出でよ来たれ異界の戦士たち   作:二不二

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<登場人物>
ユージ:主人公。DQ3の僧侶になった転生者。
マリールー:王女。勇者を召喚し、これを導く巫女姫。
ゾフィア:神の使い。勇者と魔王の戦いを監督する。
オーサン将軍:魔王の軍団と戦うべく組織された「神殿兵団」を率いる壮年(オッサン)将軍。


3.更なる召喚

 **

 

 

 大魔王ゾーマ。

 それは、アルフトガレトというひとつの世界を支配し、太陽の登らぬ常闇の王国へとつくりかえた、おそるべき巨悪の名である。

 

 ユージはその名をよく知っていた。

 ドラゴンクエストⅢ。

 平成・令和の日本人であれば、誰もが知るRPGテレビゲームの金字塔。その最終ボスがゾーマである。ユージもまた、そのゲームを遊んだことがある。

 

 彼はゲームが大好きだった。

 ゲームのみならずマンガやアニメ、小説、果てはTRPGまで。ありとあらゆる娯楽作品に傾倒していた彼は、不慮の事故で、若くして逝去することとなる。

 

(うわっ……俺の人生短すぎ! あーあ、もっとたくさんゲームしてマンガ読んで遊んで暮らしたかったな……)

 

 そんな今際の願いが聞き遂げられたのか、彼は「ドラゴンクエストⅢ」の世界に転生を果たしたのだった。

 そこは、しかし、けっして気楽な世界ではなかった。

 人間が惑星に君臨したのは、もはや過去の話。

 人類は滅びに瀕していた。世界じゅうに魔物がはびこり、それを操る魔王によって人間の住まう領域はつぎつぎと失われ。世界を支配した大帝国アリアハンは、いまや田舎の小国に過ぎず。そんな小国から人知れず旅立った勇者のパーティーメンバーの一人として、ユージは懸命に足掻いてきたのだ。

 

「やっぱり勇者(アルス)はすごいなぁ。俺みたいな、ただの僧侶じゃあ、ついていくので精一杯だ」

 

 いつもボロボロになって弱音を吐きながら、それでもユージは懸命に勇者について行った。

 勇者は幼馴染みで、気の置けぬ親友だった。「勇者」の重責を背負わされ、はるかな困難に旅立つ幼馴染みに「どうか一緒についてきて欲しい」と懇願されて断りきれるほど、ユージは冷血ではない。

 また、この頃は「まっ、俺の原作知識があれば、どうにでもなるだろ」とのんきに構えていられるほど、世間知らずで脳天気だった。

 

 もちろん、その目論見は甘かったとすぐに知れることになる。

 ゲームではけっして分からない、命をかけた戦闘の恐怖。いつ魔物が現れるとも知れぬ、広大な野を行く緊張感。棒のように固まる足。不味い旅糧。

 さらには、ストーリー進行さえゲームの通りにはいかなかった。この世界に生きるひとびとは、ゲームのプログラムなどではない。それぞれの意思をもった、ひとつの人格なのだ。サイコロの出目ひとつで、世界は無限に分岐する。

 

「ここはゲームなんかじゃない。ここも現実なんだ……」

 

 厳しい現実に心折れそうになるユージであったが、彼は耐え抜いた。仲間たちと共に喜びをわかちあい、苦悩を舐め、困難を乗り超えるたび、ユージの心は強く逞しく鍛えられた。

 そうやって、名実共に「勇者を支える、頼もしい仲間」となり、いよいよ旅の終着点、大魔王ゾーマに挑み――

 

 戦いの最中にひとり果てたのだった。

 

「ひさしいな、ユージとやら。こんどは勇者のまねごとか?」

 

 その下手人が、ユージに親しげに話しかける。

 そのとたん、あたりを満たす闇が、ぶわっと一斉にうごめいてユージにのしかかった。

 質量をそなえたかのような、濃厚な闇の気配。それは、魔王のそなえる威に他ならない。ユージは、震える脚に力をこめて、これに耐える。

 

「分かって言ってるだろ、この野郎。俺はただの僧侶だ。勇者は、この国の人たち一人ひとりだよ」

「これは笑わせてくれる。これほどもろく弱々しい存在が、勇者などと」

 

 そんなユージを嗤うように、ゾーマは大口を開ける。

 ずらりと並んだ牙が、ぬらりと鈍色にかがやき。青白い舌の先からは、闇の吐息がこぼれ落ちた。

 負けじとユージは軽口を叩いて、自らを鼓舞する。

 

「勇者だって、ただの人間だ。努力次第で、人はどこまでも強くなれる。勇者(アイツ)もはじめはただの人間で、けれど努力して『勇者』になった。――そんな人間に斃されたから、お前もここにいるんだろ。どうだ、死んでみた気分は」

 

 ユージは思い出す。王女と共にいた、神秘的な少女ゾフィアの言葉を。

 

 ――キミは本来は単なる死人さ。けれども、死人でもないと異世界から魂を引っ張ってくるなんてできなくてさ。

 

「…………」

 

 ゾーマは無言でユージを睨む。無言の肯定を受けて、ユージは頬をゆるめる。

 

「へへっ。やっぱりアイツ等はやってくれたんだな」

 

 誇らしく笑うユージに、しかし、ゾーマは憐れむように語りかけた。

 

「……愚かなことだ。せっかく救いの手をさしのべたというのに、人間はそれをはねのけ、いたずらに苦しもうとする」

 

