出でよ来たれ異界の戦士たち   作:フグ田ふぐり

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第1章:勇者と魔王
1.勇者


 ひとりの少女が祈りを捧げている。

 両膝をつき、金糸の髪を床に垂らして、可憐な声で祝詞(のりと)を唱えつづけている。

 

「神よ、どうか、どうかお助けください……」

 

 そこは白亜の神殿である。

 一面を覆うのは、艶やかな乳白色の大理石。女の肌のようなやわらかな白石が、床といわず、壁から天井までをおおっている。それらは、しかも、刺繍のような精巧な彫刻を施されていた。

 この豪奢な神殿に負けず劣らず美しいのが、この少女である。

 

 肌はまっしろな絹のように滑らかで。

 髪は金細工のよう。

 端正な(おもて)は春の陽光のようにやわらかで、美しくも愛らしい。

 その美貌は、しかし、長時間の祈祷のために濃い疲労の色を浮かべており、頬を伝う汗がぽつぽつと床を叩く。

 

 もしも神に性別というものがあって、それが男性なら、すぐにでも少女の願いは聞き届けられたであろう。だが実際には、少女の願いは虚しくいんいんと響くばかり。

 少女の体力は限界に近い。

 今日もダメなのかと、直立不動で少女を見守る面々に諦観がきざしたとき。

 変化は唐突におとずれた。

 

「あ――」

 

 神殿に光が満ちた。

 白亜の神殿が、目のくらむような光で漂白される。

 

「おお」

 

 と神殿に歓声が満ちる。

 それは、少女を見守る兵士たちのよろこびの声である。

 果たして光が収まったとき、彼らが目にしたのは、跪く少女のすぐ眼前に立つ、ひとりの少年である。

 

 黒髪のその少年は、いっぷう変わった装いをしていた。

 鏡のような美しい盾と、威厳ある緑のローブ。

 足許には、波うつような不思議な形状の刀身をもつ、おおぶりの剣が転がっていて、それは邪を払う清澄な波動を発していた。

 美と威をそなえた、伝説に語られるような装い。それを見て少女と兵たちは確信する。彼こそが、そう(・・)であるに違いないと。

 

「ようこそおいでくださいました、勇者様。どうか、どうか伏してお願い奉ります。私たちヨークの国を、いえ、この世界をお救いください!」

 

 両手を合わせて膝をつき、神にでもすがるかのように、少女は少年に懇願した。長い睫にけぶる瞳に、うっすら涙をにじませ、美しい顔には悲壮の表情を浮かべる。思わず手をさしのべたくなってしまうような、手弱女(たおやめ)な表情であった。

 その顔は、しかし、すぐに困惑に彩られることとなる。

 少年は、きょろきょろ左右を見渡して、彼らが話しかけているのが自分だと悟ると、

 

「……えっ。ひょっとして俺が『勇者』?」

 

 あんぐり口を開いたマヌケ面を晒したのだった。

 あまりに頼りない。このぼんやりした少年に世界の命運がかかっているのだと思うと、少女は目眩のする思いであった。

 けれども、いつまでもそうしてはいられない。勇者を喚び、喚んだ者が勇者たらねばそれを勇者たるに導くのが、彼女の使命である。

 

「はい。あなた様こそは私、マリールー・ラ・ヨークが異世界よりお招きした勇者様です。これまで、この世界が窮地に陥ったとき、その度ごとに現れ巨悪を挫いてくださった勇者様。その当代こそが、あなた様なのです」

 

 マリールーは、やわらかな眦をきりりと吊り上げて、少年をねめつけた。まるで、それ以外に選択肢はないのだと言わんばかりに。

 

「なんだか、『はい』しか答えが用意されてないみたいだな」

 

 お願いの体をとってはいたけれども、これが強制となんら選ぶところがないのは、少年の目にも明らかだった。

 少年の足許に、この愛くるしい高貴な少女はかしずいてはいたけれども、そのすぐまわりには剣を帯びた屈強な兵士がひかえ、圧をかけていたのである。

 にも関わらず、少年は、ぴしゃりと断った。

 

