寝て起きた。気付いたら違う鎮守府にいた。それも黒い方らしい。   作:朝凪

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第八話  『闇を抜けた先に』

 

 

提督「はぁっ、はぁっ……やっと……!」

 

 

 思いのほか長かった階段を登り切り、半開きになった扉に手をかける。そして、仄暗い空間から地上の明るみを享受しようと外に出たーーその時。

 

 

提督「ーーッ!?」

 

 

 ぞくりと、背筋に悪寒が走った。

 

 

 咄嗟に後ろを振り向き両腕を固め、後方より迫る脅威から身を守る。ーー瞬間、両腕から胴体に重い衝撃が突き抜けた。

 

 

提督「ぐぉっ……!!」

 

 

 みしみしと骨が軋み、一瞬の浮遊感とともに体内の空気が口から漏れた。その勢いのまま前方に身を投げ衝撃をいなすが、時間が経つにつれ受けた腕に鈍痛と痺れが徐々に募ってくる。

 

 

「完全に虚を突いたと思ったのに……貴方、いったい何者なの?」

 

 

 膝をつき、痛みに耐えながらも顔を上げる。するとそこには、敵意に満ちた目をこちらに向ける陸奥の姿があった。

 

 

提督「……よもや、長門型が揃い踏みとは驚いた。流石、それなりに功績を叩き出していただけある」

 

 

陸奥「帰ってきたのが長門じゃなくて貴方ってことは……長門に何かしたのね? どうやってあの拘束を解いたのかは知らないけど、貴方には聞きたいことが山ほどあるの。もう一度あそこに戻ってもらうわ」

 

 

提督「おい、待て……俺は別に怪しい者じゃない。何度も言うが、明石の発明に巻き込まれただけなんだ。話くらいは聞いてくれ」

 

 

陸奥「あなたと面で向き合ったのはこれが初めてよ。私にとってはその説明が最初の一度目。……といっても、何回聞いても理解はできなさそうな理由だけどね」

 

 

 そう言い捨てて、陸奥が再び拳を構える。これ以上は話を聞かないという意思表示だろうか。

 

 

陸奥「生身で戦うのは苦手なんだけど……仕方ないわね」

 

 

提督「よせ、一旦落ち着け。ここで争ったってどうしようもないだろうが」

 

 

陸奥「私だってできればやりたくないわよ。でもこうしないと、後でせっかちな姉に怒られちゃうからーーねっ!」

 

 

 言い終え、床を蹴って陸奥が距離を詰めてくる。そして先程同様、その身に似つかわしくない豪腕を唸らせ、迫ってきた。

 

 

提督「くっ……!」

 

 

 腕にはまだ痺れが残っている。かといって狭い室内、逃げ回ることも難しい。

 

 

 ーーならば、相手の想定外を突くまで。

 

 

提督「ーーっ」

 

 

陸奥「えっ!?」

 

 

 拳と顔面との距離が残り数十センチというところで、突発的に俺はその拳へと突っ込んでいく。

 

 

 その拍子に陸奥が声を上げるが、眼前に迫る拳を直前で顔を反らし間一髪で避けると、その勢いを保ったまま陸奥の腹部へと突撃し、その体を吹っ飛ばした。

 

 

陸奥「うぐっ……!」

 

 

 陸奥の表情が途端に歪み、倒れるとはいかずとも一歩、二歩と後ろへよろけると、苦しそうに両腕で腹を抑え、何度か咳き込みを繰り返した。戦艦に対しての人間の体当たりとはいえ、半ばカウンター気味に入った一撃だ。艤装もない今、装甲は人間よりも少し頑丈というだけだろうから、相応の痛みはあるはず。

 

 

 この機を逃すまいと、ようやく痺れの切れた腕で追撃の姿勢に入る。距離を詰めてくることを嫌ったのか、陸奥が右腕を振り払って拒もうとするが……まさしくそれを狙っていた。

 

 

提督「ーーふっ!」

 

 

 見越していたその腕をがっしりとつかむと、左手は手首を掴み、右腕は二の腕深くを挟んで素早く体を反転させ、足を開くとともに陸奥の身体を前に引き出すようにして思い切り投げる。俗にいう「一本背負い」という技だ。

 

 

陸奥「かっ……!」

 

 

 ろくに受け身も取れないままに体を地面に叩きつけられ、衝撃で陸奥の口から掠れた声が漏れる。そして何度か荒々しく空気を吐き出し、執務室の床に大の字に横たわったまま起き上がってはこなかった。

 

 

提督「……」

 

 

 静まり返った室内で、深く息を吐く。何故艦娘と戦う羽目になっているのか……できる限り手加減はしたつもりだが、大丈夫だろうか。

 

 