 まるでそれが最大の親切であるかのように、ゾーマは人類を滅ぼすという。おぞましいことには、その声音には慈愛の心すら感じることができた。

 それが、どうしようもなく気色悪かった。

 

「魔王ってのは、やっぱり人間とは違うんだな。こうして言葉を交わすことはできても、根っこのトコ、ものの感じ方や価値観がまったく違う。……やっぱり、俺たち人間はお前とは相容れない」

「だからこそ、我らはこうして争ってきたのだ」

 

 もう御託(ごたく)は十分とばかりに、ゾーマは手を広げる。

 ユージもまた、腰を落として身構えた。

 

「さぁ。こんどこそ、二度と目覚めぬとこしえの闇へとおくってやるぞ」

 

 いよいよ二人の人魔は刃を交える。

 

 先手を取ったのはユージである。

 彼は、片手を突き出すなり、

 

強化旋風呪文(バギマ)!」

 

 (まじな)いをとなえた。

 小規模の竜巻が、ゾーマを切り刻もうと接近する。それを、ゾーマは両手を開いて受け入れた。

 竜巻は、まるで吸い込まれるように、ゾーマの前ですっと消滅した。ゾーマが放つ闇が、魔法を阻む盾となっているのだ。

 

「くっ、やっぱり『やみのころも』か! あのとき確かに剥ぎ取ったはず」

「そういうお前こそ、ボロボロになった装備ごときれいに復活しているではないか。復活の恩恵とやらは、まこと平等よな。……さて、こんどは厄介なじゅもんを使われる前に、かくじつに殺すことにしよう」

 

 周囲の闇がいっせいにうごめく気配に、ユージの額につうと脂汗が伝う。

 だが、ユージはニヤリと余裕の笑みを浮かべて見せた。

 

「これを見ても、そう言えるかな」

「それは――」

 

 ここへきて、はじめてゾーマが狼狽する。

 光をとじこめた、きらきら瞬く不思議な宝珠。

 

「『ひかりのたま』だ」

 

 この世界に召還されたユージが手にしていたのは、ドラゴンローブとゾンビキラー、みかがみの盾。そして、三種類の道具である。そのなかでも、これはいっとう特別な品である。

 

「つくづく、こいつがあって良かったよ」

 

 ひかりのたまこそは、大魔王ゾーマに対抗するための、もっとも重要なアイテムである。

 ひかりのたまを天高く掲げると、それは、まるで自身が太陽であるかのようにカッと輝き、辺りをまっしろに塗りつぶした。

「ぬぅ……」

 

 闇が、晴れる。

 辺りにたちこめ息苦しいほどだった闇はすっかり払われ、燦々と陽光のふりそそぐ、正常な昼の世界が一面にひろがっていた。

 

「覚悟しろ、ゾーマ。二度目の復活はないぞ」

 

 片腕をかざして、光の奔流から目をかばうゾーマ。

 その隙に、華麗な装飾の指輪――いのりのゆびわ――をこすって魔法力(MP)を回復させたユージは、いよいよ剣を構え、

 

「たあっ!」

 

 地を蹴った。

 ズドン、とおそろしい音をたてて地面が爆ぜる。人類を超えた脚力が、地面を陥没させたのだ。

 尾を引いて流れる背景を置き去りにして、ユージは剣を振るう。

 

「うおぉぉ!」

 

 ユージは勇者でもなければ、戦士でもない。僧侶である。剣に関して門外漢に過ぎない。けれども、すこしでも仲間の力になろうと、戦士に剣の扱いを習った。

 本職には及ぶべくもないソレは、しかし、人外の怪力によって振るわれる。

 だが、受ける方も人外の存在である。

 

「どうした、このていどか」

 

 ゾーマは、目をかばった腕で、そのままユージの剣を受け止めた。

 青白い腕は、ゆったりしたローブに隠れて見えづらかったけれども、太く逞しい。高度に発達した魔族の筋力でもって、剣を受け止める。

 剣に深く切り込まれてはいたけれども、腕の筋繊維はギリリと剣を絡め取った。

 

「おかえしだ」

 

 そのまま、もう一方の腕を振るってユージを殴打する。

 大質量の物体どうしが衝突するようなすさまじい音を発して、ユージは後ろにふっ飛ぶ。

 地面に叩きつけられ、しかし、すぐさま跳ね起きた。音の割に、傷は浅い。左手の盾で、とっさに防御したのだ。

 右手には、しっかり掴んで放さなかった剣がある。それを、ユージは油断なく構える。

 

「そういえば、剣の前には、じゅもんで攻撃されたな」

 

 ゾーマはぼそりと呟いた。

 そのまま、青白い舌先で呪いをころがす。

 

「こちらも、じゅもんをお返ししよう。――極大凍結呪文(マヒャド)

 

 四本指の掌から、凍てつく冷気がほとばしる。

 それは、すべてを凍らす負の波動。貪欲に熱量を貪る、不可視のおぞましい蛇である。

 熱を奪われた空気が凝固し、氷の刃となってユージに襲いかかる。のみならず、蛇はまだまだ足りぬと、貪欲に熱量を奪い取る

 

「ええい、強化旋風呪文(バギマ)!」

 

 旋風(つむじかぜ)で氷刃を弾いて冷気を散らす。それすらも突き抜けて襲いかかってくる冷気の塊を、みかがみの盾で逸らし、緑衣(ドラゴンローブ)で耐える。

 弾かれた氷刃は、ふたりを取り囲む巨大旋風(バギクロス)に吸い上げられ、きらめく礫となって旋風と一体化した。

 