「でも、俺は勇者なんかじゃない。そもそも、こうして生きてるがおかしい。たしかにあの時、俺は死んだはず……」

「その通りだよ。キミは一度死んだんだ」

 

 不思議な声が響いた。

 けっしておおきな声ではないのに、鐘の音が聖堂に響くかのごとくに、りんと響きわたる。

 高く澄んだ声。そこには、決して人の調音器官では発せられぬ、清澄な鈴のような響きがともなった。

 

「キミは本来は単なる死人さ。けれども、死人でもないと異世界から魂を引っ張ってくるなんてできなくてさ」

 

 声の主は、マリールーの後ろに居並ぶ兵たちの壁を割って、悠然と現れた。

 その姿もまた、常人とはおおきく異なっている。

 

 芸術家が己が魂をそそいで練りあげたかのような――いや、神が直接その手で造りあげたかのような美貌である。

 彫刻が命を宿したかのような、作り物めいて美しい(かんばせ)

 桃色の髪は、それ自体がほのかに輝いて、神秘的である。どういうわけか、風もないのに宙空にたなびいている。

 乱暴な口調でありながら、それは、彼女の神秘的な雰囲気を欠片も損ねてはいない。それというのは、この高圧的な、他人の機嫌をいっさい気にかけぬ態度が、世俗からあまりに隔絶していたので、いっそ気まぐれに地上に降り立った天上の存在のように感じられたからである。

 

 そして、それは、おそらく事実である。

 彼女はただそこに立って喋っているだけである。でありながら、肌身に感じる重々しい感覚が、絶対に敵わぬ格上の存在であると告げていたのである。人の形をしていたのに、人でないことは誰の目にも明らかだった。

 

 この人ならざる美貌の少女を前にして、目を奪われぬ男はいない。

 忠誠を捧げた守るべき主の前であるにも関わらず、兵士たちは、神秘の美声に聴きいり、美貌に目を奪われていた。

 頼むべき兵を骨抜きにされて、マリールーは眉をくもらせた。

 

「ゾフィア様……困ります。その、そのように軽々しくお言葉を掛けられては」

 

 けだし、過ぎた美貌とは一種の神威である。神ならざる人の身に、これに抗うのは大変な難事なのだ。

 だというのに、少年は、ちょっと目を丸くしただけで、まったく変わらぬ様子で尋ねた。

 

「はぁ。ということは、異世界転生とか転移とか、そういうヤツですか。で、あなたがそれを成した神様でいらっしゃる」

 

 マリールーは目を剥いた。

 ゾフィアの美貌は一種の呪いのようなものである。魂を縛る、神の呪い。それに抗ずることができるのは、ほんの一握り。

 この少年もまた、ぼんやりしてはいるものの、強かな「芯」というべきものを心に秘めている。そのように感じられたのだ。

 

「いや。ボクは神様でもなければ、キミを喚んだ巫女でもないよ。ボクはただの、神様(上司)からのメッセンジャーで、ついでに立会人。これからはじまる戦争のね。そしてこの娘こそが、神様に代わって戦争を主導するべく巫女に任じられたマリールー王女殿下さ」

 

 ゾフィアという神造の美少女は、言うことは全て言ったとばかりに、満足気に頷いた。

 あわててマリールーが言葉を継ぐ。

 

「申し遅れました! マリールーと申します。勇者様、お名前をお聞かせ願えますでしょうか」

「神様か精霊みたいな存在の次は、王女様がじきじきに、ねぇ。こりゃあますます、本当らしいなぁ」

 

 少年は深く息を吐いた。なにかを諦めたかのようにも、覚悟を決めたかのようにも見える。

 ふたたび口を開いたとき、その黒色の瞳には、なにか尋常ならざる光が宿っていた。

 

「ユージです。姓はありません。ただのユージ」

 

 彼は、拳をぎりりと握って誓いを立てた。

 

「きっとこれも天命ってヤツなんでしょう。貴方たちの力になるよ。全力を尽くします。けど、ほんとうに俺は勇者なんかじゃないんだ……」

 

