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ZAFT軍超大型空母”ゴンドワナ”艦橋
「敵艦隊に動き有り!」
───遂に来てしまった。クロエは苦虫を噛みつぶしたように顔を顰めた。
彼女が本来描いていたビジョンは、奇襲を受けて敵艦隊が混乱している隙に前線を突破し、『第1艦隊』に大打撃を与えるというものだった。
元より戦力で劣るZAFT艦隊……時間を掛けるワケにはいかない故の速攻策だったが、敵艦隊が本格的に行動を開始してしまった以上は、この戦いの趨勢は決まったと言っても過言では無い。
負けを前提に戦うつもりは微塵も無いが、負けを認められない指揮官というのは何処までいっても2流だ。
(やるな『第8艦隊』……経験を積まれる前、それこそ『セフィロト』を建造される前に潰しておくべきだったか)
彼女の誤算は、本命である『第1艦隊』との間に立ちはだかる『第8艦隊』の防御網が予想以上に厚かったことだ。
『第1艦隊』が混乱し、艦隊戦に参加出来ない状態であるならば前線を食い破ることは可能だと踏んだが、流石に歴戦の『第8艦隊』を見くびり過ぎたようで、一時は膠着にまで抑えられてしまった。
一縷の望みを掛けて投入した『レグナ部隊』も、途中参戦してきた『マウス隊』らしきMS隊に押さえ込まれてしまう始末。
(何が『レグナ部隊』だ、あんなの寄越すくらいなら”ゲイツ”を10機ばかり送ってくれた方がよっぽど……いや、過剰に期待した私がバカだっただけか)
他人への文句など、生き延びてからすれば良い。今はどのようにしてこの場を切り抜けるかを考えるだけだ。
さて、かつての恩師はどのように自分を詰め切るつもりであろうか?
───その答えは正面ではなく、
「これは……陽電子砲!”アークエンジェル”級か……!」
予想はしていたが実現して欲しく無かった光景が、其処にあった。
敵艦隊の両翼、その端の方に2隻の”アークエンジェル”級が陣取っている。
2番艦”ドミニオン”、そして3番艦”メタトロン”。共に月基地で建造され、満を持して戦場に姿を現した天使達。
その艦首から突き出た2門の陽電子砲『ローエングリン』が、ZAFT艦隊に向かって放たれたのだ。
これこそが、クロエの危惧していた事態。
現在、連合艦隊は数で劣るZAFT艦隊を半包囲する弧線の陣形を取っていた。
その端に”アークエンジェル”級が陣取るとどうなるか?───包囲されたZAFT艦隊に向かって、陽電子砲による
「ランダム回避運動! 連射の効く武装ではない、狼狽えるな!」
「だ、第二射来ます!」
なんだと、と声を出す前に視界の端を掠めていく閃光。掠めたらしき”ナスカ”級が左舷から火を噴いていた。
掠めただけで”ナスカ”級にあれだけのダメージを与えるところを見るに、たしかに陽電子砲のようだったが、クロエの思考には謎が生まれていた。
(連合は陽電子砲を改良していたのか!? いや、いくら何でも速すぎる……待て、先の砲撃は……)
冷静に思い返し、そして得心するクロエ。考えてみれば、実に単純なことだった。
(そうか、”アークエンジェル”級には陽電子砲は2門積まれている……奴らは
片側の陽電子砲が発射している隙にもう片側では冷却・エネルギー充填が行なわれているのだろう。
実情はどうあれ、陽電子砲の連射スパンが半分に短縮されたと考えた方がいいだろう。
「左翼は”アテナイ”と”スパルタ”、右翼は”アルゴス”と”メガラ”を向かわせろ! 陽電子砲には陽電子砲だ、絶対に半包囲を完成させるな!」
クロエが切った手札は、この戦いに備えて招集した新型戦艦”アテナイ”級4隻。
”アークエンジェル”に対抗するために建造されたこれらの艦艇は、艦首に陽電子砲『マイスタージンガー』を装備している。
眼には眼を、陽電子砲には陽電子砲を、という単純な策ではあったが、陽電子砲を備えているというだけでも相手にプレッシャーを掛けることは出来る。
だが安心することは出来ない。あくまでこれは、敵の攻勢の第1段階に過ぎないのだから。
(半包囲で我々の退路を制限しつつ、艦隊火力で殲滅……が、王道だが)
クロエは何か嫌な予感を感じていた。特別な才能でも何でも無い、それは艦隊司令としての直感だ。
このまま常道で攻めてくるなら、まだ逆転の目はある。そのために用意した『秘策』もある。
(この予感の正体は……)
「─敵艦隊、前進を開始しました!」
モニターに視線を遣ると、確かに艦隊が前進してくるのが見えた。その中には『第1艦隊』旗艦の”ペンドラゴン”の姿もある。
ほう、と思わず“ペンドラゴン”の威容に感心の溜息を吐きかけた、瞬間。
(……前に、出過ぎでは?)