 それは、しかし、焼け石に水だ。氷刃はユージの身体ひと呑みにするほど降りかかり、弾こうにも限界がある。身につけた緑の衣(ドラゴンローブ)には熱や冷気に対する耐性がそなわってはいたけれども、それでも、冷気はたやすく肌を灼いた。

 

「う、あ……強化回復呪文(ベホイミ)

 

 ユージの身体を光が包む。凍り壊死していた肌が、瞬くうちに蘇る。

 

「やはり回復じゅもんというのは、やっかいだな。キリがない」

「お生憎様。こちとら、回復呪文だけが売りなんだ。とことんゾンビアタックしてやる。『いのりのゆびわ』のストックもまだまだある。おまえの生命力(HP)が尽きるか、俺の魔法力(MP)が尽きるか、根比べといこうじゃないか」

 

 ゾーマの腕からは、青い血がしとどに垂れ流されている。

 拙い剣技とはいえ、刃はちゃんと届いている。ダメージは確実に蓄積されているのだ。

 

「何故、ありもせぬ希望にしがみつく。ほかならぬお前自身が、一番わかっていように。けっして勝てはしないと」

「約束したんだ。魔王を斃すって」

 

 再びユージは地を蹴った。

 相手は、はるかに体躯のおおきなゾーマである。腕の届かぬ脚許を、ちくちく斬りつけて機動力を削ぐ。

 

「ちまちまと……!」

 

 痺れを切らしたゾーマが、口から凍える吹雪を吐いてくる。

 それを、おおきく跳び上がって回避。旋風呪文(バギ)を唱えて、突風に飛ばされるかたちで軌道を変え、そのまま上半身に斬りつける。

 

「やったぞ――グァッ!」

 

 喜んだのもつかの間。滞空しているところを、ゾーマの腕が地面に叩き落とした。

 

「あ、あ……」

 

 ろくに受け身も取れずに、ユージは吐血した。

 が、その目は光を失ってはいない。

 キッとゾーマをにらみつけ、跳び上がる。ゾーマの腹に手をあて、ゼロ距離で旋風を炸裂させた。

 

「ぐふぅっ!」

 

 ゾーマは腹を押さえて仰け反った。

 そのまま、片手を突き出して、苦し紛れに極大凍結呪文(マヒャド)を放つ。

 だが、それはあまりに近い。放射状に広がるその魔法は、至近距離においては、すこし動けば楽に躱すことができる。

 ユージは、おおきく横っ飛びすることで、これを躱すことができた。

 

「へへ……。やっぱりだ。さしものお前も、『やみのころも』無しじゃ魔法は防げない」

「それが、いったいどうしたというのだ。おまえは、しょせんは僧侶。魔法力では魔法使いに遠くおよばず、剣においては勇者や戦士の影すら踏めておらん」

 

 そう告げるゾーマは、もう先程までの冷静さを取り戻している。意外な衝撃を受けたものの、たいしたダメージにはならなかったのだ。

 ゾーマという魔王のタフネスはすさまじい。なにせ、人類最強の身体能力をほこる勇者パーティーが四人でかかって、逆に満身創痍の疲労困憊にまで追い込まれるほどである。

 ――だから、最初から自分一人でゾーマをどうにかできるなど、ユージは思ってはいない。

 ユージは、にやりと嗤った。

 

「言ったはずだ。俺は勇者じゃない。勇者は、この世界のひとびとだと」

「まさか――」

 

 風が晴れた。

 ふたりを取り囲んでいた巨大旋風(バギクロス)が、ついにその効力を失ったのだ。

 狂風が収まったとき、そこには隊列を組んでこちらを見守る魔法士たちの姿があった。

 彼等の盾になるかのように、ユージは正面からゾーマに肉薄する。

 

「いまだ! さっきの魔法をありったけ、ゾーマにぶつけてくれえぇぇええ!」

 

 ユージは叫ぶ。

 勝利の雄叫びを。

 これこそが、練りに練った作戦であった。

 

 ユージの剣は、魔王を斬り裂くことができるほど鋭くない。

 ユージの魔法は、魔王を切り刻むことができるほど強くない。 ユージ一人では、魔王に敵わない。

 ならば、勝てるだけの戦力を用意すれば良い。百人の戦士でも、千人の魔法使いでも、ありったけを。

 

 幸い、この世界の魔法は、数百人を束ねることで極大火炎呪文(メラゾーマ)さえ遙かに凌駕する、大火力の炎をつくりだすことができた。

 だから、万が一にもゾーマが逃げたり、お得意の凍結呪文でダメージを軽減したりすることができないように、ユージがゾーマを拘束しておく必要があった。

 

 作戦は上手くはまった。魔王以外の魔物をあらかた排除し、魔王とユージを取り囲むように竜巻を作りだす。竜巻の向こうでは、ひそかに魔法士の部隊が展開し、この千載一遇のチャンスを待っていたのだ。

 あとは、ユージごと魔王を葬るだけだ。勇者の尊い犠牲を払うことで、世界の平和は守られる。

 そういう作戦をユージは提案し、オーサン将軍は渋い顔で頷き、マリールー王女殿下も泣きそうな顔で受けいれた。

 

 ――その筈だというのに。

 魔法士たちは、いつまで経っても魔法を放たない。

 

「どうして見てるんです!? 今がチャンスです! これ以上はおさえきれない、速くッ」

 

 もはや作戦は、ゾーマに知られてしまった。

 一瞬でも隙を与えれば、その恐るべき魔法で以て、居並ぶ魔法士たちを惨殺してしまうだろう。

 魔法士たちの隣りは、いざというときに盾になるつもりか、彼等を守るように槍や盾をもった兵士が控えていたけれども、気休めにしかならない。

 