 まっすぐマリールーを見据え、苦しそうにそう言うのだった。

 

 

**

 

 

 それから、ユージがまっさきにとり掛かったことは、魔王討伐の旅に出ることでもなければ、その準備をすることでもない。

 

「あのっ。勇者様はお疲れではありませんか?」

 

 白い手袋に包まれた手指をもじもじさせて、一生懸命話しかけてくるマリールーの提案に頷くことであった。

 

「装備をはずして、ゆっくりお寛くつろぎください。まずはお食事でも」

 

 ということで、ユージは神殿の食堂に案内された。

 そこには豪華な食事が並び、ほくほくと湯気をあげていた。

 横長のテーブルに向かい合うようにユージとマリールー。それぞれの隣には給仕が控え。さらに壁際には、護衛だろうか、兵士が何人か並んでいる。よくよく見れば、女騎士もいた。

 

「ずいぶん準備が良いんですね」

 

 横長のテーブルいっぱに並んだ料理を見て、ユージが感嘆の声をあげた。手の届かぬ料理は、きっと給仕がよそってくれるのだろう。

 きょろきょろ目を動かすユージに、マリールーがやわらかく微笑む。

 

「いちばん最初に召還された勇者様は、お腹を空かせておいででした。そこで、ここ饗応室で食事をふるまったのだと伝えられています。以来、こうして召還された勇者様をおもてなしするのが、伝統になっているのです」

 

 マリールーはここ一週間、日の高いうちはずっと、召還の祈祷にかかりきりだった。そして、いざ勇者が喚ばれれば、まずは食事という運びである。つまり、いつ召還されるとも知れぬ勇者のために、ずっと食事は準備され続けていたことになる。

 

 

「いまお召し上がりになった果皮の蜂蜜漬けですが――」

 

 いちばん手前の小皿にもりつけられた、前菜とおぼしき料理。それをユージが食した頃合いに、マリールーが話しかける。

 

「それはシルケの実と言いまして。最初の勇者さまが、最初に口にされた食べ物だと伝えられています」

「これも伝統というヤツですか」

「あの、お嫌でしたか?」

 

 マリールーが不安そうに尋ねてくる。

 

「そんなことは……ありませんけど」

「そうでしたら良いのですけど……」

「…………」

 

 気まずい沈黙が舞い降りた。

 しかし、マリールーはともかくとして、ユージはそれが気にならなかった。彼にとっては、久々に口にするマトモな食事であったし、しかも、救国の勇者をもてなす国を挙げてのご馳走なのだ。すぐに料理に夢中になって、気まずさを気にする余裕もなくなった。

 その姿に、マリールーもまた。気まずさを忘れる。

 彼女は、ユージが舌鼓を打つ姿をにこにこ笑顔で見守った。

 

「そういえば」

 

 夢中になって食事を楽しんでいたユージであったが、あらかた食べ終えてから、疑問を口に登らせる。

 

「こうして食事をふるまうのが、最初の『勇者』以来の伝統だと言いますけど。ということは、俺よりも前に何人も『勇者』が召還されているんですか?」

「はい!」

 

 マリールーの美しい(かんばせ)に、とびきりの笑みが花開く。

 

「この聖王国八百年の歴史のなかで、勇者様と魔王の戦いは三度ありました」

 

 目をキラキラさせて熱心に語る様は、英雄譚に憧れる童女のようである。

 その物語を思い出しているのだろう。マリールーは、くるくる表情を変える。

 

「巨大な鉄の生命体。山のようにそびえるその巨人は、おそるべき鉄の戦士達を従え、この地に降り立ち――」

 

 巨人を見上げるかのように、宙空に視線をさまよわせ、

 

「人に宿り、人を喰らうおぞましい獣。彼の異形は、己が種族のタマゴを天から降らせ、地上を、人食いの魔の闊歩するおぞましい異界へと変じさせ――」

 

 天から降りそそぐ恐怖に身をすくませ、

 

「厄災をもたらす獣。無限の力と恨みを宿したソレは、その身からあふれる悪意で地上を埋め尽くし――」

 