MS隊や僚艦に遮られること無く”ペンドラゴン”の姿が見える。
如何に火力や装甲に優れていても、旗艦を矢面に立たせるなど普通はあり得ないことだ。
(……火力?)
クロエに電流走る。
敵はどう攻めてくるのか。その答えが、あの”ペンドラゴン”だ。
そしてこれは、オルデンドルフの策では無い───彼はもっと冷静に、かつ冷徹に圧殺するような指揮をする。
ということは、これは彼の近くに控えていた、自分の妹弟子だという小娘のものだろう。
───だが、これはいくら何でも貪欲過ぎではないだろうか?
「バカな……『王』で『王』を取りに来る奴があるか!」
”ペンドラゴン”艦橋
「前進を続けてください。───確実に『ロンゴミニアド』を当てます」
”ペンドラゴン”の実質的艦長であるリーフは、僅かに興奮した様子で言葉を発する。
今、この戦場の『流れ』を握っているのが自分なのだという確信が、彼女を否応なしに昂ぶらせていた。
リーフが立てた作戦は「自軍側の最大火力を敵旗艦にぶつける」というシンプルなものだった。
ただ、
一番失われてはいけない存在を最前線に置く。それがどれだけ異常であるかは言うまでも無い。
それでもこの作戦が採用されたのは、リスクに見合ったリターンが得られる可能性が有ったからだ。
作戦の段取りを簡潔に3ステップに纏めると、
①2隻の”アークエンジェル”級による十字砲火によって敵艦隊が密集するように誘導。
②”ペンドラゴン”を先頭とする戦艦部隊が前進し、敵旗艦”ゴンドワナ”を陽電子砲『ロンゴミニアド』で撃沈。
③旗艦の撃沈によって混乱した敵艦隊を”改ネルソン”級戦艦の火力で撃滅。
これが上手く決まれば、ZAFT宇宙艦隊の戦力を一気に削り、その後の戦争を優位に進めることが出来る。
ただし、失敗した場合───”ゴンドワナ”を沈められなかった場合、”ペンドラゴン”が集中砲火を受ける可能性もあった。
『大西洋連邦』肝いりの新型戦艦が沈められた場合の、戦意下降は想像に難くない。
背負った責任の重さを実感したのか、リーフは自身の掌がじわりと汗ばんでいることに気付いた。
(師は、この感覚を私に味合わせたかったのか……)
如何に天才と称えられるとはいえ、20歳未満のリーフを”ペンドラゴン”の艦長に据えるという行いに最も異議を唱えていたのは、当のリーフ本人だった。
年齢は勿論のこと、一度も実戦で軍艦の指揮を執ったことが無い自分が、しゃしゃり出て良いはずが無い。
それでもオルデンドルフが意思を押し通した理由が、今のリーフには理解出来た。
(自分の立てた作戦1つで、人も、兵器も、失われていく……たしかにこれは、実戦でなければ味わえない)
凡そ1人の少女に背負わせるべきではないプレッシャー。だがそれは、オルデンドルフの期待の表れでもある。
そして何より、この戦場には艦隊指揮で必要なものが凡そ全て揃っている。
これだけお膳立てされた戦場で何もせず、空気を感じて帰るだけなど、勿体ないにも程がある。
「大胆に攻めましょう。───でなければ、私がこの場にいる意味が無くなってしまいます」
”コロンブスⅡ”艦橋
「艦隊旗艦が突撃とは……酔狂な!」
”コロンブスⅡ”艦長のカルロスは、目を輝かせながらその光景を見ていた。
大鑑巨砲主義を信仰する彼にとっては垂涎モノだが、同時にそこに加われない事実に歯がみをする。
現在”コロンブスⅡ”はその僚艦と共に敵MS隊からの攻撃を受けていた。
