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インド洋 ”アークエンジェル”艦橋
「作戦進行率、70%を突破!ディエゴガルシア島、有効射程圏内に入ります!」
「『バリアント』起動!これより、敵拠点への砲撃を開始します!」
アミカの報告を受け、マリューは即座に命令を飛ばした。
イーサンとトールの”アームドグラスパー”や南アフリカの航空部隊の奮戦で、”アークエンジェル”に大きな損害も無く敵基地の存在するディエゴガルシア島に進行することが出来ていた。
その上、”アークエンジェル”には対地攻撃能力も備わっている。
ならば、次にするべきは1つだけだ。
<こちら”ルツーリ”。ディエゴガルシア島を有効射程圏内に収めた>
<こちら“ツツ”、同じく!>
<”ムベキ”だ、いつでも撃てるぞ!今こそ、インド洋から奴らをたたき出す時だ!>
「艦長!『バリアント』起動完了、敵防御陣地に照準しました!」
「───撃てっ!」
”アークエンジェル”が副砲『バリアントMK.8』を発射したのを皮切りに、これまで敵部隊からの攻撃から守られてきた南アフリカ艦隊から大量の対地ミサイルが発射される。
ほぼ健常な状態の艦隊から放たれたミサイルの雨がディエゴガルシア島沿岸の防衛施設に着弾し、そこに存在する物を際限無しに吹き飛ばしていく。
「敵防衛施設、沈黙!」
「いける……作戦の第二段階に移行、MS隊による敵拠点の制圧を開始します!」
ディエゴガルシア島 沿岸部
<敵艦よりMSの発進を確認した!迎撃……うおっ!?>
”アークエンジェル”から飛び立った2機のMS。それらを迎撃するために数機の”ジン”が武器を向けるが、直後に飛来したミサイルに翻弄されて阻害されてしまう。”アークエンジェル”が着陸援護のために発射したものだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
裂帛の叫びを挙げながら、ヒルデガルダの”ダガー”がカタパルトで射出された勢いそのままに突撃し、対艦刀で”ジン”を切り伏せた。
ヒルデガルダの”ダガー”はエールストライカーを背中に装着しており、その滑空性能を発揮し、まだ離れた場所に存在する”アークエンジェル”からディエゴガルシア島にたどり着いたのだ。
対艦刀は本来エールストライカーには付属しないが、ヒルデガルダの要望で対艦刀のみを装備している。
<こいつ……がぁ!?>
勢い良く切り込んできた”ダガー”に他の”ジン”が銃を向けるが、突如として胴体を切り裂かれる。
ぐらりと上半身が腰から落ち、爆発。
爆炎を背景に、両腕にビームダガーを構えた”デュエルダガー・カスタム”が、鋭くカメラアイを光らせた。
「ありがと、スノウちゃん!」
<戦場ではソード2と呼べ>
ヒルデガルダに返事をするスノウ。内容こそ叱責するものだったが、言葉に刺々しさは感じられない。
意外なことではあるが、スノウは人付き合いが悪い方では無い。
”アークエンジェル”内でも疎ましがられている白衣の男達の所に行く時以外は作業の手伝いを頼めば承諾してくれるし、会話も程々には付き合う。
時折コーディネイターやZAFTに対する憎しみを発露することや過去の経歴が不明な点以外は、至って常識人なのだ。
歳の近いヒルデガルダと良好な関係に至るのは、当然のことと言える。
「ごめんごめん!」
<だが、良い動きだったな。アフリカでコツでも掴んだか?>
「そんな感じかな。さ、もっといこう!」
リラックスした様子で会話を終え、再び敵MS隊に向かって切り込んでいくヒルデガルダ。スノウもそれに呼応し、ヒルデガルダに注目するMSを優先して切り伏せていく。
彼女の駆る”デュエルダガー・カスタム”は、元々高い機動性を活かして敵機に急速接近し、一撃離脱することを主眼に置いた機体だ。
スノウ本人の高い戦闘能力故に正面切っての戦闘でも十二分に戦果を挙げていたが、本来はこのように、僚機の影に隠れつつ敵戦力を削っていくのが役割なのである。