 地上に満ちる絶望に、涙さえ浮かべてみせた。

 つうと頬を伝うひとすじの涙は、しかし、次の瞬間には希望の光に輝いた。

 

「それらを、正義の心を宿した鉄の巨人が滅ぼし、異形の右腕を携えた少年が討ち、緑衣の勇者が葬ったと伝えられています」

 

 マリールーの、まっしろな手袋をはめた手が組まれる。左手を右手で包み、たおやかに祈るように囁いた。

 

「いかがでしょうか? 詳しいお話をご所望でしたら、一生懸命お話させていただきますけれど」

 

 まるで大好きな小説や映画についてでも語っているかのように生き生きとした少女に、ユージは面食らった。

 それは、「勇者」という決戦兵器をもてなすべく気を張りつめていた姫巫女が、ふとした拍子に垣間見せた、年相応の少女の姿なのだった。

 そんな少女にたじたじになって、ユージは素直な感想を口にした。

 

「なんだか、どこかで聞いたような話だな……」

「そうですか……」

 

 ユージの琴線に触れなかったと見て、マリールーは額をくもらせた。しかし、それも一瞬のことで、ひと瞬きの後にはすぐに話題を転じてみせた。

 

「魔王」

「え?」

 

 その言葉に、ユージはギクリとする。

 

「勇者様と対をなす侵略者を、私たちはそう呼んでいます」

「侵略者……」

「はい。この世界ワードワースの平和と美を妬んだ異界の悪神が、その手先として送り込んでくる侵略者。そのなかでもいちばん最初の侵略者は、特におおくの魔物を従えたといいます。魔を従える王。ゆえに魔王と呼ぶのです」

 

 魔王という脅威について語るマリールーの声には、怯えの色が影のようにつきまとった。

 それは、しかし、続く希望の話題によって払われる。

 

「異世界からやってくる魔王。それに対抗すべく、創造主アルテミア様が遣わされた存在が、勇者なのです」

 

 マリールーは、左手を右手で包むこむ祈りのポーズをとって、ユージを見つめた。おおきな瞳に、キラキラ憧憬の光が瞬いている。

 

「……『魔王』の由来は分かりましたけど、それじゃあ『勇者』は?」

「なんでも、最初の勇者様が左手に宿していたのが『勇気』の力だとか」

「ああ、納得です」

 

 ユージは頷いて、それから、ため息とともに次の言葉を吐き出した。

 

「けど、俺はそんなたいそうなモンじゃない。もちろん、死力を尽くして『魔王』と戦います。でも、『勇者』と呼ぶのは止めてほしい」

「勇者様……」

 

 自分にとってその称号はあまりに荷が勝ちすぎているのだと、弱々しく語る。

 そんな弱音を厳しく叱咤する声。

 

「いい加減にしろ!」

 

 女騎士だった。

 それまで無言で壁際に控えていた彼女が、怒声を張りあげたのだ。

 

「よくも姫様にそのようなことが言えたな! 姫様がおまえのために、いったいどれ程の犠牲を払っていらっしゃるか――」

「おやめなさい!」

 

 マリールーは女騎士を厳しくねめつけた。

 その視線には、さまざまな感情がこめられている。焦り、驚き、親愛の情に、すこしの怒り。

 ほんの一瞬の交錯で、視線はおおくのことを女騎士に伝えた。女騎士は、声を荒げた己を恥ずようにはっと面を伏せ、そのまま床に平伏した。

 ユージが驚いたことには、そんな彼女を背中に庇うように、血相を変えたマリールー王女殿下自ら膝をつき、上体を投げ出して許しを請うた。

 

「もうしわけございません、勇者様! この者は厳しく罰します。ですからどうか、どうか……!」

 

 ――我々を見捨てないでください。

 

 そんな声なき声を、ユージは聞いた気がした。

 

 

**

 

 

「なんだ、この腫れ物にさわるような扱いは……」

 