”コロンブスⅡ”は元々”コーネリアス改”仮装巡洋艦という、補給艦から巡洋艦への改装を受けた珍しい艦であり、それなりには目立つ風体をしている。
それに加えて連合軍のトップエース部隊の旗艦ということも相まって、戦功を欲した敵MS隊からのヘイトを集めていたのだ。
「カシン中尉、“バスター”のエネルギー残量が低下しています!」
「中尉、一度帰投して補給を受けろ」
<しかし、この状況では……!>
モニターには、迫り来る敵機を次々と撃ち落としていく”バスター改”の姿が映っていた。
砲撃戦用の”バスター改”でありながらヒラリと攻撃を回避し、反撃の一射で撃ち落としていく姿は流石と言うべきものだったが、如何せん敵の数が多い。
僚機である『スカーレットチーム』も奮戦しているが、あらゆる方向から次々と襲来する敵機の対処に精一杯という有様だった。
(皆がいないんだ、私が”コロンブスⅡ”を守らないと……!)
しかし、どれだけカシンが優れたパイロットであってもエネルギー残量という問題を解決することは出来ない。
カルロスは断固とした口調で、カシンに命令を下した。
「命令だ、中尉。一度帰投しろ」
<でも……!>
「───問題無い、穴埋めは
カルロスがチラリと視線を向けた先、本来は隊長であるユージが座っている場所。
そこには、誰も座っていなかった。
「……意外と、ウチも余所を酔狂だなんだと言える立場ではないかもしれんな」
”コロンブスⅡ”格納庫
「エンジンにはリミッターを掛けさせてもらったわ。前みたいにぶん回そうとしても出来ないわよ」
「時間を稼ぐだけだ、限界まで出すつもりは無い」
「信じられないからそう言ってるのよ」
「それは……すまん」
”エグザス・アサルト”に乗り込みながら、ユージは傍らのマヤに謝罪をした。
前にユージがこの機体に搭乗した時は、敵に捕まったアイザックとカシンを助けるために最大推力で飛び、帰投後にレッドアウト状態に陥ってしまった。
そのことを考慮してマヤはこの機体にリミッターを掛けたのだ。
「謝罪はしなくて良いから、ちゃんと帰ってきなさい」
「努力はする……じゃ、ダメなんだろうな」
「分かってるじゃない。───絶対帰ってきなさい」
「約束するよ」
ユージは最後に敬礼し、コクピットのハッチを閉じた。
口調は毅然としたものだったが、マヤの声は僅かに震えていた。
「お前を残して死なないさ……」
決意を呟きながら、ヘルメットのバイザーを下ろす。
ユージが身に纏っているのは、『原作』でムウが着ていたものと同じ、紫のパイロットスーツだ。
指揮官用に作られているこのパイロットスーツは通常よりも高い衝撃緩衝能力があり、加速力の高いMAに乗るにはうってつけの装備である。
「よっし……やるか!」
操縦桿を握ると同時に、出撃口が開いていく。
目の前に広がるのは、無数の砲火と爆発に彩られた宇宙。かけがえの無い命が容易く吹き飛ぶ、現在進行形の地獄がそこに広がっていた。
「───ユージ・ムラマツ、出るぞ!」
躊躇いは無かった。このような地獄に、いつも部下達を出撃させてきた
カタパルトが勢い良く”エグザス・アサルト”を射出し、ユージの体がシートに押しつけられる。
宇宙空間に飛び出した、と想った瞬間にロックオンアラートが響く。
「っ!」
咄嗟に操縦桿を傾けて回避するユージ。間一髪で彼を狙った銃撃を躱すが、即座に次のアラートが響いた。
