寝て起きた。気付いたら違う鎮守府にいた。それも黒い方らしい。 作:朝凪
痺れを切らし、壁を粉砕した拳がうなりを上げて迫る。この威力が生身の人間に直撃すれば、おそらく胴から首が吹き飛んでしまうだろう……が。
提督「ーー残念だが、その拳は貰えない」
直撃する寸前、後ろ手に結ばれていた縄を解き、解放された腕で拳をいなして回避する。そしてそのまま、前傾姿勢となった長門の軸足を挫き、床に倒れ込んだところで腕を締め上げ組み伏せる。
長門「かはっ! なぁっ……!?」
縛られていたはずの男に渾身の一撃を躱されたと思えば、次の瞬間には床にうつ伏せになっている。足元の長門は何が起きたのかわからないといった面持ちで、こちらに驚愕の視線を送ってきていた。
提督「長々とした恨み節を聞いている間に、両手の縄は外させてもらった。拘束するなら両足も一緒に縛るんだったな」
長門「ぐっ……貴様……!!」
提督「因みに、さっきの話は嘘じゃない。人の話はちゃんと聞いて、考えた方が身のためだと知れ」
先程まで俺の手首を縛っていた縄で長門の腕を縛り上げ、ある程度動きを封じて床に放置する。そして、変な体勢で寝ていたために固まった首筋と手首をぐるぐると回してほぐす。
縄抜けは軍人の一般技能ではないが、事あるごとに明石が俺を実験台にしようと拉致を繰り返すため、何度も脱出を試みているうちにいつの間にか習得していた。存外、経験というのは変なところで役に立つものだ。……だからといって、アイツに感謝する気は毛ほどもないが。
ある程度ほぐしが終わったところで、ふとポケットの中の硬い感触が無くなっている事に気付く。あたりを見回すと、机の上に通信機が無造作に置かれているのが目についた。手に取って一通り見たところ、特に外傷もなく、壊されたということもないようだ。
長門「クソッ……! 私としたことが……!」
提督「悪いが、お前は少しそこで寝ていろ。力づくで解けるような縛り方はしてないから、解こうとしても無駄だぞ」
長門「なっ……おい、待て!! ぐっ、うぅぅぅぅ!!」
交信機を手にそのまま立ち去ろうとする俺に、長門が鬼神もかくやという形相を浮かべ、縄を抜けようと体を幾度となくよじる。が、縄は一向に解ける兆しを見せず、長門が暴れ、ぎしぎしと床のしなる音だけが室内に響く。
そんな長門を尻目に扉から部屋を出た俺は、目の前の光景に眉を顰めた。
提督「……なんだ、ここは」
扉から出た先は鎮守府の廊下などではなく、四方八方を石で囲まれた狭い石廊だった。明かりは天井に吊るされた白色電球のみで、奥の方はその光が点々と続いているようだが、それでもほとんど先が見えない。
提督「……地下、か?」
ひとたび声を発すると、遅れて声が木霊する。歩けば、靴が石床を叩く音が響き渡る。トンネルや風呂場などの、密閉された空間特有の反響だ。
提督「ここが地下だというなら、GPSでの場所の判別はつきにくいな。……一応、通信機で時間の確認はしておこう」
そう考え、通信機の電源を入れる。すると、地図上に黒い矢印がその存在を知らしめるかのように点滅していた。
右を向くと、矢印が右に動く。左を向くと、矢印が反転する。ちなみに、通信機は一切動かしていない。
提督「……生体リンクでもしているのか? あいつの技術は一体どうなってるんだ……。というか、地下でも正常に機能するGPSなんて聞いたことがないぞ」
相変わらずの次元を超えた明石テクノロジーに舌を巻きつつ、早急に時間と場所の確認を行う。最後に時間を確認したのが、艦娘の応急処置を終えた後。それがおおよそ11時半で、今がちょうど2時を回ったところだった。つまり、およそ2時間半寝ていた計算になる。
提督「明石との連絡を終えたのが大体9時頃……約束の5時間はもうすぐか。我ながらよく寝てたもんだな」
居眠りをするほど慢心していた自分の愚かさを自嘲しながらも、明石のGPSを頼りに石廊を駆け抜ける。暗がりのせいで長いと思っていた廊下は意外と短く、いくつかの扉を通り過ぎ、突き当たった先には石の階段が上へと続いていた。
提督「座標は……『執務室』の真下?」
座標を確認し、階段の先にある空間に眉を顰める。
執務室の真下に、こんな地下空間を形成した理由……なんとなく察しがつき、ギリッと歯が軋む音がこの閉鎖された空間に響いた。
提督「どこまでも、性根の腐った奴だっ……!!」
階段を二段飛ばしで蹴り昇りながら、激情に任せて言葉を吐き捨てる。
俺が長門に監禁された部屋には、手錠や鞭、そして拘束縄など、俗に拷問器具と呼ばれるような道具の数々が壁や床に無造作に置かれていた。ここの背景を知っているなら、ただの悪趣味だと簡単には笑えない。
長門がここを監禁場所に選んだのも、ここの存在を知っていたからだ。それが実体験ゆえなのか、逮捕後に露見したのかは定かではないが……少なくとも、長門のあの目を見る限り、確実に良いようには使われていないだろう。
込み上げてくる苛立ちを奥歯で噛み潰しながら、螺旋のように捻じ曲がった階段を進み続ける。壁の側面に一定間隔で配備されたランプからは妖しい光が発せられ、闇を照らしてくれる光であるはずなのに、視界にちらつく度に嫌悪感が増していく。
提督「……! 光が……!」
まだかまだかと昇り続け、やがてランプに照らされるだけだった階段が明るみを帯び始めた。底冷えするような地下とは違い、徐々に空気も暖かくなってくる。
上を見上げると、ランプの光ではない、どこか安堵するような眩い光がすぐ傍まで迫っていた。