 まさかのダブル土下座を見せられたユージは、げんなりした様子で街路を歩く。

 街路といっても、それは神殿と、すぐ傍の建物をつなぐ石畳だ。背のたかい石壁でぐるりと四方を囲まれた、いわば砦のなかに神殿と建物はあった。要するに殺風景である。せっかく姫巫女と離れることができたのに、まったく気分転換にならない。

 その辟易とした様子を見かねたのか、案内役の壮年(オッサン)兵士が、冗談めかした口調で話しかけた。

 

「そりゃあ、なにせ勇者様ですから。ほら、勇者様ってむちゃくちゃ強いって伝えられていますから、機嫌を損ねたらと思うと……ねぇ?」

「はぁ。歴代の『勇者』って、そんなに気が短い人たちばっかりだったんですか」

「まさか! 史上稀に見る聖人君子ばかりだったという話です。ま、却ってそれが、作り話めいて聞こえるワケですが。ほら、歴史書と聖書は権威をまとった創作小説(フィクション)って言うでしょう。……おっと、私がこんな不敬を言っていたことは、姫様にはナイショですよ」

 

 壮年(オッサン)兵士は、からからとおどけて笑って見せた。

 ユージもすっかり肩の力が抜けて、「ははは」とちいさく笑って応えることができた。それは、この世界に召還されてからはじめての笑顔であった。

 

「そんな不敬な我々としては、勇者殿のほんとうの強さも気になるところ。そこで実際に、ここアルテミア大神殿の修練場で、勇者殿の腕前を拝見しようというワケですな」

「神殿というよりは、砦みたいですね。おおきな壁もあれば、兵舎もある」

(うまや)や風呂もありますぞ。訓練から湯浴みまで、勇者様の必要とするものすべてを用立てするのが、ここアルテミア大神殿の役割ですから」

 

 なんでも、歴代の勇者はこの大神殿という名の砦で、魔王討伐の爪を研いだのだという。

 ひょっとしたら、勇者の力を見せつけて、勇者の実力に懐疑的な連中を黙らせるようなこともあったのかもしれない。

 

「俺のつたない技を披露するのは構いませんが、ひとつだけお願いがあります」

「なんなりと」

「俺のことはユージと呼んでください。その、『勇者』というのはむず痒くって」

 

 ユージは困ったように言った。

 「勇者」という称号はこの身には重い――

 という言葉を呑み込んだのは、脳裏に女騎士の怒声がよぎったからだ。また、こうして勇者に対する信頼と期待をつみかさねてきた歴史の重みを見せられれば、「俺は勇者じゃない」と言うことは憚られる。

 そうしたユージの葛藤を見抜いたのか、

 

「ユージ殿は謙虚でいらっしゃる。これは有り難いことですな。勇者だということで、横暴に振る舞われたらかなわぬと思っていましたから」

 

 壮年兵士は冗談めかして、ニカッと微笑むのだった。

 

 

**

 

 

「どうです、ユージ殿。なかなか立派なところでしょう」

 

 そこは、修練場というよりは闘技場とでもいうべき場所だった。ちょっとした軍団同士の訓練ができそうなほど広く、天井もちいさな塔が入るほど高い。

 

「すごく、おおきいです……。東京ドームとかこれくらいの大きさだっけ。よく似てる」

「とうきょうどーむ?」

「……あいや、すみません。ちょっと懐かしいものを思い出したので」

 

 ぼんやりするユージであったが、すぐに首を振って、話題を引き戻す。

 

「で、俺はいったいどうしたら良いのでしょう。誰かと模擬試合でもしましょうか」

 

 修練場には、鎧姿の兵士たちが居並んでいる。

 行儀良く整列する様子からは、噂の「勇者」を見ようとしていることが明らかであった。

 その兵士の列を割って、二人の女性が現れた。

 

「いいえ、それには及びません」

「姫様とさっきの……」

 

 巫女姫マリールーと、その従者とおぼしき女騎士である。

 

「マリールーとお呼びください、ユージ様。わたくしも、ユージ様と呼ばせていただきます」

 

 マリールーはにこりと微笑んだ。

 

「……」

 