モニターに映る”ジン”が、此方に向かって銃を構えたのが見える。
放たれた弾丸を掠めつつ、”ジン”の脇をすり抜けるように飛び去る”エグザス・アサルト”。
───この間、僅かに5秒。
「いきなりの、歓迎、だな!」
お返しとばかりに旋回して更にビームを射かけるが、”ジン”も『マウス隊』に攻撃を仕掛けるだけの腕前はあり、ヒラリと回避されてしまう。
「───カシンっ!」
<はいっ!>
”ジン”の回避した先に、”バスター改”の放った散弾が放たれ、”ジン”は全身を穴だらけにされて撃墜される。
カシンはユージと交代で補給を行なうため、”コロンブスⅡ”の近くに移動してきていたのだ。
「助かった、カシン」
<いえ、隊長も気を付けてください。何処からでも攻撃が飛んできますから>
”コロンブスⅡ”に着艦する”バスター改”。それを見たユージは息を吐いた。───何度目かの正念場だ。
敵の数も減ってきているとは言え、カシンが抜けた穴は大きい。
「逃げ回れば死にはしないだろうが、ただ逃げるだけでは”コロンブスⅡ”を守ることは出来ない。……やってみるさ」
難しい戦場だが、それでも、やってやれないことは無い。ユージは自らを鼓舞し、操縦桿を傾ける。
仲間達を、愛する
「『戦え』と命じるだけが、隊長の仕事じゃないんでね!」
「くそっ、こいつ、なんでこんなに……!」
<しつ、っけえんだよ!>
その頃、”オーサム”と戦っているアイザックは悪態を隠さずに吐いていた。
───固い。固すぎる。
接敵から今に至るまで、アイザックは何度も”オーサム”に攻撃を仕掛けていた。
『グリズリー・ユニット』の特徴である巨腕『ギガントマキア』による殴打や握撃は勿論、2門搭載された『スキュラ』や、素体である”デュエル”によるビームサーベルでの攻撃。
それら全てを、”オーサム”は防いでいた。
(純粋な装甲の固さでこれか……いったい、どれだけのPS装甲材を用いた?)
量を増やせばPS装甲でビームを防ぐことは出来る、それは分かる。
だが、実際にそれをやるとなれば機動力低下は勿論、バッテリーがいくらあっても足りないほどの電力消費など、様々な問題が付いてくるものだ。
ユージとマヤが、「出来る限り鹵獲を試みろ」と言ってきた理由を、アイザックは理解した。
(この機体を動かせるだけの動力源……それさえあれば!)
”ファルコン・ガンダム”。既存の機体とは一線を画す、『マウス隊』が開発したMSは、『電力消費が尋常では無い』という一点だけが問題となっていた。
かつて稼働試験を行なったアイザックには、あの機体さえあれば戦争に勝てる、という確信さえあった。
そのための因子が目の前に存在しているというのに、手に入れるどころか押さえ込むのが精一杯という事実は、アイザックから余裕を奪うのに十分なものだった。
そして、決定的な瞬間が訪れる。
「あっ!?」
”オーサム”の異形を押さえ込んでいた『ギガントマキア』の内、右腕に罅が入り、そのまま砕ける。
蓄積されていた負荷と”オーサム”の強靱なパワーを前に、遂に耐えきれなくなったのだ。
<ひひひっ……おらよおっ!>
「ぐっ!?」
それまでの鬱憤を晴らすかのように、”オーサム”は自由になった左腕で”デュエル”を殴りつける。
大きな衝撃に襲われるアイザックだが、彼には退けない理由がもう1つあった。
(ここで逃げたら、こいつを止められる奴がいなくなる……!)