そして、注目を集めるヒルデガルダ本人もアフリカにおける『深緑の巨狼』スミレ・ヒラサカとの戦いを経て戦闘能力が向上している。
対するZAFTの防衛部隊は、これまで一度として襲撃の経験が無かったディエゴガルシア島に配属されていた弱卒揃い。
乗りに乗ったこの2人を、止められるわけがない。
<ふ、ぼやぼやしていれば置いていくぞ!>
「冗談!そっちこそ置いてかれないでよね、ソード2!」
「こいつ……相当消耗してるだろうに、まだやれるのか!?」
島への上陸が始まった。しかし、水中では未だに激戦が続いている。
ジェーンが驚きの声を挙げたのは、マルコ・モラシムと”ゾノ・オルカ”が余りにもタフだと感じた為である。
凜風の捨て身の攻撃で装甲のあちこちに損傷が生まれており、残り電力量だって少ないだろうに、その戦い振りは今戦い始めたかのように獰猛さを保っている。
”マーメイズ”達の機体がフォノンメーザーを次々に発射していくが、いずれも決定打に至らない。
<よくも凜風を!>
<絶対……絶対ここで殺しきる!>
エレノアとイザベラが、凜風が撃破されたことに冷静さを欠いている事も向かい風だ。
加えて、ジェーンの駆る”フォビドゥンブルー”も左腕を破損しており、決め手に欠ける。
(どうする……あれは───!?)
ジェーンの視界に、海底方向から何かが上昇してくるのが見える。
間違い無い、”ポセイドン”の『ストロングミサイル』だ。この状況であれを撃ち出せる存在は1人だけしかいない。
凜風が既にこの世に存在しないだろうことは、反応が消失したレーダーが告げている。しかし、最後の最後まで彼女は、凜風は戦い続けたのだ。
───行くしかない!
「エレノア、イザベラ!───合わせろ!」
「魚雷だと?」
自身に向かってくる『ストロングミサイル』の存在を感知したモラシムは、それを嘲笑った。
それが、先ほど沈めた”ポセイドン”から放たれたものであることを理解し、それがまったく自分にとって直撃するコースになかったからだ。
(馬鹿な女だ、当たるわけも無い魚雷を撃つなど)
あれだけ損傷し、禄に狙いも付けられないだろう状況で魚雷を撃っても意味など無い。まぐれ当たりを狙ったにしても、味方の方が多い戦場でやるにはリスクの方が勝る。
所詮はナチュラルか。モラシムはそう考え、その悪あがきの存在を頭の中から消した。
精々、その魚雷の通過するコースに近づかないようにするだけでも十分だ。
───その筈だった。
「っ!?」
掠りすらせずに虚しく通り過ぎていった魚雷が、何も無い場所で爆発したことでモラシムの思考に微かな乱れが生じる。
何が起こったのか、事実だけを述べるならば。
”フォビドゥンブルー”が、魚雷を撃ち抜いて起爆したのである。
(なんだ、どういうことだ?何故あの魚雷を撃った?俺は勿論、他の奴らにも当たってはいないぞ?)
敵機の不可解な行動に思考を
しかし敵機からの攻撃が止んでいるわけではない為、深く思考を続けるわけにはいかない。
「ちぃっ、下らんことに気を取られた……!」
敵に隙を見せた自分を恥じながらも回避行動を続けるモラシム。
その数秒後、彼は自身の失策と、”マーメイズ”の狙いに気付く。
”ゾノ・オルカ”のレーダーが高速で接近する反応を知らせるアラートを鳴らす。それは、先ほど魚雷を撃ち抜いた”フォビドゥンブルー”のものだ。
(速いっ!)
これまでに見たことの無い速度で接近する”フォビドゥンブルー”。ジェーンはこれまでの戦いで”フォビドゥンブルー”の最高速度を見せていなかったのだ。
しかし、モラシムが驚愕したのはそれだけではない。
”フォビドゥンブルー”の突撃を回避することも、迎撃することも容易に行える。今の”フォビドゥンブルー”は左腕を失っており、接近戦で”ゾノ・オルカ”に勝てる見込みなど無い。
問題なのは、”ゾノ・オルカ”と敵部隊の位置だ。
3方向から自身を狙う”マーメイズ”。それらの攻撃を的確に対処しなければ、敗北は必至。
(あの魚雷は、まさかこの為……!?)