「ユージ殿、ダメなのです!」

 

 いつのまにか最前線まで出てきていたオーサン将軍が悲鳴をあげる。

 

「今ここであなたを失ってしまえば、我々は負ける。魔王はヤツ一柱だけではなかったのです!」

 

 それは、すべての前提をくつがえす、とんでもない報せだった。

 

 

 **

 

 

 時間はしばし遡る。

 

 マリールーは、神殿の中央部にあたる聖堂で懸命に祈りを捧げていた。

 

「アルテミア様……どうか勇者様を、ユージ様をお守りください。どうか、どうか彼等に光の導きを……」

 

 ユージと神殿兵団が出立し、すでに数日が経過している。

 彼等は国境付近の砦にこもり、迫り来る魔王軍を迎え撃つべく、守りを固めているはずだ。その無事を、マリールーは朝からずっと祈っていた。

 天近くにある窓から差し込む光が、金糸の髪をサラサラ転がる姿は、さしずめ絵画に描かれる聖女その姿そのものである。

 

 この絵画のような空間にいるのはただ二人。巫女姫その人と、彼女をじっと見守る女騎士だけであった。

 ひとつの人影が現れるまでは。

 

「ずいぶんと熱心なことだね」

 

 不思議な声が、聖鐘のようにいんいんと聖堂にこだました。

 ちいさな囁き声だといのに、不思議とよく響く。まるでそれ自身が意思を持ち、いつまでもその場に留まり続けているかのように、それはいつまでも響く声だった。

 このような不思議な声を持つものは、一人しかいない。

 振り返れば、果たして宙にたなびく桃色の髪があった。

 

「ゾフィア様……」

 

 女神の使徒・ゾフィア。

 思えば、すべてはこの少女が現れてから始まった。

 

 王家には八百年続くしきたりがあった。

 最も器量の優れた王家の娘が、巫女として神殿に上げられる。そうして巫女として女神に仕え、次代の巫女がやってくるまで、神殿で禁欲的な生活を送る。ひたすら聖句を唱え、修行し、巫女としての嗜みを身につけるのだ。

 それは、家禽が朝鳴いては餌をつつき、また翌日の朝鳴きに備えるような、極めて単調な生活だ。

 

 しかし、もしも「使徒」が現れたなら、全ては激変する。

 ひとたび使徒が「聖戦」の開始を預言すれば、巫女はその身の全てを勇者に捧げることとなる。

 その身を削って(・・・)勇者を召還し、勇者を勇者たるに導き、勇者の枷となるべくその身を捧げる。

 この謎めいた神造の少女が現れてから、マリールーの人生はすっかり変わってしまったのだ。

 

 この、女神に代わって「聖戦」の監督をおこなうという神造の美少女は、しかし、これまでなんら仕事らしいことをしていない。与えられた私室にこもり、日がな一日寝ているだけだという。

 彼女が部屋から外に出たのは、今まででただの一度きり。

 ユージが召還された日。その日だけは、まるで召還が成功することを予め知っていたかのように、彼女はこの場にふらりと現れて、じっと儀式を見守っていたのだ。

 

「ゾフィア様、いかがなさいましたか。何か御用でも」

 

 マリールーは、思ってもいないことを尋ねた。

 傍に付けたメイドの話では、ゾフィアは飲み食いすらしないらしい。じっとベッドの上で、人形のように転がっているだけなのだ。

 

「不思議に思ってね」

「不思議、ですか?」

 

 そんな人形めいた少女が、意外にも感情的な言葉を口にしたので、マリールーはぱちくり目を瞬いた。

 

「神の巫女・マリールー王女殿下。キミはずっとここで祈ってばかりいるけれど、戦場には行かないのかな」

「……戦場は女の立つ場所ではありません。私が赴いたところで、邪魔になるだけです」

 

 マリールーはちょっと言葉に詰まって、それから、努めて静かに返答した。

 

「だから祈ると? 祈ったところで何になるんだい。これは神様の代理戦争なんだよ。他ならぬ神様自身が、手を出すことのできない戦い。それが『聖戦』だっていうのに」

 

 ゾフィアは心底不思議そうに尋ねた。彼女は、ただ純粋に疑問に思っただけで、けっしてこの非生産的な行為を貶める意図はない。

 けれども、その物言いは、マリールーを揶揄するようにしか聞こえない。可哀想なマリールーは、面を伏せ、蚊の鳴くような声で言った。

 

「…………私にできるのは、これだけですから」

「まだ指は四本残っているじゃないか」

「えっ」

 

 思わず顔を上げたマリールーが見たのは、しまったという顔をするゾフィアの姿である。 

 

「あれ? 言ってなかったかな。片手の指の数だけ(・・・・・)、勇者は召還できるんだよ」

 

 彼女は、なにやら納得した様子で、うんうんと頷く。

 

「ふぅん。まだ四本残ってるから、一本くらいは……ってワケじゃなかったんだね。ま、そうと知ってたら、慎重にいくよね。そっかそっか。だったら、この無謀な作戦も、王女殿下の無意味な祈りも、まぁ理解できなくはないかな」

「どういう……ことですか」

 

 マリールーの声は震えていた。ドクドク心臓が暴れて、走ってもいないのに息が乱れる。

 そんなマリールーを突き落とすかのような、ゾフィアの容赦ない一言。

 