”オーサム”の防御力とパワーであれば、ただ集団に突っ込むだけでも脅威になる。
味方の損耗を防ぎ、作戦全体の成功を考えれば、退くわけにはいかなかった。
幸い”オーサム”のパイロットは単純な思考の持ち主か、あるいは頭に血が昇っているかのどちらかで、アイザックを潰すことに躍起になっているようだった。
<いい様だなぁ、ええ、『アヴェンジャー』さんよ?>
接触回線が起動しているため、敵パイロットの嘲りがアイザックの耳に届く。
『アヴェンジャー』。それはアイザックに付けられた異名だった。
アイザックの両親は、戦争の激化に伴う反コーディネイター感情を爆発させた暴徒に殺された。その時の気持ちを忘れないために、アイザック自身の要望もあってこの異名が付けられたのだ。
<それで誰に復讐するってんだぁ? 殴られっぱなしじゃねぇか!>
「……」
神経を逆なでする言葉の数々を、アイザックは無視する。
目の前の相手は、自分が今ミスを犯していることに気付いていない。
せっかく自分を押さえ込んでいた敵が限界を迎えつつあるのだから、アイザックのことなど無視して別の標的を探せば良いのだ。
このまま、いい気にさせておけばいい。どうせ敵の攻撃手段は徒手空拳しか無く、PS装甲の”デュエル”を撃破するにはエネルギー切れを狙う以外に無いのだ。
ちなみに、最初に”オーサム”が持っていた2丁のビームライフルはこれまでの戦いで既に破壊されていた。
(いざとなれば、
実のことを言えば、アイザックには”オーサム”の防御を突破しうる一手もあった。
だが、
『これを持っていくように』と命じたユージも、実際に使って欲しくはないようだった。
衝撃に揺らされながら、アイザックがそんなことを考えていると、苛立った敵パイロットの声が届く。
<ちっ、つまんねぇ……これなら他の奴を狙いに行くか>
「っ!」
<おっ、反応したな? ははははっ、そうかそうか、仲間思いだなぁ!?>
思わず見せたアイザックの動揺に、敵パイロットは気分を良くして言葉を続ける。
<どうせなら『マウス隊』を潰しにいくのも良いかもなぁ! そうすりゃ俺は英雄だ!>
「ははっ、僕1人に手こずるクセに『マウス隊』を潰す!? 大口までコーディネートされたのかな!?」
<出来るんだよ、俺は
遂に左腕の『ギガントマキア』も限界を迎えて破壊された。
何の抑えも無くなった”オーサム”の殴打が、”デュエル”を吹き飛ばした。
「ぐあっ!?」
<けっ、口先だけはどっちだっつーの>
既に“デュエル”には、マトモな武装が無くなっているように見えた。
『ギガントマキア』は完全に喪失しており、『スキュラ』は”オーサム”の装甲の前には無意味。ミサイルに至っては既に一般MS相手に撃ちきっている。
あとは”デュエル”自体の内蔵武装だが、『グリズリー・ユニット』の武装が通用しないのにこれらが有効な筈も無かった。
何処から見ても、優位なのは”オーサム”だった。
だからこそ、だろう。
<そうだ、良いこと考えたぜ>
「?」
訝しむアイザックを、敵パイロットは下品な声色で言葉を発する。
最高の装甲に守られているという慢心がもたらした、その言葉。
<『機人婦好』と、『ゲームマスター』だったか? お前らの所の若い女パイロット……、そいつらを目の前で殺してやるよ>
「……。
あ”あ”?」
<そうすりゃ少しは『アヴェンジャー』らしく楽しませて───>
その瞬間、アイザックは自分の中で何かが弾ける感覚を覚えた。
何か雑音を発している敵パイロットは無視して思考の海に一瞬で埋没する。
今、こいつは何と言った? 自分の目の前で、あの2人を殺す?
