿にならないだろうが……渋っていても仕方がない。やれるなら今すぐにでもーー」
明石『ちょ、ちょっと待ってください! まさか、倒れてる艦娘たちを全員助けるつもりなんですか!?』
淡々と話を進める俺に、明石が驚愕の入り混じった声を上げた。
提督「当たり前だ。目の前に倒れている人がいたら、軍人として……いや、人として見過ごすわけにはいかない。それに、事が事だ。事態は一刻を争う」
明石『近々大規模作戦だってあるんですよ!? その鎮守府だってそれなりの規模でしたし、艦娘の数だって尋常じゃありません! それに、大本営に掛け合えばきっと適切な処置を取ってくれまーー』
提督「その大本営が数か月も放置したというなら、おそらくここは見捨てられたんだ。前線から切り離されたとしたら、お前の言う適切な処置なんてものがされる筈がない。わざわざそんなことをする余裕があるなら、まさしく前線に位置する他の鎮守府の支援に回したほうがよっぽど効率的だ」
明石『っ……!』
俺の見解を聞いた明石は一瞬言葉を詰まらせると、はぁ……と通信機越しでも聞こえるほど大きく息を吐いた。
明石『……わかりました。今回は全部私のせいですし、修復材の件はのみます。でも、遠征組の子たちにはご自身で謝ってくださいね? 流石に大規模作戦を無視するわけにはいきませんから、今回使用した分は遠征で補ってもらえるよう、今回の件を説明したうえで大淀に言っておきます』
提督「すまない。大淀とそいつらには、俺が帰った時に何らかの形で返すとも言っておいてくれ。俺にできることなど微々たるものだが、どんなことでも誠意を持って応えよう」
明石『どんなことでも、っていうのはちょっとまずい気がしますけど……』
明石がボソッと何かを呟いた気がするが、まぁ気のせいとしておこう。
提督「それで……修復材を確保でき次第、こちらに装置を使って転送する。その算段は大丈夫なんだな?」
明石『あー……そのことなんですが…………』
提督「おい、何故言い淀む」
気のせいだろうか。今、両手の人差し指をくっつけて、不自然なほど目を泳がせている明石の姿が見える。
明石『……すみません。今確認したんですけど、どうやらこの装置、提督を転送したたった一回で壊れちゃったみたいで……ぶっちゃけ直せるかどうかもわかりません』
提督「……薄々思っちゃいたんだが、お前の発明品は何かと爪痕残さなきゃ気が済まないのか?」
明石『うぐっ……! こ、今回は久しぶりに有益なものができたんで舞い上がっちゃってたんですよぉ! テストプレイもせずにいきなり動かしたのは反省してます……ほんとごめんなさい』
徐々に尻すぼみにになっていく明石の声を聞きながら、俺はもはや呆れを通り越してただただ感心してしまう。が、そんな呑気なことを言ってる暇はない。
提督「できなくなったことをうだうだ言っていても仕方ない。何か別の方法はないのか?」
明石『あるにはありますけど……これやったら確実に大淀に怒られると思うんですよね……』
提督「あるなら言ってみろ」
明石『んー……いや、やっぱやめときましょう。でも安心してください、他の手も思いついたので!』
提督「おい、人の話を」
明石『これだとちょおーっと時間かかるので、そうですねぇ……提督には、艦娘たちの応急処置をしてもらいましょうか。大丈夫です、機材がなくてもできるくらい簡単なので、医療知識のある提督ならできるはずです!』
勝手に話を進められた。その『手』とやらに問題があると、後々処理が大変なんだが……明石だし、ろくなことにはならなそうだ。
提督「……まぁいい、その手段については後程聞くとしよう。とにかく今はこの現状を少しでも改善したい」
明石『了解です! ここからだと大体……んー……五時間くらいですかね? じゃあそれまではお願いします!』
提督「わかった。……いや待て、五時間だと? やっぱりその前に手段についての説明を」
明石『艦娘はですね、艤装を展開していない状態なら処置の仕方は人間と何ら変わりません。しかし、艦娘は人間とは違って自然的な再生能力を持っていないので、あくまで傷の痛みや怪我の進行を食い止めるというのが関の山でしょうか。もともと艤装を展開する理由としては、深海棲艦への攻撃手段の獲得と、装甲を纏うことによるダメージの軽減がありますからね。入渠っていうのはつまり、その被弾した装甲を修復するって意味合いなんですよ』
俺の訴えに微塵も耳も傾けず、つらつらと説明を始める明石。本当に何をするつもりなんだ……もう仕方あるまい、一応覚悟はしておいた方がいいか。
明石『ですので、あくまで入渠は装甲の修繕であって、生身そのものを治すことはほとんどできません。つまり、戦闘で内部にまでダメージを負ってしまうと、入渠程度の治癒効果では簡単には治らないんです。……そこで作られたのが、高速修復材というわけなんですが』
提督「……つまり、この現状を見る限り、俺の判断は間違ってないってことだな。まだ動ける連中も手は尽くしたんだろうが、おそらく知識がなかったせいで杜撰な処置しかできなかったに違いない」
明石『提督の話だと、たしか体の一部を失ってしまっている娘もいるんでしたよね? 解任からだいぶ時間が経ってるので、急いで手当てしないと間に合わないかもしれません。いくら丈夫だとはいえ、精神や内部にダメージが蓄積しすぎると、艦娘としての機能を失ってしまう可能性がありますから』
提督「了解、肝に銘じておく。それじゃまた後で」
明石からの忠告を受け、俺は交信を切ろうとボタンに指を伸ばす。すると、けたたましくノイズを含んだ明石の大声が通信機から鳴り響いた。
明石『あー、ちょっと待ってください! 今その鎮守府の内部構造を地図として転送してますから、よければどうぞ!』
提督「おぉ、それは助かる。構造が俺たちの鎮守府と似ているようで全く違うみたいだからな。しらみつぶしに探す手間が省けた」
明石『もとは私の責任ですし、これくらいはやりますよ。では、何かあったらいつでも連絡お願いします!』
提督「わかった、そちらも頼んだぞ」
念を押すように言った俺の言葉を最後に明石の声が途切れ、入れ替わるようにして画面に地図が映し出される。その中央で、黒い矢印が点滅しながら圧倒的な存在感を放っていた。
提督「ご丁寧にGPS付きか……こういう技術に関しては本当に頭が上がらんな」
明石の手際の良さに舌を巻きながら、両手にぐっと力を込める。ここまでことを動かした以上、もう引き返せない。もとより、撤回するつもりは毛頭ないが。
提督「……必ず助ける。誰一人として死なせはしない」
握った拳の力を抜き、己を奮い立たせるようにそう呟いて、俺は廊下を走りだした。