「捨て駒にしたんだろう、一人目の勇者を。一人目の(・・・・)魔王を斃すために」

「ゾフィア様……つまり、魔王は一柱だけではないと……」

 

 マリールーは震える声で、事実を確認する。

 返ってきたのは、無実な現実。

 

「やっぱり、言い忘れてたみたいだね。キミたちときたら、勇者と魔王のことに詳しいから、なんでも知ってるものと思ってたよ。そういえば、これって今回からのルール変更なんだっけ」

「そのルール変更とは、勇者様と魔王の数のことですか!?」

 

 ゾフィアは悪ぶれもせず、平然と首肯してみせた。

 

「五人の勇者と、五人の魔王がそれぞれ喚ばれる。あちら側の巫女も、指は五本あるからね」

「ああ……なぜこのような大事なことを今になって……」

 

 へなへなと腰から崩れ落ちるマリールー。

 その腕を、それまで無言でじっと影のように控えていた女騎士が、慌てて支えた。

 

「ああっ、姫様しっかり!」

 

 まっさおな顔のマリールーに、ゾフィアはさも楽しそうに言葉をかける。さぁ、お前はどう動くのか、とでも言わんばかりに。

 

「お詫びにひとつ助言(アドバイス)をあげよう。いつものことだけど、魔王は強いよ。こんな序盤から勇者を一人使い捨てちゃって大丈夫かい?」

 

 その言葉を聞き届けるよりも早くに、マリールーは駆けだしていた。まっさおな顔色で、脚をもつれさせながら、それでも懸命に前へ前へと。

 それまで腕を支えていた女騎士は驚き、あわてて追従する。

 

(早く、一刻も早くこのことを伝えないと! やはりユージ様は、死なせてはならなかったのです!)

 

 走りながら、マリールーは思い出す。それは、ユージを召還して迎えたはじめての夜のことだ。

 

 

 **

 

 

 コツ、コツと扉を叩く。

 さいしょは弱く遠慮がちに、二度目は意を決して強く。

 

「もし、ユージ様」

 

 緊張のあまり、声が上擦っている。

 

「その……失礼、いたしますっ」

 

 ひと呼吸を置いて、いよいよマリールーは扉を押し開く。

 力が籠もってしまったのだろうか。押せば、扉はすんなり開いた。開いてしまった。

 

「あのっ、マリールーですっ。ユージ様のお世話をさせていただきに参りました!」

 

 白磁の頬を上気させ、羞恥のあまり瞳に涙をにじませたマリールーは、どうにでもなれとばかりに叫んだ。

 もしもこれが「巫女の務め」でなければ、羞恥にあまり自ら命を絶っていたに違いない。

 さもありなん。マリールーは、あまりに扇情的な格好をしていた。

 一糸まとわぬ裸体に纏うは、隠すというより飾りたてるような下着。その上から、果たして着衣としての意味があるのか疑わしい、スケスケのネグリジェを羽織っている。

 しかし、涙に濡れる彼女の瞳に映ったのは、無人の部屋であった。

 

「ユージ様、いらっしゃらないのですか……?」

 

 闇を手探るように壁に手を這わせる。そのまま壁伝いに歩いて、ふと、窓の外を見た。

 

「あれは……」

 

 おぼろ月夜である。

 青白い月光がぼんやりと地面を照らしている。

 

「何をなさっているのかしら」

 

 おおきな瞳をじっと凝らすと、どうやら、ユージは剣を振っているらしいと見えた。

 剣の「型」をなぞっているらしい。彼は、宙空にむかって多種多様な剣閃を繰り出していた。上からの振り下ろし、上半身を捻っての横薙ぎ。するどい踏み込みからの逆袈裟、そのまま振り下ろしての袈裟懸け。その度ごとに、剣は月光を反射し、さえざえと青白い軌跡を闇夜に描いた。

 かと思えば、急に飛び退いたり、横に跳んだりと、どうも何かと戦っているような動きをしている。ここひと月のあいだ兵士の訓練を目にしてきたマリールーには、それが、空想の敵を相手取った訓練だということがわかった。

 

「ユージ様……こんな夜遅くまで……」

 

 うすぐらい夜である。ユージの顔をうかがうことはできない。 けれども、その激しい動きからは必死さがうかがえる。

 しばらく見守っていたマリールーであったが、

 

「あっ」

 

 と声をあげた。

 ユージは剣を腰の鞘に収めたかと思うと、急に城壁めがけて走り出したのだ。

 壁は高い。かつての魔王「鉄の巨人」を教訓に、壁は高く厚く作られてある。その壁にいったい何をするのだろうとじっと眺めていると、ユージは、トンと軽やかに壁を跳び越えた。

 

「ええっ!?」

 

 まるで翼でも生えていて、風でもその身に受けたかのような、それは軽やかな跳躍であった。

 瞬くうちに、ユージの姿は壁の向こうに消えていった。

 

 

 **

 

 

 壁の向こうは草原だった。

 生いしげる下生えに足許が汚れるのも構わずに、ユージはひた駆ける。

 その胸中には、激しい焦りが渦まいていた。

 

「ダメだ、こんなんじゃあ『魔王』には敵わない」

 

 夜、与えられた部屋を抜け出したユージは、神殿の中庭で訓練をしていた。自分のよく知る最強の敵(魔王)を眼前に思い描き、その攻略を試みるのだが、どうしても届かない。

 

「せめて一つでも存在強度(レベル)を上げなきゃ……!」

 