それはダメだろう。いけないだろう。許してはならない言葉だろう。実行するのは言わずもがな、口にするだけでも、許してはならない。
目の前のこの男を、この男が存在することを、許してはいけない───!
(待て、殺意に飲まれるな……いや、だが、しかし……!)
殺意に染まりつつあるアイザックの心を、理性がストップしようとする。
所詮は思い上がった敵の戯言だ。気にするな。
いや、関係無い。殺せ。斬り潰せ。そノ為の手段は有ル。
もう、アイザックには、自分の心の中から湧いてくる衝動を止める方法が無かった。
であればこそ、
ツ カ エ
自分の心の中から聞こえる、
『セフィロト』格納庫
「……んー?」
同時刻、『セフィロト』内に存在する『マウス隊』の格納庫では、研究員のアキラ・サオトメが頭を傾げていた。
今回の作戦で留守番役を任せられた彼は、同じく留守番役となった研究員達と共に、”ファルコン・ガンダム”の調整に勤しんでいたのだ。
「どうしたんすか?」
「いや、ちょっと”ファルコン”の眼が光った気が……」
「はぁ……気のせいじゃないですか?」
「だよなぁ……」
見上げた”ファルコン・ガンダム”のツインアイは光を灯さず、静かに佇んでいた。
───それはそうだ。人が乗っているどころか、エンジンに火も入っていないMSが、どうして動く筈があろうか。
「すまない、勘違いだったみたいだ」
「隊長達がいなくて寂しいのは分かるがしっかりしてくれよ。一応、臨時責任者だろ?」
「一応は余計だろ」
寂しいのは否定しない。
一緒にバカをやる研究仲間達がいないのもそうだが、なんだかんだで自分達を伸び伸びと研究する環境を用意してくれる隊長がいないのは、どうしても寂寥感を覚えさせるものだ。
(無事に帰ってきて欲しいものだ……)
「疲れているなら少し仮眠してきたらどうだ? 寝不足のままだと無意識に変なもの作り始めて、また隊長に怒られるぞ」
「それは勘弁だな。それじゃ、少しばかり寝てくるかな」
同僚の薦めもあり、自室のある方向へ脚を向けるアキラ。
その背中に声が掛けられる。
「戻ってきたらバイオセンサーの調整手伝ってくれよー」
「任せろーバリバリ」
「『グリズリー・ユニット』、パージ!」
湧き上がる殺意のままに、アイザックは行動を始めた。
『ギガントマキア』が破壊された以上、『グリズリー・ユニット』を装着したまま戦う意味は無い。
”デュエル”の背中に接続されたそれを、
制御を失いながら加速する『グリズリー・ユニット』は、まっすぐに”オーサム”に突き進む。
<破れかぶれかよっ!>
当然、そのような突撃が”オーサム”に有効なわけも無い。難なく受け止められる『グリズリー・ユニット』。
そこで”デュエル”は、驚くべき行為に出る。
『グリズリー・ユニット』の側面に括り付けられていた棒状の物を手に取ったかと思えば、なんと『グリズリー・ユニット』の推進機関にバルカンを撃ち込んだのだ。
一瞬のうちに、『グリズリー・ユニット』は推進材に引火して爆発四散した。
<うおっ!?>
動揺した声が聞こえるが、これはただの牽制。
本命を叩き込むための、目くらましに過ぎない。
「お前は、ここで、殺す……!」
ここでアイザックは、PS装甲のスイッチを自ら切った。給電が止まり、”デュエル”のPS装甲がグレーに染まっていく。
何故、敵を前にしてそのような行為に及んだのか。───PS装甲を展開したままでは、獲物を振うことが出来ないからだ。
『試作高出力ビーム戦斧”ヒーツ”』。本来は”ファルコン・ガンダム”の為に開発された近接兵装が、”デュエル”の両手に握られていた。