あの魚雷の起爆は意味が無い。
あの爆発でモラシムは一瞬思考を鈍らせた。あまりにも無意味な行為に、「何かあるのではないか」と裏を探ってしまったからだ。
その隙に”マーメイズ”は行動し、この状況を作り上げた。
この戦争全体で見ても最高峰の連携能力を前に、しかしモラシムは笑う。
ここで”マーメイズ”を倒してしまえば、水中戦における自身の最強が証明されるからだ。
「受けて立ってやるぞ、小魚共ぉ!」
モラシムの決断は早かった。
まずは向かってくる”フォビドゥンブルー”を対処、その後に”ポセイドン”を撃破する。
如何に新型といえど左腕を失った状態で”ゾノ・オルカ”に勝てるわけもなし、むしろ接近してくれるなら”ポセイドン”も誤射を恐れて射撃を鈍らせる可能性が高い。
”フォビドゥンブルー”がバックパックから放った魚雷を回避しつつ、”ゾノ・オルカ”は接近し、両腕のフォノンメーザー砲を向ける。
(ギリギリまで距離を詰めてフォノンメーザー砲を撃ち込むつもりだろうが、それならば両腕を使える俺の方が有利だ!)
予想通りに射撃の勢いを弱めた”ポセイドン”を確認しつつ、”フォビドゥンブルー”を狙うモラシム。
だが、彼の予想はまたしても裏切られた。
”フォビドゥンブルー”は射撃する素振りを見せず、”ゾノ・オルカ”に組み付いた。
「なにっ!?」
更に驚愕、”フォビドゥンブルー”はそのままの勢いで海底に向かって沈降し始めたではないか。
“ゾノ・オルカ”は”フォビドゥンブルー”にフォノンメーザー砲を向けるが、いつの間にか接近していた”ポセイドン”2機がその両腕に組み付きつつ、やはり沈降を始める。
如何に”ゾノ・オルカ”といえど、3機がかりで押し込まれれば力負けしてしまう。
そこでようやく、モラシムは敵の狙いを悟った。
「貴様ら……
「半分、正解だよ……!」
力一杯にペダルを踏み込みながら、ジェーンは獰猛な笑みを見せた。
『ストロングミサイル』を起爆する
敵は『紅海の鯱』。どれだけ対策を練っても確実とは言えない強敵だ。
そして、強敵への対策は何時だって、敵の予想を上回るものでなければならない。
「インド洋の深さの平均は3890
<貴様らとて同じことだろう!>
モラシムの言うとおり、”ポセイドン”が水圧で潰されずにいられるのは胴体のPS装甲が耐圧殻としての役割を果たしているためだ。
水深が10m深くなるごとに物体に掛かる圧力は1気圧増す。これが1000mともなれば約101気圧。
これを
現在”ゾノ・オルカ”と”マーメイズ”のMS3機は水深200m地点を下回ったが、それでも既に200tもの圧力が機体に掛かっているのだ。
<知るか、死ね!>
<お前には、二度と日の目を見させない!>
そうと知りながら、3機のMSは押し込むことを止めない。
モラシムは、ここにきて初めて、恐怖を覚えた。
水深は300mを越えた。
「何を動揺する!───これまで散々、貴様がやってきたことだ!」
<なにを───>
「貴様が仲間を殺したから、私達がお前を殺す!それだけだと言っているんだよ!」
水深200mを下回ってしまえば、人間は日の光を感じることは出来なくなる。
周囲を取り巻く暗黒は、まるでモラシムを冥界に誘う死神の抱擁のようだ。
水深400m。
<くっそ……隊長、これ以上は!>
<機体が軋んできた!?>
ここで、”ポセイドン”2機が限界を迎えた。
PS装甲のおかげで圧壊はしないとしても、単純に400t近い負荷が掛かっているのだ。