 ユージは転生者である。

 令和日本での短い生涯を終え、とある異世界であらたな生を受けた。そこで、勇者を支えるパーティメンバーとして魔王討伐の旅をしたのだ。

 そこには存在強度(レベル)という概念があり、魔物を倒せば倒すほど膂力はますます強く、体力は底なしに増えていった。

 

「いた」

 

 草原をのし歩く、人型の魔物。

 それを見つけるや、ドンとひときわ強く地面を蹴って、一息のうちに距離を詰める。そのまま、腰の剣を抜刀して薙いだ。

 たちまち魔物は、胴を腰と泣き別れにされて、なにひとつ敵対行動を取れぬまま息絶えた。

 

「これがこの世界の魔物か。……よし、経験値も入るみたいだ」

 

 胸の奥にじんわり熱が宿るのを確かめて、ユージは、ほっと安堵の息をつく。

 けれども次の瞬間には、その息を置き去りにして、次なる獲物めがけて跳びかかる。

 

「まだだ、まだぜんぜん足りない。もっと、もっと狩らなくては。もっと強くならなくては……!」

 

 こうしてユージは一晩中、魔物と戦い続けたのだった。

 

 結局、ユージが帰ってきたのは空が白ばんでからだった。

 こっそり自室にたどり着くと、ユージ付きだというメイドが起床を促しにくるまで、僅かばかりの仮眠を取った。

 

 ユージは秘密の外出をしたつもりであったが、それは、マリールーや神殿のひとびとには筒抜けであった。

 ユージが神殿外へと飛び出すのを目撃したマリールーが、神殿に派遣されていた文官にただちに報告する。それを皮切りに、メイドが神殿のあちこちに火を灯し、兵士は松明をもって神殿の周辺を捜しまわる。深夜の神殿は、煌々と火を灯し、不夜城の様相を呈した。

 のみならず、ひそかな魔法の報せが都の王宮へと送られ、これを受けた役人たちは、大慌てで近隣の町や村へ人を手配した。勇者の逃亡を疑ったのだ。

 

 結局、明け方にものすごい速さで走る人影が城壁を跳びこえ、中庭を駆けぬけ、もうひとっ跳びして二階の窓から部屋に帰るのをひとびとが目撃するまで、その捜索は続けられた。

 その捜索劇の裏側では、マリールー王女殿下や文官たちが、勇者の行方について議論していた。

 

「おおかた、女でも買いに街へでも繰り出したのだろう。ほら、英雄は血と女を好むというではないか」

「それはおかしな話。勇者様の許へは、王女殿下がおつとめに向かわれたはず」

 

 壮年の文官たちが、なにか粗相をしたのではないかと言わんばかりに、じろりとマリールーをねめつける。

 たちまち彼女は顔をまっかにして、羞恥の悲鳴をあげた。

 

「わっ、(わたくし)が参ったときには、勇者様はすでにお部屋にいらっしゃいませんでした」

「ふむ……とすると、王女殿下がお気に召さなかったというワケではないな」

「いや。そもそも殿下でダメならば、どのような女を宛がってもダメだろう。それこそ年増であるとか、豊満なのが良いとか、不細工でなければだとか、特殊な趣味の持ち主でない限りは」

 

 淑女を前にあけっぴろげな話をする壮年ふたりに、とうとうマリールーは限界を迎える。

 

「下品ではありませんか、あなた方!」

 

 リンゴのようにまっかな顔で、ほうと息を吐く。それで、どうにか落ち着きを取り戻したのか、こんどは神妙な顔になって続けた。

 

「勇者様は……ユージ様は、そのような御方ではありません。あの方は、中庭でひたすら剣を振るっておられました。鬼気迫る雰囲気で、懸命に」

 

 文官たちはバツが悪そうに頭をかく。突然の勇者の失踪と、夜を徹したことからくる疲労とで、彼等は冷静さを欠いていたのだ。

 

「勇者様が真面目なのはわかりましたが、それなら、こういうことでは? 責任感のあまり、重荷に耐えかねて逃げ出した」

「そんなこと……」

 

 マリールーは咄嗟に反論した。

 その脳裏には、ユージが訓練場で見せたあの表情があった。精悍な面には、覚悟の色が浮かび。蒼眼には、青い炎がしずかに燃えている。

 どういうわけか、その顔を思うと、ぐっと胸が詰まるのだ。

 

「とにかく、手は尽くしました。あとはアルテミアの慈雨を寝て待つばかりでしょう。殿下もお休みなさいませ。もはや我々にできるのは、勇者様が見つかったときに備えて、身体を休めることのみ」

「ですが……」

 

 ユージは逃げてなどいない。きっと、何かやんごとない理由があったに違いない。

 そう思ってはいたけれども、ユージはいつまで経っても帰ってこない。文官たちの言葉を聞くうちに、マリールーの不安はますます強くなる。

 そんなときである。

 

「勇者様が、勇者様がお戻りになりました!」

 

 皆が待ち望んだ報せが届けられたのは。

 それから、続々とユージの行動について情報が寄せられる。

 

「ああ、ユージ様はやはり……」

 

 ユージとすれちがう形で草原の惨劇を目撃した兵士の報告を聞き、マリールーは、絹手袋越しに両手でぎゅっと胸を押さえたのだった。

 

 

 **

 

 

 大慌てで文官たちにことのあらましを伝えたマリールー。

 

「魔王がまだ四柱もいるですと!?」

「たいへんだ、いますぐ将軍に連絡を! 勇者様をけっして殺させるな、急げ!」

 

 飛び交う怒号を背に、マリールーは急ぎ聖堂に戻ってきた。

 彼女には成さなければならないことがあった。

 