この『ヒーツ』を振うのに必要な電力を確保するために、アイザックは防御を捨てたのだ。
『何が出るか分からないからな……一応、持っていけないか?』
ユージの鶴の一声で急遽搬入されたこの武器は、現状”オーサム”の装甲を唯一突破しうる武器だ。
とは言え、実戦で運用したことも無い『ヒーツ』で、本当に”オーサム”を切り裂けるという保証は何処にも無かった。
それでも、アイザックはそれを振う。
保証などなくても、アイザックには確信があった。───いける。
「───ゲッター、トマホゥクっ!」
無意識の内に叫びながら、『ヒーツ』を振り下ろす。
殺意に染まったその眼には、ほんの僅かに、翠色の光が灯っているように見えた───。
「……は?」
バーバル・ブレーの思考が止まる。とは言え、無理の無いことではあった。
紙くずのように切り裂かれる”オーサム”の装甲。それが、たった一本のビームトマホークによるものだということを、認識出来ない。
もしも仮に、バーバルの乗っている機体が”オーサム”でなければ、そうはならなかっただろう。
だが、”オーサム”は固かった。
『最高』の装甲がもたらす全能感は、パイロットの思考を冒す猛毒だ。
「あっ……」
バーバルが我に返った時、既に彼の命運は決まっていた。
『ヒーツ』によって切り開かれた”オーサム”の装甲。
防御力を失ったそこに、灰色に染まった”デュエル”がビームサーベルを突き出す光景が、モニターに映っていた。
“ペンドラゴン”艦橋
「敵旗艦、有効射程に収めました!」
時を同じくして、戦場の大勢も決まろうとしていた。
前進を続けていた”ペンドラゴン”が、遂に”ゴンドワナ”を射程内に収めたのだ。
必死に妨害しようと向かってくる敵MS隊は、『第1艦隊』と『第8艦隊』の精鋭MS隊によって阻まれている。
あとは、王が決着の剣を振り下ろすだけだ。
「トリガー、オープン」
艦長席に座るリーフの前のコンソールから、トリガー状のパーツがセリ出る。
これこそが、”ペンドラゴン”最大の武器たる『陽電子破城特装砲”コールブランド”』のトリガーだ。
緊張した面持ちで、トリガーを握るリーフ。
(重い……)
ここに来るまで、自軍にはどれだけの被害が生まれただろうか。
自分の立てた作戦で、どれだけの人が死んだだろうか。
それだけの価値が、このトリガーにあるだろうか。
一瞬のうちに無数の想像が彼女の中を巡る。
「───リーフ」
「っ、オルデンドルフ師……」
振り向いた先にいる師は、いつもの微笑みを消し、静かに頷く。
「……はいっ」
一度だけ深呼吸をし、トリガーを握り直すリーフ。
何を今更、悩む必要があるだろうか。これではただの小娘ではないか。
ここで躊躇うのは自分を信頼してこの席を任せてくれた師への、そして何よりも部下達への冒涜ではないか。
今、必要なのは一念のみ。
「───撃ちます!」
カチリと、トリガーが引かれた瞬間。
”ペンドラゴン”の艦首から、他を圧倒する陽電子の奔流が解放される。
”アークエンジェル”級に装備された『ローエングリン』の数倍の威力を誇るそれが、射線上の尽くを焼き尽くしながら”ゴンドワナ”に突き進む。
<あれはっ!?>
<おお、あれが”ペンドラゴン”の……!>
<光……ぎゃ!?>
<回避……わぁぁぁぁぁっ!?>
その瞬間、戦場の誰もがその光に眼を奪われていた。美しいまでの暴力に、圧倒されていた。
何者も抗うことの叶わぬ、大鑑巨砲の王。
その目映い一撃が、”ゴンドワナ”に突き刺さった───。
すいません、ほんとに長らく待たせてしまいました。
次回は必ず、1週間以内に投稿します。
ついでに、レグナ部隊戦も来週決着します。
感想、心よりお待ちしております。