むしろ、本格的な潜水艦でもないのにここまで保った時点で奇跡と呼ぶべきだろう。
「よくやった、こっからはあたしが決める!」
<<ご武運を!>>
”ポセイドン”は”ゾノ・オルカ”を押さえつける手を離し、上昇し始めた。
───”フォビドゥンブルー”を残して。
「さあ、地獄の入り口までランデブーといこうじゃないか!」
<正気か!?>
「この上なく!」
更に”フォビドゥンブルー”は”ゾノ・オルカ”を下へと押し込む。
水深500m。
それを超えてもなお、2機のMSは沈んでいく。
深く、深く、深く。
「お前はここで終わりなんだよモラシム!」
<……ふ、はっはっはぁ!そうかもしれんな、だが貴様も同じだ!この水圧ではもはやまともに動くことすら敵わん!PS装甲が効いているというだけで、MSではマトモに動くことさえ出来ない水圧が掛かっている!>
モラシムの言葉は事実だった。
両腕が自由になった”ゾノ・オルカ”が”フォビドゥンブルー”を排除しないのは、正確には水圧に押さえつけられて出来ないからだ。
このまま、2機は身動きも取れず、ゆっくりと死に向かう以外の道は残されていないのだ。
「言ったろ、『地獄の入り口まで』ってな。───そっから先はお前だけで逝け」
冷え切った言葉と共に、”フォビドゥンブルー”が離れていく。
身動きが出来ない”ゾノ・オルカ”とは対照的に、”フォビドゥンブルー”の動きに不自由さと言えるものは無い。
むしろ、煽るように”ゾノ・オルカ”の周囲を旋回さえしてみせるではないか。
<なん……>
呆気に取られた声に、ククク、と笑いが止まらないジェーン。
どうせこのまま死ぬなら、冥土の土産に聞かせてやろうではないか。
「このMS、”フォビドゥンブルー”に搭載されている特殊装備『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』には、ミラージュコロイドを制御する能力がある」
本来はそのコロイド制御能力を持ってバックパック両側の稼働装甲表面に磁場を形成し、敵機からのビームを曲げて防ぐことを目的とするこの装備だが、別の使い道もある。
それは、形成された力場が周囲の水分子に干渉することにより、水圧や抵抗を減免するというもの。
そして、機体に掛かる水圧による負荷が無くなるということは。
「無理矢理PS装甲で耐えてるそっちと違って、この機体は理論上無制限に潜水が可能なんだよ。なにせ水圧を『耐える』んじゃない、水圧を『無くしてる』んだからね」
<……>
無言だが、呆気に取られているのが分かる。
このまま満足に動けずに死んでいく様を見物するのも魅力的ではあったが、戦いはまだ終わっていない。
「じゃ、あたしはこの辺で」
<は……貴様、待て!>
「待たない」
”ゾノ・オルカ”が攻撃しようとするが、腕は満足に動かないし、魚雷を発射などしようものならその瞬間に魚雷が水圧で潰れて爆発し、自爆することになる。
つまり、モラシムが生きるも死ぬも、ジェーンの手に委ねられたのだ。
どれだけ屈辱でも、モラシムは彼女に縋らなければならない。
───たとえ、それが無理であると理性が理解していても。
「お前も散々に奪ってきたんだろ?『待て』『止めろ』って言ったあいつらの命をさ。今更自分だけは生きたいって?」
<……!>
言い返す言葉は無かった。その通りだったからだ。
これまでいくつも沈めてきた連合の水上艦、モラシムはその救命ボートさえも沈めていったからだ。