 近寄り、呼吸を確かめる。息は弱々しいが特に問題なく、時折胸が上下しているのも見えた。別にやましい気持ちなどない。

 

 

提督「よっと……」

 

 

 倒れた陸奥を抱え、すぐそばの壁まで移動させると、壁にもたれかかるようにしてそっと寝かせる。掛ける衣類がないのがもどかしいが……ここに来るまでに上着を何も着ていなかったのだから仕方ない。

 

 

 最低限介抱を済ませ、久々に動かした肩を回してほぐす。そしてポケットから通信機を取り出し、時刻を再度確認すると、通信機上に表示された時間はもうすぐ2時15分になろうとしていた。

 

 

 まだ時間はそう経ってない。あいつからの連絡がないということはまだここに到着していないんだろうが、この感じだとなるべく早くこちらから動いた方がよさそうだ。

 

 

陸奥「…………ねぇ……」

 

 

 そう思い、まずは外に出なければと立ち上がる。すると、ふいに陸奥が口を開いた。

 

 

提督「起きてたのか。……言っとくが、もう戦う気はないからな」

 

 

陸奥「ええ……私もよ。体も全然動かないしね……貴方の強さも、十分わかったわ」

 

 

 弱々しくそう言って、陸奥が空笑いを浮かべた。その姿は、どうも何かを諦観しているように見えた。

 

 

提督「今は安静にしておけ。じきに楽になるから、それまでここで待ってろ」

 

 

陸奥「……どういう、事……?」

 

 

 俺の言葉に、陸奥が訝し気に眉を寄せる。……あぁ、この言い方だと、まるで俺が殺そうとしているように捉えられてもおかしくないな。

 

 

提督「言い方が悪かったな。……もうすぐ、ここに大量の修復材が届く。そうすれば、お前も他の艦娘達も元通りになる」

 

 

陸奥「……貴方、提督だったの……?」

 

 

 先程長門に話した内容を伝えると、陸奥が若干の驚きを滲ませて俺の顔を見る。

 

 

提督「ああ。ここにいる経緯はさっき言ったとおりだ。……それを言っても、お前の姉は信じてくれなかったけどな」

 

 

陸奥「長門には無理よ……もうあの娘、なんにも信じられなくなってるもの……」

 

 

 溜め息をつき、くすりと笑みを零す。すると、壁にもたれかかる陸奥が視線を送ってきた。

 

 

陸奥「……ねぇ、一つ聞いてもいいかしら……?」

 

 

提督「なんだ」

 

 

陸奥「……あの部屋、見たでしょう……? あそこにいる娘達に手当をしてくれたの、貴方……?」

 

 

提督「……ああ」

 

 

 目を閉じ、首肯する。それを見て、陸奥は一瞬声を詰まらせると、視線を下に落としてしまった。

 

 

陸奥「……どうして……そんなに優しくするのよ……」

 

 

 ぽそりと、陸奥が言葉を零す。その顔は、どことなく困惑の色が浮かんでいるように思えた。

 

 

 おそらく、関係のないはずの自分たちにそこまでする俺の意図がわからないのだろう。前任がいた頃では考えられない待遇に、何か裏があるんじゃないかと疑っているのかもしれない。

 

 

 不信に陥っている陸奥に対し、俺は腰を下ろし、目線を合わせる。そして互いの目を合わせ、本心が伝わるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

 

提督「……俺は、艦娘が好きなんだ。ただの道具や兵器として接するんじゃなく、それこそ家族のように思っている。……だから、ここでお前たちがこんな目にあっているのを知って、黙って見過ごすわけにはいかない」

 

 

陸奥「っ……」

 

 

提督「もっと早くこの現状に気付いてやれなかったのは、本当にすまなかった。あの時、俺にもっと地位があれば助けられたかもしれないが、そんな力は俺にはなかった。……だが、これからに関しては俺が保証する。だから、信じてほしい」

 

 

 もしこれを他の誰かが聞いていたなら、綺麗事だと笑われていただろう。だが、これは俺の本心だ。この程度の綺麗事を実行できないようでは、指導者として失格だと言わざるを得ない。

 

 

 まっすぐに陸奥を見つめ、視線を瞳から外さない。それからしばらく経つと、陸奥はおもむろに視線を外し、観念したかのように溜め息を零した。

 

 

陸奥「……わかったわ。信じてあげる」

 

 

提督「……ありがとう」

 

 

陸奥「……貴方の瞳が、騙そうとしてる人の目じゃなかったから。少なくとも、アイツとは違う」

 

 

提督「一緒にしてもらっちゃ困るな。……まぁ、そう言ってくれると助かる」

 

 

 言葉を交わし、俺と陸奥は微かに笑いあう。直後、ポケットから覚えのある振動が伝わってきた。

 

 

 

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