「姫様、いったい何を……」

 

 影のように付き従う女騎士が、気遣わしげに尋ねる。

 マリールーは、まっさおな顔色や、普段の穏やかな姿からは想像もつかぬ強い口調で、はっきり告げた。

 

「私はここで勇者様を召還します」

 

 懐から短刀を取り出し、儀式用の清水を振りかけて清める。

 

「どういうわけかは分かりませんが、聖堂には魔力が満ちています。ユージ様を召還したとき以上の魔力が。今ならきっと、新たな勇者様をお迎えできるでしょう」

 

 巫女姫マリールーの、厳格な修行で培った鋭敏な感性が、魔力がこの場に満ちていることを告げている。

 

「その通り。一人目の勇者があちら側の魔物をたくさん倒してくれたからね。その分だけ魔力が、こちら側に引きこまれたんだ。二人分といったところかな」

「ゾフィア様……まだいらしたのですか」

「だって勇者を喚ぶんだろう? 監督官として立ち会わなくちゃ」

 マリールーは眉を曇らせる。これから始める儀式を見世物にされているような気がしたのだ。

 しかし、そのような些事には構っている暇は無い。

 彼女は、床に跪くと、左手の絹手袋を脱いだ。

 そこから現れたのは、白く美しい指だった。ほっそりとしていて、肌は露を弾かんばかりに瑞々しい。

 白魚のような指が四本(・・)

 残る一本は、痛々しい木製の義指だったのだ。

 

「クレア・カスタード。義指を外してください」

「はっ」

 

 マリールーの震える声に、女騎士が答える。

 

「し、失礼いたします」

 

 女騎士もまた、今にも泣きだしそうな震える声で応じる。彼女は、マリールーの手を取ると、やさしく慎重に義指の留め具を外した。

 

 そして、いよいよその時が訪れる。

 跪いたまま、四本の指をそっと床の上に並べる。

 欠けた薬指をはさんで、小指と中指。

 その二指にそっと短刀を重ね、力をこめる。

 

「あぁあ!」

 

 マリールーの額に玉の雫が浮かぶ。

 ぞぶりと刃は指に食い込んで――

 

「っ――!」

 

 そのまま切り落とした。

 声無き悲鳴をあげるマリールー。底知れぬ喪失感と激痛が彼女を苛んだ。

 そんな彼女のことなど見向きもせず、ゾフィアは、淡々と告げる。

 

「いよいよはじまるよ。召還だ」

 

 マリールーが切り落とした二本の指。

 それが、ふわりと宙に浮かびあがった。

 と同時に、噴き出していた血が、時間を巻き戻したかのようにするする指に吸い込まれ、みるみるマリールーと指の傷がふさがっていく。

 指は、粘土細工のようにみるみる形を変え、やがて膝をかかえる胎児の姿をかたどった。

 

 宙に浮かぶ二人の胎児。

 それは、とつぜんまばゆい白光を放ち、あたりをまっしろに染め上げた。

 

「まぶしい!」

 

 篠突くような光の洪水である。それは、瞼の上からでさえ目を灼く程であった。

 やがてマリールーが目を開けると、そこには二人の男が立っていた。

 マリールーは、彼等の足許に跪いて助けを請うた。

 

「勇者様! どうか、どうか伏してお願い奉ります。この世界を――いえ、ユージ様を救ってください!」

 

 

 **

 

 

 果たして、事情を説明された勇者たちは、快く願いを聞き入れた。

 

 黒髪の勇者は、戦場の位置を聞き出すや、そのまま飛び出して駆けだした。いったいどういう鍛え方をしたのか、下手な馬よりもよほど早く、文字通り飛ぶように地を蹴って駆けていったので、あっという間に姿が見えなくなった。

 いま一方の勇者は、馬に跨がり、兵士からら鉄槌を受け取った。わざわざ兵士に訓練場まで取りにいかせたそれを、しかし、彼はすぐさま壊してしまう。

 

「ちょうどイイ『大きさ』だぜ。これなら三個は作れるかもなァ~」

 

 一体どうやったのか、彼は、槌の柄を指先でスパンと斬り、瞬く間にひとつのおおきな鉄塊にしてしまった。

 さらには、それを三つに切り分け、それぞれ指先で削って、みるみるうちに三つの鉄球を削り出してしまった。

 

 鉄球を携え、馬上の人になった青年。

 いよいよ手綱を取り、馬を走らせようとした彼に駆け寄るひとつの人影があった。

 マリールーである。彼女は、まっしろな絹手袋をはめた両の手で、馬にすがりついて乞い願う。

 

「お願いです、勇者様。私もどうか連れて行ってくださいまし!」

「……ソレさぁ、マジで言ってる? アンタお姫様だろ。お姫様自ら戦場に出て、いったい何しようっていうんだ」

 

 呆れ顔の青年に、しかし、マリールーは必死に言い募る。

 

「私は……私は、勇者様を導く『アルタミアの巫女』です。勇者様が戦われているのに、私だけのうのうと神殿に籠もっているだなんてこと、ほんとうはしてはいけなかったんです。お願いです、どうか私も戦場へ連れて行ってください」

 

 その琥珀の瞳には、深い自省の念と、そして固い決意の光があった。

 馬上の青年は、ニカッと微笑んで手を差し出す。

 

「乗りなよ。僕は馬乗りだ。お姫様のひとりやふたり、なんの重荷にもならない。さっきの武闘家(モンク)もアッという間に追い抜いてやるさ」

「それでは……」

「アンタの『覚悟』、グッと来たぜ。国の為だとか、世界を守るだとか、『正義』だとかはどうでもいい。けど、大切な人のために命を張るってのは、スッゲー分かる」

 