MSの腕部で直接たたきのめしたこともあれば、至近距離で魚雷を爆発させて恐怖を煽ったこともある。
モラシムはそれを悪だと思っていない。憎きナチュラルには何をしてもいい、そう思っていたからだ。
そんなモラシムの命乞いを、いったいナチュラルの誰が聞くと言うのか。
「ま、安心しなよ。このまま深海に放置してもいいんだけど、確実に撃破したって証拠が無いと後味が悪い。───直接殺してやる」
そう言って、ジェーンは”ゾノ・オルカ”にフォノンメーザー砲の砲口を向けた。
ジェーンの宣告を聞いたモラシムは、顔面を怒りで赤く染めながら歯を食いしばった。
今まで散々に見下してきたナチュラル、しかも女になすすべ無く殺される時を待つしかないという状況は彼にとって屈辱でしかない。
しかし、数秒が経った後に彼は一転して笑い始めた。
「はーっはっは!俺を殺すか、それもいいだろう!さあ、殺すがいい!」
態度を一変させたモラシム。彼には何かの策が残っているわけではなかった。
今まで散々に敵を殺してきたのだ。どれだけ不愉快であっても、その逆もあり得ることは認めざるを得ない。
ならば、精々堂々と死んでやろうではないか。
最後の最後まで自分のプライドを折ることは出来なかった、一抹の不快感を抱かせるために。
「だがな、俺が死のうと戦争全体が変わるものか!この戦争、勝つのはZAFTだ!」
<……>
「殺せ!今まで俺が殺してきたように、今度は貴様が殺す番だ!」
身動きが取れない中でも叫んでみせるモラシム。
そこには、もう生きる未練など無いというヤケッパチの感情が大いに含まれていた。
(そうとも、これでようやく、あいつらの元へ)
<───やっぱ、やーめた>
「……は?」
”フォビドゥンブルー”が機体を翻し、上昇を始める。
”ゾノ・オルカ”への興味が失せたかのような挙動に、呆けた声を漏らしてしまうモラシム。
そんなモラシムを、ジェーンは嘲り笑う。
<なんであんたの言うこと聞いてやらなきゃなんないのさ。あーあ、残念。いきなり阿呆みたいなこと言い出すから萎えちまった>
「な、き、貴様!ここで俺を殺さねば───」
<こっからあんたがどう生還するっていうのさ。味方が助けに来るこでも祈るかい?>
「俺を殺すのではなかったのか!?」
<少し違うな。私達はね……お前に最大限の屈辱を味わいながら死んで貰いたいんだ。じゃ、そういうことで>
それきり、ジェーンは何一つの関心を向けることなく上昇していった。
それはまるで、地面に這いつくばる、足のもげた
モラシムにはその程度の価値も無い、ということを言うようで。
「───ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
正気を失い、モニターに拳を叩きつけるモラシム。当然、そこに映る”フォビドゥンブルー”には何の痛痒も生まれない。
モラシムが喚く間にも、機体はどんどん沈んでいく。
コクピットの中にはアラートが鳴り響くが、それもモラシムの苛立ちを煽ることしか出来ない。
拳をコンソールに叩きつけても、アラートは止まない。
「何故だ……何故だ何故だ何故だ!?」
拳を握り、自問自答するモラシム。
彼には、どうしてこのような状況に陥ってしまったのかが理解出来なかった。
自分は、自分の怒りは正当なものの筈だ。そうでなければならない。
───でなければ、あの時失われた妻子の命は、何処で報われればいいというのだ!
