寝て起きた。気付いたら違う鎮守府にいた。それも黒い方らしい。   作:朝凪

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第六話  『迫る拳』

 

 

 

提督「ーーーーぅ、ぐ」

 

 

 朦朧とする意識が覚醒し、うっすらと瞼を開ける。どうやら、いつの間にか眠っていたようだ。

 

 

提督「……しまった、いま何時……っ!?」

 

 

 気怠く重い頭を持ち上げ、時間を確認しようと腕を持ち上げようとするも、全く動かない。気が付くと、俺は椅子の上に座っており、後ろ手に両腕を縛られていた。

 

 

提督「これは……」

 

 

「ーーお目覚めか、侵入者」

 

 

 明らかな異常事態に困惑を露わにしていると、ふいに目の前に人影が現れた。逆光に照らされ表情がよく見えないが、そのシルエットには見覚えがある。

 

 

提督「……長門、か?」

 

 

長門「黙れ。貴様に名乗る名前などない」

 

 

 人影ーー長門はぴしゃりと切り捨てると、あの時と同じような敵意の籠った目をこちらに向け、仁王立ちで俺の前に立ち塞がった。

 

 

長門「貴様がどこの誰で、どうやってここに入り込んだのかは知らないが……見つかったのが運の尽きだったな。さぁ、何が目的だ。吐いてもらおう」

 

 

提督「……目的なんてない。俺はただ飛ばされてきただけだ。うちの工作艦の悪戯でな」

 

 

長門「工作艦だと……? 貴様、まさか指揮官か?」

 

 

 工作艦というワードが俺の口から出た途端、長門の目の色が変わる。しかしすぐにハッと鼻で笑うと、

 

 

長門「あいにく、そんな冗談に付き合ってられるほど私の気は長くはないぞ。妄言や寝言の類なら、眠ってから言うんだな」

 

 

提督「……なぜ、これが妄言だと思う?」

 

 

長門「これまでにも提督を自称してきた侵入者が大勢いたものでな。ここが鎮守府であることを知ってのことだったのだろうが、軍の内情など何も知らない不届き者どもはすぐにボロを出す。そして慌てて逃げ出すわけだが……まぁ当然逃がすこともなく、その全員に痛い目を見てもらったよ」

 

 

 光などない荒んだ瞳でどこか遠くを見据え、昔を懐かしむような表情を浮かべる長門。しかしすぐに元の剣幕に戻ると、恨みの籠った視線をこちらに向け、話を続ける。

 

 

長門「大多数はここに残された金目の物目当てだったが……とりわけ怪しい動きをした者をきつい拷問に掛けてみれば、艦娘の人身売買が目的だという輩もいた。何でも、裏では艦娘は高額で取引されるそうだ。いわく、艦娘は兵器であり、人間ではないから法に触れないのだとか……我々を何だと思っているッ!!」

 

 

 過去を辿り怒りが頂点に達したのか、長門が近くの壁に拳を叩きつける。瞬間、室内に炸裂音が響き渡り、拳の突き刺さっている位置から放射状に亀裂が走った。

 

 

長門「我々は深海の化け物どもから貴様ら人間を守っているんだぞ! 来る日も来る日も戦い続け、どんなに劣悪な環境下だろうといくら理不尽な命令を下され拳を振るわれようと逃げずに立ち向かった!! なのになんだ!? あの無能は散々私たちを道具扱いし、挙句の果てには自らの体裁を守るために特攻を仕掛けろだと!? ふざけるなッ!!」

 

 

 殺気を隠すこともなく、体内に燻っていた全ての怨恨を吐き出すかのように声を張り上げる。

 

 

長門「奴がいなくなり、ようやく地獄から解放されたかと思えば……軍は私たちを見放した! 連絡手段は全て切断され、資源配給も止まり、希望を失いかけたその時……我々の知らない外部の人間がやってきた。はじめは未知ゆえに、救いが来たのだと皆諸手を挙げて歓喜したものだ。……だが、現実は違った。誰もが私利私欲のために忍び込んできた猿どもで、ついには我々の身柄さえ奪おうとする輩まで現れる始末……! 我々は神にすら見放されたのだ! その絶望が貴様にわかるか!?」

 

 

 口を戦慄かせ、そう吐き捨てた長門が肩を大きく揺らす。呼吸は荒く、先程より何倍も鋭い眼孔は、今にも目の前の俺を殺さんばかりに血走っていた。

 

 

 しかしやがて我に戻ったのか、フーと大きく息を吐き、強引に額に滲んだ汗を拭う。そして初めのような平静を取り戻すと、

 

 

長門「……いらんことを口走った。ではそろそろ、貴様の目的を正直に吐いてもらおうか。これまでの愚者同様、痛い目を見たくなかったらな」

 

 

 パキパキと指を鳴らし、その拳の餌食となった壁を背にして長門が先を促す。その声は絶対零度を思わせるほど冷たく、もし俺が意にそぐわない発言をしようものなら、本気で殴り掛かってくるだろうことを感じ取るのは容易だった。

 

 

提督「……」

 

 

 ……ここで起きていたことは、まさに最悪たる状況だった。この鎮守府はそれなりの大きさで、つまりはそれ相応の艦娘もいたはずだ。そのすべての艦娘に行きわたるはずの資源がある日突然ゼロになり、さらに連絡も途絶えたのでは困窮を極めただろう。それも、数日ではなく数か月という長い間……そんな中で長門は、ここを守るべく一人奮闘していたのだ。

 

 

 本来の長門は責任感の塊のようなものだ。艦隊の誰もが絶望に陥っている中で、自分がやらなければと使命感に駆られていたのだろう。燃料も弾薬もないために艤装は動かせない……よって、生身で応戦するしかなかったはず。自らを顧みないその雄姿は、一介の軍人として敬意を表するに値する。

 

 

 しかしその力の源泉は、提督及び人間、そして軍に対する計り知れない憎悪。事情が事情なだけに仕方ないと言えるが、何かを守るために憎悪を原動力としているようでは失格だ。それでは、深海棲艦と何ら変わらない。

 

 

長門「どうした。早く話せ」

 

 

提督「……何もない。ここにいる理由はさっき話した通りだ。それ以上のことはない」

 

 

長門「この期に及んでまだ白を切るとはな。よほど私の拳を喰らいたいらしい」

 

 

 ぎろりと睨みつけ、鳴らしていた手を握り締める。どうやら、一発貰うことは確定したようだ。

 

 

 だが、そうやすやすと打たれてやるほど俺は優しくはない。

 

 

提督「……長門。殴られる前に、一言いいか」

 

 

長門「何だ」

 

 

 縛られたまま俺がそう申し出ると、長門が怪訝な顔で返す。直後、次に放った俺の言葉に、長門が目を見開きーーーーそして、激昂する。

 

 

提督「もうすぐ俺の鎮守府からここに、大量の修復材を搬入予定だ。ここのどこだかの部屋に、多くの怪我人がいることは知っている。……俺を殺さず、生かしておいた方が賢明だぞ」

 

 

長門「ーーそんな言葉に騙されるかぁッ!!」

 

 

 ついに痺れを切らし、壁を粉砕した長門の拳がうなりを上げて迫ってきた。

 

 

 


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