 ユージは言葉に詰まって、黙りこんでしまう。

 視線を泳がせば、苦々しい表情で目を伏せる女騎士の姿があった。

 一生懸命なマリールーは、そんなユージの様子に気付かず、自分のつとめを果たそうと言葉を続ける。

 

「ユージ様が相手にされるのは、人ではありません。魔王とその(しもべ)たち。異形の魔物を相手にするのですから、人との訓練は不要なのです」

 

 マリールーは壮年(オッサン)兵士をちらりと見た。

 ただちに意を汲んで、彼はあたりの兵士に号令をかける。

 

「おい、巨人を運んでこい」

「はっ」

 

 気持ちの良い返事にともに、ごとごと荷車が運ばれてくる。

 屈強な兵士たちが数人がかりで、ようやく押すことの出来るおおきな鉄の荷車。

 その上に積まれていたのは、石でできた巨人だった。

 

「グォオオオ!」

 

 と咆哮をあげて暴れていなければ、ただの非常に出来の良い彫刻作品だと誰もが思ってしまうにちがいない。

 髭をたくわえた巨漢が、鼻にしわを寄せ、憎々しげにこちらを睨んでいる。そうした表情まで丁寧に描かれた、それは見事な彫像の魔物だったのだ。

 

 巨人は、木の幹ほどもある太い手足を乱暴にふりまわそうとする。ところが、手枷足枷で固定されてるので、動かすことは叶わない。胴体もまた、背面の鉄柱に、鉄鎖でぐるぐる巻きにされていたから、文字通り巨人は身じろぎひとつできない。

 台車に仰向けになる形で、鉄柱ごと拘束された石の巨人。

 それが、憎々しげに顔を歪ませて、瞳のない白眼でユージを睨んだ。

 

「これが、あなた達の言う『魔物』ですか……」

 

 その異形を前に、ユージは茫然と呟いた。

 

「魔物はこれだけではありません。空飛ぶ魔獣。六腕の骸骨。じつに様々な魔物の姿が確認されています」

 

 壮年兵士は、軍事的な情報を淡々と伝えると、チラリと巫女姫に視線を投げる。

 そこから先のこと、つまり魔王についての情報は、巫女姫の口から語るのが彼等のなかの取り決めらしかった。

 

「あらたな魔物の出現。これは魔王出現の証です。すでに魔王はこの世界に現れ、着々と侵略の手はずを整えているのです」

 

 巫女姫は、額を陰らせながら言葉を継ぐ。

 

「今からひと月前。未知の魔物の群れが、突如として我が国ヨークの国境付近に現れました。撃退するにはしたのですが……」

 

 悲しそうに目を伏せるマリールーに変わって、壮年兵士が顛末を語る。

 

「この魔物を討つのに、多くの者が散りました。これは、多くの犠牲をはらって生け捕った、貴重なサンプルです。ご覧のとおり、こいつは硬い岩石の魔物。我々は『石の巨人』と呼んでおりますが……。とにかく、こいつには文字通り刃が立たない。我々が知りたいのは、ユージ殿にこいつを討つ力があるのかとういことです」

 

 手下ごときを倒せぬようでは、魔王討伐など夢の又夢。だから、どうか希望を見せてほしい――

 

 そう言って平伏する壮年兵士に、ユージは頷きを返す。

 

「剣をください」

 

 と言えば、己の愛剣が差し出された。ユージの剣は、召還されてすぐさま、兵士のひとりに預けられていた。

 恭しく差し出された抜き身の剣を受けとったユージは、軽く振って調子を確かめる。

 

「ひとつ質問なんですが」

 

 ビュンビュン風切り音をしならせながら、マリールーに尋ねる。

 

「『魔王』というのは、『勇者』となんらかの関わりのあるモノが喚ばれるのですか」

 

 表情を硬くするユージ。

 そこには恐れや怒り、決意。そうした「魔王」との因縁を思わせる感情の色があった。

 

「それでは、ユージ様はこの魔物を……」

「ああ。知っている。俺はこの魔物をよく知っている」

 