「あ……?」
狂気の果てに、モラシムはそれを見た。
彼女が見える。口づけを交わし、生涯を共に生きようと決めた妻が。
あの子が見える。星のように煌めく笑顔が、抱き上げたその温もりが愛しい愛娘が。
「何故だ……何故泣く!?」
2人は泣いていた。モラシムを見て、泣いていた。
モラシムには、もう彼女達の涙の理由が理解出来ない。
彼女達が、何故モラシムを見て涙を流すのか。何故、
復讐鬼と化したモラシムに理解出来る筈が無いのだ。
「何故だ……」
手を伸ばしても、虚しく空を切るばかり。
そしてアラートが、ピー、という無慈悲な音を鳴らすと同時に。
虚空に伸ばした手ごと、“ゾノ・オルカ”のコクピットがモラシムを潰し始めた。PS装甲がダウンし、水圧が”ゾノ・オルカ”を潰し始めたのだ。
「どうして……」
そうしてモラシムも、この海の泡の1つとなった。
最後の最後に彼が妻子の姿を見たのが慈悲であったのか、それとも罰であったのか。
脳裏に過ぎった光景は、平和だった頃に、家族3人で過ごした穏やかな日々。
(どうして、俺は、こんなところに……)
「やった……遂に、やったんだよ、あんた達……」
水面に向かって浮上する”フォビドゥンブルー”。そのコクピットで、ジェーンは胸に手を当てながら涙を流していた。
あの日、所属していた部隊をモラシム率いる水中MS隊に壊滅させられた時から胸の中でくすぶり続けていた炎が、ついに消えたのだ。
ジェーンが”ポセイドン”や”フォビドゥンブルー”の試験を行なっている時も、”マーメイズ”を率いて戦っている時も、何処かでモラシムに味方が殺されていた。
もう、それを気にする必要も無いのだ。
(でも……まだ、終わりじゃない)
たとえモラシムが死んだとしても、それで戦争が終わるわけではない。それは、先ほどモラシムが言った通りだ。
復讐から解放された後も、この戦争が終わるまでは戦い続けなければならない。
だが、彼女は1人ではない。
頼れる部下も、愛する男もいる。
「最後まで戦ってやるよ、あんた達の分までね」
<……ちょう、隊長!聞こえますか!?>
<無事ですか、返事をしてください!>
心配そうな部下の声がジェーンの耳に届く。
どうやら、浮かんでくる間にやられていたなんていうマヌケなオチにはならなかったらしい。
「聞こえてるよ。それより、戦いはどうなった?」
<隊長!……はい、既に一部の部隊が島への上陸を始めました!そろそろケリが付くと思います!>
「そうか……一度”アルゴー”に帰投する。まだ戦いは終わっていないんだ、手早く補給して備えるよ!」
『了解!』
部下達を率いて母艦に帰っていくジェーン。
その心には、一点の迷いも無かった。
(なんだ、なんなんだこいつは……!?)
マーレ・ストロードには眼前の光景が受け入れられない。
いつも通り、適当に挑発して動きの悪くなった相手を、3機がかりで撃破するだけの筈だった。
この戦闘自体はZAFTの負けだとしても、『白い悪魔』と呼ばれる敵を撃破さえすれば、少なくともマーレの評価は上がると踏んでの行為だった。
だが、目の前のこの光景はなんだ?
<くそっ、こいつ動きがますます……!>
<そっちから追い込め!……ダメだ、避けられた!?>
魚雷の弾が切れた”アクアストライク”は、あろうことかチェーンソーなどというゲテモノ極まる武器で近接戦を挑んで来た。
最初は無謀さを笑ったマーレ達だが、先ほどまでとは打って変わったキレのある挙動でマーレ達の攻撃を避け、切り裂こうとしてくるのだ。
翻弄される3機の”ゾノ”。そして遂に、その時が訪れる。
<くっ、どこにいった……なに!?>
”アクアストライク”の動きを見失った”ゾノ”。しかし、その直後に機体全体に衝撃が奔る。
”ゾノ”の真上から現れた”アクアストライク”は、逆手に持ったチェーンソーを”ゾノ”に突き刺した。
切り裂かれる装甲表面から、火花の代わりに大量の泡が発生する。
「この、離れろ!」
マーレともう1機の”ゾノ”が”アクアストライク”を狙うが、その頃には”アクアストライク”は離脱していた。
<あぁ、水が!マーレ、助け───>
恐怖に塗れた声が響くと同時に、切り裂かれた”ゾノ”が潰れていく。
水圧で潰されているのだ、とマーレが理解した時には”ゾノ”は爆散していた。
マーレはここで、2つの理由で恐怖を覚えた。