 馬上の人になったマリールーは、ぎゅっと胸を押さえて、呟いた。

 

「ユージ様、ぜったいに死なせません!」

 

 こうして、二人は決戦の地へ向かうのであった。

 

 

 **

 

 

 いよいよ決戦は佳境を迎えつつあった。

 

「まだかぁぁぁあ! はやく、はやく魔法を撃ってくれ! どのみち俺一人じゃあ勝てないッ。だから、魔法をぉぉお!」

 

 ユージの悲鳴がとどろく。

 既に彼は満身創痍だった。凍結魔法かそれとも吐息(ブレス)を受けたのか、あちこち肌は壊死し、いくつか指は崩れ、片目は凍り付き。左腕はだらんと垂れ、肩に強烈な打撃を受けたのは誰の目にも明らかで。

 

「ああ、ユージ殿……」

 

 黙って見守ることしかできないオーサン将軍をはじめ兵士たちは、悔しさに歯噛みする。

 

「強い! 勇者様も魔王も、あまりに強すぎる……!」

 

 それは人知を越えたおそるべき戦いであった。

 蹴られた大地は陥没し。魔法を放てば、天変地異を巻き起こす。驚くべきことに、それらは決死の一撃でも、長時間の詠唱を必要とする必殺の魔法でもなく、ただの攻撃手段のひとつに過ぎないのだ。のみならず、あまりにめまぐるしく立ち回り、これだけ離れてようやく目が付いていくことができる有様である。

 そんなだから、誰もこの異次元の戦いに割って入ることができない。

 矢や魔法を放とうにも、狙いを定めることすらできず。槍や剣を持って割って入れば、たちまち魔王に殴り殺されるか、悪くすれば勇者の足をひっぱってしまうことは明らかだ。

 そうするうちにも、状況はみるみる悪化する。

 

「くそっ、新手の魔物だ!」

 

 指をくわえて見守る兵たちの前に、次々と空飛ぶ獣(キメラ)が降り立った。その脚には、比較的重量の軽い六腕の骸骨(じごくのきし)がすがりついていた。

 魔物どもは、主の一騎打ちを邪魔させまいと、両翼六腕をひろげて立ちはだかる。

 この魔物とて、兵士たちにとっては十二分な脅威である。空飛ぶ獣(キメラ)は凍結魔法を放ってくるし、六腕の骸骨(じごくのきし)は脅威の六刀流で以て対峙する兵士を瞬時に斬殺する。

 もはや兵士たちは、勇者のもとに加勢に行くことすらできなくなってしまった。それどころか、悪くすれば、魔物が一騎打ちに加勢する可能性すらある。

 いまや天秤はおおきく魔王に傾き、人類の命運はいまにも尽きようとしていた。

 

 ――そんな絶体絶命の窮地に、彼はやって来た。

 

「うわっ」

「なんだ、今のはっ」

 

 ひとつの人影が、兵士の間を駆け抜けた。

 馬にも乗らず、人の脚で走っているにも関わらず、影すら置き去りにするかのような超高速。

 突風にあおられて膝を突く兵士に、彼は大声で謝った。

 

「わりぃ、急いでるんだ」

 

 そしていよいよ、ユージへの道を阻む魔物の群れと対峙する。

 その姿を、ゾーマ越しにユージは見た。

 

 山吹色の胴着に、胸と背中の「亀」の文字。

 癖のある黒髪は力強く。

 精悍な顔立ちはいかにも頼もしい。

 その男は、深く腰を落として奇妙な構えをとった。

 

「あれは……まさか」

 

 男の掌に、青光が生じる。

 

「かめ」

 

 澄んだ水のように清々しいそれは、まさしく邪を払う聖光。

 

「はめ」

 

 腰に構えたそれを、男は、まっすぐ前方に突き出した。

 

「波ぁぁぁあ!」

 

 掌から青光がほとばしり、魔物の群れを呑み込んだ。

 

「見たか。とっておきだぜ」

 

 まっしろな歯をキラリと輝かせて、クールに(のたま)う優男ふうの武闘家。

 そう、彼の名は――

 

「ヤムチャ! ヤムチャじゃないか!」

 

 




15,184文字


 一人じゃゾーマに勝てない。どうしよう……。
 そうだ、現地の超大規模な合体魔法ぶちこみまくれはイインゴ。自分を囮にして、悟空さの「やれーっ!」をしよう。
 というお話でした。

 というわけで、一対一で勝てるのはバラモスまで。
 Lv.99まで夜な夜な(父親が)レベル上げして、とうとうタイマンで勝てた喜びときたら、筆舌に尽くしがたいものがありました。
 タイマン勝利特典として、アリアハンの王様がくれた「バスタードソード」が、アフルガレドで普通に店売りされてるのを見たときのショックもまた、筆舌に尽くしがたいものがありましたね……。

 さて、新たな「勇者」はヤムチャともう一人。
 いったい彼は誰なんだ(棒


 ところで、私はヤムチャが大好きです。至高のヤムチャフィギュアも購入しました。みなさんはヤムチャが好きですか?

ヤムチャは好きですか。

  • 好き。件のフィギュアも買った。
  • 好き。件のフィギュアはもっていない。
  • 別に。かませ犬に興味はない。
  • 別に。とりあえずフィギュアは買った。
  • 嫌い。きえろ、ぶっとばされんうちにな。

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