 ユージはいよいよ剣を振るった。

 それは、巨人の岩肌をいともたやすく切り裂き、巨人の腕を寸断した。

 

「なんと、アレを一刀のもとに両断するとは!」

「いける、いけるぞ!」

「魔王何するものぞ。勇者様万歳!」

 

 兵達は歓声を爆発させた。

 それは、しかし、次の瞬間にはしんと鎮まることとなる。

 

「ああぁっ!」

 

 という裂帛の気合いと共に、ユージが大上段から剣を振りおろした。

 

「なんと、ここまでとは……」

 

 ひとびとは息を呑む。

 石の巨人は、その太く胴い輪切りにされ息絶えたのだった。

 しわぶきひとつない沈黙のなか、ユージは突然腰を折ってふかぶかと頭を下げた。

 

「ユージ殿、いったい何を……」

 

 と困惑する壮年兵士や、その後ろに居並ぶ兵士の面々、そして巫女姫に懇願する。

 

「『魔王』に心当たりがあります。もしもそうなら、俺は何が何でもソレを倒さなければならない。だから、どうか俺に力を貸してください!」

「ユージ殿でも敵わぬとは。……それ程なのか、魔王とは」

 

 兵士が束になってかからなければならぬ石の巨人。それをいとも容易く斬り裂いたユージであってすら、こうして頭を下げって助力を請うほどの相手。

 見上げてもなお見果てぬ山を望むような、茫然とした心地で壮年兵士はつぶやいた。

 

「あらゆる魔を統べる巨悪なのです。たった一人の人間が敵う相手でありません。けれども、力を合わせれば必ず倒せる! ……俺といっしょに戦ったアイツ等も、きっと『魔王』を倒したはずなんだ。だから、俺も今度こそ……」

 

 後半のつぶやきを口の中で転がして、それから、顔を上げる。

 その瞳には炎が宿っていた。決死の覚悟、必勝の気迫がごうごうと燃えさかっている。

 それは、壮年兵士の心に火をつけた。

 

「そうですな! 圧倒的な力を示した勇者殿に乞われ、自分たちの力で魔王を倒すというのは、悪くない話だ」

 

 彼は、ニヤリと笑ってユージの肩を叩く。頭を上げさせ、それから強引に右手をとって、握手を交わしてみせた。

 それは、男臭い友情の示し方だ。

 

「……正直、俺なんかが勇者と呼ばれるのには抵抗があります。勇者というのは、勇気ある者のことだ。どんな絶望的な状況でも最後まで希望を諦めない。そんな強い心を持った人のことを、きっと勇者と呼ぶんです。だから、本当の勇者というのは、あなた方だ」

 

 しんと静まりかえった訓練場にユージの声はよく通った。

 どこまでもまっすぐな、熱を帯びた声音。それを耳にした者たちは、まったく知らない筈の遙かな旅路をぼんやりと、それでいてまざまざと脳裏に思い浮かべた。

 そして、確信する。彼こそは「勇者」に違いない。幾たびの困難に出会い、その度ごとに死力を尽くしてこれを乗り越え、そして、その旅路に果てにここにやって来たのだと。

 

 居並ぶ兵士達が、ユージに熱い視線を投げかける。

 彼等は一人ひとりが、この世界の命運をかけた一戦にためらいなくその身を投じることのできる、高潔な戦士(もののふ)である。国を守るため、世界を救うため、愛する者の明日を護るため剣を手に取った。ところが、魔王の僕にさんざん打ちのめされ、ついは異世界の人間を頼みにせざるを得ない状況まで追いこまれ、やるせない思いを抱えていた。その思いに、ユージの言葉を火をつけたのだ。

 

「これだけたくさんの勇者がいるんだ。絶対に魔王は倒せます。――倒すぞ、魔王を!」

 

 その言葉に、兵達は唱和する。

 

「倒すぞ、魔王を!」

 

 割れんばかりの歓声が、訓練場に響き渡った。

 

 




10,262文字


過去に召喚された勇者とはいったい何者なんだ(棒

次回、VS魔王。

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