1つは”アクアストライク”の、”ゾノ”に最低限のダメージを与えて耐圧殻を破壊するだけの技量に。これによってチェーンソーへの負荷は最小限に済み、戦闘を継続することが出来る。
もう1つは、そうすれば最低限の消耗で済むとはいえ、敵パイロットを水圧で潰し殺すと理解した上で実行しただろう残酷に。
「ば、化け物か……!?」
チェーンソーの刃を回転させながらマーレ達を見下ろす”アクアストライク”。
そのツインアイが、鈍く煌めいた。
「まず、1つ……」
キラは淡々と、命を奪ったことを確認するための言葉を呟く。
その心中には戦争を、モラルを侮辱したマーレ達への怒りが燃えていたが、それとは対照的に彼が操縦する”アクアストライク”の動きのキレは良くなっていった。
彼は今、急速に水中戦の経験値を獲得していた。
「次!」
ペダルを踏み込み、”アクアストライク”を加速させるキラ。
バッテリー残量がまだ保つことを確認しつつ、彼は残った2機を仕留める算段を立て始めた。
(2機とも仕留めるには、逃げる隙を与えちゃいけない。相手の理解の外から攻める必要がある)
“アクアストライク”の残る武装はチェーンソーを除けば『アーマーシュナイダー』1本と『イーゲルシュテルン』のみ。
チェーンソーを振り回すだけでも1機は持っていけるだろうが、チェーンソーは敵を確実に撃破出来るダメージを与えるのに時間が掛かる。
そうしている間に逃げられたらアウトだ。目的は達せられない。
(あんな奴らは、残さず殺しておかないといつまで経っても戦争が終わらない)
普段の彼からは到底考えられない、恐ろしいほどの残酷な思考。
彼の中の『戦う才能』が穏やかな少年を殺戮マシーンへと変えているのだ。
戦争を終わらせるために殺戮する。その思考がどれだけ、本来の彼のものから逸脱しているか、今のキラには気づけない。
「……来た!」
僚機を落とされてなお、2機の”ゾノ”は果敢に魚雷やフォノンメーザー砲を発射して”アクアストライク”を撃墜しようと試みる。
しかし、今のキラにとってはそれすらも追い風にしかならない。
攻撃を避けながら、キラは『イーゲルシュテルン』を発射した。
水中ではほとんど威力の出ないイーゲルシュテルンで撃ったのは、”アクアストライク”に向かって放たれていた魚雷の一発。
如何に威力が落ちていようと、魚雷にぶつかれば爆発させるくらいの衝撃にはなる。
<なんだと!?>
そこからの”アクアストライク”の動きは驚嘆以外を生み出さないものだった。
なんと彼は、爆発した魚雷の爆発で生じた衝撃を背に受けることで、”アクアストライク”を加速させたのだ。
敵機の予想を超える速度で迫った”アクアストライク”は『アーマーシュナイダー』を抜き放ち、それを”ゾノ”のモノアイに突き立てる。
センサー部は装甲を薄くしなければならないため、抵抗なく刀身が押し込まれる。
(ここだ!)
続けざまに、もう1機の”ゾノ”目がけてチェーンソーを振りかぶる”アクアストライク”。
”ゾノ”は冷静さを取り戻してはいない。絶好の機会だった。
「これで───!?」
必殺を確信した瞬間に、揺れる”アクアストライク”。
何事かと見渡せば、『アーマーシュナイダー』を突き立てた”ゾノ”が”アクアストライク”の右足を両腕で掴んでいるではないか。
最低限のダメージで事を済ませようとしたが故に起こる、イレギュラー。
<マーレ!今のうちに……>
「くそっ、離せ!」
キラが咄嗟にとった行動はどこまでも理性的だった。
引きずりこもうとする”ゾノ”を、敢えて押し込むようにして力を加えて体勢を崩したのだ。
”アクアストライク”はその勢いのままに”ゾノ”の両腕を振りほどきチェーンソーを突き立てた。高速回転する刃がコクピットに到達し、パイロットを二分割する。
それを引き抜いたキラは、あることに気付く。
(追撃が、来ない?)
大きな隙を晒したというのに、”アクアストライク”は攻撃を受けていないのだ。
あのマーレという男なら嬉々として撃ち込んでくる筈。そう考え、機器を操作して辺りを探るキラ。
やがてモニターには、マーレの”ゾノ”の姿が映った。
───”アクアストライク”から離れていく“ゾノ”の姿が。
「っ……!」
キラの心中、そこで黒く燃えさかる炎が再び勢いを増す。
あの男は、あの卑怯者は。
仲間を見捨てて、逃げたのだ!
「逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ひいっ……!」
マーレは恐怖の余り、ついに初の悲鳴を漏らした。
加えて言うならば、下半身の方からもアンモニア臭のする液体を漏らしていたのだが、今の彼にそれを認識する余裕などない。
逃げなければ、あの化け物から逃げなければ!
全速力で”ゾノ”を後方に、ディエゴガルシア島よりも先の、撤退支援のためにやってきた艦隊の存在する方向に進ませる。
(もうディエゴガルシア島は無理だ!)
まだマーレに余裕があった時に聞いた通信でさえ、知らせるのは友軍の不利を伝える物ばかりだったのだ。今更戻ったところで捕まって捕虜となるか、海の藻屑にされるのがオチだ。
母艦の反応は既に消失している。
それならば、せめて少しでも生き延びる確率を高める選択として後方艦隊に向かうだけだ。
こればかりは、銃後の備えをしっかりしていた、あの不甲斐なさを滲ませる基地司令に感謝するしかない。
<───待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!>
思わずビクリと震えてしまい、スロットルをすっぽ抜けかけてしまうマーレ。
スピーカーの先から聞こえてきたのは、紛うこと無く、”アクアストライク”のパイロットである『白い悪魔』のものだった。
先ほど、通信回線を開いた時に記録された周波数を使って逆に通信回線を開いてきたのだ。
<逃げるな、卑怯者っ!お前が、お前みたいな奴がいるから、僕も、皆も、彼も、こんな戦争をしなきゃいけなくなったんだ!>
スピーカー越し故にノイズ混じりで聞こえるその声からは明確な怒りが、憎悪が感じられた。
<お前だけは殺してやる!二度と、生きて海を出られると思うな!>
「───わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
結局、マーレ・ストロードは生還を果たした。そこから先のマーレの記憶は定かではない。
明確に覚えているのは、ひたすら力強くペダルを踏み続けたこと。
そして、小便を漏らしながら、友軍を見捨てて逃げてきたマーレに対する周囲の兵士からの侮蔑の視線だけだった。
<───ソード1、聞こえるかソード1!?>
キラに冷や水を浴びせるかのごとく、サイの声が響いた。
<たった今、ディエゴガルシア島のZAFT軍拠点が投降勧告を受け入れた!一度帰投してくれ!>
耳を疑うキラ。
帰投?今ここで?あの男も殺せずに!?
反論を試みるも、彼の中の理性が制止を掛けた。
機体のエネルギー残量も気付けば危険域に入っており、どのみち、追撃は諦めるしかなかった。
「……ソード1、了解。帰投する」
<了解。……何かあったのか、キラ?>
「何でも、ないよ。何でも……」
<そう、か。……”アークエンジェル隊”の皆無事だ、早く戻って来いよ>
「うん……」
通信を切ったキラは、周囲に敵性反応が無いことを確認してからオートプログラムを起動し、機体を浮上させ始めた。
MSは複雑な機械だが、このような簡単な行動を取らせることはオートでも出来るのだ。
その中で、キラはヘルメットを外し両手で頭を抱えた。
「くそ、くそぉ……」
キラの心の中は、様々な感情が渦巻いていた。
マーレという危険な男を取り逃がしたことによる後悔。作戦が無事に終わったことへの安堵。
そして、ためらい無く、否、憎しみに委ねて人を殺そうとした自分への恐怖。
「僕は……」
ディエゴガルシア島攻略作戦は、基地司令による投降勧告受諾という形で幕を下ろした。
戦闘自体は終始連合軍優位に進んだが、両軍共に被害は大きく、中でも被害が大きかったのは、やはり水中戦力だった。
後に『ディエゴガルシアの戦い』と名付けられるこの戦いについて、後世の軍事評論家はこう評した。
『どこまでも蒼く美しい海の水面下は、途方も無く赤黒い憎悪で染まっていた』
次回エピローグ的な回を挟んで、ディエゴガルシア島攻略作戦編を終了とします。
モラシム撃破の下りは、紆余曲折の果てにライブ感で書き上げました。
それと、今回からしばらくは1週間に1回の更新を目安にした文字数少の回を投稿していこうと思います。
もっと積極的に投稿していかないと、忘れられちゃいそうですもんね……。
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